あつき
2026-04-11 21:00:00
31863文字
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我は吸血鬼ハッピーエンド大好き

往生際の悪いロくんがループ&ループするお話。

「ハーーーッハッハッハァーーッ!!退治人どもよ覚悟しろ!!我は吸血鬼ハッピーエンド大好き!!」
「吸血鬼ハッピーエンド大好き!?」
 新横浜の街にはその日も飽くことなく、愉快な名を引っ提げた吸血鬼が現れていた。退治人達は慣れたもので、例え不毛だとしても律儀に仕事として相手をする。
「念の為詳しく話を聞こうか?」
「我の目が黒いうちは、ハッピーエンド以外認めぬ!!人生のバッドエンドへ進みそうな奴は強制的に修正してやるわ!!」
「ただの良い奴だな」
「うん、良い吸血鬼だわ」
 市民にこれといった被害もなく、今のところ危険思想を感じない以上、その日の仕事は終了である。ぞろぞろと帰り支度を始める一同のひとり、銀髪碧眼で赤い帽子の退治人へ、捨て置かれた吸血鬼はびしりと指を向ける。
「待て!そこの貴様、バドエン臭が漂っているぞ!!」
「はぁ!?俺!?」
 突然矢面に立たされたロナルドは、いの一番に指名され巻き込まれてしまったことに、心底面倒だと眉を顰める。
「それどんな匂いなの?」
 何か発明の参考にならないかと、メドキが職人魂と好奇心からメモを片手に尋ねた。
「そうだな、不幸の方向性や具合、深浅、その者の捉え方で異なるが、そこの退治人の匂いは死肉の匂いに近い。ゆっくりと心が腐敗に向かっているのだろうな……って今はそんなことどうでもいい!!」
「ノリノリで解説するじゃん」
「バドエン臭って、例えじゃなかったんだ……クソ真面目に答えるあたり、やっぱり悪い奴じゃなさそう」
 当の吸血鬼はロナルドに関心を向けていて、わいわい騒ぐ外野の声はもう聞こえていないようだった。ロナルドだけを見据え、更に畳み掛けてくる。
「心当たりがあるだろう、若き退治人よ!!その後悔を晴らしたくはないのか!?」
 ロナルドは身を固くして、反論も唱えられず奥歯を噛み締めて敵を睨み返す。思い出したくなかった数ヶ月前の記憶を、否が応でも思い起こさせられてしまった。

*

「ねえ、私、ロナルド君のことが好きみたい」
 駅前に新しいパン屋が出来たよ、と教える時と同じ抑揚でそう告げられた。言葉の重さに比べてあまりにも軽やかな口調だったので、ロナルドは聞き違えたかと、洗面所へ向かう歩を止めて振り返った。
 仕事から帰ってきて夜食と風呂を済ませ、億劫だが歯ブラシを取りに行くかと重い腰をあげたところだった。
 瞬きを繰り返してドラルクを見るが、立ったままただこちらを真っ直ぐ見つめ返す目には、いつもの悪戯の色など微塵も無かった。

(いやいやいや、無理だろ?だって男同士だし?え?こいつがうちに押し掛けてきたことや、今までメシ作ってくれたり掃除や洗濯に家のこと諸々世話してくれるのも、退治にひっついてくることも、もしかして俺が好きだからだったの?)
 だとしたら知らなかったとはいえ、これまでずっと好意につけ込んで、ドラルクに甘えていた事になる。
 言葉には温度を感じなかったのに、見つめ返す深紅の瞳は見たことのない熱を帯びて、いつもは悪い顔色が嘘のように上気している。楽しむのが上手くて吊り上がることの多い口角は今、引き結ばれている。

 やめてくれ、そんな知らなかった表情と熱を向けないでくれ。それを貰うべきはきっと自分ではないと、足元を揺るがすようなひどい焦燥に襲われる。

 最悪な事に気付いてしまった。ロナルドは自分で思っていたよりもずっと、ドラルクとの日々の暮らしを気に入っていたのだと。ぶつけられた想いに応えたら、きっとこのままではいられない。
 今までのように、馬鹿馬鹿しくも楽しい、相棒で、同居人で、……そう、認めたくはないが家族のような関係ではどうしていけないのか。せり上がる焦りと喉の渇きに、心臓が煩くて苦しい。
……お前との関係は、そんなんじゃないだろ」
 当たり前になった生活を変えたくなくて必死だった。何が正解かも分からず絞り出した言葉にどう未来が転ぶのか恐れたが、さほど待たずあっさりとした返答が耳に届いた。
「そっか」
 眉を情けなく下げ、ドラルクはにへらと笑ってみせた。こんなにも楽しく無さそうに笑うドラルクを、ロナルドは初めて見たかも知れない。ぎゅうと左胸が締め付けられて、泣きたいような心地になる。
「ドラ、……
 何か言いたいのに、何を言えばいいかさっぱりと見当がつかなくて、名前を呼ぶのさえ躊躇ってしまう。
 そんなロナルドに構わず、先ほどの哀愁など見せなかったように、ドラルクはやり掛けていた家事へ戻ってゆく。小さいダイニングテーブルの卓上を、端から端へ丁寧にアルコールで拭きながら、ロナルドへ話しかけてきた。
「今日の唐揚げも絶品だったろ?」
「えっ、あっ、ああ。リンゴ入ったゼリーもうまかった」
「そうだろう、そうだろうとも。良い事を教えてやろう。……隠し味はセロリエキスだ。君、案外原形を留めなければなんでも食べれ……
「セロッッッブキャラッパヴォエ!!!!!」
「ブェーー!!!!鎮まれタイフーンゴリラ!!かき混ぜられっぱなしで塵から戻れん!!冗談だわ!!実際に混ぜたのは同じセリ科でも人参……
「ウオオオォォ余計な知識を思い出させるんじゃねえ!!ニンジンまで食べれなくなったらテメーのせいだからなァ!!次に悪質な嘘を吐いたらその砂に塩を混ぜてお清めとしてもり塩の山を築いてやる!!」
「人参もセロリも悪霊とは違うのだが?いくら私が清い存在でも、それでは半田くんすら撃退できん」
「オメーが一番邪悪なんだよ!!やっぱり今すぐ塩混ぜるわ。後で聖水も調達してくる」
「塩は許容してやるから聖水はやめてください。本気で死ぬ」
「そこは許容するなよ……」 
 素直な態度に怒りも失せて、ロナルドの塵をかき混ぜる手と踏み荒らす足が止まると、ケラケラと笑いながらドラルクは復活した。
「ハハハ、あぁ本当に、君は面白い存在だな。もう寝るんだろ、引き留めて悪かった。おやすみロナルド君」
 遊びに出かけていたジョンをそろそろ迎えに行ってくると、声音はご機嫌のまま背を向けて、ドラルクは事務所を出ていった。
 静かに扉が閉められるまで見送り、あれはいつもの腹立つドラルクだと、ざわつく心に蓋をした。何も心配は要らない、これでまた明日から変わり無い日常に戻れると自分に言い聞かせ、わだかまる不安をかき消すように布団を頭まで被って、その日は眠りについた。

 次の日、ロナルドが起きたら何もかも無くなっていた。
 メビヤツも吸血金魚も命が宿ったゲームも見当たらない。堂々とリビングに鎮座していた棺桶は影も形もなく、あんなもの邪魔だと思っていたのに、いざ無くなるとすきま風が通るように薄ら寒く、ぞわぞわと落ち着かず心許ない。 
 シャンプーだって歯ブラシだって、難しい名前の調味料も黒の下着も、ドラルクの生活に関わる一切のものが魔法のように消えていた。
 はじめから一緒に暮らした日々など、無かったように。無くなったものたちが、今までの暮らしを否定しようとする。そんな馬鹿なと、部屋の隅々まで目を走らす。普段は手入れ上手な同居人に任せていたから、収納やソファの下なんて見やしなかったのに、つぶさに確認してしまう。何かひとつくらい証明してくれるものがあるはずだと、無我夢中にあらゆる扉を開けて、手を伸ばして、乱雑に探り回ったが、どういった訳かフライパンすらも一人暮らしの頃に使用していたものに戻っていた。スマホの登録も消えている。
 ドラルクの存在自体が無くなってしまったのかとぞっとしてギルドへ立ち寄れば、皆揃って「また喧嘩したのか」と呆れ顔を向けてきたので、カウンターの椅子にへたり込んだ。ロナルドの部屋からはドラルクの痕跡が綺麗さっぱり消えていたが、同居していたという事実は夢ではなかった。その事に安堵した。

 それからは、いつドラルクが帰ってきても良いように、努めて「日常」を送った。ドラルクはさよならの一言も言わなかったから、いつかひょっこり帰ってくるんじゃないか、その時は勝手な行動への怒りを拳でぶつけてやると決めていた。余計なことを考えないように、あくせくと盲目的に仕事へ精を出した。
 ふとした拍子にリビングもキッチンもすっかり音と温かさを失ったことに気づいてしまえば、心が芯から凍てつくようで目の前が真っ白になる。明日にも五月蝿いくらいの騒がしさが戻ってくるかも知れないのだから、静けさはこのひとときだけだと言い聞かす。そんな夜を何度超えても、ドラルクは帰ってこなかった。
 コラムの仕事を増やしたのか、紙面上でドラルクの文体だけは頻繁に目撃していた。元気なことにほっとすると同時に、遣る瀬無い怒りが湧いた。
 現実を受け入れたくなくてひとりの時間は今だけだと思い込もうとしていたけど、頭の端でドラルクはもう二度と戻らない事は理解していて、ずっと寂しかったのだろう。
 新横浜に現れたポンチ吸血鬼の言葉は正鵠を射ていた。心がゆっくりと悪くなっていくのを止められず、日々を漫然と惰性に任せて過ごしていた。

 ずっと後悔していた。あの時、返答を間違わなければ、今もあいつは隣に居たのだろうか。それとも今日は寒いからと気紛れな猫のように、帰れば家でクソゲーをプレイしていたんじゃないか?

*

 走馬灯のようにここ数ヶ月の記憶を振り返ってしまい、こんな感情に浸りたくなかった、全くの願い下げだと苛立ちを募らせる。善良そうな名前を冠していても、ロナルドにとっては十分に害悪だったと目の前のポンチ吸血鬼を睨みつける。
「顔色が優れないようだな。安心しろ、すぐに良くしてやろう」
「どういうことだ?」
 邪悪に口の端を上げて手のひらをこちらに向ける敵に、催眠が来るかと避けるべく身構えたが、開かれた手の上には精巧な小型の機械が乗せられている、ただそれだけだった。
……オルゴール?」
 懐かしく古びているようで、真新しいように美しく輝いて見える不思議なそれの名前は、剥き出しの見覚えがある円筒に突起、音階板から弾き出された。
「これは数ヶ月前は、吸血鬼の城、キッチンの戸棚にあるはずだ。後悔したら、何度でもやり直すがいい」
「は……何を言って……
 ポンチ吸血鬼の話す意図がまるで分からないのに、オルゴールがどんな音色を奏でるのか知りたくてたまらない。差し出された手から魅入られたように受け取り、ぜんまいに手を伸ばす。くるくると心地よい抵抗で巻かれるぜんまいを、限界まで巻き終えて手を離せば――――