ろに
2026-01-07 20:00:00
7331文字
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お祭り騒ぎと夜来の雨

文章:「彷徨う魚の意味と意図」の手前の話。じめじめしている玄野の話その0。(過去のオンラインイベントにて無料配布していた小説の再掲)


『明日は一日を通して晴れるでしょう。気温は例年よりも高い見込みです
「まじかよ」
 外した腕の手入れをしながらテレビを流し聴きしていた玄野は、耳に入ってきた天気予報の内容に思わず顔を顰める。只でさえ腕の調子が悪くなりやすい季節だというのに、明日は更に気温が上がるときた。メンテナンスの回数が増えれば、その分手入れに使う油などの減りも早くなる。高気温が続く夏は、玄野が最も苦手とする季節だった。
『皆様もこまめに水分補給や休憩を挟みながら、明日からの祭りをお楽しみください
そういや祭りがあるんだったか」
 食材を買う前にホームセンターに寄るべきかと考えていた玄野の耳に「祭り」という単語が入ってくる。玄野達が暮らしている「おぼろげ街」では年に一度、商店街の大通りを中心とした一帯で数日にわたる大きな祭りが開催される。普段見かけないような屋台が立ち並ぶ光景は、毎年テレビで取り上げられる位には盛り上がっているらしい。
「虎太郎達、凄く楽しみにしていたな」
 メンテナンスを終えた左腕の確認をしながら、玄野は夕食での会話を思い出していた。

 ボイボ寮での食事は当番制で、現在は1日ごとに二人がちび式じい監督のもと希望者全員分の食事を作る事になっている。曜日によってメニュー自体は決められているものの、細かい味付けや具材はその時の当番によって様々だ。例えばカレーであれば甘口か辛口か、ひき肉入りか豆入りなのかが変わってくる。
「おれ、明日祭り回るんだけど、タケヒロ達も行かない?」
 夕食の最中、ミートソースパスタを頬張りながらそう尋ねてきたのは、同じ事務所の最年少である白上虎太郎しらかみこたろうだった。
「祭り?」
「そう!明日はおれ達全員休みだから、集まって屋台回ったら楽しいと思って!リューセーはどう?」
「オレは別に構わない」
「やったぁ!」
 玄野の隣でカイワレサラダを口に運んでいた寡黙な男、青山龍星あおやまりゅうせいから流れで言質を貰い、虎太郎は喜びの声を上げる。
「白上くん、ソースが頬に付いてますよ」
 もう少し落ち着きましょうね、と虎太郎にティッシュを渡す眼鏡の青年、雀松朱司わかまつあかし。穏やかで落ち着いた雰囲気を持つ朱司は、龍星と並んで他の寮生から頼りにされている事も多い。
「何だい、楽しそうな話をしてるじゃないか」
「おっちゃん、ナイスタイミング!いま明日の祭りに皆を誘ってるところ!」
 朱司の後ろからひょっこり現れた、黄色い髪の中年男性。にこやかな笑みを浮かべている麒ヶ島宗麟きがしまそうりんは、ボイボ寮の住民の中でも年長組に数えられていた。
 虎太郎、龍星、朱司、そして宗麟。4人は玄野と同じ事務所に所属している、いわゆる仕事仲間でもある。住み込みで働いていたのは玄野だけだったが、それぞれ丁度良い機会だからと職場からのアクセスが良く値段も安いボイボ寮に入寮する事になったのだ。
なるほど、祭りの屋台巡りでしたか」
「うん!タクトも誘って6人で回ろうよ!」
 朱司から渡されたティッシュで頬に付いたソースを拭いながら、虎太郎は後から来た2人を改めて誘う。
 そして事務所にはもう一人、瑞澤みずさわタクトという名の少年も所属している。虎太郎と同い年の彼は一度決めた事は譲らない性格をしており、少なくとも今借りている部屋の契約期間が終わるまではボイボ寮に来る気は無いらしい。
「祭りは賑やかな方が楽しいだろうからねえ。坊達が迷子にならないよう見守ってやろうじゃないか」
「子供扱いしないでよおっちゃん!」
「オレは寧ろ親父が居なくなる気がする」
「それは酷くないかい龍」
 誘いに乗るついでに虎太郎をからかった宗麟だが、龍星から思わぬ駄目出しを受け軽くショックを受けているようだ。五十代の見た目とは裏腹に行動力が高い宗麟は、時折誰にも行き先を告げず、ふらりを何処かへ遠出することがあった。
「アカシさんは予定ある?」
「僕も明日は空いていますよ。ただ
 2人の返事にますます目を輝かせる虎太郎に対し、今日の食事当番でもある朱司は少しだけ困った顔で玄野の方を見る。
「悪い。当番だから行けねえ」
 朱司からの視線に気づいた玄野は苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに答える。
 外から聴こえる雨の音が、少し大きくなった気がした。

「虎太郎、結構落ち込んでたな
 夕食時の会話内容を思い出しながら右腕の調整も同様に済ませた玄野は、窓際に飾られた水槽を眺めていた。ガラスの容器は真水で満たされており、岩や砂、植物は全て造り物。見た目こそ海底を再現したその水槽に、居るべき筈の生き物本物は居ない。

__人間らしく生きて欲しい。
 事務所に所属する事になった際かつての所有者オーナーにそう願われて以来、玄野はそうであろうと努めてきた。寮に入ってから他者と関わる機会が随分と増えたが、未だに「人間らしさ」が掴めずにいる。さっきの会話だって、もう少し良い言い方やタイミングがあったのではないか。
今日はもう寝るか」
 このまま考えても埒が明かないと判断した玄野は、部屋の明かりを落として布団に入る。腕以外は人間と同じ構造のため、食事や睡眠などを要する点は人間と変わらない。瞼を閉じ、ざあざあと降る雨の音を聴きながら、やがて玄野は眠りに就いた。
 日が昇る頃にはきっと、雨が降っていたことも忘れている。