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柚鈴
2026-01-10 11:58:03
26679文字
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でぃあぷろSeason3 第0話②/第2話「悪夢」
執筆:2026/1/9〜1/15
pushing up daisies:「死んで埋葬されている」
悪夢:悪夢であってほしかったね
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第2話「悪夢」④
◇セシル・サンチェス
「どうして
……
」
呆然と戦慄く唇から、無機的な声が切り離される。誰に向けた言葉とも知れない、答えのない怨嗟。どうして。生まれてきた瞬間からきっと、同じ問いを胸に抱き続けてきた。
どうして双子に生まれてしまったのか。どうして殴られなければならないのか。
どうしてクレアはあんなに幸せで、セシルはこんなに不幸なのか。
どうして忘れていたんだろう。どうして耐えることを選んだのだろう。
どうしてもっと早く、精霊の手を取らなかったのだろう。
セシルは何も悪くない。悪いのは義両親だ。他の使用人だ。サンチェスの家だ。
セシルの幸せをすべて奪っておきながら、何も知らずに笑っていたクレアだ!
投げ込まれた熾火は瞬く間に燃え上がり、脈打つたびに火花を散らす。
許せなかった。枯れ葉を踏み躙る人々が。腐葉土の上に咲く花が。
セシルという犠牲の上に成り立つ、すべての安寧と幸福が許せなかった。
「復讐したいでしょう」
愉しげに口端を上げて、精霊が告げる。
「苦しめたいでしょう。痛めつけたいでしょう。これまで貴方を虐げてきた、愚かで救えない人々を」
セシルの内心を透かしたような言葉に、躊躇うことなく頷いていた。奪われたものは、奪い返せばいい。与えられたものは、与え返せばいい。
吐き出せずにいた恨みが、積もり積もった憎しみが、待ちかねたように鬨の声を上げる。かつて圧殺された悲鳴をこの手に取り戻すように、セシルは喉を振り絞った。
「復讐、したい
……
。みんな
……
みんな、死んじゃえばいい
……
!」
月のない夜に祈るみたいに、昏い双眸を目掛けて告げる。その願いが音に変わった瞬間、腹部を食い荒らす痛みが消失した。重力から解き放たれるように、ふわりと身体が宙に浮く。みすぼらしい衣服は黒薔薇を咲かせた上等なドレスに、三つ編みに結った焦茶の髪は、ほどけて広がった黄金色に。かつての理不尽を消し去るように、サンチェスの証が舞い戻る。
気付けば手には、固有武器の薙刀を握りしめていた。見慣れた灰色のつぼみは様相を変えて、刺々しい黒が咲き乱れている。
許せないなら、復讐すればいい。みんな残らず、殺してしまえばいい。だってセシルは、こんなに傷付けられてきたのだから。
両手に構えた薙刀で、鍵の閉められた扉を叩く。物音を聞きつけた使用人が、すぐに駆け足でやってきた。セシルを罰する口実を、今か今かと待ち構えていたかのように。
勇み立って扉を開けたのは、屋敷でも古株の老女だった。義母に殴られるセシルを眺めて、悦に浸っていた嫌味な人間。今回もどうせ、わざわざ義両親に言いつけるために様子をみにきたのだろう。
「
……
死んじゃえ」
零れた声は非道なほどに冷淡で、どこまでも端的だった。悲鳴を上げる隙さえ与えず、薙刀が彼女の胸を貫く。長い刃先に串刺しにされて、呆気なく老女は絶命した。
迷いのない動作で死体を振り落とし、扉を抜けて悠々と歩き出す。目指すは地上、サンチェス家の本邸だ。仮拵えの地下は狭い。精霊様から授かった折角の浮遊魔法も、天井が低くては台無しになってしまう。
手に馴染んだ薙刀を振り回し、行く手を阻んだ人間は有無を言わさず排除する。この屋敷には、一人もセシルの味方などいない。暴力の主犯は言わずもがな、共犯者も傍観者も同罪だ。耳を劈く悲鳴に構わず、順番に息の根を止めていく。
無感情に階段を上がり、離れの庭に出たところで、武器を持った使用人に囲まれた。
その先頭に立った義父と義母が、さながら怪物退治に臨む英雄のように、玩具のようなピストルを構えて吠える。
「抵抗するな! 自分の立場が分かっているのか!」
「分を弁えなさい!」
威勢のいい命令口調に反して、発された声は怯えを孕むように震えていた。当然だ。
戦術兵器
アイドル
ではない彼らは、戦場に立ったことがない。自らの手で敵を殺したことも、命の危機に瀕したこともない。
だから必死の虚仮威しで、セシルを服従させようとしているのだろう。素直に命乞いのひとつでもすればいいのに、肥大したプライドはこの期に及んでも、格下のセシルに媚びることを是としないらしかった。
こんなに無様で滑稽な人たちを、今までどうして恐れていたのだろう。なんだか可笑しく思えてしまって、無意識のうちに頬が緩んだ。
「私とクレアは、双子なんでしょう!」
無力だったかつてのセシルが、決死の覚悟で振り回した言葉を口にする。逆鱗に触れられたかのように、義父がたちまち血相を変えた。握りしめた拳を振り上げるも、宙に浮かんだセシルには届かない。昔のように殴りつけて、黙らせることが叶わない。
「撃て!」
空中に舞うセシルを指さして、荒々しい怒号が放たれる。無数の銃口が一斉にセシルを向いて、唇から哄笑が零れた。馬鹿みたいだ。人間製の飛び道具ごときで、セシルを殺せるはずがないのに。
「「
暮れ泥む寂寥
トートゥス・トゥア
」
向けられた武器を見下ろしながら、呟くように呪文を唱える。精霊様から与えられた、セシルだけの特別な魔法。視認しないものの速度を上げる魔法。発動したのは、飛来する銃弾を避けるためではない。こちらを狙う銃も銃弾も、鮮明に見えている。魔法の対象にはなりえない。
セシルが標的とするのは、決して視界に映らないもの。だけど確実に、そこに存在するもの。
詠唱とほとんど同時に、小さな呻き声が耳朶を打った。どさり、と人間の崩れ落ちる音。義両親のすぐ横にいた使用人が、胸を押さえて膝をつく。思わず快哉を上げそうになって、その代わりに魔法を発動させた。この世のすべてを呪うように、何度も何度も繰り返し、同じ文字列を唱え続ける。
「「
暮れ泥む寂寥
トートゥス・トゥア
。「
暮れ泥む寂寥
トートゥス・トゥア
。「
暮れ泥む寂寥
トートゥス・トゥア
!」
死屍累々を描き出す声が、冬の寒空に溶けていく。震える睫毛の隙間から、かつて味わった地獄以上の、凄惨な光景が覗いた。
焦点の合わない虚ろな瞳で、腕を伸ばして崩れ落ちる者。全身を大きく痙攣させ、肺から大量の血を吐き出す者。膨れ上がったこめかみの血管が、皮膚を突き破って倒れる者。何が起きたかも理解できないまま、集まった使用人たちが次々と地に伏せていく。
「どう、して
……
」
苦しげに心臓を押さえて、額に紫の筋を浮かべた義父が、這うようにセシルを見上げて訊ねる。どうして。一度も答えをもらえなかったセシルに、教える義理などあるはずもなかった。
晴れやかな笑みを浮かべて、降り積もった鬱屈を浴びせるように、靴裏で頭蓋を踏みつける。それが最後のとどめになったらしく、義父の身体はぴくりとも動かなくなった。
倒れ込んだ使用人の死骸を足蹴に、再び空中へと舞い戻る。憂うように睫毛を伏せてみるけれど、口元には隠しきれない歓喜が宿っていた。
初めて試した魔法の使途は、思った以上の成果を上げた。今のセシルを従えられる者などいない。望めばどんな願いでも叶う、この世の支配者にでもなったかのような心地だった。
暮れ泥む寂寥
トートゥス・トゥア
。視認しないものの速度を変える魔法。こちらに迫る飛び道具を相手にするなら、瞼を閉じなければならない。
だけどそれはあくまで、視界に映るものを対象としたときの話だ。そもそも視認できないもの──例えば、皮膚の下に流れる血液を対象とするなら、わざわざ目を伏せる必要などない。
だから目を開けたまま、血流の速度を操作した。減速すれば脳に酸素が回らず倒れ、加速すれば血管が破裂する。生きていられる人間などいないだろう。
今のセシルには、この魔法がある。傲慢に不遜に、すべてを捩じ伏せるだけの力がある。
だから、もう何にも怯えなくたっていいのだ。不条理に投げつけられる罵声も、逃げ道のない暴力も、もはやセシルを縛ることはない。痛めつけられる前に、奪い尽くされる前に、終わらせてしまえばいいのだ、すべて!
血溜まりに濡れた庭を見下ろし、陶酔に浸るみたいに瞳が潤んだ。夢のような、奇跡のような、これまでに味わったことのない幸福。知らないうちに声を上げて笑っていた。確かに自分の声をしているはずなのに、聞いたことのない響きをしている。それはそうだろう。だって、セシルの感情はずっと深くに埋まっていた。大声で笑ったことなんて、きっとこの夜が初めてだった。
唇から鮮やかな嗤笑を撒きながら、夜更けに紛れてサンチェスの本邸を目指す。転がる死骸の近くに並ぶ、手入れの行き届いた植木や花壇。世話をしていた人間は、みんな残らず死んでしまった。醜いものを刈り取る者はいなくなった。
ふと視線を移した眼下に、怯えた小さな人影が映る。それは庭の中央へと駆け寄り、悲鳴を上げて尻餅をついた。それから何かに気付いたように、ゆっくりと眼差しを上向ける。
「セ、シル
……
?」
現実を認めまいとするかのように、零れた声は頼りなく揺れた。転んだあとの立ち上がり方を忘れたみたいに、夕暮れ色の双眸が呆然とセシルを見ている。
「
……
クレア」
緩やかに口端を吊り上げ、生涯で最上の微笑みを浮かべながら、セシルは大嫌いな片割れを見下ろした。
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