真九龍
2026-03-06 19:54:09
42542文字
Public 小説
 

【鳴ライ】Sweet and Crisis 2

鳴海×ライドウで、”二人で女装”して潜入捜査するお話。まさかの続編です。
前作は此方→Sweet and Crisis
注1:両想いな鳴ライになっています。
注2:ライドウremaster版をプレイ及びクリア済み。ゲーム本編のネタバレを含みます。
注3:攻めの女装表現が含まれます(勿論ライドウも女装します)。
注4:当時の時代背景(明治期~大正期)における女性軽視表現が含まれます(※性的な表現は含みません)。
注5::流血、暴力、首絞表現を含みます。


─ 弐 ─

 あれから二日後の金曜日。
 お洒落なモガは優雅に歩き、学生達は夜の繁華街に戸惑い、或る会社社長は数名の取り巻きを伴い。午後八時を迎えた銀座町はまだまだ活気に溢れ、賑わっている。其の銀座町に本社を構える帝都新報のオフィスにて、タヱは自分に宛がわれた机に突っ伏していた。

「はあ……件の展示会が開催される金曜日が来たというのに、とうとう頼めなかった……
 
 盛大な溜息が思わず漏れる。
 夜中の不思議な展示会に足を運び、主催者に取材を試みると意気込んでいたタヱだが、実は今壮絶な不安に駆られていた。
 怪異が絡んだ事件の取材は、帝都新報敏腕記者・朝倉葵鳥にお任せあれ、と、いざ現場に突撃しても、目の前で不可解な現象や瞬間を目の当たりにすると気絶してしまうのがお約束だった。今回も自分の怖がりな性格が災いし、何も得られないままになってしまう。そんな状況を回避する為、タヱは同行者を求めることにした。同行者と言っても、ほぼ一人しかいないようなもの。
 そう、求む同行者とはライドウのことだ。
 過去に何度か同行したことが有る彼が傍に居れば、大変頼もしい事この上ない──殆ど気絶するオチだが、其処は突っ込んではいけない──。
 しかし、大きな壁が立ちはだかる。
 噂の展示会に入場出来るのは、女性のみだ。ライドウは男性、まごうことなく男性である。白磁の色をした肌に細身の身体。女性なら誰しもが羨ましがる外観を、ライドウは有していた。だがしかし、其の秘めたる内側は筋肉質で、彼が如何に鍛えているのか良く分かる。「ぇえッ!?タヱちゃん、ライドウの裸体を見たこと有るの!?」と、何処からともなく天の声が聞こえてきた気がするも、タヱは右から左に聞き流し、苛み続けた。

「ライドウ君に”展示会について来てほしいから女装してッ!”なんて……口が裂けても言える訳ないじゃない……

 あの日。
 タヱが探偵社を訪れた理由は、他ならぬライドウの同行願い、及び女装。女性限定の展示会に男性は門前払いだ。だからといって男性が女装するとなると、かなりの覚悟が必要になる。

「”御伽噺の王子様”、”薔薇を咲かせた少年”の異名を持つライドウ君の女装かぁ……ライドウ君は眉目秀麗で容姿端麗だから、何を着てもきっと可愛らし……って違うッ!そうじゃないッ!あぁ~もう!!独りで行けばいいだけなのに、どうしてこんなに悩んじゃうのよぉ~ッ!!」

 怖がりだからだと思います、はい。
 其れはさておき、帝都新報敏腕記者は悩みに悩み、ライドウに同行と女装を依頼出来ぬまま今日を迎えてしまったのである。
 こうなったら、単独で突撃するしかない。
 半ば自棄っぱち状態で覚悟を決め、椅子から立ち上がった時、オフィス内に設置された電話が鳴り響く。タヱの上司が受話器を取り、電話の相手と一言二言話した後、「葵鳥さんに用があるみたいよ」と、受話器を差し出してきた。

……只今代わりました。帝都新報記者・朝倉葵鳥です」
「タヱちゃんか?俺だよ俺、俺俺。お~れ」
「ちょっと……俺だけじゃ分からないわよ鳴海さん。あと、あたしの事は葵鳥と呼びなさい」
 
 此のおちゃらけた口調、鳴海に違いない。
 
「あっははは、御免なさいね。そう、鳴海探偵社所長・鳴海よ」

 電話の主は、やはり鳴海だった。俺俺というだけで名乗っていないのに分かるのは、付き合いがそこそこ長い故か。
 己の指摘に悪びれる様子の無い鳴海に、タヱは呆れながら盛大な溜息を吐く。自分の名前を筆名である葵鳥と呼ぶよう付け加えて。

「実は……例の展示会について、とぉ~っても大事なお話がし」
「えっ!?そうなの!?(此れは……ライドウ君に女装と同行をお願いする最後の機会だわ……!)じゃ、今直ぐ探偵社に向か」
「タヱちゃんストォーップ!人の話は最後まで聞くもんでしょおッ!!」
「あ……御免なさいね。気持ちが逸り過ぎたみたい……」 

 例の展示会。
 其の用語を鳴海の口から聞いた途端、中々踏ん切りが付かず、落ち込み躊躇っていたタヱの精神が一気に昂り、鳴海の台詞を大声で遮った。此の機会を、絶対に逃す訳にはいかない。急ぎ受話器を切ろうとすると、電話越しから「話をちゃんと聞け」と鳴海の怒声が上がった。其の一声でタヱは我に返り、鳴海に謝罪しつつ、彼の台詞の続きを心躍らせながら待つ。

「えっと、何だっけ……そうそう、今ミルクホール新世界にライドウちゃんと一緒に来てるから、タ……じゃなくて、葵鳥さんも其処に来てほしいのよ。今から来れるかしら?」
「ライドウ君も居るのね!?(絶対に引き下がったら駄目よ、朝倉葵鳥……!!)分かったわ!!」
「んじゃ、ミルクホール新世界で待ってるわよ~。じゃあね~」

 受話器をガチャンと戻し、鳴海との通話を切った。
 鳴海とライドウが展示会に関する話を自分とする為に、此の銀座町はミルクホール新世界に来ている。タヱは胸をドキドキバクバクと昂らせ、帝都新報本社オフィスを発つ。

「そう言えば……鳴海さんの喋り方、ちょっと女性っぽかったような……気の所為かしら?」

 電話中、鳴海の口調に妙な違和感を抱いたタヱだが、彼は調子に乗ったり、若しくは調子が良いと口調が変に砕けることがある。今回も其のクチかもしれない、ということにしておこう。
 そうこうしているうちに、銀座町の路地裏に構えるミルクホール新世界に辿り着いた。タヱは息を吸い込み、深く吐いた後、ドアを開く。入店すると、モダンでアダルティな雰囲気漂う内装が視界に映る。何かしらの香も焚いており、独特な香りが鼻を掠めるも不快ではない。寧ろ、安らぐ香りだ。
 タヱは店内をぐるりと見渡すも、二人の姿が見当たらなかった。スーツ姿でボーラー帽子を被った成人男性の傍に、弓月の学生服を着た少年──及び、黒猫さん──は一体何処に。

「あの……鳴海探偵社の鳴海所長と、助手のライドウ君は何処に居ますか?」

 カウンターでカクテルを作る新世界主人に二人の居場所を尋ねると、新世界主人は柔和な笑みを浮かべながら「私について来て下さい」と、タヱをバックヤードへ案内する。
 新世界主人が控室のドアを開くと、其の先には二人の女性がローチェアに腰掛けていた。
 一人は定番のモダンガール──つばが広く、グリーンローズの花飾りが付いたキャプリン帽子、茶髪でややくせ毛気味のショートヘア、緑色のスカーフ、ブラウスと薄手のロングコート、脛が少し覗く八分丈のフレアスカート、ベージュ色のストッキング、黒革靴、尚衣装の色は全体的に橙色である──。
 もう一人は、和洋折衷な衣装を纏う可憐な少女──青色の薔薇を添えたレース付きのトーク帽子、黒髪のミディアムボブヘア、青色のスカーフ、皮製の手袋、裾が異様に短い振袖に帯、七分丈程の巻きスカート(パニエも履いている)、白のストッキング、茶色のショートブーツ、黒色を基調とし、所々に赤、紫、白の配い(あしらい)──。約七十年後の日本で、”和風ゴスロリ”と呼ばれるものだ。

……ん?んんん?」

 タヱは目を細め、二人の女性を凝視しながらゆっくりと接近していく。
 女性にしては身長が高く、体格も少し大きい。あの二人、見たことあるような気がする。タヱは化粧を落とした二人の顔を想像してみることにした──。
 だらしないように見えて、しかし、いざという時は果敢に動く探偵社の所長。
 恥ずかしがり屋で、でも、根底は心優しい少年。

「──…………!?え、え、えッ!?まさか……貴方達……鳴海さんに、ライドウ君……なのッ!?」

 彼等の姿が脳裏に過ぎった瞬間、帝都新報敏腕記者は二人の正体に気付き、激しく狼狽え驚愕する。

モダンガールは鳴海
和洋折衷の可憐な少女はライドウ

「葵鳥さん大当たりぃ~!あたしは鳴海よぉ~んッ!」

 タヱが馴染み深い二人の名を叫んだ時、モダンガール、もとい、鳴海は満面の笑みで椅子立ち上がり、左足を上げながら両腕を広げた。
 でかい。綺麗だけど、兎に角でかい──タヱの身長は百六十センチ、鳴海の身長は百八十センチ──。圧が物凄く凄まじい。

「あの、鳴海さん……タヱさんが固まっています」
「あらら……急過ぎて整理が追いつかなくなった……て感じか」

 和洋折衷の可憐な少女、もとい、ライドウが少々困惑した様子で鳴海に声を掛けた。タヱは大女こと鳴海に圧倒され、かつ、鳴海とライドウが女装しているという事実を目の当たりにし、「な、なんですってぇッ!?」な姿勢の状態で思考が停止してしまったようだ。
 さて、何故鳴海とライドウは既に女装済みなのか。此れにはれっきとした理由があった──。


 
 噂の展示会について、二人は前々から既知していた。
 先週の土曜日。備品購入の為に金王屋を訪れた際、美術品の収集に余念がない金王屋主人の発言が切っ掛けだった。
 曰く、其の展示会は週末の金曜日になると、帝都の何処かで密かに開催されること、夜中の午後十一時から午前零時の一時間限定であること、合言葉が必要であること、美術品は自身で価格を決め必ず購入すること、そして、入場出来るのは女性のみであること。女性限定故に、「わしは諦めるしかないがな……」とぼやく金王屋主人の背中が実に寂しそうだったのは言うまでもない。
 とてもきな臭過ぎる条件と特徴に鳴海は訝しむ最中、週明けの月曜日。超國家機関ヤタガラスから依頼が飛び込んできたのである。

帝都に潜伏中のダークサマナーが、詐欺集団と結託したかもしれないという情報が寄せられた。
十四代目葛葉ライドウは直ちに調査し、件のダークサマナー及び詐欺師集団を捕捉せよ。
止むを得ぬ場合は、奴等を”絶って”も構わない。
全ては帝都を護る為──。

 抱えていたきな臭さは、確信へと変わる。
 ダークサマナーは、己の欲望を叶える為なら手段を択ばない、卑劣で狡猾なる者。
 詐欺集団は、他人に嘘を植え込み、金品を不正に騙し取る愚者のこと。以前探偵社を訪れた風間から、詐欺集団の足取りを追っていたが、此処最近ぱたりと途絶えてしまい手詰りを起こしている、という愚痴を聞いた。
 もしも、噂の展示会の主催が潜伏中のダークサマナーと、足取りが途絶えた詐欺集団だとしたら。
 其の可能性はゼロではない。
 鳴海とライドウは怪しげな展示会が何時かの週末に再び開催されると予測し、有力な手掛かりとなる情報の収集、及び、展示会への潜入捜査に備え、”アレ”こと女装の準備も進めていたのである。
 改良に改良を重ねて。



──と、展示会にデビルサマナーと詐欺集団が関わっているかもしれない部分を上手く誤魔化し暈しつつ、鳴海はライドウと共に水面下で動いていたことをタヱに告げた。

……ということは……あたしが訪ねに行った時、二人とも知らないふりをしていたってこと!?」
「否定はしないぜ。でもタヱちゃんが取材で集めた情報のお陰で、不足していた情報の欠片が無事埋まったって訳よ。次回の開催会場とか、必要な合言葉とか」
「ずっと黙っていたなんて狡過ぎるでしょッ!しかも女装までばっちり決めちゃって……展示会に行く気満々じゃないのッ!!」

 まさかの事実を突き付けられたタヱは、顔を真っ赤にして憤慨する。彼女には大変申し訳ないことをしてしまったと罪悪感に駆られるライドウだが、探偵と言う職業柄、敢えて知らないふりをし、重要な情報を盗み聞きすることも必須なのだ。

「そう言えば……一昨日タヱちゃんが来た時、ライドウをじぃ~……と見詰めていたよな……其れってさぁ、単身で行くのはちょっと怖いから、うちのライドウに同行を頼みたかったんだろう……?女性限定だから、女装をさせて……な」
「うぐッ……(バレてた……ッ!)!」
「視線でバ~レバレだったぞ」

 ライドウに女装と同行を依頼すべきか、止めておくべきか、と、今日まで悩みに悩みまくった自分が馬鹿みたいだと立腹し、自己嫌悪に陥るタヱだが、いざ図星を鳴海に突かれると、彼女の顔色はみるみる青褪め、力無くローチェアに座り込んだ。後悔は後先に立たず。タヱはローチェアの上で膝を抱えて項垂れ、激しく落ち込む。

「タヱさん……大丈夫、ですか?」
「ダイジョウブヨライドウクンアタシハコンナコトデヘコタレルヨワイオンナジャナイワ……
「あまり大丈夫ではなさそうだな……まあ、打ち明けなかった、否、真相を打ち明けることが出来なかった此方にも非は有る訳だが……

 ローチェアの下に潜んでいたゴウトが姿を現し、「此方にも非は有る」と述べながらタヱを覗き込む。
 展示会への潜入捜査にあたり、鳴海とライドウの女装は確定していた。
 二人で展示会を捜査する最中、主催者がダークサマナー及び詐欺集団だと判明した瞬間、奴等との戦闘は避けられないものになる。ダークサマナーが詐欺集団にサマナーや悪魔に関する情報を与えているのは明確。其の情報の中には、帝都の守護者たる十四代目葛葉ライドウの詳細も含まれているだろう。儲けの為とはいえ、不可解な展示会の開催を続けていれば、何れ尾は掴まれる。掴まれることを予測した上で、対策を練っている筈だ。
 鳴海は前回の潜入捜査の反省を活かし、改善に努めた。衣装の機動性、制限されやすいライドウの装備一式。鳴海が拘りに拘り抜いた結果、女装用の衣装と潜入時専用装備が完成したのである。
 しかし、此処で一つの心配事が──。
 タヱのことだ。
 案の定というか、やはりというべきか。水曜日、展示会の情報を得、意気揚々と鳴海探偵社を訪れた彼女は、今週末の金曜日、夜中の不思議な展示会へ行くと発言した。しかも、主催者の取材を兼ねて。展示会で美術品を購入し、其のまま退場するならまだよかったのだが、取材も実行するとなれば話は別。主催者の正体がダークサマナーと詐欺集団だった場合、彼女は間違いなく”消されて”しまう。鳴海とライドウは彼女の身に危機感を抱き、ライドウの女装及び同行依頼の有無に関係なく、「展示会へ行くのは止めておいた方がいい」と、タヱに伝えることが──どうしても出来なかった。此方が制止しても、意地でも単独で現場に乗り込んでしまう程、彼女は行動派であると端から分かっていたからだ。気絶のオチ付きで。
 こうなったら、タヱと共に行動する前提で潜入捜査するしかない。鳴海はタヱや展示会場へ来た女性達に被害が被らない為の手立ては無いか思考を張り巡らせ、固め、そして、導き出した答えは──。

「華麗なる美人記者三姉妹の設定で潜入するッ!」
……ッ!!華麗なる美人記者三姉妹、ですって!?何それ面白うじゃないッ!!」

 鳴海の高らかな宣言に、項垂れていたタヱの顔が上がる。
 華麗なる美人記者三姉妹、とは。則ち、タヱと女装した鳴海とライドウのことだ。其の設定を予め知っていたゴウトは、果たして本当に必要なのか、と、疑念を抱いていたが、自己嫌悪で落ち込んでいたタヱには効果覿面だったようで、表情が爛々と輝いている。しかも、面白そうだと躊躇うことなく答え、乗り気のようだ。

「タヱさん。此れを」
「ん……?赤い薔薇の花飾りに、赤色のスカーフ…………──!」

 ライドウはタヱが鳴海考案の設定に賛同したと判断し、彼女に薔薇の花飾りとスカーフを差し出した。タヱは首を傾げるが、女装と化粧をばっちり決めた二人の姿を上から下まで改めて眺め、瞬時に覚った。
 此の二つの装飾品は、姉妹であることの明かし。
 鳴海には緑色を、ライドウには青色を、タヱには赤色を。
 色は違えど、花の種類とスカーフの柄を統一したものを身に付ければ、華麗なる美人記者三姉妹として映る──というところまで、鳴海が考案した設定だ。

「帽子に花飾りを付けて……首にスカーフを撒いて、と……此れでどうかしら?」

 ライドウから渡された花飾りとスカーフを装着すると、終始三人の様子を見守っていた新世界主人が、「とてもお似合いですよ」と微笑みながら答えた。憤慨と自己嫌悪から一転、タヱは機嫌を無事取り戻したのであった。

「えっと……鳴海さん」
「ん?どうした?ライドウ」
「三姉妹の設定ですが……三女は此の中で一番年下の自分になると思います。一番上の”御姉様”は……何方になりますか?」
(お、御姉様ッ……!?)
(御姉様ッ!?ライドウの口から御姉様が出てくるとは……!て、いかんいかん……気を取り直して……)
 
 ライドウの御姉様呼びを耳にした瞬間、鳴海とタヱに衝撃と電流のようなものが迸り、思わず取り乱す。
 彼の御姉様呼びの破壊力は抜群で、二人の心を”ズキューン”と見事に撃ち抜き魅了したが、思い返せば、誰がどの役回りを担うのか、其の立ち位置を決めていなかった。ライドウは己が一番年下であることを理由に、末の妹──三女役だと自ら申し出たので、残すは長女役と次女役だが。

「(ふっ……愚問だな、ライドウ……此の中で誰が長女なのか、既に決まっているようなものだ……)勿論、此の俺が長女役だッ!!」
「勿論、此のあたしが長女役よッ!!」

──えッ……?──
 
 ライドウの御姉様発言から落ち着きを取り戻した二人は、自分が長女役だと自信を持って名乗った。其の台詞がぴったりと被り、室内は正に「えッ……?」な空気が漂い始める。

「──いやいやいや……タヱちゃん。俺、三十二歳よ?此の中で俺が一番年上で人生経験が(ホントに色んな意味で)豊富なんだし、身長も一番高いんだぜ?”次妹”のタヱちゃんと末妹のライドウを守るのは、年長者たる俺が最も相応しいと思うけど?」

 以上、鳴海御姉様の言い分。

「あ~ら鳴海さん……確かにあたしは鳴海さんより十歳年下だけど、美人”記者”設定なんだから、記者歴が一番長いあたしが長女じゃないと違和感が出るわよ?其れに、身長の高低なんて関係ないわ……今のご時世、妹より背が低いお姉さんだって居るのよ?」
 
 以上、タヱ御姉様の言い分。

「なんなのだ……此の底辺でくだらぬ闘いは……

 互いの視線をバチバチと衝突させる鳴海とタヱの闘いに、ゴウトはとても冷ややかな目で見る。
 三人の中では一番年長で一番長身の鳴海、対、三人の中で一番小柄だが記者経験が最も豊富なタヱ。
 長女役の座を巡り、大の大人が対立する。

「な、鳴海さん……?タヱ、さん……?」

 まさか自分の一言で二人が争う破目になるとは。と、ライドウは譲る気が微塵もない二人を交互に見やり、おろおろと狼狽えるしかなかった。

「鳴海さんと朝倉さん。一体何方が長女役なのか……此方で勝敗を決めてみてはどうですか?」

 新世界主人が困惑するライドウに助け舟を寄越し、ジャケットの懐から取り出したものは、二つの賽子(さいころ)と、茶碗程の大きさの笊(ざる)。
 丁半。
 洋風のモダンでアダルティな空間に、日本由来の博打が降臨した。渋い、実に渋過ぎる。其処はコイントス(※コインを投げ、表が出るか裏が出るかを当てる勝負)ではないのか。新世界主人の激渋チョイスに目が点になるタヱと鳴海だが、其の勝負に乗った。
 長女役が中々決まらないのであれば、今此処で決めるしかない。
 一発勝負で。

「では……始めましょう。私は”イカサマ”を絶対にしないので、御安心を」
(……──ライドウの視線が妙に痛いな……)

 イカサマは無し宣言の安心感。麻雀でイカサマを平気にやってのける、どこぞの探偵社所長とは大違いである──両想いなのに仲魔と共に麻雀をするとイカサマ行為に堂々と走る鳴海がどうしても許せないライドウの図──。
 新世界主人は膝を折り曲げ、ローテーブルに賽子を置く。其の賽子を笊に被せ、素早く回した。笊の中で賽子が回転と衝突を繰り返し、からりからりと音が鳴る。鳴海とタヱは其の笊を無言で凝視し、止まる刻を待つ。

……さあ、丁か半か──お選び下さい」

 新世界主人の手が止まり、二人を見据えた。
 丁──賽子の目を足した数が偶数──か、半──賽子の目を足した数が奇数──か。
 室内全体に緊迫した空気が張り詰める。駆け引きの最中なのか、鳴海とタヱの間に長い沈黙が続く。

……──半だッ!!」
……!なら、あたしは丁よッ!!」

 長き沈黙を破ったのは鳴海。鳴海が「半」と声を出すと、タヱは「丁」と答えた。
 当たりは一つのみ──。
 鳴海とタヱ、何方が長女役を射止めるのか。
 
──いざ、勝負ッ……!──

「お決まりですね?では、ツボ(※笊のこと)を開きます」

 新世界主人は目と眼鏡をきらりと光らせ、笊を上げた。固唾を呑んで見詰める二人。
 賽子の出目は六と六、足すと十二。
 其れ則ち、丁。
 勝敗が決まった瞬間、タヱは満面の笑顔で両腕両拳を天高らかに掲げ、鳴海は両手両膝を着き項垂れる。これぞ正しく正反対。

「ぃやったあぁああッ!!あたしが美人記者三姉妹の長女よぉおおおッ!!」
「嘘だろぉおお……!?長女役に最も相応しい一番年上の俺が負けるなんてッ……!!」

 丁半一発勝負は、タヱの勝利で締め括られた。長女役の座を見事射止め、室内を上機嫌に舞うタヱを他所に、鳴海は呻きながら床を這いずり、ローテーブルに置かれた笊に手を伸ばす。

「まるでゾンビーにでもなったようだな……服が破けてしまうぞ……
(ゾンビー……!?……ゴウトの声が鳴海さんに聞こえなくて良かった……)

 ”細工”が無いかひっくり返し、賽子の目を一面一面確認するも、新世界主人の言った通り、イカサマの痕跡は一切見当たらない。

「やっぱり何も無いかぁ……くっそぉ……ライドォ~……負けた俺を慰めてくれぇ~ッ!」

 動体視力がまだまだ健在で現役の鳴海でも、笊の中で回転する賽子の出目までは読めないだろう。鳴海は負けを潔く認め引き下がったのか、タヱに対して文句を言うことは無かった。その代わり、泣きべそをかきながら──但し涙は流れていない──立ち上がり、ライドウを抱き締め、頬擦りをし始めた。当然のことながら、ライドウは困惑の色を露わにし、再び狼狽える。

「え、えっと……鳴海さん……ドンマイ、です……
「こ~らッ!鳴海さん、可愛い末妹が困っているじゃないのッ!そろそろ離れなさいッ!此れはお姉ちゃん命令よッ!」
「えぇ~……?御姉様ったら意地悪ねぇ……私はもう少しこうしていたいわぁ~ん。ねぇ?ライドウちゃん……?」
「腹立つな此奴……

 所々女性らしい仕草──女々しさ……?──が入る鳴海の演技に、ライドウのお目付け役たるゴウトは苛立ちを募らせたのは言うまでもない。鳴海の顔を容赦なく引っ掻きたかったのだが、勢い余って傷が付くと何もかもやり直しになってしまう。故に、此処はぐっと堪えるゴウトであった。