【創作|馬子軸】レゾン・デートル CASE.02

26/1/18 追記しました(ラストまで出てます|サークル名義Privatterに移植しました)
※改行少ないです。閲覧の際は縦書きリーダーで読むことをお勧めします。
CASE.02 マスグレイヴ家の儀式書

されば得られん──窮極へ至る鍵を。

吊られた男の殺人事件から数週間が経ったある日、ERにひとりの女性患者が運び込まれる。そこには色濃い幻想の気配が宿っていた。さらに患者とその母親はマスグレイヴ家の家名を名乗り……? 二人が椿に接触した目的とは。再び蠢く悪意に、椿たちは挑む。


スペシャルサンクス 笋さん
光る羊をお借りしています。事後報告で申し訳ありません。

Privatter版 CASE.01 - https://privatter.me/page/661a9a22d636d
※カクヨムに載せる前のやつなのでこちらは校正とかしてないです






──後日 東都医科大学附属病院(十階)
特別個室病室


 増えてきたセミの声が忌々しい。じわじわと気力を削ぎ、俺はついに我慢の限界を迎える。書類は一旦放り出して、俺はその場所へ足を向けた。
 長岡真波は現実領域で保護され、すぐに福岡市内の病院へ移送されたと報告を受けている。少なくとも、彼女に関しては特に気にする必要はないだろう。あとは陰陽庁がうまい具合に記憶を処理し、医療チームの手で健康な普通の人間の世界へ引き戻す。それだけだ。
 菊武幹春は螺旋捜査部の面々が拘束し、今は凍結拘留と呼ばれる、コールドスリープにも近い方法で禁錮されている。あれほどの魔術的な実力者を、一般的な刑務所にはおさめられない、という陰陽庁と螺旋捜査部の判断だった。
 特別病室の引き戸を軽くノックする。声は無いが、いるのは知っていた。俺はそっと戸を開けて内部へ入る。

「何かがおかしい」
 点滴に繋がれ、造血剤と赤血球製剤でどうにか山を超えた椿は、病室に入ってきた俺を見るなりそう言った。
 青白い顔だというのに、赤青の双眸はやたらと叡智の光に彩られている。そのアンバランスさが少々恐ろしく思える。
……、何がかちゃ」
 少し心配していたのがアホらしくなり、思わずつっけんどんな声が出る。
「考えてみろ。坂木柊作は皮を剥がれた。ここには明確な理由があるはずだ。だが菊武が連れていたあの人形は、外装は陶器で、中身は人間ではない」
「あ? 人間やないって、それどういう意味や」
 俺は来客用の丸い椅子を持ってきて腰かける。「だってこの一連の事件は、臓器密売とか、売春の斡旋……、反社会的勢力に全部の罪をおっ被せた魔術犯罪やろ。わかりやすいアイコンの坂木柊作が使われてないことなんか、」
「あの場にあった少女たちも、人形の素体としての前処理は既に済んでいた。なら何故坂木柊作だけ皮を剥がねばならん? 素体の要件は魔術適正の高さであって、皮を剥ぐことではないのに」
「確かに、それはそうやろうけど」
「考えられる推察は二つだ。一つは儀式」
 儀式、と言われて頭を過った言葉がある。人身供犠。日本では人柱ともいう。
「シペ・トテックという神を知っているか?」
「いや……、」言葉の響きから考えると、どこか南米を想起させる。俺はあてずっぽうにその地名を言った。
「そう。メソアメリカ地域。マヤ・アステカ文明における豊穣神の一柱だが、この神はただの豊穣神とは違う」
 椿はベッドを軽く起こして続ける。
「生きたまま人間の皮を剝ぐ儀式によって、その信仰が支えられていたのだ」
「けどそれと今回の事件になんの関係がある?」
「咲良、思い出せ。この事件の背後にはイルミナティがいる」
 魔術結社だ。英国街にある、シャルルマーニュのカフェに泥棒に入ったという謎の男。その人物が首に入れていたタトゥーから、その存在が浮上したのは記憶に新しい。
「長岡組とイルミナティには繋がりがある。そして、マスグレイヴ家にも、その因果はある」
 椿は静かに続けた。手術剪刀のように切れ味鋭い声が、ついに全ての真実へ到達しようとしている。そんな気がしてくる。
「恐らくイルミナティは、元々マスグレイヴ家の儀式書と〈生きた遺産〉、そして〈完璧な人形〉を狙っていたのだろう。しかしそれはマスグレイヴ家の縁者だったエドワード・ブラントンが、エレノワから強奪し……リリ完璧な人形だけが残った。そして今度は、ブラントンから菊武が〈生きた遺産〉を強奪し、菊武が〈完璧な人形〉を作り出したのだ」
 本人申告だがね、と椿は肩を竦める。
「だがそうであれば、私のLAP-LASを焼き切れた道理は通る。奴は螺旋捜査官のトップ。私の非公開情報を最も把握していたし、私の魔術についても理解があった」
「それはわかる。けど菊武は長岡組とイルミナティを両方とっ捕まえるつもりで動いとったんやねえんか。それを知っとったから、リリは……
 瀬川迅一の姿で彼を刺し、安全圏である東医へ無理やり入院させ、イルミナティから遠ざけた。俺はそう考えていた。
「それは間違いない。イルミナティに対峙するという一点で、マスグレイヴ母娘と菊武の利害は一致していた。だが……
 椿の視線は窓の外、遠くへ投げられている。一羽の鳥が窓の近くを横切り、去っていった。
「それ以上に、奴には思惑があった。最初からマスグレイヴ家の儀式書が菊武の手の中にあったのは明白だ。そうでなければ、あれほどの人間を秘匿領域に抱えておけるわけがない。つまりだ、咲良」
「自分で事件を起こして、自分で解決して、その責を長岡組とイルミナティに押し付ける算段だった?」
「正解だ」
 椿はにやりと微笑んで指を鳴らす。呼ばれたと勘違いしたのか、虚空からふわりとアノマロカリスの姿を取る妖精──〈カンブリア〉が姿を見せた。
「だがそうだとしたら? より坂木柊作の一件は不可解さを増す。あれは何なのか。何が目的だったのか。何故、皮を剝がねばならなかったのか……
「あれは別の人間によるものやったって?」
「その答えを握っているのが、長岡真波だよ」
 椿は身体を起こし、点滴の口を閉じる。そして慣れた手つきで管を身体から引っこ抜いた。
「お、おい!? 何しよんかちゃお前! 大人しくしとけ!」
「していられるか。さっさと行くぞ」
 そう言いつつ椿は左右にふらついている。貧血でちゃんと立てていない。
「啓生会天神総合病院だ。あそこにいるんだろう? 長岡真波は」
「それは、そうやけど……、お前……お前マジで……
 これ以上言ったって無駄なのは、もう経験則でわかる。こうなった椿は梃子でも動かないのだ。俺は部屋の脇にひっそり置かれていた車いすを見つけて、広げる。椿は少しばかりそっぽを向いて、
「悪かったよ」
 と、本当に珍しく、謝罪の言葉を口にしたのだった。