マエバ・セイボスキー
2025-09-06 20:27:56
23897文字
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# ふぁぼくださった絵描きのイラストに字書きがSSを沿える

①デート日和(パーバソ) 現実さんありがとうございました。
②夏に消える(パーバソ) 横川さんありがとうございました。
③冬にあそぶ(かねこりゅ) 壮真さんありがとうございました。
➃きれいな男(パーバソ) ほととさんありがとうございました。
⑤蝶よ花よと(パーバソ) 本条さんありがとうございました。
⑥迷子の子猫(パーバソ) やまみちさんありがとうございました。
⑦世界一甘く(パーバソ) はんちょーさんありがとうございました。
⑧帝王の憂鬱(パーバソ) 藍田さんありがとうございました。


⑦世界一甘く


書斎を出ると、家の中に良い香りが漂っていた。
バーソロミューは書類仕事で固まった身体をうんと伸ばし、魅惑的な香りの発生源を求め、階下に向かった。
飴色の階段には、踊り場に小さな窓がついている。垂れ下がったアイビーの可憐なレースの縁取りが、淡く陽に透けていた。
階段をおりるごとに甘い香りが強くなる。
蜜につられる虫にでもなったような気持ちだ。
キッチンは、チョコレートの香りで一杯だった。
「やあ、君、何を作ってるの」
大きな背中が丸くなっているさまは、どこか動物園の熊を彷彿させる。例えば、プレゼントの氷に抱きついているシロクマだとか。
「ああ、仕事は終わった?」
パーシヴァルは手を止めて振り返った。
手元を覗き込んでいるバーソロミューの唇を軽く啄んで、お疲れ様と微笑む。
パーシヴァルがキッチンにいることは、珍しくはない。
彼のローストビーフやミンスパイは絶品だし、朝食をつくってくれることも多い。けれど、こんな風に菓子を焼いているところをみるのは初めてだった。
彼の手元のボウルでは、チョコレートの海がつやつやと光り輝いている。
「仕事はおわったよ、おかげさまでね。ところで、なんだい? ブリティッシュベイクオフにでも出ることにした?」
有名なリアリティ番組をあげると、彼は肩を竦めて笑った。
「まさか、私はこれしか作れないんだ」
「全ラウンドでそれを披露したらどう?」
あとはその整った顔で上品に微笑んでおけばいい。どんな菓子よりも甘い。
「それは良い。確かに私にとっては何よりも美味しいケーキだから、全戦全勝だ」
「それで、その最強の焼き菓子はなんだい?」
「ガトーショコラだよ」
とろり、とシリコンのヘラからとろけたチョコレートが滴る。
「バレンタインに、ゆっくりできなかっただろう」
今年のバレンタインシーズンは二人とも多忙を極めた。
出張やら会合、学会、パーティーに、各種インシデントが競い合うように連続し、殆ど顔も合わさなかった。漸く落ち着いたのは、聖パトリックデーも間近という頃だったのだ。
「それでガトーショコラを?」
「そう、今更だけれどね、ちゃんとやりなおしたくて」
ボウルを見つめる青い視線は真剣そのものだ。このままその瞳に見つめられたら、ガトーショコラはもっとずっと甘くなってしまうのではないかと思うほど。
確かに、今年のバレンタインはもしかすると特別になるかもしれない、と心のどこかでおもっていたことは事実だ。ふたりにとって、一緒に暮らすようになって最初のバレンタインだったから。
そんな期待はチョコレートよりもずっと甘かったらしく、容易く打ち砕かれた。
「それでも君、花を贈ってくれたじゃないか」
14日は、午後のお茶の時間をスキップするほどに忙しかった。ひっきりなしに電話がなり、スタッフ達に声を掛けられ、息をつく暇もなかったように覚えている。
殆ど殺気立った状態で秘書の呼びかけに顔を上げたら、目の前に花束があったのだ。
彼女は「お届け物です」とだけ言い、バーソロミューに負けず劣らず仕事の積んであるデスクに戻っていった。彼女には無駄というものがない。非常に(異常に、と言い換えても良い程に)優秀で、月の残業時間は5時間を絶対に超えないと神に誓っている素晴らしいレディである。
彼女にとって、上司の私生活など興味の範囲外であり、バレンタインに上司に薔薇の花束が届こうと、どうでもよかった。むしろ受け取りは業務外で無駄な時間だと思ってすらいただろう。
けれどバーソロミューはその花束におおきく心慰められたし、仕事は捗った。
「せめてそれぐらいはしたくて……けれどあの花を手配したのはガレスだし、届けたのは花屋だ」
無念でならない、と彼の顔には書いてあった。きっと本来であれば、あの花束を持って待ち合わせをして、上等なディナーにタイか時計か、なんらかのロマンチックな贈り物でも用意し、自らの手で素晴らしい夜にしたいとでも思っていたのだろう。
パーシヴァルは寛大で進歩的だが、一方でクラシカルな考えの持ち主でもある。
「仕方ない、私も君も忙しかったんだから」
刃物を使っていないのを確認して、太い腰に腕を回す。ボウルに被らないように気をつけながら顔を覗き込み、子供のようにへの字になってしまった唇に口づける。
「そんな顔しないでくれダーリン、あの花は嬉しかったよ?」
「ええ、でもやはり残念で……
「だから今ケーキを?」
「ああ、うん、そうなんだ」
パーシヴァルは、やっとそれを思い出したように笑って、覗き込むバーソロミューの唇に唇で触れた。
「祖母直伝なんだ」
「お祖母様」
「彼女は、あまり……料理をするような人ではなかったんだけれど」
それはそうだ。
パーシヴァルの家の女主人が台所で働く訳がない。知識はあったとしても、日常的に菓子をつくる様は想像できなかった。当時であれば尚更だろう。
「それでも、何故かこれだけは作ってくれたんだ、とても美味しかった」
甘いチョコレートをとろとろと掻き混ぜる。
見おろす瞳は優しくて、バーソロミューもつられるようにふと笑った。
「お会いしてみたかったものだね」
「私も是非、会って欲しかった」
絶対に出来ないことだから言える。
恐らく彼女の時代に照らし合わせたら、二人の関係は投獄ものだ。歓迎されるわけがない。バーソロミューはそう思う。
けれどパーシヴァルは、本気で会わせたかったと思っているらしい。
「きっと、貴方を好きになったよ」
「そうだね」
そんなわけがない。いまでも、パーシヴァルの家族に許されたなんて思えないのだから。
「本当だよ」
バーソロミューの考えなどお見通しなのか、そうでないのか。パーシヴァルは自分の言葉には少しの疑いもないという顔で頷く。穏やかに。
「あとは焼くだけ?」
「そう」
型に流し込んで、とん、と軽く底を打ち付ける。
そこまでやって、パーシヴァルはバーソロミューの腕の中で向きを変えた。
「バーソロミュー」
長い腕が、背にまわる。二の腕あたりを拘束するように抱かれ、バーソロミューは締め付けられるまま肩をすくめて恋人を見上げた。
「ケーキが焼けたら買い物に出ましょう、花を買って、あとお茶も」
「いいね」
「戻ったらシャワーを浴びて」
「シャワーを?」
「そう、そうしたら寝室へ」
「し、」
驚いた。
こんな風に、あからさまに誘われたことはない。
きょと、と目を見開いていると、甘い香りのする手が頬を撫でた。
「貴方がシャワーを浴びている間に、花をベッドサイドに生けておくから」
撫でた頬にキスをされる。
「ベッドの上で世界一美味しいガトーショコラをたべて」
「とても魅力的なお誘いだ。お茶もいれてくれる?」
「もちろん」
「じゃあ私もお返しがいるね」
腰に回した腕に力を込める。
「世界一美味しい私でいいかな?」
パーシヴァルはケーキよりも甘く笑って、チョコレートでも囓るみたいに、薄い唇をはんだ。