燈 ともしび
2026-03-01 21:16:18
22196文字
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ぎゆさね【偽装恋愛】

とある事情のために偽装結婚することになったぎゆさねのお話です。
キ学軸。
嘘から始めた恋が本物になるまで。
ハピエンです。



-6-

 不死川との結婚はお互いの家族と学園長は知っている。けれど生徒に公表するつもりはなかったし、それだけで良いだろうと思っていた。
 けれど、終業後に同じ方向へ帰っていく俺たちを見て怪しまれてしまっていたようで、
「今日の飲み会は分かってんだろうなぁ」
 と、終業後に宇髄に首根っこを掴まれ、不死川と共にいつもの店へ連行されてしまった。
 宇髄、胡蝶、煉獄、伊黒、悲鳴嶼さんと俺たち。忙しい時期なのに全員集まれたのは奇跡だろう。だが、流石にこの飲み会がみんなで楽しくわいわいと飲むためのものではないと俺も分かっている。
「さあ、吐け。お前らの関係を」
 宇髄が至近距離で腕組みをしていると威圧感がすごい。悪い男ではないと分かっていても圧がすごい。元々口が回らず言葉選びが下手な俺は黙り込むことしか出来ない。
 冷や汗が背中をつーっと伝う感触がしたあと、
「結婚した」
 ビールを飲みながら何でもないように不死川が言うので、周囲は一瞬静かになった後に稲妻のようなどよめきに包まれた。ここが個室で良かった。
「え? え? なんて?」
 あの宇髄ですら内容を理解して飲み込むのに時間がかかったようで、突っ込みにいつもの勢いがない。
 けれど胡蝶や煉獄、悲鳴嶼さんは笑って拍手をしてくれた。伊黒も本当は拍手したかったようだが、仲の良い不死川の結婚相手が俺だったので内心複雑らしい。苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「誰と誰が?」
「冨岡と俺。先週にもう籍も入れて同居してる」
 なー、なんて言いながら不死川は俺の方を笑って振り向く。これは絶対わざとだと思う。俺が固まっているから面白がっているのだろう。
 いっときの緊張と謎の圧から解放されたからか俺も少しやり返したくなり、不死川の肩を抱いて自分の方へと引き寄せる。反撃されると思っていなかった不死川がびっくりしていたが構うものか。
「不死川と結婚した。もう俺のだから馴れ馴れしく不死川に触らないでくれ」
 真顔のまま真面目に言ったのに何故かその場は更に盛り上がってしまった。今度は宇髄も一緒になって拍手しているし、飲め! なんてビールまで注いでくる。
 めでたいな! 煉獄がいつものデカボイスで言うと周りも同調する。
 おめでとう。幸せになれよ。
 お祝いの言葉。偽物な俺たちには本当は似合わない言葉。でも、その言葉やみんなの嬉しそうな顔を見ていたらなんだか泣きたくなった。
「お前ら薄情過ぎ! 俺たちには早く言えよ!」
 宇髄に笑いながら怒られて、そうか、不死川だけではなく俺もちゃんとみんなの仲間になっていたのかと思ったら今度こそ涙が止まらない。
 俺も、ここに居て良いんだ。空っぽなのに。みんなが輪に入れてくれている。
「あー、今こいつマリッジブルーでェ」
 隣の不死川がさりげなく抱きしめて俺の泣き顔を隠してくれたから、俺は不死川の腹にしがみついて泣く。マリッジブルーではなくて嬉し泣きなのだが、それはうまく言葉に出来なかった。

 お祝いだからと二人で飲み食いした分は奢って貰った。店を出る時に今度二人の家にもお邪魔させろーと宇髄が叫んでいたが、不死川が絶対呼ばねェと返して笑いをとっていた。俺はそれを不死川の背中にべったりとくっついたまま聞いていた。
「泣き虫ィ」
 みんなの前で俺に腹にしがみつかれて泣かれるわ、背中に覆い被さられるわで不死川は災難だなと思うが、あまり気にしていないらしい。
「俺から離れる気がねェんだろ? なら歩いて帰るか」
 俺を背中に引っ付かせたままでは電車にも乗れないと思ったらしく、一駅分を歩くつもりのようで平日で人けがあまりないのは幸運だった。
 もしこれが週末でもっと人がいたのなら俺達の異様さは目立ってしまっていただろうから良かった。いや、それならいい加減離れろと自分でも思うが、今は不死川にくっ付いていたかったので無理だった。
「冨岡は泣き虫で甘えた」
 言ってることは酷いが真実だ。おまけに不死川はとても楽しそうに歩いていくから俺もだんだんと楽しくなってくる。
「俺んちは両親いたけどクソ親父は居ない方が平和だったし、母さんはいつも忙しくして不在だった」
「うん」
 知ってる。聞いた。だから弟や妹の面倒を見て寂しさを紛らわしていたと。そのうち弟や妹の世話が本当に楽しくなっていったとも。
「冨岡はご両親が愛情をたくさん注いでいたんだなァ。だからよく泣くんだ。感情を出せるのは愛情を知っているからだ」
 
 父と母が愛情を注いでくれたのは本当。姉もたくさんの愛をくれた。だからよく泣くのも本当。
 でも、不死川は。

 そこでようやく不死川の背中から離れた。おや? みたいに不思議そうな顔をして不死川が振り返るから両腕を広げてみる。
「不死川も泣いたら良い」
「は?」
「不死川もちゃんと愛情を知っているひとだろう。こうして俺にもこんなにたくさん愛情を注いでくれている。学園の生徒にも、弟さんや妹さん、あとお母さんにも」
 少し離れてしまった距離を数歩ほど歩いて埋める。また不死川と距離が近付く。広げたままの両腕は下ろさずにいた。

……目ェ真っ赤だし、鼻の頭も赤いぞ」
「うん。泣いたからな。不死川が泣かせてくれたから。たくさん甘やかしてくれたから」
「冨岡が甘えたで泣き虫だから」
「うん。俺はたくさん泣いた。不死川から愛情を受け取った。だから今度は不死川の番だろう?」
 ずびっと鼻を啜ってしまった。泣き過ぎたから。格好悪い。でもこれが俺だから。偽物だけど、不死川が伴侶に選んでくれたのが俺だから。

「泣いていいぞ。おいで」
 もう一度、心を込めて言う。
 目の前の不死川は顔を歪めて。そして。
「ばーか。俺は泣かねェんだよ」
 飛ぶように勢いよく、俺の腕の中へと飛び込んで来てくれた。俺は下半身に力を入れて受け止める。
 不死川をぎゅっと抱きしめた。数秒経って、そっと不死川も俺の背中に両腕を回してくれた。

 なんで気付かなかったんだろう。自分のことなのに。不死川を抱きしめるとすごく幸せで。泣きたくなって。嬉しくて。

 ああ。そうか。
 俺は不死川のことが好きなんだ。そう思った。
 結婚してから気付くのも俺らしい。
 この腕の中から離したくない。好きだから。

 泣いて良いなんて言っておいて、俺の方が泣きそうだった。
 ただ、ただ幸せで泣きたくなった。これが恋なんだと初めて知った。