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燈 ともしび
2026-03-01 21:16:18
22196文字
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ぎゆさね【偽装恋愛】
とある事情のために偽装結婚することになったぎゆさねのお話です。
キ学軸。
嘘から始めた恋が本物になるまで。
ハピエンです。
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不死川のことが好きなんだ。これが恋なんだ。そう自覚したら今まで普通に出来ていたことが出来なくなった。
顔を寄せて話をすることも、同じ屋根の下で共に暮らすことも。そして何より入籍済なので法律的に伴侶である事実も。
どうして昨日までの俺は大丈夫だったのだろう。触れ合える距離に好きな人がいるなんてとても怖いことなのに。
そう。俺は不死川が怖いのだ。好きで、大好きだから怖い。この手を振り解かれるかもしれないことがとても怖い。空っぽな俺を甘やかして愛情を注いでくれて、美味しいご飯を美味しいと一緒に食べて笑い合える幸せをくれた人。俺はこの手を離されることが何よりも怖くなってしまったのだ。
「冨岡ァ、味見て」
夕飯時。不死川が小皿に出汁を載せたのをこちらに差し出してくる。俺はなるべく距離をとりつつその小皿を受け取って味見する。美味しい。とても美味しい。一気に飲み干してしまった。
答える前に俺の表情と行動で分かってくれたのだろう。不死川は、よし、と嬉しそうに笑って俺の手から空いた小皿を引き取ってくれた。指先が触れたとたんにぴりりと電気が走る。
今日は鮭が安いから鮭大根を作ろうなァ。
買い物に行った時に笑顔でそう言われたら胸がぎゅっとなった。ぎゅ? きゅん? 確かこの前生徒がそんなことを言っていた気がする。すきぴ? 好きな人が可愛いと胸がぎゅっとなると。好きな人が俺の好物を知っていて作ってくれようとしているならぎゅっとなるだろう。この胸の痛みもそうだ。不死川が好きだから、可愛いからぎゅっとなる。触れ合うとぴりりと走る電気も同じ。
毎日感情が上がって下がって。ジェットコースターで揉まれているようだ。疲れる。精神的にも体力的にも。でも同時にどうしようもなく幸せだ。怖い。幸せ。胸はぎゅっとなるし、指先はぴりっと痛い。俺は一体どうなってしまうのだろう。
その夜からあまり眠れなくなった。
うちはファミリータイプなのが幸いして各々個室がある。寝る部屋が違うのは今の気分的にとてもありがたかった。が、部屋は別々でも同じ屋根の下にいるのだと思ったら眠れなくなった。
体育教師は体力勝負な仕事なのに、目の下にうっすら隈を作っているものだから生徒の視線や声が激しくなる。
トミセンどうしたの? 大丈夫?
優しい。ありがたい。でも心配そうに聞かれても本当のことなんて言える筈もない。だから大丈夫だと言うしかない。大丈夫。俺は大丈夫だと言い聞かせるしかないのだ。
「大丈夫じゃねェなァ」
なのに一番気付かれたくない人に気付かれてしまった。俺は未熟者だ。帰ってくるなり前髪をガッと持ち上げられての一言がそれだった。
「ひっでぇ隈ァ」
前髪を持ち上げていた指先がそのまま俺の目の下を優しくなぞる。心配をかけたくない。でも心配されるのが嬉しい。また気持ちが矛盾だ。
不死川は実家のためにローンを組んで支払いをしている。俺と結婚したから当初の目的通りにローン審査が通ったらしい。でも俺が一緒に払うのはダメだと言う。
なんで。食ってかかると
「冨岡はうちのローンを支払う義務はねェんだよ」
と笑ってかわされた。
俺なんかより大変な筈なのに、俺の心配なんてしてくれる。優しい。でも。
俺も。俺だって不死川の役に立ちたい。家族なのに。伴侶、なのに。偽物だけれど、俺は不死川の伴侶なのに。
またべそべそと泣きたくなった。不死川を好きになってから俺の涙腺は壊れたまま。
「よしよし。疲れたなァ。お疲れさん」
不死川とは背丈がそう変わらないから、簡単に引き寄せられて頭を抱えられて撫でられたりあやすように背中を叩かれてしまう。よほど俺の隈はひどいらしい。
こうされるのも前は嬉しかったのに、今は嬉しくない。これでは不死川の弟だ。そこに越えられない、高い壁がある。好きだからそんな扱いは嫌だと叫びたくなる。自分からは不死川に触れられない。好きだと言ってしまいそうになるから。胸がぎゅっとなるから。指先がピリリとするから。怖いから。
でも不死川はこうして気軽に俺に触れてくるのだ。そこになんの感情も載せずに。いや、載ってるのか。『弟』みたいに庇護すべき存在に見えているのかもしれない
仕方ない。だって不死川は俺の気持ちなんて知らないし、事実、俺は手がかかってしまっている現状がある。
弟じゃない。伴侶として見て欲しい。
そんなことを言ったら不死川はどうするのだろう。笑っていつもみたいにかわされるのか。それとも疲れてるんだなァと更に弟扱いをされてしまうのか。
「
……
風呂に入る」
「おう。しっかり温まってこい」
撫でて貰っているのも辛くなって、風呂を理由にそっと不死川から離れた。
浴槽の中では泣けなかった。泣きたいのに泣けなかった。
いよいよ宇髄にまで「ド派手に夫婦喧嘩か」そう心配させるまでになってしまった。宇髄は周囲の人間の機微をちゃんと見つけられる男だ。でも口に出して揉めそうなら絶対に黙っている。でもあえて俺に言ってくるということはそういうこと。黙っていられないほど俺の顔が酷いということだ。
喧嘩はしていない。それどころか忙しい不死川はお昼の弁当まで作って持たせてくれるようになった。至れり尽くせり。そんな相手と喧嘩をしたら俺にバチが当たりそうだ。
色んな人に心配かけて。迷惑をかけて。俺はやっぱり空っぽのまま一人でいた方が良かったのではとさえ思う。俺にメリットがない結婚だと不死川は言っていた。でも本当は違う。俺には幸運だらけの結婚だった。逆に不死川に申し訳ないくらいに幸せで。
ぐるぐる思考でまた今日も家に帰る。不死川に会いたいから早く帰りたい。でも会いたくないから帰りたくない。職場が近いのも考えものだ。ウジウジと悩んでいても足を動かしていれば自宅に着いてしまうのだから。
「おかえりィ」
「
……
ただいま」
部活の顧問をしていない分、不死川のほうが早く帰ることが多い。一人で暮らしていた時はただいまなんて言わなかったのに、今はおかえりが返ってくるから必ず言ってる。
スニーカーを脱いでいたら手を差し出された。多分、弁当箱を出せの合図だろう。ここで回収しないと俺が出し忘れることを不死川はよく知っている。だからこのやり方はとても合理的だ。
でも、俺は疲れていて頭が働いていなくて。
差し出された不死川の手に自分の手を添えた。
へ? 予想と違う展開に目をまん丸にしているのが可愛い。
可愛い。好きだ。
そう思ってその手を引いた。
無防備だった不死川は簡単に俺の腕の中へと倒れ込んでくる。ぎゅっと抱きしめる。
好きだ。やっぱり、好きなんだ。
言うつもりなんてなかった。困らせるだけだと知っていたから。それなのに。
「好きだ」
不死川を抱きしめていたら無意識のうちに口からこぼれ落ちていた。
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