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柚鈴
2026-01-10 11:58:03
26679文字
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でぃあぷろSeason3 第0話②/第2話「悪夢」
執筆:2026/1/9〜1/15
pushing up daisies:「死んで埋葬されている」
悪夢:悪夢であってほしかったね
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第2話「悪夢」⑥
◇精霊
夜に聳える分厚い硝子の壁に、無数の刃を突き立てる音が響く。
滅びゆく世界の慟哭に似た、研ぎ澄まされた耳障りな音色。
無感情に、あるいは極めて暴力的に、聖域の破壊に及ぶアイドルたちを眺めながら、精霊は小さく嘆息した。
攻撃の威力と効率を考え、世界への強い復讐心を募らせた個体を選んだものの、まさかこれほどの数になるとは想像もしなかった。さながら誘蛾灯に集う羽虫の群れのように、聖域の周囲は現世を呪うアイドルで飽和している。そのふもとには、絶望に囚われて世を儚んだ屍が転がっており、少女のスクラップ置き場とでも言うべき様相を呈している。
こんなにも多くの少女が、消えたいと乞い、死にたいと願い、世界を壊したいと希っている。いかなる慈悲でも救いようのないほど、浮世に憚る希死の念。カミサマが滅亡を選んだのにも頷ける。衆愚は挙って被害者面をするだろうが、究極的には人間の望んだ道なのだ。
一際高らかに響く金属音に目を向ければ、新たに破壊の任に加えられた少女──セシル・サンチェスが薙刀を振り下ろしていた。彼女もまた、この忌まわしい世界を憎悪する一人だ。最も強く執着を向ける相手──クレア・サンチェスを殺し損ねた彼女は、その有り余る復讐心を持って、聖域に刃を振るっていた。硝子の表面には無数の細かな罅が刻まれ、蜘蛛の巣状に亀裂を作っている。
やはり、あの場で仇敵を殺させなくてよかった。その比類なき攻撃性の高さに、咄嗟の選択を自賛する。クレア・サンチェスの殺害は、一種の賭けだった。憎悪の渦に呑まれた彼女が、片割れに向ける感情の質が読めなかった。ゆえに、殺害を遂行したとして、彼女の自我が消えるかどうかが定かではなかった。
そのために一度、保留することを選んだのだが──消化しきれなかった積年の憎しみからか、予想以上の攻撃性を発揮してくれている。これだけでも大きな収穫だと、唇が笑みの形に歪んだ。
精霊に願いを捧げて、満開状態となったアイドルが、己の願いを後悔したとき──その矛盾した願いは自我を磨り潰し、少女は形骸だけの木偶人形となる。そうして作られた抜け殻を、カミサマの依代として利用するのが、精霊の作り上げた満開システムの目的だった。
幾人もの少女を犠牲にしながら、依代として最適な器を探すうちに、ひとつ気付いたことがある。悩めるアイドルを唆して、満開に陥れるのは比較的容易だが──完全に自我を消し飛ばすにおいては、まったく透明な氷塊を作るのに似た慎重さが求められる、ということだ。僅かにも加減を誤れば失敗に終わり、また別の個体を探さなければならなくなる。一切の濁りも不純物も混ざらぬよう、万全の備えが必要となるのだ。
例えば水中に紛れた塵のように、消しきれない強い未練があれば、それが細かな自我の破片として器に残留してしまう。
その点、特定個人への愛着というものは、非常に扱いやすくて優れている。未成熟な少女の愛というものは、往々にして歪さを孕んでいるものだ。支配欲、所有欲、独占欲。そういった薄汚い欲を忌み嫌う少女ほど、胸中に澱んだ執心を抱えている。その矛盾を突いてやれば、呆気なく暴走して自壊し、深い後悔に沈んでくれる。
その仕組みに気付かせてくれたのがユウハ・ディアスであり、彼女への暗示を改良し、初めて実践に移したのがリオン・クルスだった。前者は片割れの怠惰のために使えなくなったが、後者は依然として優秀な依代候補で在り続けている。
リオン・クルスについては、何やら奇妙で異常な記憶機構を持っていたことも、良い方向に作用したのだろう。最愛の相手を殺しかけた末に、正気を失い壊れてしまった。
現段階では彼女が一番の候補だが、備えあれば憂いなし、という人間の常套句もある。予備はいくらあったところで困らないのだから、自我を潰せそうな個体がいれば、潰しておくに越したことはない。セシル・サンチェスについても、十分に検討する価値があるだろう。
セシル・サンチェスは、クレア・サンチェスを憎んでいる。
提示されたこの命題は、本人も告げたとおり、議論の余地なく真だと認められるだろう。
だからといって即座に、彼女が双子の姉を愛していない、という帰結が導けるわけではない。相反する感情であるはずの愛憎や好悪は、ひどく奇妙なことに、同時に備わることもあるらしい。それは流動する河川のように、時に澱んでは時に移ろいゆく。そのすべてを掌握し、凍てつかせるのは至難の業だ。
セシル・サンチェスは、クレア・サンチェスを愛している。
二年前の観察に基づけば、この命題もまた真だと考えられる。確実に目的を達するためには、この両価性を考慮に入れなければならない。言い換えればすなわち、操りたい対象があるなら、それについて知る必要がある、ということだ。精霊がわざわざ手間をかけて、下等な人間の情動を、理解してやらねばならないということだ。
考えるだけで億劫な作業に、反吐が出そうになる。耐えがたいほどの屈辱と苦痛が頭を擡げて、かつての自分が何度も依代化を完遂してきたことが奇跡にさえ思えた。
これも片割れとの意識の分離が進んでいる影響か、としばらく思考を巡らせたのち、その片割れに任せればいいのだと思い至る。ユウハ・ディアスの件でお灸を据えられたのが余程堪えたのか、近頃は随分と殊勝な態度を取るようになっている。この分なら、セシル・サンチェスの依代化を委ねたところで問題ないだろう。
聖域は相も変わらず軋んだ音を撒き散らし、今か今かと孵化を待つように、数多の罅を連ねている。毀れた世界に崩壊をもたらす、刻まれた呪詛と希死の跡。
憐憫めいた月が陰るのを知りながら、精霊は一人静かに笑みを深めた。
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