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燈 ともしび
2026-03-01 21:16:18
22196文字
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ぎゆさね【偽装恋愛】
とある事情のために偽装結婚することになったぎゆさねのお話です。
キ学軸。
嘘から始めた恋が本物になるまで。
ハピエンです。
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無表情、無感情。この二つはよく言われる。
自分でも両親が亡くなった時に泣き続けたせいで感情や表情が動きにくくなってしまったのではないかと思っている。この歳まで生きてきてあまり不自由を感じなかったので治せなかったのだ。治す必要も感じていなかったというか。
それなのに、近頃の俺は変だ。不死川に関わること全てで泣いたり笑ったり、胸の奥がぎゅーっと苦しくなったりする。不死川は秘密を共有する盟友。同僚。あと、嘘の伴侶。
それだけ。
それだけなのに、それ以外の何かを勝手に求めてもがいている気がする。自分のことなのに分からないだなんてどうしたら良いのか。悩む。困る。
でも、なんとなく幸せな悩みな気もした。
「引越しといえばこれだろ」
土曜日。引越し当日。大変なのは不死川の方だったというのに、手伝いの礼だと言って夕飯に美味しそうな天ぷら蕎麦を作ってくれた。
外食で食べたことはある。でも不死川の作る天ぷらはサクサクでほくほくでとても美味しい。お蕎麦のつゆも手間だろうに出汁からとっていたから驚いた。
「このほうが美味いんだ」
軽々とやっていたので簡単そうだったが、簡単ではないことくらい俺にも分かる。それなのになんでもなさそうにやってしまうのがすごい。尊敬している。
不死川は学園の授業でも教えかたが分かりやすいと評判だし、授業後に質問をしに来た生徒に丁寧に説明してあげているのを見たことがある。
何事も真摯に取り組む真面目な性格なのだろう。だからこそ家族のために俺なんかと結婚までしたのだから。
ちくっと。
また、胸の奥がちくちくする。
不死川の作るご飯はとても美味しい。胸の奥が温かくなる。食べるごとに幸せを感じる。
でもこれは同居とか、偽装結婚した俺への礼だぞと戒めのように思うと胸の奥が痛くなる。ありがたいことと思いすれ、辛くなるようなことではないのに。
「どうした? まずかったか? 具合悪いか?」
向かい側から不死川が心配そうに呼びかけてくるのに首を振って否定した。お蕎麦も天ぷらもとても美味しい。変なのは俺の心だけだ。
「たくさん手伝ってもらったし疲れたか? 風呂をためたからさっさと入って早めに寝ちまえ」
心配をかけてしまった。本当になんでもないのに。情け無い。こういうところだ。
両親を亡くした時も泣いて姉に迷惑かけて。今は家族のために頑張ろうとしている不死川に余計な心配をさせてしまっている。
「ありがとう。先に風呂をもらう」
「おう。片付けは後は細かいもんだけだから一人で大丈夫だし。ありがとうなァ。助かった」
にこっと笑ってくれた顔をぼーっと見つめてしまった。不死川は立ち上がると、こちらまでやって来て俺の額に手をやる。
「んー
……
熱は無さそうなんだがなァ」
いや、大丈夫だから。それに大慌てで返事をして浴室へと逃げ込んだ。なんだか今度は心臓がバクバクする。俺はどこかおかしいのだろうかと心配になってきた。毎年健康診断は受けているが特に問題はない。
なら、この胸の痛みはなんなのだろうか。
分からない。風呂場で一人、シャワーの下。俯くしかなかった。
「ほら。これ飲んで寝ろ」
風呂から上がるとエプロン姿の不死川からマグカップを手渡された。中身は白い。匂いでわかる。牛乳だ。小さい頃、母がよく作ってくれたホットミルク。よく眠れるよ、と。
でも今、うちには牛乳なんて置いていなかったはずだ。飲みきれなくて痛んでしまうことが多かったのでいつの間にか買わなくなっていた。代わりに冷蔵庫には水のペットボトルとビールだけが入るようになっていた。一人暮らしではそれで事足りた。
だから、これは夕飯の買い出しの時に不死川が買って来てくれたものなのだろう。礼を言ってひとくち含む。甘い。甘過ぎない、でも安心する甘さ。
二口目を飲んだら、その味が母が作ってくれたホットミルクに似ていると気付いた。姉も作ってくれたがそれとは味が違う。姉は目の前で蜂蜜を入れていた記憶があるので、母が作ってくれたものと不死川が作ってくれたものは多分、砂糖が入っているのだろう。
「冨岡?」
ホットミルクを飲んで泣くなんて成人男性としてどうなんだろう。しかも不死川が慌てているから気付く始末だ。俺の感情と涙腺はとうとう壊れてしまったのだろうか。
そっと手に持っていたマグカップが取り上げられて、代わりに頭を撫でられた。引越し前の時、帰ろうとする不死川を引き止めたくてコートを引っ張ったら同じように撫でられた時と同じ感触がする。
「マリッジブルーか」
不死川はまた笑う。
「冨岡が割と繊細なの忘れてたわァ」
繊細? 俺が? 一度も言われたことがない。でも不死川は当たり前みたいに俺を繊細だと言い、甘いホットミルクを作ってくれて、頭を撫でてくれる。
ぼんやり考え事をしていても涙が出て止まらない。不死川は撫でていた手を止めてぎゅっと抱きしめてくれた。
背中をとん、とん、と優しく叩かれる。
「玄弥が小さかった頃はこうやって寝かしつけてたなァ」
懐かしい。不死川は笑う。俺は今の大きい不死川玄弥しか知らないから複雑な気持ちになった。見た目的には俺も大きな大人だが。
何度か背中を叩かれていると気持ちが落ち着いてきた。ずっと一人で暮らしていたので、家に誰かがいるということに無意識のうちに驚いていたのかもしれない。でもそれは嫌な感情ではなくて。
「不死川」
「うん?」
「引越してきてくれて良かった。ありがとう」
涙声で言うと不死川は爆笑した。
「
……
礼を言うのは俺の方だ。冨岡ァ、ありがとうなァ」
不死川にあやされるのは心地良かった。作ってくれるご飯も、ホットミルクも優しくて安心する。
ここに俺がいても良いのだと思わせてくれる。
「不死川」
「はいよォ」
「家族になってくれてありがとう」
今度は不死川は笑わずにただ黙って抱きしめてくれた。
自分がこんなにも感情豊かに振り回されるなんて知らなかった。でも悪くない。
不死川がいてくれるから、悪くない。
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