あつき
2026-04-11 21:00:00
31863文字
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我は吸血鬼ハッピーエンド大好き

往生際の悪いロくんがループ&ループするお話。


 気がつくと、食卓に着いていた。
「なんだ冴えない顔をして。ドラドラちゃんの完璧なメニューに何か不満でも?」
 ロナルドがぎょっとして顔を上げると、数ヶ月も見ていなかったなんて信じられないほど馴染んだ元同居人の吸血鬼がそこにいた。
「ド……
 喉がぐちゃぐちゃな感情で詰まり、状況の不可解さも相まって言葉は進行を停止してしまった。
「あぁん?なんだ、仕事に出た間にまさか私の名前まで忘れるほどに脳みそが退化したか?」
「ドラ公……
 本物だと思う。軽口も、しぐさも表情も、長年で見飽きる程に見慣れている。ポケットに入れていたスマホの液晶を確認する。
 信じられないことに、数ヶ月前、ドラルクが居なくなった日付があかあかと表示されている。目の前で湯気を立てるメニューも、あの日と同じ。じゃあ、そうだとしたら。混乱した心を立て直す。
 ロナルドにしてはそつなく、不自然ないようにあの日の会話を思い出しながらなぞっていった。分岐点が、まもなく訪れるはずだ。今度こそ間違いたくない。
 歯ブラシを取るていで、席を立つ。一歩、二歩、三歩………………
「ロナルド君、なんでリアルで一歩進んで二歩さがるしてるの?」

―――はぁぁぁあ!?!?お前が告白してこないからだろ!?なんでだよ!!!!

 慎重に、思い出せる限りあの日と同じ事を辿ったのに、土壇場でドラルクの声掛けだけが違う。一大決心で待ち受けているのに、脚本が変わってしまってはどうすればいいのか。
 ドラルクが告白してこないならばそれはそれで、わざわざ追求する必要もなくロナルドが黙ってさえいれば、また穏やかな日常に戻れるのではないか、そんな希望をほんのり抱く。しかし未来が変わる事を、尚も恐れて拭えない。

 色彩も味も音も薄れて、空間が無機質に還っていく。自分さえも透明になって消え入りそうなのに、現実はそうすることを許さない。
 今この時付き合えなかったら、またあのひとりの空間に戻るのではないか。すぐドラルクは帰ってくると、思い込みやり過ごした日々だが、もうそんな日は来ないと知ってしまった。
 ならばいっそのこと、出ていかないようにこちらから縛ってやりさえすれば、この恐怖は取り払えるのではないか。
「ドラこ、……ドラルク」
 振り返り、手放し難い男の名を呼んだのに、罪悪感で目線を落としてしまう。それでも、目的の言葉を発することはやめなかった。
………俺さ、お前のこと、好き、……かも知れない」
 この期に及んで逃げ道を作ろうとしてしまう。だってしょうがないじゃないか。これが恋かなんて分からない。ロナルドが思い描いた恋とは、何もかも違いすぎるのだ。
 反応が気になって耐えきれずに俯いていた顔を上げると、固まっていたドラルクが瞬きを数度繰り返した。思いがけず、意表を突かれたような顔をしている。まるであの日のロナルドと立場が逆転して、出し抜けたようで少し心がすっとした。そのまま返事を待って見つめ続ければ、前に立つ男の顔はみるみるうちに血色が良くなっていった。ドラルクは逸るように大股で距離を詰めてきて、その貧弱な細く骨ばった両の手で、ロナルドの右手を包み込んできた。
「なら、私と付き合ってくれる?」
 あの日と同じか、それ以上に上気した頬と僅かに震える口元。その表情を一度は拒絶したのに、今日はつられて頬が熱いのが分かる。
「えっ、と……よ、よろしく……?」
「宜しくね!ロナルド君」
 楽しそうに弾んだ声に、ロナルドの胸の何処かが、確かに熱を上げた。しかしその熱をどう取り扱って良いのか分からず、この時はまだ持て余す他なかった。

*
 それから数日、ロナルドはずっと浮かれポンチなことこの上なかった。何気なかった毎日が戻ってきたことが嬉しくて、過剰なほど撫でて愛を伝えたメビヤツがオーバーヒートを起こしたし、キンデメと死のゲームには絡み過ぎて不審がられた。
 過去に戻っているのだから胃はそうではないだろうが、感覚的には久しぶりのドラルクの手料理が美味しくて、がっついておかわりを繰り返した。
「まだ食べるの?いつも全然ご飯作ってあげてないみたいじゃない」
 ドラルクは呆気に取られていたが、吸血鬼の性分か求められるのは悪い気分ではないらしく、品数も多く食卓が華やかな日が続いた。リクエストも怒涛の勢いで捲し立てれば、せっつくなと文句をいいながらも吸血鬼は丁寧にメモを取って、その通りのものが順に作られた。今までのリクエスト通過率ではあり得ない話である。
 しかし数日経つと悪戯心を思い出したようで、小松菜だと偽ってセロリのおひたしを小鉢に忍ばせてきたので、有言実行で盛り塩にした。
(あっ、でもやり直したから、あの会話をコイツは知らねーんだよな……
 自分でも何故か分からず意気消沈していると、サラサラとした塩を纏って吸血鬼は人型を取り戻した。
「ボーナスステージでしばらくは半田くんのセロリ攻撃から守ってやるから、我が城へ物騒なものを持ち込まないでくれよ」
…………えっ」
 意味深長な物言いに、目を丸くしたロナルドの頭をポンポンと撫でて、キッチンへ片付けにドラルクは消えていった。
 以前と変わり映えのしない日々に付き合っているという事実を意識していなかったロナルドだったが、触れられた頭が熱くて、ドラルクの言葉を熟慮することなど忘れてしまった。
 
 そしてその日は訪れた。
 ジョンはお散歩に行くと出かけていて、何故かキンデメは事務所に居て、ドラルクは珍しくゲームに触れていなかった。
 「ロナルド君、明日仕事休みなら夜更かしして私に付き合いたまえ」
「何企んでやがる?」
「失敬だな。それが恋人に向ける態度か?」
「こっっっ……!!」
 付き合っていることを忘れるくらい、それらしい素振りが無かったここ一週間。同居人からの、突然のクラスチェンジ。
「フフ、顔真っ赤だよ。大丈夫?ただ映画を見て、ふたりでゆっくりしたいだけなんだけど。もちろん、ポップコーンも希望の味で出来たてを、特製クラフトコーラもどうぞ」
 楽しげにポップコーン用の豆が入った袋を掲げる姿に、享楽を移されたようにソワソワしてしまう。
……映画館と同じやつがいい」
 吸血鬼の思惑通り、ついリクエストが口をついて出てしまった。
「塩とキャラメルね」
 牙を見せニンマリと笑いながら、ドラルクはエプロンを颯爽と身に着ける。
「今から作んの?見てていい?」
「ンフフフフ。どうぞ」
 それも折り込み済みだと言わんばかりに、快諾してドラルクはフライパンを取り出した。ガラスの蓋から弾ける豆の様子とパチパチとした音にロナルドが熱中していると、甘い匂いが鼻に届く。いつの間にか隣のコンロにもフライパンが用意されていて、キャラメル色をした中身がボコボコと泡を立てている。出来たポップコーンをそのフライパンへ入れて、さっと絡めたらクッキングシートを敷いた皿へ移す。フライパンにもう一度豆を入れて塩を振り、第二弾もあらかた弾けたら、もう一つの皿へ。ある程度冷めたら紙製のカップへ入れれば、キャラメルと塩のポップコーンの完成だ。
「この容器わざわざ買ったのかよ?」
「百円ショップだ。コーラの容器もね。物価高とは言っても、昔に比べれば現代は何でも安価で手に入るな。暇だったから以前君と行った店舗に冷やかしに行ったんだが、今や人気店舗だったぞ。話が弾んで冷やかしのつもりが、色々買ってしまったな」 
「えっ?まさかあのおっさん吸血鬼の店?」
「次回はまたロナルド君と一緒に来店してくれと、再戦を待ちわびていたぞ」
「やだよ」
 ロナルドが即座に素で呟くと、ケラケラ笑いながらトレイにポップコーンとコーラを配置して、「小道具が利いていていた方が雰囲気出るだろ」と差し出された。香ばしい匂いに気分も高まる。ソファまで運び、隣にふたりで並んで座ると、仰々しく手を差し出された。
…………何、その手」
「君と手を繋ぎたいんだよ」
 手袋はなく、赤い爪の指がするりとロナルドの指の間へ滑り込んできた。握られる手と、優しげな瞳に心臓が血を送り込む速度が速まる。映画の序盤で既に手汗が気になったが、ほどくのも躊躇われる。からかってきたら、殴れば良いし……今だけだと、繋いだ手を離せなかった。クソ映画と疑って視聴を開始したが、最後まで良質なアクションロマンスコメディだった。
 クレジットが流れる中、殊の外面白かった映画に満足して横をみれば、赤の瞳とばっちり目が合った。傾けた顔が、ゆっくりと近づいてくる。
(あっ、ちゅー……される)
 どくんと心臓が跳ね上がり、動作がスローモーションに流れる。もう唇が触れてしまう――――

 気付いた時には、反射で拳を突き出していた。散った砂も体感はゆっくりと落ちていき、したことの重さに青ざめれば、通常の世界へ引き戻されていた。折角繋いでいた手も解けてしまった。
 キスも人並みに出来ないのかと煽り倒されるか、恋人に手を上げるとはどういった了見だと罵倒されると覚悟して待ったが、ゆるりと再生した吸血鬼は気まずそうに目線を落としていた。
 予想外に、傷付いた表情。動揺する吸血鬼に、ロナルドもまた動揺する。
(えっ、なんで、そんな顔、……拒否されたことがない、とか……?)
 そう考えてしまって、ドラルクに恋人が居たという想像も嫌だと思い至る。顔も知らない相手に嫉妬してるのだろうか。好きかも分からないと、うだうだ考えているのに?
 キスまで拒否しておいて、手前勝手なことは分かっている。しかし受け入れてしまったら、勘違いでは済まなくなってしまう。誤魔化しや言い訳は以ての外だし、ロナルドはそこまで鉄面皮になれない。決定的に境界線を踏み越えることが怖かった。
「どっ、ドラ公……ごめん。わざとじゃなくて、ちょっと、時間が欲しいなって」
………どのくらい?」
「さん……
「三分や三時間、ではないよな。みっか、でもないし。まさか三週間?」
「さ、三十年……とか」
「なんて?」
「さっ、三年ほどお時間を」
「年単位!!」
「うぅ……じゃあ三ヶ月」
 可能な限り今の曖昧な関係を引き延ばしたかったが、そうは問屋が卸さなそうだと悟り、ロナルドは泣きたくなった。一方のドラルクも目を閉じ、ため息をついた。呆れているようにも悲しげにも見えて、ロナルドが申し訳なさに縮こまると、ドラルクは折れたように謝ってきた。
……無理させて悪かったよ。せめて、抱きしめても?」
 マントから広げられた細く長い腕に、頬がのぼせたように熱くなる。弱々しく首肯すれば、触れているのかどうかという力で抱きしめられた。これはドラルクが貧弱だからじゃない。慎重に距離を誤らないよう、加減されている。
「今日はありがとうロナルド君、またね」

 嫌な予感がした次の日、ドラルクはまたも棺桶ごと姿を消した。

…………ばっっっかヤローー!!!!キス一回拒否したくらいで!!こんな時こそ最強のメンタル発揮しろよ!!お前が繊細(自称)な所は、死にやすい体だけでいいんだよ!心も打たれ弱くなってんじゃねえ!!)

 脱力して床に伏し、考える。数ヶ月後にあのポンチと再会すれば、また過去へ戻れるのでは……?いや、あれは最後に何か言っていた。何だっただろう……後悔したら、城にオルゴールはあると、言ってなかったか。城、……ロナルドが知っている吸血鬼の城は、ひとつしかない。正確には跡地だ。あるかも分からないオルゴールを探しにレンタカーを走らせるなんて正気ではないし、無駄骨に終わる可能性が高い。
 しかし、どうにも気になった。

「嘘だろ……
 睡眠やスケジュールを割いてでもレンタカーを飛ばして訪れた伊奈架町。かつての夏はひまわりが咲いていた印象が根強いが、今の時期は何もない畑が広がっている。その先を見渡して、目を疑った。壊れたはずのドラルク城が夕日に照らされ、荘厳な佇まいで確かに建っていた。
 こわごわ扉を押し開ける。あの日のように、壁に挟まる塵は存在しなかった。歩き回ってみるがどこもしんとしていて、人や吸血鬼の気配はないように思えた。ならばメビヤツは居るのかと記憶にある部屋をそっと覗けば、大量の閉じたひとつ目を目撃してしまい、静かに扉を閉めた。きっとあのメビヤツは、ロナルドの知っているメビヤツではない。過去に戻れば会えるので、声をかけるのはぐっと我慢した。
 散策の末にキッチンを探り当てると、戸棚と思わしき下に何か落ちている。
「本当にあった……
 デザインも、吸い寄せられる魅力もそのままに、オルゴールはぽつねんと、そこにあった。
(そういやバッドエンドは許さねえみたいなこと言ってたな。……まさかこれ、俺が後悔する度にここで見つけんの?怖っ……
 身震いするが、拾い上げて手の平に乗せると、やはり催眠にかかったように音色が恋しい。どうせ音楽は聞こえないと分かっているのに、震える指先で再びゼンマイを巻いた――――