【創作|馬子軸】レゾン・デートル CASE.02

26/1/18 追記しました(ラストまで出てます|サークル名義Privatterに移植しました)
※改行少ないです。閲覧の際は縦書きリーダーで読むことをお勧めします。
CASE.02 マスグレイヴ家の儀式書

されば得られん──窮極へ至る鍵を。

吊られた男の殺人事件から数週間が経ったある日、ERにひとりの女性患者が運び込まれる。そこには色濃い幻想の気配が宿っていた。さらに患者とその母親はマスグレイヴ家の家名を名乗り……? 二人が椿に接触した目的とは。再び蠢く悪意に、椿たちは挑む。


スペシャルサンクス 笋さん
光る羊をお借りしています。事後報告で申し訳ありません。

Privatter版 CASE.01 - https://privatter.me/page/661a9a22d636d
※カクヨムに載せる前のやつなのでこちらは校正とかしてないです




「私に、聞きたいこと……ですか?」
 長岡真波は検査入院という名目だからか、私服姿のままで個室病室にいた。
 啓生会天神総合病院。反社会的勢力の息がかかった病院というと、実に恐ろしく感じられる。サメの口が目の前にあるような感覚だ。
 しかし眼前の女性はそのような雰囲気が一切ない。言ってしまえば、どこにでもいそうな女子大生に見えた。車いすに腰かけた椿は、少し彼女を値踏みするような表情で見ている。
「港湾部へ赴いたとき、お前は自力で現実領域へ脱出したな」
 真波は困惑したような顔で俺を見た。助けを求めている、ように見える。
 はっきりと俺は思った。彼女は嘘をついている。今はその直感が最大限に働いた。
「真波さん。あなたは、妹の真凛さんの心臓を移植され、心臓腫瘍を完治なさった」
 俺は彼女を見据えながら言った。真波は頷く。
「ですがそれ以上の意図があったのでは?」
 真波は再び表情を歪める。今度は完全に作り物の顔ではなかった。明らかに、それを暴かれることに対する激しい抵抗があった。
「お前は妹の心臓を移植されることを望んでいた。そうだろう」
……、でたらめです」
「故に坂木柊作を使った」
 椿は真波を睨む。
「さらに言えば。お前は最初から、あの秘匿領域に出入り自由だった」
 椿は容赦なく続ける。

「お前なんだろう? 菊武の〈完璧な人形〉パーフェクト・ドールは」

 真波は冷酷な雰囲気を纏って、椿を睨みつけた。
…………なんで。気付くかな……」真波はぼそりと口にする。「私、どこで間違えたんだろ」
「いい質問だ。────最初からだ。最初から、全てが間違っていたんだよ」
 椿は両手の指を突き合わせる。
「マスグレイヴ家の〈完璧な人形〉は、幻想種、人間、そして機械の三つが組み合わさることで生み出される。そしてお前は心臓腫瘍を患っていて、心臓移植しか根治の手段がなかった。しかしそれと同時に、お前は魔術師でもある。故にお前は妹の心臓を欲した。血のつながった存在は、魔術的に大きな意味を持つ。同性であればなおのこと」
 椿の声に真波の表情が一層険しくなる。握りこまれた指先は白み、唇を血が出そうなほどに噛み締める。
「しかしお前は重大なことに気付いた。それが坂木柊作の存在だ」
 椿は真波が何か言おうとしたのを視界に入れ、それでも容赦なく言葉でランセットを振るう。
「お前は確かに、妹を深く愛していたのだろう。だから許せなかった。己の愛する妹を歪めた坂木柊作が。真凛は、坂木のせいで理想イデアではなくなった。それがお前にとっては一番許し難いことだったのではないか?」
 真波は答えない。ただ黙ったまま、椿を睨んでいる。重苦しい無言の空気が部屋の中に滞留し、俺は思わず生唾を飲む。
「同時に、お前は長岡組の深い部分を知っている。一部がイルミナティと繋がっていたことも。だから一計を案じたわけだ。お前は己の家族を、即ち組を愛しているから。より正確に言えば、お前の理想の家族を、だが」
「ちがう。私はみんなを……みんなを守りたかっただけ」
「詭弁だな」椿は容赦なく声を浴びせる。「ならばなぜ、己の妹の心臓が宿ったことを悦んだ? お前の契約妖精だったものがそうさせたのか?」
 契約妖精だったもの? 俺はその言葉にふと気づく。
 妖精は過去の残響が何らかの形を取っている存在だ。つまり、そこには嘗て信仰を受けた古い神々も含まれる。
「妖精との契約には重大な原則がある。一つ、契約を必ず履行すること。二つ、同族の妖精を殺してはならない。三つ、契約した妖精の死体を礼装に加工してはならない。この三つだが、お前の場合はこの契約に、儀式を行うことが含まれていた」
……、ッ、う……、」
「皮剥ぎの儀式」
 椿の声に真波は極限まで目を見開いた。
「お前は契約した妖精のために、皮剝ぎの生贄を探さねばならなかった。──が、丁度よく見つかったのだ。お前の最愛を誑かした男がな。
〈シペ・トテック〉は、広義的には生死と再生を司る。故にお前は求めた。己の再生を、そして……、己の理想から外れた者への死を。何故こんなことが上手くいったのか、それは一つ、理由があってな」
 椿は口元に凄絶な冷笑を浮かべた。
 処断が迫る。心臓が早鐘を打つ。
「〈シペ・トテック〉は、テスカトリポカの一面と見做される場合がある。そしてテスカトリポカの一つの側面──最も有名な黒いテスカトリポカと契約している魔術師が、医学特区には存在する。それがお前の、最大のミスなのだ」

 ふと、疑問が浮かんだ。
 ────〈忌まわしき名探偵〉とは、如何なる意味か。
 真実を明らかにする探偵が忌まわしいとは、一体どういうことなのか。

「私は言ったな。契約した同族の妖精を殺してはならないと」

 椿は静かに呟く。空気が冷え込む。何故? 何故。────何故。

「お前は、〈シペ・トテック〉を食った。それ自体は契約違反ではない。礼装に加工したわけではないのだから」

 真波の息が徐々に早まる。酸素を求めて喘ぐ。唇から恐れが零れる。

「だがな、言っただろう? ────テスカトリポカの別の面がいると」

 真波はヒステリックに叫ぶ。

「い……いや……、わたし、違う! そんなつもりじゃない!」

 死は背後まで辿り着いている。黒い影が、彼女の背後でゆらゆらと揺らいでいる。
 なんだ? 何が起きている? 何が此処に来ている?

「────ぁ、ぐ、」
 真波は胸を押さえる。表情が苦悶に歪み、膝から崩れ落ちる。

「ちょ、おい、しっかりしろ!」
「咲良。やめておけ」
「はあ!? お前何を言っとるんかちゃ! 明らかに心臓が、」
「魔術師の契約違反において、私たちにできることは何もない。できるとしたら、ただ罰を受けるのを見守ることだけだ」

 椿の声はどこまでも硬質で冷徹だった。

 助ける気も無いのか? 医者の癖に?

 俺はこいつの事を誰よりも医者だと思っていた。
 いや、違う。椿は最初から裏切ってなんかいない。こいつは最初から真実を明らかにすることしか興味が無かった。俺が勝手にそう思って、裏切られた気になっているだけだ。

 頭では理解している。心までは追いつかない。

「お、お願い! たすけて、わたし、何でもする……、貴女のために尽くす! お願い、おね、が、」

 真波の表情が歪む。胸元が奇妙に膨らむ。まるで何かが底から這い出るように。

「いや……、」

 極限まで開かれた目から、一筋涙が零れる。
 冷たい床に、ぽたり────

 ────赤。
  ────緋。
   ────赫。

 天井まで、鮮血が噴き上げた。
 長岡真波の胸元から、黒曜石の細い腕が伸びている。

 それは拍動する心臓を掴み上げ、

 ばん。

 赤が弾ける。
 俺は頭から血を浴びて、全身を真っ赤に染め上げる。

 椿は車いすに座ったまま、静かにそれを見ていた。
 見えぬ壁が、決して違えぬ境界が、椿の周囲を回遊する〈カンブリア〉が、ただ真実を睥睨するだけの彼女を汚さぬように傘を生み出す。

「なんで」

 椿の方へゆっくり振り返る。彼女は車いすのひじ掛けに身体を預け、俺の方を無感情に眺めている。

「────何で見殺しにした!!」

「奇異な事を聞くものだ」

 その声はどこまでも冷たく、死の色を否定しない。生者の色もありはしない。
 ただ判決を声で示し、天秤の動きを眺めている。
 それが当然のことのように眺めるだけだ。星々の中央で輝く太陽のように。

 椿はいつもと変わらない、傲慢で不遜な声で続けた。


「私は、明かすために生きている。
 ────鳥が空を飛ぶために生まれてきたのと、同じように」





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