【創作|馬子軸】レゾン・デートル CASE.02

26/1/18 追記しました(ラストまで出てます|サークル名義Privatterに移植しました)
※改行少ないです。閲覧の際は縦書きリーダーで読むことをお勧めします。
CASE.02 マスグレイヴ家の儀式書

されば得られん──窮極へ至る鍵を。

吊られた男の殺人事件から数週間が経ったある日、ERにひとりの女性患者が運び込まれる。そこには色濃い幻想の気配が宿っていた。さらに患者とその母親はマスグレイヴ家の家名を名乗り……? 二人が椿に接触した目的とは。再び蠢く悪意に、椿たちは挑む。


スペシャルサンクス 笋さん
光る羊をお借りしています。事後報告で申し訳ありません。

Privatter版 CASE.01 - https://privatter.me/page/661a9a22d636d
※カクヨムに載せる前のやつなのでこちらは校正とかしてないです



──数刻後
いとしま医学特区(西地区・英国街)Café Doyle


 指定された通り、六時を少しばかり過ぎてから俺たちはその店を訪れた。
 このあたりの地域は、よく〈英国街〉という俗称で呼ばれている。元々北九州にあった英国名誉領事館が医学特区の設立と共に移転し、この西地区に置かれたのだ。そのおかげなのか、周辺の街並みはヴィクトリアン様式というのか、どこか洒落っ気のある雰囲気で統一されている。
「生えすぎじゃありません?」
 大河が外壁を見上げて言った。〈Café Doyle〉が一階に入る雑居ビルは、装飾の一環のつもりなのか、赤レンガの外壁にアイビーが好き放題這いまわっている。
 通りに面したテラス席のテーブルに、白くてつるつるした奇妙な生き物がいた。それは鉢植えのように背中から植物を生やしていた──丸い赤色の目がこちらを少し気にして、「きゅ」と控えめな声をあげる。
 東医にも、この生き物を使って医薬品開発をしよう、という奇特な研究をしている研究室がある。お察しの通り、四宮椿の研究室だ。それを知ったのは割と最近の事だが。
「どーぞ」
 珍妙な羊を引き取りに来た飼い主──シャルルマーニュは、俺たちの前に頼んでいないはずのコーヒーを置く。怪訝な顔をしていれば、「俺が招いたんだから、もてなすのは当然だろ?」と朗らかに言うので、俺はコーヒーを一口飲んだ。
「うま」思わず口をついて出た声に、俺は慌てて口元を押さえる。「……すみません。不躾に」
「な~んでよ!? いいのに! どうよ、Café Doyleブレンドだぜ。コーヒーにうるせえジェームズを唸らせた至極のサイフォンコーヒーよ」
「して、シャルルマーニュ」
 自慢げに胸を張るシャルルマーニュに、椿は冷や水のような声で言った。
「そこな電気羊が脱走した原因は、お前の監督不行き届きだけではなかろう」
「まあな」シャルルマーニュは頷く。「実は、昨日の夜中の……三時ぐらいだったかな……泥棒が入ったんだよ。俺その日、なんか寝れなくて二階の共有キッチンで夜食作ってたのね」
「え、大変じゃないですかァ。警察行きました?」
「いや、行ってない。俺が物音聞きつけて下に降りたら、慌てて勝手口から逃げてった」
 俺はシャルルマーニュの証言を手帳に書き留める。「じゃあ、羊が逃げたのって……
「多分泥棒に驚いて、飛び出して行っちまったんだろうなあ。朝八時ぐらいに起きてきて、ここで朝飯の準備しようとして、ぱっていつもいるあの角っこ見たらよ、いなくなってたんだ」
 シャルルマーニュが指さした先には、ぼんやりと発光している羊がいる。客は幸いいなかったが、普通の客には見た目のまま、かわいいロボット羊だと思われているのだろうか。
「それで盛大に東医へ迷い込み、停電騒ぎを起こし……この私の講義を中断させたわけか?」
 椿がすごむ。シャルルマーニュは「んも~ごめ~ん~! ゆる~して!」と全く反省の色が見えない猫なで声で言って、
……けど、そいつなあ。首になんか刺青が入っててよ、それがやたら印象的だったんだよな」
「泥棒のですか?」と大河。シャルルマーニュは「そうそう」と応じて、
「うなじのところだよ。こういうさ、何て言うのかな……あのさ、月刊ムー読んだことある?」
 唐突に俺に問う。読むわけがない。表紙程度なら知っているが。
「あの、ピラミッドに目がくっついとる……あのオカルト雑誌ですよね」
「そう! 何かそういう感じの柄だったんだよ。手をさ、三つ使って三角形にして、その中心に目があるみたいな……いかにもカルトっぽい感じの図柄でさあ……
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!!」
 大河が大仰に両腕を広げてシャルルマーニュの声を遮る。
「ええ~~……、ウソでしょ? そんなことある? だとしたら相当マズいですよこの状況……、マジで……、」
「カレン」椿は大河にちらりと視線を送った。「簡潔に言え。お前がいても解決できないほどのことか?」
「いや、そこまでではないですけど……、正直あいつらが入り込んでるのはマジで予想外っていうかァ……
「あいつら? 知っとるんか?」
 俺は大河に軽く詰め寄る。今までで一番厳しい表情をした大河は、うんうん唸って、ついに金色の杖を軽く振った。さっと光の粒が空間へ弾け、カウンターの椅子の上に砂漠のつむじ風が吹く。
 端正な顔立ちの猫が、ちょこんと椅子に座っている。猫はにゃあんと一声鳴いた──その声を合図に、店の壁を、床を、薄っすらとしたヒエログリフが這いまわる。
「結界です。外部からの干渉は弾きます。……まあ一応、念には念を、ってコトで」
 大河ははあ、とわざとらしく嘆息し、
「結論から言いますね。最悪です。今の状況を考えると、連中を相手どるのは危険すぎます。でも多分避けては通れない。これが一番最悪」
 俺は眉間のしわが一層深くなるのを感じた。十中八九魔術結社だ。しかも、目的達成のためなら手段を選ばないタイプの。
 手帳の紙に引っ掛かったままのペン先から、黒いインクが紙に滲んだ。澱のように心の奥へ溜まる言いようのない不安感が身体を襲う。先程まで美味しく感じられたはずのコーヒーですら、ただの苦い水に変わった。
「興味深いな」
 椿の口元に冷笑が浮かぶ。この状況はあくまでチェス盤の上の事──そう言わんばかりの表情に、俺は思わず生唾を飲み込んだ。
「エレノワとリリが私たちに助けを求めた意味も、ブラントンが私の魔術を焼き切れたことも納得だ」
 椿はテーブルの天板を、細い指先で二度ほど軽やかに叩く。
「力あるマスグレイヴ家の魔術師でも、魔術結社を単身で相手するのは骨が折れる。ましてやエレノワは〈生きた遺産〉を欠いた状態だ」
「しかも連中の中には椿の張った魔術網の中から、LAP-LASに繋がる蜘蛛の糸を的確に見つけ出して、そこから大本の魔術式ごと焼き切れる技量がある……」大河はぼそりと呟く。「LAP-LASを失った今、ブラントンをこの医学特区から探し出すのは、一般的な捜査方法に頼るしかありません。けど、それははっきり言って望み薄」
「魔術的な阻害か」シャルルマーニュが呟く。「ジェームズが万全ならなあ……
 彼の相棒だというその人物は、随分と魔術に詳しいらしい。しかし医学特区全域に張り巡らされた魔術的な阻害をすべて解除できるとなれば、それはもう──
(神秘……
 俺はこの男を訝しみ始めていた。果たして信じるべきなのか、もう分からない。
 理解を超えた場所で、計り知れない悪意が渦巻いている。握りしめた万年筆が少しぎちぎち音を立てた。
「ブラントンは、恐らく──」椿の声に大河が頷く。「マスグレイヴ家の儀式書を手に入れている」
「儀式書?」
 俺は反芻する。魔導書や禁書の類だろうか。それとも俗にそう呼ばれているものを手に入れている、ということか。椿は俺の疑問を見透かしたように首を振って、
「名前の通りだ。魔術師家系の一子相伝……つまり、〈生きた遺産〉イデアル・メデュラ完璧な人形パーフェクト・ドールを作製するための儀式書だな。エレノワは何も言わなかったが、状況を考えるとそう捉えるのが正しかろう」
「なら、まさか……お前の魔術を焼き切ったのは、ブラントンが作製した完璧な人形パーフェクト・ドールっつうことか」
 椿はぱちりと指を鳴らす。「良い理解だ。私もそう考えている」
「でも誰を素体にしてドールを作ったっつうんかちゃ。だってそんな素体にできる人間なんざ……
 そこまで言って、俺は思い至る。〈吊るされた男〉──港湾部で殺害され、内臓を抜き取られ、逆さまに吊るされた状態で発見された遺体。坂木柊作だ。
 つまり、坂木柊作は最初から素体にするために殺害された。そうだとすれば、それ以前の長岡真凛の殺害──あれも全く違う意味を持ってくる。
 坂木柊作はコンカフェで働いていた長岡真凛を殺害した。その裏には、ホストクラブの売掛金回収を目的とした、売春斡旋という問題が存在したはずだ。つまりそれ自体が売春斡旋を装った、全く別の目的を持って人間を集めていた──、ならば。
「集めた女性の中で、魔術適正の高い人間を……ドールに変えた……
 あんまりにおぞましい仮説だ。考えるのも反吐が出る。
 俺の声に椿は口元を歪めた。どうも俺は彼女にとっての正解を引き当てたらしい。
「けど完璧な人形パーフェクト・ドールに届くほど魔術適正が高い奴がいなかった。だから坂木柊作を殺して、皮を剥いだ
「そう。菊武幹春がリリ・マスグレイヴと接触し、彼女の行動を黙認した理由は二つ」
 椿が左手の人差し指と中指を立てる。
「奴は本気でこの事件の背後にある二つの組織を捕らえる気でいる。その為にはリリとエレノワに好き勝手してもらう方が、都合が良いのだ。片方は長岡組、そしてもう一つがシャルルマーニュの言う、三つの手と目をエンブレムとする魔術結社──イルミナティ
 それは俗に〈秘密結社イルミナティ〉の名前で良く知られている、陰謀論者のお馴染み組織だ。しかし実態はかなり異なる。螺旋捜査部、陰陽庁、欧州の神秘管理局も、この組織の事はかなり危険視していた。
「瀬川に扮したリリは菊武をナイフで刺し、東医へ入院させた。彼女は実に賢い行動をしている。東医には私以外にも魔術師がいることを即座に把握していたのだからな。そしてその魔術師が、卓越した技能を持ち──東医の敷地全体を領地とし、魔術の力場に変えていることも」
 椿の視線は大河に向いている。しかし大河はどこか居心地悪そうに、「や、でもォ」と口をすぼめ、
「いくら私がいるって言ったって、ちょっと大博打すぎません?」
「そうせざるを得ないほどの状況なのは、お前も理解しておろう」椿は肩を竦めた。「良いか? エレノワはリリを介して菊武と取引した。そして今……ついに好機が訪れている」
 椿は頬杖をつき、凄絶な笑みを浮かべる。
「──ブラントンはこの私に喧嘩を売った。しかも背後にはイルミナティがいる。菊武の思惑に乗ってやろうではないか」
 欲しいものもあることだしな、と椿は独り言つ。嫌な予感しかしないが、現状はそれが最も早く真実に辿り着く方法なのは明白だった。
「なら、やっぱり手掛かりは……東医か?」シャルルマーニュがやわく微笑む。「俺たちにできることがあれば遠慮せず言えよ」
「不要だ。尾びれを捥がれた魚に頼る気は無い」
「んも~~またそういうこと言う~……まあ、喧嘩売られたならぶん殴ってやりたいって気持ちは、わかんなくはないけどさ」
 シャルルマーニュは少しばかり父性が滲む表情になって、椿を見据える。
「大事な人らに、あんまり心配かけちゃ駄目だぜ」