【創作|馬子軸】レゾン・デートル CASE.02

26/1/18 追記しました(ラストまで出てます|サークル名義Privatterに移植しました)
※改行少ないです。閲覧の際は縦書きリーダーで読むことをお勧めします。
CASE.02 マスグレイヴ家の儀式書

されば得られん──窮極へ至る鍵を。

吊られた男の殺人事件から数週間が経ったある日、ERにひとりの女性患者が運び込まれる。そこには色濃い幻想の気配が宿っていた。さらに患者とその母親はマスグレイヴ家の家名を名乗り……? 二人が椿に接触した目的とは。再び蠢く悪意に、椿たちは挑む。


スペシャルサンクス 笋さん
光る羊をお借りしています。事後報告で申し訳ありません。

Privatter版 CASE.01 - https://privatter.me/page/661a9a22d636d
※カクヨムに載せる前のやつなのでこちらは校正とかしてないです



 
──数分後
東都医科大学附属病院(ER)


「お願いだから! 信じてよ! 本当なの!」
 半狂乱で叫ぶ女性が診察台に寝かされている。暴れている彼女を必死に押さえる看護師は新人なのか、ついに同じ声量で「落ち着いてください!」と叫び返したが、患者が落ち着く様子は無い。
「横手さん、変わります」
 小柄な看護師がやってきて、取り乱している看護師と交代する。頭の上から飛び出した茶色の馬耳、腰から流れるしっかり三つ編みにされた尻尾。馬子は人間よりも遥かに力が強い。
「ゆっくり、そう、ゆっくり呼吸してください……、ああ、椿。よかった」
 黒いドクタースクラブと白衣を身に纏う、赤毛の男性医師がERから椿を呼んだ。若々しいその顔は驚くほど似ている。実の兄妹と言われても信じるだろう。
「父さん。これがその患者か?」
「そう」椿の父──沖田蒼司は表情を厳しくして、「というかね。家族が救急要請したんだ。向こうにいらっしゃるのがお母様」
「妊娠しているのか?」
「それが問題なんだ」沖田は呟く。「本人と家族によると、異性との交際歴はない。もちろん性交渉もしたことがない。でも、エコーでは成長した胎児の存在が確認できる……、あっちょっと、椿!」
 確かにエコーには妊娠三か月か、それぐらいの大きさの胎児がいるのが確認できる。女性は「ちがう、ちがう」と何度もぶつぶつ呟き首を横に振る。
 見ていて酷く痛々しかった。最悪の可能性が頭を過る。吐き気を催すクソみたいな可能性だ。
 椿は沖田から奪い取ったタブレット端末で、あらかたの検査結果を頭に叩き込む。だが、何だ? 何かがおかしい──俺は僅かな違和感を見出す。だがそれに結論をこの短時間で出せる訳もない。俺の内心を他所に、椿は勢いよく患者の方へ近づき、
「聞きたいことがある」
「え……?」
 患者は涙にぬれた顔を椿の方へ向けた。何でもいいから縋りたいという様子で、徐々にその目が見開かれていく。
「お、お願い。信じて。私、誰ともしてない。彼氏だっていたことない。ほんとなの!」
「理解している。それに、私は我が父の診断能力を信じている。父さんが私をここへ呼ぶということは、そもそも普通のやり方で太刀打ちできる症例ではないということに他ならぬ」
「どういう、意味、」
「お前、宗教は?」
「は? な、何を言って……
「いいから答えろ」
「なんにもない! お願いだからこれなんとかしてよ! 私、私、」
 椿が患者の伸ばしてきた手を確りと掴む。
「案ずるな。──咲良」
「あ?」俺は急に名を呼ばれて弾かれたように顔をあげる。「な、なんかちゃ」
「始末書には上手いこと書いておけ」
 そう言って椿は、一歩患者から離れる。右手を患者の腹部へかざし、

「来い。〈カンブリア〉」

 荘厳な声で、それを呼ぶ。
 どこからともなく水の音が聞こえた。室内の温度が僅かに下がり、ゆらり、ゆらり、と光の屈折が、まるで水の中から水面を覗いているような具合に変わる。
 床に、影が写った。何かが泳いでいる。それは長い尾をくねらせ、椿の周りをぐるぐると回遊している。
 魚影とも違う何かだ。明らかに形が魚とも思えない。それよりも──
「おい待てや、椿! お前一般人相手に、」
「黙っていろ。この患者を救うにはこれ以外の手がない」
 大河が俺の肩を叩き、ふるふると首を横に振る。
「大丈夫ですよォ」
 大河は穏やかに、けれど信頼を湛えた微笑みを浮かべている。何が大丈夫だというのか、俺にはてんで想像がつかない。そもそも魔術を行使して何をするというのか。それすらわからない。
 椿は、遺伝する魔術式を医学特区に住まう鳥類に感染させた、と言っていた。
 生命体の遺伝機構を利用してコドンを使って魔術式を書いている、とも。

「──Nego, disseco, disiungo, deduco, disiungo私は否定し、分析し、分解し、推理し、解体する

 どこまでも鋭利な声が響く。それと同時に椿が患者に翳している掌の下で、黄金の文字列が紡がれる。
 魔術。それは、妖精を媒介にして、この世界に存在する可能性を呼び出す行為だ。少なくとも俺は、そんな風に魔術を捉えている。
 椿の妖精は未だに姿を見せない。影だけが漂い、その存在を俺たちに伝える。
 奇怪な影は踊る。ヒレを動かし、長い飾り尾を揺らし、時折触腕だろうか──を動かして。

「──Omnia sunt lapis sepulcralis, mendacia sepeliuntur, veritas revelatur全ては墓標。虚を葬り、真実を象れ

 ゆらりと空間が歪曲し、ついにその姿が露わになる。奇怪な姿の妖精は椿の言葉を全て聞き届け、くるくると回転して長い尾を螺旋構造へ変換していく。
 エコーが、ノイズを立てて切れる。椿の手が患者の腹に触れ、ふっと全ての光が霧散する。そこにいたはずの奇怪な妖精も、海の底のように変じていたERも、全てが完全になかったことになった。
 冷静に大河が空間内の神秘汚染度を計測しているのが、余計に己の見たものを信じられなくさせる。
 何が起こった? そもそも、椿は何をした? 俺は理解できないまま、ぼんやりと突っ立っている医療従事者の面々を見遣る。時が止まったかのように、彼らはぼんやりしていた──沖田を除いて。
 診察台の患者は、穏やかな表情で眠りに落ちていた。胸は規則正しく上下している。それに接続されたバイタルモニターを見るに、呼吸や脈拍に異常は見受けられない。
「妙だ」
「どうかしたの、椿」沖田が声をかける。
「普通なら、この時点でもう……、何だ? この違和感は」
 椿が患者の顔を軽く観察し、沖田の首から聴診器をひったくる。そして胸に当て、呼吸音、心音を確認する。
「成程、そういうことか」
 顔を強張らせた母親に、椿はゆっくりと振り返る。
 母親は先程と随分印象が違って見えた。すらりとした高身長。そして、彫りの深い顔立ち。欧州系の血が混ざっているのは明白だった。
 何故こんなにも目立つ容姿なのに目がいかなかった? 今更それに気づく。己の目の節穴具合に嫌気がさして、思わず舌打ちをする。
〈生きた遺産〉イデアル・メデュラと、完璧な人形パーフェクト・ドール
 椿は母親に向かってそう言った。大河が横で「うっそお!?」と大仰に叫ぶ。俺は思わず顔を顰めた。
「え、え、本物!? 椿、マジですか!?」
……、貴女、何者」
「お前なのだろう? 生きた遺産の持ち主……いや、宿主は」
 母親だった人物は深く息を吐き出す。軽く頭を振って、長い指の手を額へ当てて困ったように表情を歪めた。
「試すような真似をしたことは謝罪するわ」
「あの! あの! だったら、この子は……ど、どう見ても人間なンですけど! え? どういう」
「心臓は幻想種のもの。骨格は金属。それ以外のパーツは人間のものよ」
……生きた人間を人形に改造したっちゅうんか?」
「否定はしない。でも誤解があるようだから先にただすわ。あくまでこれは、リリ自身の意志よ」
「リリ?」
 俺の声に診察台に眠っていた少女が僅かに上体を起こす。よく見ると、少女というよりも少し年齢はあるだろう。瞳を開けばはっきりした目元が目立ち、整った容貌であることに疑いはなかった。
「お母様」
「ごめんなさい、リリ。私のせいでいつも貴女には苦労をかけてばかり」
「違う」
 リリと呼ばれた少女は首を振った。首の白い肌が一瞬透けて、内部が露わになった……ように見えた。俺の視線に気付いたのか、椿が「察しの悪いお前も流石に気付いたか」と呟く。そしてちらりと周囲を確認し、
「もう私の魔術が効果を失う。父さん、栄養剤か生理食塩水の点滴を準備してくれ。それと……
「パニック発作と、過換気症候群。血液検査の結果は……本当に若干アルカリに傾いてるけど、これは女性だと正常範囲……SpO2も問題ない。ホントに異常がないから大丈夫だよ」
「すまない」
 珍しく椿は謝罪の言葉を口にした。
 俄かに信じ難かった。この唯我独尊が服着て歩いとるような女が肉親には下手に出る、という事実が。
「──何を呆けている! 患者は総合診療科のベッドへ。呆けるな、ここはERだぞ!」
「す、すみません」
 意識を失ったように突っ立っていた看護師たちは、椿の怒号に弾かれて動き始める。こいつは一体空間全体にどんな魔術をかけたというのか──横で大河がわざとらしく肩を竦めた。
 魔術の道を行く大河ですら、椿のやる事を完全に理解するには及ばないということか。そうであれば、俺のような凡人にはおよそ理解できるとも思えなかった。
「おい、お前」
「何かしら」
「学部棟の八階へ。リリは気にするな。我が父が見ていてくれる」
……、信用できるの?」魔術師は訝しむように沖田を睨みつけた。「随分と魔術に耐性があるようだけど。普通の人間とは思えないわね」
「当然だろう」椿は鼻で笑う。「だがお前は助けを求めてここへ来た。だというのに我が父は信用におけぬと? こちらは救急車の不適切利用でERの業務を妨害した、という理由で今すぐお前たちを叩き出すこともできるのだが」
 渋々という表情だったが、魔術師は「わかったわ」腕を組んで溜息を零す。光の具合では銀髪にも思える髪が、さらりと顔を撫でた。