【創作|馬子軸】レゾン・デートル CASE.02

26/1/18 追記しました(ラストまで出てます|サークル名義Privatterに移植しました)
※改行少ないです。閲覧の際は縦書きリーダーで読むことをお勧めします。
CASE.02 マスグレイヴ家の儀式書

されば得られん──窮極へ至る鍵を。

吊られた男の殺人事件から数週間が経ったある日、ERにひとりの女性患者が運び込まれる。そこには色濃い幻想の気配が宿っていた。さらに患者とその母親はマスグレイヴ家の家名を名乗り……? 二人が椿に接触した目的とは。再び蠢く悪意に、椿たちは挑む。


スペシャルサンクス 笋さん
光る羊をお借りしています。事後報告で申し訳ありません。

Privatter版 CASE.01 - https://privatter.me/page/661a9a22d636d
※カクヨムに載せる前のやつなのでこちらは校正とかしてないです






 フリーライターを名乗るその男は、妙な雰囲気と存在感を併せ持っていた。
 諸星英永は、光の加減によっては銀髪にも金髪にも見えるくせ毛の男を睨む。右目を覆う黒い眼帯に、片目を失っているか、失明しているな。諸星はそう思った。
「それで? 作家先生が、こんなところになんの要件でしょうか」
……この人物をご存じですか」
 男は写真を差し出した。どこか世間知らずな印象の奥に、悪人に利用されてしまいそうな雰囲気を備えた青年がうつっている。
 柊作のことを聞いてきた奴が、前にもいたな。赤毛の女医と、長髪の官僚だった。
 目の前のフリーライターは、もしかしたらそう名乗っているだけで探偵かもしれない。事件がいっこうに進展を見せないから、坂木柊作の両親がついに探偵を雇ったのか。諸星はそんなことを考えながら、愛想笑いを浮かべた。
 緋色の瞳に、射貫かれる。何だ? この違和感は。
 諸星は背筋につめたいものが伝うのを感じた。
「以前うちで働いていたホストですが。事件に巻き込まれたと聞いています。なんでも、医学特区の港湾部で殺されているのが見つかったとか」
 諸星はとりあえず、己が知っている情報を明かした。男は黙したまま、軽く頷く。
「何か?」
……いえ。では彼が、長岡真凛という少女を事故に見せかけて殺害したということはご存じでしたか」
 諸星は思わず息を飲んだ。バカな。己の知らないところで、とんでもない事態が起きている。諸星は眉間のしわを思わず深くした。
「どういうことだ」
……指定暴力団長岡組。その組長の御令嬢であった長岡真凛は……ある陰謀の生贄にされた可能性がある」男は静かに言った。「……私が伺いたいのは、あなたが個人的に取引した人物との関係だ」
「何だと?」
 諸星はスーツの内ポケットに入れた小型の拳銃へ意識を向ける。明らかに目の前の男は何らかの訓練を受けているとは思えない。細身で、いかにも読書が好きそうな男だ。
 勢いよく服の内側から拳銃を引き抜き、男の眉間につきつける。
 しかし彼は平然と眉のひとつも動かさず、銃口を軽く指先で逸らした。肝が据わっているとか、そういう話ではない。まるで撃たれたとしても、死にやしないとでも言っているかのようだ。
 男の唇が、ひとりの男の名前を呟く。
 何故知っている? どこで知った? この男は何者だ?
……奴は、医学特区で何をしようとしているんだ?」



 エレノワ・マスグレイヴの声に、椿は「成程」とだけ言って両手を突き合わせた。騒ぎそうな大河も表情を厳しくさせて黙り込む。
 エドワード・ブラントンは、螺旋捜査部にも情報が共有されているだけではなく、警察庁もその行方を追っている。つまり魔術社会だけではなく、一般社会からも追われているのだ──国際指名手配という形によって。
「咲良、知っているな?」
「国際手配されとる。殺人容疑で」俺は呟いた。「余罪もかなりある。イギリスで二人殺したあと、ドバイへ出国」
「その後、日本で大捕り物になって、取り逃がした?」
 椿は問うた。俺は頷く。
 俺が螺旋捜査官になりたての年に、つくば医学特区でとんでもない大捕り物があったのだ。SATも、戦闘に長けた国家陰陽師も出す大騒ぎで────、俺はそのとき初めて拳銃を握り、発砲した。しかも、
「ブラントンの左肩に、弾丸が偶然当たった。その後奴はすぐに……多分、空間魔術が使えるんやろうな。SATが小銃を構えてる前で忽然と消えて、それ以降の足取りは不明」
「空間魔術が使えるンですか? そのエドワード・ブラントンって」大河が言う。
「多分な」
「恐らく、〈生きた遺産〉イデアル・メデュラの効果よ。あれは宿主の魔術適合性を飛躍的にあげる」
 エレノワが言った。椿は一点を見つめたまま、両手の指を触れ合わせている。集中する時の癖なのか、瞬きひとつしない。
「本来は完璧な人形パーフェクト・ドールがあって初めて完全な力を持つけれど、あれ単体でも相当な力を持っているもの」
「あのォ、純粋な疑問なンですけど。ドールあってのメデュラなら、なんでブラントンはリリさんのことも奪っていかなかったんですか?」
「リリが強すぎるからよ」エレノワはあっさりと言って肩を竦めた。「この子は半馬子なのよ? 素の身体能力が突出して高い相手に、ただの人間が勝てるわけないじゃない」
 リリは少し恥ずかしそうにうつむいた。確かに半馬子──つまり、馬子と人間の混血者は、フィジカルギフテッドとも呼ぶべき驚異的な身体能力を持つ者が一定数いる。それなら納得できる話だった。
「それに、半馬子だから……猶更完璧な人形パーフェクト・ドールになれば、当然その身体能力は強くなる。より幻想へ近づくのだから」
 エレノワは少し寂しそうに顔を伏せる。娘が完璧に近づくたび、己がどこまでいっても人間の枠から外れられないことを嘆いているようにも思えて、俺はなんとなく二人が羨ましいような気持ちになった。
 俺は首を横に振る。今それを意識すべきではない。
「奴の行方は螺旋捜査部も、警察も把握していない。そんな逃亡犯を捕まえるとなると、なかなか骨が折れるな」椿は楽しそうに笑った。「ものは試しだ。LAP-LASを使って、ブラントンを探してみるとするか──」
 椿の指先がMacbookへ伸びる。勝手に警察が保有する捜査情報へアクセスしているのは明白だったが、いちいちそれを咎めていたらキリがない。俺は後でこの一件が公になって、給料を差っ引かれる未来に怯える。
 暫く待っていれば、画面に捜査情報がいくつか表示される。黒いウィンドウが開き、青い文字列が雪崩のように上から下へ、そしてついに健気な鳥の頭脳は医学特区に住まう彼らの視界を────
「──!」
 椿が反射的にケーブルを引き抜く。中断されたプログラムはエラーを吐き出し、幾つもの赤い警告画面を表示し続けている。
「おい、椿?」
「やられた」
 椿の視線は黒い円筒型の端末へ向いている。その内部には、哀れにも魔術の生贄にされた猛禽の脳が、培養液につけられて浮いているはずだ。
少々侮っていた。流石に歴史ある魔術師の家に連なる者だ、生半可な実力ではないな」
 椿は少しばかり顔をひくつかせ、
「LAP-LASの脳髄を魔術で焼き切られた」
「ちょっと待てや」俺は思わず口を挟む。「お前の魔術は医学特区全域の鳥類に及ぶんやろ」
「そうだ。普通なら有り得ぬ」
 椿は忌々しげに呟いた。彼女の構築する魔術式は、コドンによって記述される。魔術が生物の遺伝機構の一部に取り込まれる形で発現されるのだ。しかもどの鳥の視界が割り振られるかはわからない。
「ブラントンは随分辛抱強いようだな。奴は待っていたんだ──私が子機ではなく、本機を使って遺伝魔術ゲノミクスを起動する、その瞬間を」
「いくらなんでも無理があるやろ。鳥一匹一匹をとっ捕まえて、お前の魔術ウイルスに感染しとるか確認したっちゅうんか?」
「そこまで手の込んだことはしていまいよ」椿はかぶりを振った。
「ああ、魔眼の応用ってコトですね」大河がいつになく真面目な声で言った。「見られた時点で魔術効果が現れるなら……
「兎も角。奴は医学特区の内部にいる。それははっきりした」
 大河の演説を遮った椿はあからさまに不機嫌な顔をして、エラーを吐くMacを睨みつける。警告画面は今も脳髄が悶絶の声をあげるかの如く増え続け、ついに椿は無理やり電源を落とした。
〈医学における万能の天才〉であっても、魔術の才覚はそうでもないのか、と思っていれば、ぎろりと椿がこちらを睨む。
「だから言ったじゃないですかァ、遺伝魔術ゲノミクスの網を広げ過ぎるのは悪手だってェ」
「うるさい」椿はぴしゃりと言って両手の指を突き合わせる。「大規模遍在意識モデル化した魔術式同士の干渉を、この私が予期していないわけがなかろう。今の問題はそこではない……想像以上に〈生きた遺産〉イデアル・メデュラが魔術の発現を、奇跡の領域に近づけている事だ」
「下手をすれば十二年前の再現が起きかねない、ですか?」
 大河の問いかけに、椿は沈痛な面持ちで頷き、深く息を吐き出した。
「寧ろそれが目的であろうよ」
 エレノワは真っ直ぐに椿を見ていた。決して動じず、次にどう一手を指すべきかを考えているような、深い思考が青の瞳から読み取れる。
「そうね」
 そう言って、すっかり冷めたコーヒーを飲み干す。
「貴女の傷を抉る気は無いわ。けれど、その可能性は十分にあると思う。……もう行くわ」エレノワは席を立つ。リリが少し何か言いたげに一度こちらを見たが、何も言わずに会釈した。並んで歩く二人は、ただの仲の良い母娘にしか見えなかった。