真九龍
2026-03-06 19:54:09
42542文字
Public 小説
 

【鳴ライ】Sweet and Crisis 2

鳴海×ライドウで、”二人で女装”して潜入捜査するお話。まさかの続編です。
前作は此方→Sweet and Crisis
注1:両想いな鳴ライになっています。
注2:ライドウremaster版をプレイ及びクリア済み。ゲーム本編のネタバレを含みます。
注3:攻めの女装表現が含まれます(勿論ライドウも女装します)。
注4:当時の時代背景(明治期~大正期)における女性軽視表現が含まれます(※性的な表現は含みません)。
注5::流血、暴力、首絞表現を含みます。


─ 陸ノ一 ─

 首領は無言でライドウの手を引っ張り、二つのホールを繋ぐ渡り廊下を歩き、連行された場所は第二ホール。第一ホールより広く、天井には幾つものシャンデリアが吊り下げられている。舞台も併設され、ショー向けのホールだと窺える。其の舞台には、一人の男が立っていた。

(……纏うMAGの色が赤黒い……)

 堕落したデビルサマナーのMAGの色は、緑色から赤黒い色に変化する。ライドウは決定的な証拠を目の当たりにし、男を睨み付けた。

「此処に来ると思っていたぞ……葛葉ライドウ」
……ッ、此の展示会はあまりにも可笑し過ぎた……潜入して捜査するのは当ぜ……うわッ……!」

 ライドウが言い終えわる直前、首領の手が左手首より離れ、そして、ライドウを突き飛ばした。反動で床に倒れ込むも、直ぐに立ち上がり、舞台に立つダークサマナーを再び睨む。

「俺はもう下がるぞ……ナハル」
「ああ、展示品の片付けをしててくれ。そうそう、”片付けた”奴等の処理も忘れるなよ」

 ライドウをナハルの許まで連行した首領は、第二ホールから立ち去った。残されたのはライドウと、傲岸不遜な態度で舞台に立つダークサマナー──ナハル。

「葛葉ライドウ。此の俺がお前を処刑する前に、幾つか質問に答えてやろう」

 理由は不明だが、相当の自信があるようだ。其の理由を何となく察したライドウだが、此処はナハルの油断を誘うべく、言葉に従う。

「展示会の目的は何だ?単なる金目的ではなさそうだが……?」
「良い着眼点だな。俺は純粋に遊ぶ金欲しさだが……あいつ等詐欺集団は、武器を国内外問わず売買するのが目的だ」
(……詐欺集団の裏の顔は”死の商人”か……鳴海さん、大当たりです)

 死の商人とは、武器商人が道を外した呼称。
 武器と見做されたものは政府と帝国軍が徹底的に管理及び監視し、市場に流通しないよう厳しく制限しているが、死の商人は要人達の監視下を掻い潜り、反政府組織、反軍組織、はては外国マフィアを相手に武器の取引売買を行うのである。
 ヤタガラスから依頼が入り、情報収集する最中、鳴海は別の意図が有ると読んでいた。金儲けは表向きで、裏はライドウは拳を握り締め、次の質問をナハルにぶつける。

……女性だけしか入場出来ないのは何故だ?技芸属の悪魔が作り出しだ偽りの美術品に呪いを掛けた理由は何だ?」
「今の女は昔と比べて金を持っているからだ。汗水たらして得た金を好きなことに使いたいのは人間の性だろう?だから、女が好みそうな偽物に作り変え、必ず購入条件に加えて、価格を自由に付けれるようにすると……女達は俺が想像する以上の値を付けた!お陰であっという間にぼろ儲けのうはうはよッ!」
……ッ、下衆め」

 豪快に嘲笑うナハルを他所に、ライドウの怒りは噴火目前まで急上昇する。

「ああそうだ……入場を女に限定した理由はもう一つあってな……俺と契約する悪魔が女の精気を好んでいるからだ。一部の偽物にだけ呪いを掛け、ちょっとずつ……ちょ~っとずつ精気を奪い、悪魔に還元させていたのさ。ホントは全ての偽物に呪いを掛けて精気を集めたかったんだが……展示会の悪評に繋がっちまい、利益が下がったら元も子もねぇからなぁあっはっはッ!」
(女の精気が好み…………まさか、あの悪魔のことか………………──少し寒気がするな……いや、其れよりも……!)

 ライドウの脳裏で深緑色の御立派なあの悪魔が浮かび、何故か寒気を催す。
 其れはさておき──。
 日本の社会で活躍し、自分らしく、逞しく生きる女性達を踏みにじる卑しい発言に、ライドウは拳をギリギリと握り締めた。
 帝都の守護者として、今を生きる一人の人間として、此の男を絶対に許さない。

「あー、笑った笑った……さて、質問タイムは此れでお開きだ」

 ナハルは笑い過ぎて出た涙を拭い、懐から封魔の管を取り出し、詠唱を始める。赤黒い閃光が周囲に迸った時、巨大な半開きの棺桶から腕と長い角を出し、眼光を不気味に光らせる悪魔が顕現した。

(……──!モト……!)
 
 外法属モト。
 ウガリット神話で死神と畏れられ、ライドウは過去に一度対峙したことがある。呪いが掛かった偽りの美術品を介し、女性の精気を奪い取った影響なのか、晴海町の教会で討伐した個体よりも禍々しい妖気を纏っている。

「どうだモト……目の前の彼奴は女、と見せかけて女の格好をした男だが、間違いなく上玉だ……喰えばお前の力が一層増すぞッ!」
 
 ナハルの提言に、棺桶から出る腕が歓喜に蠢く。ライドウはナハルが己をモトの”生贄”に捧げる目的で、此の第二ホールに連行したのだと理解する。
 事実、デビルサマナーは悪魔を滅する者であると同時に、悪魔にとって最高の御馳走。特に、史上最年少で葛葉ライドウを襲名した彼は、強大な悪魔から「喰ったら美味いだろうな」と度々告げられる程最高──極上の御馳走なのだ。

「女に変装する都合上刀は持ってこれねぇし、御仲魔さんを召喚して闘ったとしても、肝心のMAGが枯渇しちまったら何も出来なくなるからなぁ……つまり、お前の敗北は確定なんだよッ!」

 勝利を確信し、高揚したナハルはライドウに勝ち目など無いと罵る。ナハルの言う通り、変装──取り分け女装となると、制約が一気に増加する。週末の秘密のお茶会潜入時、刀は持てず、封魔の管も二本が限界だった。鳴海のサポートが無ければ、今頃自分は此の世に存在しない者となっていただろう。

……チッ、ずっとだんまりかよ……ああ、ひょっとするとあれか……?成す術が何も無く絶望し、口すら聞けなくなっちまったってやつか…………手前の同伴者も彼奴等が片付けて処分しただろうし……おいモト、時間が勿体無いねぇ。とっと葛葉ライドウを喰っちまいなぁッ!!」

 ナハルの命令を受けたモトは、ずっと立ち尽くしまま微動だにせず、顔を伏せるライドウに向かって突撃した。其の身体を八つ裂きにすべく、棺桶の蓋を大きく開き、紫色の両腕を振り下した瞬間──
……!』
「な、何だと……!?」

 モトの太い両腕は弾かれた。
 ライドウがスカートの中から咄嗟に取り出した、退魔の”短刀”によって──。

「自分が何も持っていないと思ったら……大間違いだッ!!」

ライドウの怒鳴り声が、第二ホール全体に響き渡る。


 刀の上身が長くて持ち込めないのなら、短くして隠せばいい。
 先日の潜入捜査の顛末を耳にしたムラマサ候補生が、潜入捜査専用の退魔の刀を打たせてほしいと自ら申し出た。
 同世代で活躍するライドウの力になりたい、という、彼の純粋な熱意。
 ヤタガラスは帝都の守護に繋がるのならば、と、ムラマサ候補生に短刀鍛練の許可を下す。彼は全身全霊を込めて短刀を作り出し、更に、潜入捜査専用レッグホルスターも作製した。お手製のレッグホルスターは二つあり、それぞれの役割を持つ。右大腿用は封魔の管四本と銃の固定具を、左大腿用は短刀の固定具及び回復道具を入れるポーチが付く。
 潜入捜査専用装備一式が鳴海探偵社に届いたのは、展示会の前日。両大腿に装着し、丈が長く、捲って取り出しやすい巻きスカートで隠せば──女装による装備の制約問題が、一気に解決したのである。


 ライドウは退魔の短刀を右手に構えたまま、巻きスカートの下に隠れるレッグホルスターから封魔の管を取り出し、詠唱を始めた。

「やべッ……!モト、奴を止めろッ!!」

 ナハルが気付いた時には既に遅し。モトが命令で動き出す前に、緑色の閃光が迸る。

『金の林檎は不老不死の果実……あたしの分身が関わってると思ってたけど、ぜぇ~んぜん違ってたわね……でも、逆境にめげず頑張る今の時代の女の子達を馬鹿にしたあんたは、ぜぇ~ったいに許さないわよッ!』

 赤ずきんに金髪蒼眼、左腕にバケットを掛け、右手に金の林檎を持つ北欧神話の女神──技芸属・イズンが顕現する。ナハルの発言を封魔の管の中から聞いていたイズンは憤慨し、怒りの矛先をナハルに向けた。

「ちぃ、くしょうがぁ……!おいモト!自由に暴れちまいなッ!奪った精気で力を得たお前の姿を、彼奴等に見せつけてやれッ!!」
……──』

 苛立ち悔しがるナハルだが、腐ってもサマナーだ。
 自由に暴れろ──。
 其の言葉が引き金となり、モトから悍ましい妖気が噴出する。第二ホールの彼方此方に稲妻が落下し、地を這うような呻き声と共に現れたのは、

……ッ!やだッ!ゾンビー!あいつが呼び出したのッ!?てか多過ぎぃ~ッ!!』

 屍鬼・ゾンビー。
 異界の帝都をあても無く続ける、生きる屍。
 精気による強化の影響か、異界から召喚する術を得ているようだ。

「イズン、ゾンビー達の相手を頼めるか?」
『う~……仕方ないわね……精気で力を付けちゃったモトを討てるのはライドウだけだし……あ、そうだッ!ライドウ、ちょっといいかしら?』

 ライドウの命に渋々従うイズンだが、良いことを閃いたのか、ライドウにこそこそと耳打ちする。ライドウの耳から口を離したイズンが見たのは、主のきょとんした表情だった。
 やだ可愛い──女装の効果でライドウの可愛さ倍増キャンペェン──。
 と、イズンの乙女心がキュンとなり、ライドウの前で思わず言い出しかけるも此処は何とか引っ込め、「早くしないと襲われちゃうわよ」と急かす。ライドウはイズンの前に短刀を差し出すと、彼女は短刀に魔力を移し籠めた。
 すると、

……!?上身が伸びた……!!」
『匠の技なら出来るかな~と思ってやってみたの!大成功だわッ!』

 短刀はバチバチと音を立てながら、太刀程の長さまで伸びたではないか。イズンは技芸属の固有技である匠の技を上手く応用し、ライドウの短刀を一時的だが、普段から使い慣れている長さに変化させたのだ。

『モトって電撃属性が弱点だったわよね?だから、刀に飛電を籠めてみたの』

 しかも、モトの弱点である電撃属性の付加付きで。 

「凄い術だ……有難う、イズン」
『ふふ、どういたしまして。さあッ、ゾンビーどもッ!此の女神イズンが相手よッ!!』

 突発の閃きが成功し、気分が昂ったイズンは堂々と宣言し、ゾンビーに向かって竜巻を放つ。強烈な突風が直撃したゾンビーは壁に激突し、か細い呻き声を上げながら消失していく。しかし、直ぐ稲妻が迸り、新たなゾンビーが第二ホールに出現する。イズンは険しい顔を浮かべるも、”相方の仲魔が到着する”までの辛抱だと念じ、再び竜巻を放った。

「覚悟しろッ!」
『──!』

 電撃属性を纏った磁霊煉獄撃がモトの棺桶を掠め、刀痕を付ける。弱点属性故か、モトは慎重にならざるを得ないようだ。

「怖れるんじゃねぇッ!手前は高位の悪魔だろッ!死神だろッ!」
……──』

 モトは棺桶と蓋の隙間からライドウを窺っている。其の眼光は弱点属性を前に怯んでいるのか、それとも何か企んでいるのかは読めない。一言も発しない所為か、余計に混乱を招く。

(一気に叩き込むのが得策か……?いや、油断は出来ない……モトは高位に位置し、しかも、奪った精気で強化された個体だ……此処で慢心してはいけないぞ、葛葉ライドウ……!)

 ライドウは短刀を構え直し、モトを覆う棺桶に更なる斬撃を加えた。
振り下ろし、振り薙ぎ、振り上げ──確実にダメージを与えていく。
 しかし、モトも黙ってはいない。棺桶から瘤が隆起した両腕を無造作に振り回し、ライドウの衣装を爪で切り裂く。
 振り払い、受け止め、弾き返し、空を裂き──。

「(……MAGが枯渇しかけている……隙を伺い回復を……──ッ!)……ッ!?う、ぁ……目が、頭が、くらくら……す、……

 体内MAGの減少を察知すると同時に、モトの爪がライドウの左頬を掠め、裂傷となって血が滲み伝う。軽度だが、痛みは痛み。顔を歪めた刻、強烈な頭痛と眩暈を催した。頭を鈍器で何度も叩かれるような感覚と眼前の視界がぐにゃりと回り、足取りも覚束ない。
 貧血に類似した症状だが、貧血ではない。此れは一体何だ──。

「く、うぅ……──ぐあッ!!」

 意識が混濁する最中、モトの左腕爪が右肩を引っ掻いた。
 飛び散る鮮血と、上半身全体に伝番する痛み。
 ライドウは苦悶の表情を浮かべ、ドクドクと出血する右肩の傷口を左手で押さえながら片膝を着く。

……ッ!彼奴ぅ、プリンパで混乱させてから引っ掻くなんて、何て卑怯なのッ!?待っててねライドウ、今パト……キャーッ!!何これぇ~ッ!?』

 イズンがライドウに施された魔法を見抜き、パトラとディアを唱えようとした瞬間、目の前に巨大な人形、ではなく、パカンと割れた魔トリョーシカが突如出現し、彼女を内部に閉じ込めてしまった。

「ひゃっはっはぁッ!くすねておいて正解だったぜッ!」

 詐欺集団が所持する美術品──贋作含む──に、其れは紛れ込んでいた。異国の工芸品、マトリョーシカ。ナハルは此のマトリョーシカから呪力を察知する。
 ああ、此れは呪具だ。
 呪具の所有権は一般人の彼等ではなく、サマナーである自分にこそ相応しい。詐欺集団から密かにくすねた呪いのマトリョーシカは、ライドウの仲魔を封じ込める役割を見事果たした。 
 自分側が優勢に立ったのだと確信したナハルの下品な高笑いが、第二ホールに響き渡る。

『ちょっとぉ~ッ!此処から出しなさいよぉ~ッ!そ、そうだ……ライドォ~ッ!あたしを隠し身で引き寄せるか、管の中に戻して~ッ!』

 イズンが魔トリョーシカの中から叫んでいる。
 実行したいのは山々だが、プリンパの余波と激痛が押し寄せ、身体の自由が思うように効かず、乱れた呼吸も上手く整わない。
 ぐらぐら、ぐわんぐわん、ひゅうひゅう──。

(……イズン……くそッ……──……!刀が……ッ)

 イズンが短刀に施した匠の技の効果が切れ、太刀程まで伸びていた上身が短刀の長さに戻ってしまった。雷電属性の付加も消失し、ライドウは益々窮地に立たされる。

「はぁ……くっ……──うぐッ!!」

 管の仲魔からの支援──パトラとディア──で意識が漸く鮮明になり、激痛が少し緩和した刹那、首を掴まれた。モトの右手がライドウの気道を圧迫し、呼吸を阻害する。モトはライドウの首を掴んだ状態で浮上し、彼の身を宙吊りにした。危機的状況に瀕したライドウの両脚が、ふるふると震える。

「か、は……ッ──はな、せ……ッ!」

 其れでも尚、ライドウは抗う。命の灯が消えるまでの猶予は未だ残っている。猶予の最中、モトの右腕を切断すれば脱出出来る筈。
 退魔の力を持つ短刀なら──。

……ッ!?くッ、う……(……く、そぉ……読まれていた、か……!)」

 モトの左手がライドウの右手首を掴み、ギリギリと握り締め上げる。右肩の裂傷痛に、右手首の圧痛。ライドウは悲鳴を上げまいと唇を必死に噛み締めるも、短刀を掴む右手の握力は徐々に失われ、そして、短刀がするりと滑り落ち、床に落下する。
 地に付かない足、空気の遮断、弛緩していく四肢、霞む視界。
 死が間近に迫る。

「葛葉ライドウ万事休~すッ!!おいモト、此奴の首を一思いに折って一気に仕留めるも良し!身体をじわじわと嬲りながら殺るのも良しッ!!お前好みに処刑しなッ!!」
……──』
『落ちちゃ駄目よライドウッ!お願いだからもう少しだけ堪えてッ!!』
「うるっせぇ女だな……ま、手前もライドウが死んだら実体を維持出来ず消える運命だ。其の前に、マ御主人様の情けない最期を其の眼で見届けることだな。あ、閉じ込められているから見えないんだっけなぁあっはっはッ!」

 風前の灯火のライドウに、魔トリョーシカに閉じ込められたイズンが必死に訴え掛ける。
 もう少しだけ堪えて──。

(──……そう、だ……僕は未だ……諦めては、いない……ッ!!──……)

 死の寸前まで追い込まれても、ライドウは決して諦めなかった。
 其れは何故か。
 此の潜入捜査を必ず成功させる為、愛しき想い人と綿密に、念入りに練ったからだ。鳴海と共に考え、悩み、時には頭を一旦休憩させ、そして、此の日を迎えた。
 
(鳴海さんとの時間、は……無駄、なんかじゃない……!!)

 ライドウは力を振り絞り、首を絞めるモトの右腕を両手で掴み、睨み付ける。モトはライドウの挫折せぬ姿が気に食わず、右手に更なる握力を加えた。気道が閉鎖し、肺に空気を送り込む術が完全に遮断された刻──、

『ライドウを虐める奴はみぃ~んな大炎上しやがれだホォ~ッ!!』

 相手──イズン──が閉じ込められ、暇を持て余し第二ホールを徘徊していたゾンビー達の身体が炎に包まれた。ゾンビーの弱点は火炎属性。ゾンビーは業火の熱痛に耐え切れず、うねうねと蠢きながら倒れ、また倒れていく。
 ライドウを吊るし締め上げるモトにも炎が纏わり付いた。ダメージはそこそこだが、火炎属性に因る延焼ダメージが両腕に浸透したのか、モトの握力は急激に緩んだ。ライドウは其の隙を逃すまいと力を振り絞り、モトの腕を振り払った。
 遮断された空気が呼気で一気に流れ込み、激しく咽込むも、朦朧とした意識が回復し、視界が鮮明に映った。ライドウは短刀を拾い、魔トリョーシカの許まで走る。

「──!?うおぉッ!?あっちぃッ!!あちあちあちぃッ!!」
 
 ナタルの服が突如燃え上がった。ゾンビーを焼き尽くした炎より威力は低いが、ナタルを恐慌状態にするには充分だったようで、彼は慌てふためきながら燃える服を剥ぐ。

「くっそぉおおッ……回復道具が全部燃えちまったじゃねぇかあああッ!!」

 スラックスは辛うじて燃え残り、全裸は免れたが、代償として外套に隠し持っていた回復道具は全て焼失したようだ。
 其れ則ち、ナハルとモトのMAG回復手段が絶たれたことを意味する。

「イズンッ!」
……!やったぁッ!出られたぁッ!有難うライドウッ!!』
「うッ……!無事、の、よう……だな……

 ナハルが焼失で狼狽えるうちに、ライドウの斬撃によって魔トリョーシカが破壊された。閉じ込められていたイズンは無事解放され、歓喜のあまりライドウに抱き付く。反動によって傷口を刺激され、ライドウが一瞬意識を飛ばしかけたのをイズンは知らない。

『ライドォオオォ~……オイラ初めて砲火を使ったんだけど、身体が弾けそうになったホォォォ……MAGを回復してほしいホォ~……
「ジャックランタン……!無茶をさせて済まなかった……
『あたしがチャクラチップを取り出すわ。ライドウ、ちょ~っと失礼するわよ』

 目をぐるぐる回し、酔っ払いの如く宙をふらつき漂いながら飛んできたジャックランタンを、ライドウは優しく受け止めた。
 ゾンビーやナハルの服を炎で焼き尽くしたのは、ジャックランタンが発動した火炎魔法”砲火”だった。砲火は中位ないし高位の悪魔しか習得不可能だが、魔法の書を使用すれば、ジャックランタンのような下位悪魔でも習得可能だ。しかし、身体が小さい下位悪魔は上位魔法の負荷に耐える事が出来ず、最悪の場合消滅する。ハイリスクを背負ってでも、ジャックランタンは自ら習得したいと申し出た。ライドウは消滅を恐れ断ったが、ジャックランタンは「オイラはライドウを守りたいんだホーッ!」と一歩も譲らず、ライドウに何度も何度も懇願した。
 仲魔の願いを聞き入れる事も、サマナーとしての責務かもしれない。
 ライドウはここぞという時に限り使用可能という条件とし、ジャックランタンに砲火の書を渡した。果たして、砲火を習得したジャックランタンはライドウの窮地を見事救ったのである。
 ただし、ジャックランタン自身が有するMAGでは明らかに足りなかったのか、ライドウの体内MAGも持って行った上で発動した。お陰でジャックランタンのMAGも、ライドウのMAGも枯渇寸前に。イズンがライドウの巻きスカート下に隠れるレッグホルスターのポーチからチャクラチップを取り出し、摘まむように割ると、淡い緑色に光る粒子が広がり、枯渇したMAGが回復する。

『ライドウのMAGが全然増えなくて全部割っちゃったけど、大丈夫だった?』
「ああ。枯渇する前に決着を着けるぞ」
『MAG満タンッ!元気もりもりだホーッ!!』
『まあ……あんたは身体が小さいから直ぐ満タンになるわよね……

 体内MAGが全快し、元気に飛び回るジャックランタンを見たイズンは呆れ返る。
 MAGの回復手段は無い。だが其れは向こうも同じ。モトとナハルにどれ程の量のMAGが残っているかは分からないが、大量のMAGを消費するゾンビー召喚はそう簡単に使用出来まい。

『──……
「おいこらモトッ!ゾンビーどもを召喚するんじゃねぇッ!俺のMAGが一気に減っちまうだろッ!!くそッ……こうなる前に、マハ・ムドオンを先に使って殺すべきだった……!」

 言ったそばから何とやら。
 ナハルの発言から、ゾンビー召喚はモトの独断のようだ。ナハルのMAGが減少すればするほど、モトは高位魔法──即死魔法”マハ・ムドオン”──の発動が不可能となる。

『ゾンビーはオイラに任せるホー!あ、砲火はもう使わないから安心してほしいホー!』
『あたしはライドウのサポートに専念するわ。ライドウ、刀を』

 ジャックランタンがアギ・ラティでゾンビーを燃やす最中、イズンは先程と同様、短刀に匠の技と魔力を籠め、刀の上身を伸ばし、雷電属性を付加した。

「有難うイズン。此れで、もう一度戦える」

 上身に雷電纏う刀を構え、ライドウはモトと再び対峙する。
 詐欺事件の犯人達を──悪魔を討つ最後の好機と思え。
 脚に力を籠め、一気に放つ。磁霊突きでモトとの間合いを瞬時に詰め、刀を棺桶の隙間に突き刺す寸前、モトは刀を咄嗟に掴み、胴体への貫通を強引に阻止した。だが、刀を掴むということは、弱点の雷電属性を直に受けること。

……──!!』

 刀から放たれる電流が腕を伝い、棺桶の内部まで進行した。モトの躰は電撃を喰らって麻痺し、腕をぶるぶると痙攣させる。
 奪った精気でどれだけ強化しても、肝心要のMAGが無ければ加護も得られない。

『タル・カジャで攻撃力倍増ッ!ライドウ、一気に決めちゃってッ!』

 イズンの補助魔法が施された時、ライドウは刀に全MAGを集約した。すると、ライドウの周囲に電光が迸り、バチンバチンと音を鳴らす。
 魔を祓う斬の一撃を入れ、全てを終わらせるのだ──。

「情熱──スピリット──を……燃やせ……!!」

 激しき雷電纏いし刀を薙ぎ、モトの棺桶を、中に潜む本体を、真っ二つに分断した。モトは断末魔を上げぬまま、跡形も無く消失する。
 討伐完了──。

(偽の美術品に掛けられた呪いも、此れで完全に消えるだろう……あとは……──)

 ライドウは一息つく暇もなく、残す犯人を睨む。

「ひッ……!お、俺はただ、彼奴等が儲けやすいようちょっと手伝っただけで」
「黙れッ!!貴様の所業は、決して許されるものじゃないッ!!」
『そーだそーだッ!お前は此の世の敵ホーッ!』
『女の子を蔑むあんたを助ける人間なんていると思う……?いる訳無いじゃない、バァ~カッ!!』

 契約した悪魔が祓われ、手元にはもう何も無いナハルは態度を急に激変させ、自分は全く関係無いと狼狽えながら弁明する。しかし、ライドウの鬼気迫る一喝に遮られ、彼の仲魔からも非難を受けたナハルは、最早言い逃れは出来まいと覚り、第二ホールの裏口から逃亡を図ろうとした──が、

「──お前で最後だな……?」
……ッ!?あ、あなただれでぃぐほぉッ!!……オッ、ぇェ……──」

 ナハルの目の前に、にっこり笑顔の鳴海が立ちはだかる。
 そして、元軍人渾身の拳撃を鳩尾に喰らい、床に崩れ落ちた。白目を向き、半開きの口から涎を垂らしながら気絶するナハルを、鳴海は冷ややかな視線で見下ろすのであった。

「鳴海さんッ!」
「よッ、ライドウ」

 鳴海とライドウ。
 分断されてしまった二人だが、無事再会を果たした。
 ライドウはジャックランタンとイズンを管に戻し、鳴海の許まで急いで駆け付ける。彼の全身を確認すると、此れと言った大きな外傷は負っていないようだ。胸をほっと撫で下ろし、微笑みながら鳴海の前に拳を差し出す。鳴海も何時もの笑みをライドウに向け、彼の拳に自身の拳を合わせた。

「海軍の精鋭部隊を一人で倒した鳴海さんなら、必ず成し遂げると信じていました」
「あっはっは!ライドウも言うようになったなぁ!でも其の台詞、定吉の前で言っちゃ駄目だぞ?」

 ライドウがダークサマナーと対峙する最中、第一ホールに残された鳴海は──。