史加
2025-12-19 13:39:23
62893文字
Public 原神(鍾タル)
 

春の湊で待っていて

鍾タル/自らを封印することにした鍾離と最期の三日間をともに過ごすタルタリヤの、春と恋の話


老いの春





 薄く光を帯びる金色の鍵を作り上げたとき、ふと脳裡を過ぎったのは小さな海だった。
 海と称したが、それは人差し指の先ほどの大きさしかない。光を通さず、反射することもないそれは沈んだ青色をしている。なのにひとみの奥には苛烈な欲望が眠っており、ふとしたときにぎらりとその鋭さを覗かせる。そのくせ凡人と同じように喜怒哀楽を示し、角度によって色の異なりを見せる不思議な目だ。
 なぜ、あのひとみの色を思い出したのだろう。
 男はしばし沈黙し、答えを探した。以前なら無数と呼べるほどに存在した記憶の引き出しをひっくり返して調べられたが、今や穴だらけとなった棚に残るものは少ない。そのわずかばかりの記憶を紐解き、じっくりと確かめ、首を捻る。残念ながら答えは見つからなかった。
 案外、少し前の自分ならその答えをきちんと引き出しの中にしまっていたのかもしれない。あるいは欠けることなく揃っていた棚の中にしまいこまれていたものから、答えを導き出せたのかもしれない。そう思うと少し惜しい気もするが、すべては世界の平和へと置き換えられた後だ。取り戻すことの叶わぬものに今更執着したとて、そこに意味はなく、答えを見つけ出せる訳でもない。
 鍵を握り締め、男は顔を上げる。
……あとは万事上手くいくことを祈るだけだな」
 不確かなことを口にするのは慣れなくて、ほろ苦い味がした。