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燈 ともしび
2026-03-01 21:16:18
22196文字
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ぎゆさね【偽装恋愛】
とある事情のために偽装結婚することになったぎゆさねのお話です。
キ学軸。
嘘から始めた恋が本物になるまで。
ハピエンです。
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「不死川」
とりあえず何か言わないと。そう思って声を掛けただけなのに、目の前の相手は死にそうなくらいに青白い顔をしていたから思わず目の前にあった手を握ってしまった。
それは両親を失い悲しみから俺が毎日泣き暮らしていた時、姉がいつもしてくれていたことだったなと思う。だから同じように続けた。
「大丈夫」
すると不死川はびっくりしたようにこちらを見た。俺は視線を合わせてもう一度言う。
「大丈夫」と。
「冨岡ァ」
「うん」
「突然変なこと言ってごめん」
「
……
いや」
びっくりしたが、不死川は理由もなくお願いをしてくるような人間ではないことを知っている。なのでそれなりの理由があるのだろうと。
もしかして少しくらい酔っているほうが言い出しやすいのかと不死川のグラスにビールを注ぐ。不死川はちょっと驚いた顔して、そして俺のグラスにもビールを注いでくれた。
「理由を聞いても?」
「ああ」
乾杯をしたからビールを飲みながら待つことにした。どうせ俺は気楽な身の上なので明日が休みならば時間はいくらでもある。急かしたくない。
「その
……
うちの実家は元々地主の好意で借りていた家なんだよ」
「うん」
会ったことはないが、不死川は弟妹がたくさんいると聞いている。それしか知らないが。
「で、本当に安い賃料で貸してくれていたんだ。子どもは地域の宝だから、って。大家族だと生活も大変だろうと。すげぇ優しいじーさんで俺も実家にいた頃はたくさん可愛がって貰ってた
……
でも、先月に亡くなって。病気であっという間だった」
食いながら聞いて、と不死川にも言われていたのでお通しの鮭の煮物をつつきながら、でも口は挟まずに聞く。
「そうしたら俺は知らなかったが、じーさんに一人だけ子どもがいたらしいんだよ。ずっと海外で暮らしていたみたいで。で、その息子が土地を相続したんだが、自分は海外生活を続けるから売るって言い出して」
不死川は唇を噛んで黙り込んでしまったが、その先はなんとなく想像がつく。
「実家周辺は学校も近くて商業施設や公共のサービスも整っていて住みやすい。人気が出れば賃料や土地代が上がる。うちもじーさんの好意が無かったらとっくに引越ししなければいけないような高望みな場所なんだ。だから土地を売るから出て行けと言われたら従うしかない。でも、まだ小さい弟や妹は泣くんだ。せっかく仲良くなった友達と離れるのは嫌だって
……
泣くんだよ」
後半は声が震えていたからまた目の前の手を握る。不死川の手はびっくりするくらい体温が下がってしまっていて、冷たかった。
「うちはクソ親父のせいで揉め事ばかりで、一ヶ所に長く住めなくてあちこち転々としていた。クソ親父が死んで、ようやく今の場所に落ち着いて暮らせるようになれたんだ。だから俺は小さい頃の友達が一人もいない。わかっていても辛くて悲しかった。弟や妹にはそんな思いはさせたくない。だから思い切って俺が買おうとした。今の実家の土地を。でも、俺一人ではローンの審査が通らなくて」
こう言ってはなんだが、キメツ学園は私立だし給料が良い。俺はこの年代では年収が高いほうだと思う。となると同期の不死川も同じくらい貰っているだろう。教師という硬めの職で年収も良いのにローンが組めないのか。
「で、ローン会社のやつに言われたんだよ。不死川さんは結婚の予定は無いんですか? って。母さんは昔の無理が祟って身体が弱いから長くは働けない。収入を俺と同じように増やすことは出来ない。そんなことをさせたら死んじまう。でも、今の俺の収入と同じくらいの伴侶がいれば審査は確実に通るはずだと」
なるほど。
お通しを突いていた箸を置く。不死川が何故今夜俺を飲みに誘ったのか、あと突然不思議なお願いをしてきたのか腑に落ちた。
数年前、時代に合わせて法律が改正され、同性でも結婚が出来るようになった。職場にも何人かいるのは知っている。
「籍は本当に入れないと駄目だからローン審査が通るまでは離婚出来ないし、仮に離婚したとしても戸籍は汚れてしまう。今後、冨岡が誰かと結婚しようとした時にはっきりと俺との婚姻歴と離婚歴は記載される。それは本当に申し訳ない。でも」
不死川はテーブルから離れて畳の上に移動すると頭を擦り付けんばかりに下げた。
「頼む! 冨岡、俺と結婚してくれ! 冨岡となら確実にローン審査は通る。俺は弟や妹に悲しい思いをさせたくない。あいつらは俺の唯一の宝物なんだ!」
普段の不死川は自分の中に芯を持っていて間違ったことは絶対に許さない。お天道様に顔向け出来ないことはするな、と。そう言って生徒を窓から吹っ飛ばしたこともある。真っ直ぐて正義感の強い人間だ。
だから、そんな不死川がこんな理不尽にも思えるお願いをしてくるなんて一生に一度くらいの重いものなんだろう。
すごいなと思った。
俺は両親が無くなった時も悲しんで泣いていただけだった。二番目とはいえ仮にも冨岡家の長男なのに姉や周囲の大人に守られて何もしなかった。空っぽだった。
今も、姉が俺から離れたことを寂しがりながら日々流されて生きているだけだ。不死川とは同じ歳、同じ職なのにこんなにも背負っているものが違う。
「いいぞ」
返事をしたのに、顔を上げた不死川は信じられないという顔をして俺を見ている。まあ、確かに普通の男ならこんなこと引き受けたりしないんだろう。でも俺には何もないから。守るものも、大切なものも。
なら、唯一の飲み仲間の必死な頼みを受けることくらいなんでもない。
「結婚しよう、不死川」
俺もテーブルから離れて不死川の近くに寄る。
姿勢を低くしたままの不死川の手を取ると、先ほどと同じように冷たい。でも気にならないのでしっかりと握った。
「大丈夫」
俺はさっきから大丈夫としか言ってないが、こんな空っぽな奴の大丈夫はどこまで信用して貰えるのだろう。
せめて、と。不死川の左手を己の両手で握り込む。姉さんはここに結婚の誓いを刻んだ。
なら、偽物伴侶だけれど俺もここに誓おうと思う。
「不死川の家族を一緒に守ろう」
そう言って、不死川の左手薬指に口付けた。
普段は他人との接触は不快なだけなのに、不死川には一切嫌悪感を抱かなかったのが不思議だった。
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