ろに
2026-01-07 20:00:00
7331文字
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お祭り騒ぎと夜来の雨

文章:「彷徨う魚の意味と意図」の手前の話。じめじめしている玄野の話その0。(過去のオンラインイベントにて無料配布していた小説の再掲)


【お祭り騒ぎと夜来の雨】

 7月末日、消灯時間。日没と共に降り始めた雨は勢いを増し、窓の外の景色を不明瞭に変えている。
 そんな窓の景色には目もくれず、ボイボ寮の廊下を一人、袖を捲った黒いジャケットの青年が歩いていた。風呂桶を抱えた青年の進行方向には、他の寮生達の部屋に通じる扉が幾つも並んでいる。その内の一つが開き、中から顔を出した全長2m越えの刃物頭の男と目が合った。
「やっほーくーろん。風呂上った?」
「ああ。シャワー室なら空いてると思うぜ」
「りょーかい」
 くーろんと呼ばれた青年がそう答えると、刃物頭の男はにかりと笑い、青年と入れ違いで1階のシャワー室へと向かう。青年は男が出てきた個所から一枚奥の扉にカギを差し込み、自室へと入っていった。
 青年の名前は玄野武宏くろのたけひろ。ナレーションやラジオ番組の司会などを請負う事務所に所属している、二十歳前後の男だ。爽やかな声質と気さくな口調で、周囲からは概ね「サッパリとした好青年」という印象を持たれている。
 住み込みで働いていた事務所の改装工事に伴いボイボ寮へ入寮した玄野。彼は先程すれ違った刃物頭の男、剣崎雌雄けんざきめすおを始めとした癖の強い寮生達に囲まれながら、人前では「普通の人間らしく」それなりの日々を過ごしていた。

流石にこの格好は暑いな」
 自室に入った玄野はドアのカギを閉め、抱えていた洗面器を下ろしながら自分の格好を省みる。袖を捲っているとはいえ、夏の風呂上りにTシャツの上から更に黒いジャケットを着るのは不自然だが、玄野はその理由を他人に言っていない。
 ジャケットを脱ぎTシャツの袖を上げれば、上腕の中程を横断する、人間には存在しない金属線が露になる。金属線の辺りを掴んだ玄野が力を入れて左腕を捻れば、ガクンと音を立てて金属線の先の部分が「外れる」。その断面は人間のそれとは異なり、基板のような模様と色をしていた。
 人体を模した、機械仕掛けで動く腕。
 おぼろげ街2丁目で暮らす玄野武宏は、普通の人間を装い生活している「元」アンドロイド試作機である。