燈 ともしび
2026-03-01 21:16:18
22196文字
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ぎゆさね【偽装恋愛】

とある事情のために偽装結婚することになったぎゆさねのお話です。
キ学軸。
嘘から始めた恋が本物になるまで。
ハピエンです。



-3-

 ごく基本的なこと。
「結婚って……まず何をすれば良いんだ?」
 お互いに結婚に興味なんて無かったから、まずはそこからだった。

 籍を入れる。それだけならば用紙を貰って役所に出せば良い。が、結婚というからにはお互いの家族へも報告をしないとだろう。
 うちへは勿論、不死川の家族にも偽装というのがバレてはまずい。いや、うちはバレても大丈夫なのか? 姉は見た目に反して柔軟な考えの人だから意外と大丈夫かもしれない。
「冨岡の姉ちゃん、子どもが産まれたばっかりなんだろう? 精神的に負担になるだろうがァ」
 それもそうか。不死川にそう言われてやはり双方の家にも内緒にするということになった。つくづく不死川がしっかりしていて良かった。
 ならば破綻の無いように挨拶へ行く前に細かな設定を決めようということになり、また今夜も二人でいつもの飲み屋の個室に来ている。この前のシリアスな雰囲気はどこへやら、今夜はビールを飲みながらの作戦会議となっていた。
 まず、いつから付き合っていたか。お互いに恋人が居そうな雰囲気も無かったのでこれが一番大変だったが、元々不死川とは二人で飲みに行くことも多かったから、その頃から付き合っていたという設定にする。
「お互い良い機会なので籍を入れることにした、と」
「まァそんな感じで良いんじゃねェ?」

 婚姻届は今はネットで印刷出来るらしい。書き損じ用も含めて多めに印刷したのだが、それを見て不死川は爆笑していた。
「何回結婚すんだよ、俺と」
 不死川がここまで笑っているのは初めて見た気がする。なんかちょっと嬉しい。

「学園にも報告と……あとは住まいか」
「報告は週明けに学園長がいらっしゃる予定だから一緒に行こう」
「うん」
「で、住まいなんだが」
「うん」
「うちに越して来ないか?」
「へ?」
 ボールペンでおでこあたりを掻いていた不死川が、驚きからかかくっと崩折れた。
「実は今住んでいるのは親戚から格安で買ったマンションなんだ。姉が結婚で家を出てしまったから実家は売却していて。それで行くところを迷っている時に声をかけてもらったんだ。ファミリータイプだから俺一人だと部屋が余ってる。正直、持て余している」
「え、でも」
「家賃は要らない。光熱費とかは掛かるが。格安に譲って貰えたから支払いも名義変更も済んでる。立地も学園まで近い。これから不死川が実家のローンの支払いをするというのならこのほうが良いと思う」
 驚いて無言になった不死川に畳み掛けるように話す。何故か分からないが俺は必死だった。

「すげえありがたいんだけど……
「何か問題でも?」
「あるよ。あるだろうがァ。勝手な頼みをしておいてなんだが、今までの話、全部俺にばかり都合が良くて、冨岡にはなんのメリットもねェ。それどころか恋人でもない俺と籍を入れて更に家にも住まわせてくれようだなんてむしろマイナスだろ。デメリットしかねェだろうが」
 不死川は下を向いてしまった。テーブルの上に置いたままの手が微かに震えている。違う。
「俺は不死川に申し訳なく思って欲しいんじゃない」
「でも!」
「俺は小さい頃に両親を亡くしていて、それからは姉だけが唯一の家族だった。でも姉は好きな人を見つけて結ばれて、可愛い子どもも生まれた。今も姉ではあるけれど、俺よりももっと大切な家族が出来たんだ」
「冨岡……
「なぁ、不死川。俺は空っぽなんだ。何にもない。教師になるのは夢だったしやりがいもある。でもこれからもずっと一人で生きていくと思っていた。空っぽのまま。だから不死川から家族になってくれって言われてとても嬉しかったんだ。偽装でも、また俺に家族が出来る。それが嬉しかったから引き受けた。だから、不死川に申し訳ないと思って欲しくない。結婚しようと言ったのは本音だ。例え恋愛感情がなくても、信頼してくれたのだと思って俺は嬉しかったんだ」
 久しぶりに長くしゃべったから少し息切れがする。酸欠だなんて情け無い。でもこれは今、ちゃんと不死川に伝えなければダメだと思ったから必死だった。
 不死川はまだ下を向いたままで。手だけではなく両肩も震えていた。もしかしたら泣いているのかもしれない。嫌だな。泣いても欲しくない。不死川には笑っていて欲しいと思った。
 だから、無意識のうちに身体が動いていた。テーブルに置かれたままだった不死川の両手を握る。
「俺と家族になってください」
 この前は不死川の頼みに対しての返事として結婚しようと言った。でもこれは違う。
「俺にもメリットはある。家族が出来るぞ」
 そう言って笑うと、顔を上げた不死川はやっぱり泣き顔をしていたのに、目を丸くした後に笑ってくれた。
「ばーかァ。冨岡はお人好し過ぎんだよ」
 うん。やっぱりこのほうが良い。不死川は、笑っていたほうが良い。
 空っぽの心がほこっと温かくなった。


 姉の家へ二人で挨拶に行くと今まで見たことが無いくらいのテンションで迎えられた。腕の中にいる姪っ子は無事なのか心配になるくらい飛び跳ねるので義兄と二人で止めた。
 姪っ子はその後不死川に手渡され、すっかり気に入られてしまったのか抱っこから下ろすと大泣きしていた。ちなみに俺は抱っこをするとずっと泣かれている。ちょっと羨ましい。
「実弥くん、ありがとう」
 義勇と家族になってくれてありがとう。
 姉は帰るギリギリまでずっと不死川の手を握っていて、その目には涙が浮かんでいた。
 姉は泣いてばかりいた俺を見守り、ずっと支え続けてくれた強いひとだ。昔から愛情が深く、それは子どもを産んだ事で更に強くなった気がする。だから手を離した俺のことが心配でならなかったのだろう。俺も泣きそうだった。
 帰り道、
「姉ちゃ、蔦子さんに申し訳ねェな」
 散々、本人からもう家族なんだから蔦子と呼べと言われていたから、『冨岡の姉ちゃん』ではなくてきちんと名前で言い直す不死川が可愛い。でも、その申し訳なさも違うと思う。
「家族になってくれるのは本当なんだから、大丈夫だ」
 ひとけが無いからそっと不死川の手を取って握った。不死川はびっくりした後に、笑った。
 やっぱりその顔は可愛いな、好きだなと。
 手を離したくないと。
 心からそう思った。