あつき
2026-04-11 21:00:00
31863文字
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我は吸血鬼ハッピーエンド大好き

往生際の悪いロくんがループ&ループするお話。


 目で追いきれない映像が疾風のように流れて、喧騒にも聞こえるノイズが一瞬に去れば、あの日の映画が終わったところだった。
 繋いだ手はそのままに、隣には見知った吸血鬼。不意に細い指が離れていってしまう。冷たいと思っていた手はロナルドの手とすっかり馴染んでいて、無くなると途端に心細くて寂しい。
 横顔を見つめていると、かち合った瞳には熱が籠もっていて――――もう後戻りしないと腹を括って、拳が暴発しないように左手で右手を押さえ込み、目をぎゅっと閉じて待った。
…………
 感覚を唇に全集中させたが、何かが触れることはなかった。
……あの中盤の鉄橋を渡るシーンで、さりげなく手紙を落とした伏線良かったな」
…………あ?」
 何の話だと瞑っていた目をつい開けてしまえば、先程と距離は変わらず、何の変哲も無いドラルクと目が合う。ぱちぱちと瞬きをして、話の内容をゆっくり反芻した。
……あ!あれそうか、後半で場所が分かったのは手紙を見たからか!」
「ニブルド君、気付いてなかったのか。まあそこは別に気付かなくてもなかなか面白い映画だったがね」
「部下が報告しに来た後の、激しい言い合いの場面さ、必要だったとしても台詞きつくねえか。俺ならめげそう」
「いやあれは察しの悪い主人公が悪いだろ。見捨てなかった彼女が大人だね。もっと上手く言いくるめたほうが話は円滑に進んだろうけど、それじゃストーリーの見応えが減るだろう?それにあの言葉で奮起したからこそ、秘宝が奪還出来たんだし」
「んーー、そうか。まあ確かに」
 もしかしてあのシーンも伏線?クライマックスで助けに現れた敵役に感動したなと、思いつくことを話せばポンポンと軽快に会話が返ってくる。何に悩んでいたかなど吹っ飛んで、感想を言い合った。
 そうだ、腹立つことと同じくらい、こういった楽しい時間も多いんだ。名残惜しいくらいに話し込んで一息つくと、ロナルドの興奮が落ち着くのを待っていたように、ドラルクは両手を広げた。
「ロナルド君、抱きしめても?」
 ――あっ、あの時と同じセリフ。
 記憶と同じく首肯すれば、やはり壊れ物を扱うように、優しく抱き留められた。
「楽しかったよ、ありがとう。あとは片付けておくから、先に寝てていいよ」
 すぐに体を離したドラルクは、空のポップコーン容器を手にしてソファから立ち上がる。
……またかよ!やっぱりしないのかよ!!過去に戻ると過去が変わるのなんなん?あーーもう!!!)
 映画を楽しむために明かりを消した部屋のまま、ドラルクは去っていく。普段はロナルドに合わせて電気を付けているが、本来は暗いほうが見やすい吸血鬼だ。今は眠りを邪魔しない為にも、電気を付ける気はないのだろう。何もせず見送ってしまえば、細い背中は暗がりに溶けて忽然と消え去ってしまう、そんな錯覚に目眩を起こす。漠然とした不安に駆られ、ロナルドは弾かれるように立ち上がっていた。
「ドラ公……!」
 ウサギ小屋と揶揄される狭い部屋だ。すぐに追いつき手を伸ばせば、細い手首はすり抜けずに掴むことが出来て、実体として間違いなくドラルクはまだここにいることに息をつく。
 焦りに身を委ね、振り返った薄い肩を掴んで引き寄せた。驚いた目は見開かれて、元から小さな赤い瞳は更に小さくなってロナルドを捉える。
 存在感の薄い唇を確かめるように、自身の唇を無遠慮に押しつけた。音もなく唇と唇が触れて、柔らかく形が変わる。
……触れた。触れてしまった。
 ああ、もう言い逃れられない。ループ前と違い、ロナルドから押し付けてしまった。やり直せばやり直すほど自ら泥濘に嵌っている気がしたが、隣に在るのが当たり前になった冷たい温度を失いたくなかった。
 しかし感じ取れた存在は数瞬で、ひんやりとした心地は俄に消え失せる。足元に目をやれば砂塵が広がるばかりで、思考が一時停止し、言葉が口をついて先に出る。
「しっ、死ぬなよぉ!!!!」
(馬鹿野郎砂るな!!傷つくぞ!?)
 そこで、はっと気が付いた。そうか、そうだよな。好きな人から拒否されるなんて、自分ならずっと立ち直れない。あの時のドラルクはこんな気持ちだったのかと、申し訳なさからしおらしくひとり脳内反省会をしていると、やにわに集まった砂に肩を掴み返された。
「んぐっ」
 人型を形成していく塵が、ドラルクだと判別がつくのが早いか否かの段階で口づけられた。衝動に任せたようにそれは深く、そのまま呼吸が苦しくなるほど繰り返される。
「ン〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
 塞がれた隙間から抗議の唸り声は上げるが、もう殺したくはなかった。抗わずキスが降り止むまで受け入れようと健気に拳を抑えていたのに、収まるどころか勢いは激しさを増して、最終的に舌まで入れる暴挙を犯してきた。ロナルドは声にならない悲鳴を上げて、我慢せずに、というより反射で塵にした。
(これはっっ!!怒っていいよな!!?)
「初回からあっ、あんなえっちなちゅーするなんてッッ!!何が紳士だよ!!!!」
 殺したくなかったのに、脆くも誓いを破るほど動揺して思いの丈をぶつけた。
「ごめん、君からのキスが嬉しくて、歯止めが聞かなかった」
 素直に謝るドラルクを、恋仲になって何度見ただろう。もうずっと、お互いの調子は狂いっぱなしだ。上半身だけ先に再生したドラルクの顔は常になく真剣そのもので、ロナルドはあっさりと毒気を抜かれる。キスを返された時点で分かってはいたが、改めて言葉にされると、怒りなんてもう残ってはいなかった。
……今度は、優しくしろ」
 ロナルドだって性急さに追いつけなかっただけで、嫌だった訳じゃない。誤解されないよう、まだ再生しきらない体を引っ張り上げて、もう一度自ら唇を押し付けた。驚きに見開かれた赤の瞳は、ロナルドが離れる頃には甘く蕩けて微笑み、すぐに優しく頬に返された。なんだこれ、むず痒くてくすぐったい。 

 次の日は、もう棺桶は無くならなかった。

*

 それからは事あるごとに、何かとかこつけて、あらゆるところへキスが落とされるようになった。
 見送る時、出迎える時、味見につられてキッチンへ赴いた時や、洗面所で後ろから抱きしめられた時に、おやすみやおはようにも当たり前のように迫られるので、ロナルドはたじたじだった。
 掬われた指に、手に、頬や頭、瞼。照れたロナルドに殺される確率が段々と減った頃合いを見計らったように、「たまには君からもしてよ」そう言いながら繋がれた手の甲へまた口づけられた。
 気障ったらしい仕草に腹が立つのに、さまになっていて目が逸らせない。内心悔しさに歯噛みしながらの返答は、さぞぶっきらぼうに聞こえただろう。
……動くんじゃねえぞ」
「そんな銃突きつける時みたいな台詞と表情でするキスある?」
「黙って見てろ」
 キスくらいお安い御用だと勝ち気に振る舞うが、体は正直で緊張から小刻みに震えてしまう。慎重にそろそろと口を頬へ近づけていたのに、横目で見ていたドラルクが不意に首を回す。避ける間もなく、ちゅ、と軽く唇が触れ合った。迎えられてあちらから唇にキスされたことに、びっくりして意に反し、殺してしまった。
「う、動くなって言った!!俺からしろってお前が言ったのに!!」
 ふりじゃねえんだよ!!と半泣きで怒ってみたものの、これはこちらの失態だと分かっている。悪戯好きの吸血鬼に宣言した時点で、愚かだったのはロナルドの方なのだ。
 「あんまりにも君が可愛くて。怒らないでよ」
 サラサラと再生しながら頬に手を伸ばされた。反対の頬に、優しいキスが落とされて、またロナルドの心臓が飛び跳ねる。
「もう私からするのは我慢するからさ、今度こそどうぞ」
 寄せられ示された頬と、閉じられた瞳に柔らかく緩んだ口元。ジョンにばかり見せていた優しい表情を、最近はロナルドにもよく見せるようになった。
(〜〜〜ッッ……!!可愛いのはっっ……!どっちだよ!!)
 こんなおっさん吸血鬼に普段ならおよそ形容がつかない“可愛い”を連想させられるなんて、絶対にバレたくないし悔しいが、この手の悪戯にどうにも弱く、許す他ないのだ。
 悔し紛れに頬ではなく唇にキスをぶつけてやれば、吸血鬼をより喜ばして調子に乗らせることも分かっている。それでもそうしたのは、あり得ないと思っていた関係にドラルクと収まっている現実に回線がショートして、脳がエラーを起こしている、きっと馬鹿になっているんだ。噛みつくようにキスを返されると、正常に判断する心がグラグラと揺れる。ああ、きっと最初から戻れる道なんて、どこにもなかったに違いない。とっくに手遅れなんだと、ドラルクから強請られなくてもずっとこうしたかった気持ちを、唇と共に受け入れた。

 甘え上手な吸血鬼に麻痺させられたのか、あるいは対抗意識からか、ロナルドも段々とふたりの時は不器用に擦り寄るようになった。
 細い体を抱きしめて、さほど高くない体温がぬるく馴染むのは心地が良かった。
 あちらがするならこちらからもしていいんだと示されたようで、ぎこちなくも触れたい意思を行動に移せば、ドラルクは必ず応えてくれた。抱きしめ返されることも、体を気遣うように撫でられることも、あちらこちらに優しく落とされるキスも、時折囁かれる甘い言葉も、じんわりと満たされて幸せに高揚が混じり合う。
 キスもハグも、最初よりは上手くなったと思う。
(へへん、どうだもうキスごときでは動揺しないぜ!)
 こちらから愛情を示すことへの抵抗も随分と薄れてきた頃、その日は珍しくふたりきりの夜だった。風呂上がりのロナルドは、ソファベッドに座りゲームをやり込む吸血鬼の横になんとはなしに座り、数秒ごとにデッドエンドを迎えるクソゲー画面をぼうっと眺めていた。立て込んでいた仕事が一段落着いて久々にゆったりとした夜だったので、次第に構って欲しい気持ちが疼きだした。そわそわタイミングを見定めていると、それ程待たないうちに立派なクソゲーらしくバグが出て画面がフリーズした。
「あー……
 無常を呟きながらドラルクのコントローラを手繰る手が止まった時、今なら怒られないかなと、そうっと腰に腕を回した。肩口に甘えるように顔を埋めて、いつも先手を打たれるので今日はこちらからしたいと唇を頬に押し付けた。するとそれはもう迅速にコントローラをほっぽりだした吸血鬼は、ロナルドに向き直ると少々強く唇を合わし押しつけてきて、それだけではなくいつもと違い、グイグイ肩を押してきた。
(なんだ?横になれって言いたいのか?)
 ドラルクの力では到底ロナルドを押し倒せる訳はないが、幸せに満たされ霞がかったような頭で、気分が良いのでその通りに力を抜いた。
 求め合うようにキスを繰り返しながら素直に横たわれば、細い体が覆いかぶさって、足の間に骨ばった細く長い足が割り込んできた。異変を感じとり、降り止んだキスの合間に見上げると、赤色の瞳は爛々とロナルドだけを捉えている。
「君が欲しい」
 吐息は熱く、告白された時と同じ、こちらが焼け焦げそうなほど強い視線。余裕なく迫られて、硬い物が足に……

(無理無理無理無理!!!!初心者なめんな!!!!)

 圧倒的に、覚悟が足りなかった。そう、それまで半信半疑だったのだろう。もちろんロナルドも、キスの先にある行為を全く考えなかった訳では無い。訳では無いが、キスまでは出来ても、ドラルクがロナルドへ欲情するに至るなんてことはあり得ないと、同居人の延長線から気紛れに高まった一時的な感情だろうと悠長に構えていて、ここまで深く求められるのは予想外だった。
 軽くパニックに陥ったロナルドは、それでも気持ちを押し殺して、この場を乗り切ろうとした。自分がアクションを起こさずとも、大人しく身を任せていれば、ドラルクがなんとかしてくれる。いっそ天井のシミを数えている間に終わるよくらいおじさん臭い事を言って茶化してくれ、いや本当に言ったら引いてやると気を逸らそうとした。
 しかし体の線を辿る細い指を、どうしても意識してしまう。冷たい指がするりと移動すれば不随意に跳ねる腰に、本当にこれで良いのかと頭の芯で悲鳴が上がる。勝手に熱をあげる体に追いつかない心が、受け入れようと足掻いていた。出掛かる声を抑え込みながら、早く時が過ぎるのをひたすらに祈っていると、存在と体の輪郭を確かめるように優しく、滑らかに動いていた手のひらが、不意に止まった。そのまま離れると、今度はロナルドの頬を包むようにそっと触れる。冷たさにはっと目を開けると、赤い瞳へ誘導されたようにドラルクから目が離せなくなった。
 目を開けたということは、閉じていたということだ。ロナルドは無意識に目を強く瞑っていたのだと気が付いた。逸らせない瞳は憂慮に曇っていた。
「ロナルド君、無理しないで。ゆっくり息をして」
 指摘されてこれも気付いた。呼吸もままなっていなかった体に酸素を取り込もうと、深呼吸を数度繰り返す。緊張に体は強張っていたし、血の気が引いた感覚では顔色も良くなかったかも知れない。ロナルドの葛藤は見破られて当然だった。 
 しかし今無理しなかったら、またこの吸血鬼は居なくなる。こんなの脅しに近いのに、いけしゃあしゃあとよく言うと事情を知らない相手に腹が立つ。それでも失いたくなくて、この体で済むなら安いもんだと差し出そうとしたのに、無情にもドラルクは淡々と告げる。
「自分を殺して、切り売りするな。すて鉢にもなるな」
 赤い瞳は冷静に光を湛えて、ロナルドに反論を許さないように揺るがない。そう諌められては、ロナルドはもう打つ手がなかった。 
 欲を乗せてギラギラと鋭かった眼光が、すぅと明るさを落とす。落ち着いた紅の瞳が、優しく細められる。日常に時折垣間見る、眠るジョンを撫でる時のような慈しみの眼差しだ。
「今日のところはおやすみ。好きだよ、ロナルド君」

 ロナルドから明確な拒絶はしなかったのに、愛の言葉は囁くのに、翌日また無くなった棺桶に遣る瀬無さと世知辛さを思い知らされた。

(だよな!分かってたよ!エーーン!!!クソゲー好きだからってお前自身がクソゲーになるんじゃねえ!!)
 バッドエンドとポンチ吸血鬼に称された未来を、またも止められなかった。
(だって!おかしいじゃん!!もう最終局面迎えちゃうの?キスとえっちの間とかないの??俺に欲情するなんて間違いじゃないの?)
 ロナルドは未だにこの想いを測りかねているというのに、追い立てられたら堪らなくなる。
 本当は嫌ではないのに、興味はあるくせに、最後までする度胸は足りないとか。絶対に馬鹿にされると思ったのに、どこまでも、吸血鬼は優しかった。

 当然、やり直す手段を知ってしまっているロナルドは、そのままではいられなかった。
 矢も盾もたまらず、再び訪れたドラルク城のキッチンに行儀悪く胡座をかいて、見る角度を変えると鈍く妖しい光が煌めくオルゴールをつまみ上げた。
 三度巡り合ったオルゴールを苦々しく、しかし矯めつ眇めつ観察する。どこから見ても普通のオルゴールなのに、見つめると腹の底が冷えるように寒気がせり上がり、肌が粟立つ。なのに恐怖にも似た感情を押しのけて、どうにか望む未来を手に入れたいと渦巻く渇望が、取手に手を伸ばすように唆す。
 頼りにするのはこれが最後にしたいと、祈るようにぜんまいを回した。