マエバ・セイボスキー
2025-09-06 20:27:56
23897文字
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# ふぁぼくださった絵描きのイラストに字書きがSSを沿える

①デート日和(パーバソ) 現実さんありがとうございました。
②夏に消える(パーバソ) 横川さんありがとうございました。
③冬にあそぶ(かねこりゅ) 壮真さんありがとうございました。
➃きれいな男(パーバソ) ほととさんありがとうございました。
⑤蝶よ花よと(パーバソ) 本条さんありがとうございました。
⑥迷子の子猫(パーバソ) やまみちさんありがとうございました。
⑦世界一甘く(パーバソ) はんちょーさんありがとうございました。
⑧帝王の憂鬱(パーバソ) 藍田さんありがとうございました。


⑥迷子の子猫


そうして瞼を上げた時、最初に見えたのは真珠のついた小さなハンドバッグだった。
それは目の前を右から左に過ぎてゆき、すぐに見えなくなった。
次に目についたのは、鳥の頭の形をしたステッキ。
紳士のベストについている、懐中時計の金色の鎖。
早足に去って行く、たくさんの脚たち。
誰も彼も、こちらには気づきもしない。
まるで透明になってしまったかのようだ。
慌てて手のひらを見ると、黒い手袋に包まれた細い指が10本、きちんと揃っていた。
思ったよりも小さい手に、何かがおかしいと思うけれど、それが何かはわからない。
開いた手のひらの下には、ブーツを履いたあしが、汚れた石畳の上に立っている。
触れてみると、髪もある。やわらかな頬に、唇、鼻はひとつで、目が二つ。
どこもおかしな所はない。
けれど、誰にも見えないらしい。
こちらをみるひとも、声をかけてくるひともいない。
この灰色の世界にたったひとりでいる。
途端に、すごくおそろしくなった。
嵐の海に、ぽつんとひとりで浮いているようだ。
嵐の日、青黒い水面は獣のように唸り声を上げて、鋭い牙を剥いてくる。ひとたまりもない、きっと、しんでしまう。
今にも大波にのみ込まれるような心地になって、どうしてそんな風に海を知っているのか不思議に思った。
見えるのは行き交う大勢の人と、煉瓦の積まれた街並み、霧に白んだ空気の中に、ぽつぽつと灯っているガス灯。それでも胸の中には海がある。
瞼を下ろして、上げる。
海に浮いているのは誰なのか。どうしてもよく見えなかった。
理由のわからない恐ろしさが胸を満たしているけれど、どうしたらよいかはわからない。ただ不安で、こわかった。
きょろきょろと辺りをみまわしても、やっぱり誰もこちらを見ない。
恐る恐る脚を動かす。
ブーツの踵が石畳を打つ。一歩、また一歩。その音は段々と早くなる。
大人達を見上げながら歩いて、多分、自分が迷子なのだろうと理解した。
迷子の透明人間には、だれも気がつかない。
きっと、そのうちにもっとずっと透明になって、自分でも見えなくなって消えてしまうに違いない。
暗い海の中に落ちていって、小さな魚や大きな魚の餌になるのだろう。
つめたい砂の上に着く頃には、骨だけになっている。
海の底に、髑髏が沈んでいるところを想像した。洞窟のようにあいた黒い穴から魚や蟹が出たり入ったりしている。ああでも骨まで透明だったなら、魚にも見えないのかもしれない。
人は死ぬと天国に行けるから、恐ろしくはないんだと神父様が言っていた。
けれどその場所には行けない気がして、死は恐ろしかった。どうして行けないのかはわからないけれど、きっと行けないのだと知っていた。
突然、足元に黒いシミが広がった。
はっとして見上げると、灰色の空が泣き出して、その涙がぽつんぽつんと顔に当たった。辺りを見回しても、入れそうな場所はない。
通りをいく人々はもっと駆け足になって、あっというまにどこかへ行ってしまった。
仕方がないので暫く走って、大きなナラの樹を見つけて飛び込んだ。
良く繁った葉は雨の殆どを遮ってくれたけれど、すでに服は濡れていて冷たくなってしまっていた。
幹に寄りかかって空を見上げる。時折、ぽつんと葉の隙間を通った雨が滴った。
雲に覆われて真っ白の空は、ずっと高い所で低くグルグルと鳴いている。ドラゴンがいるのかもしれない。ドラゴンがいて、もしかしたら子供で、同じように迷子になって泣いているから、こんなに雨が降っているのかも知れない。
そんな風に考えると、ほんの少しだけ心が軽くなった。
カーテンが樹の周りをぐるっと覆ってしまったかのような雨だ。
肩がつめたく、寒くて脚が疲れていたけれど、地面はとっくにぬかるんでいる。座れる場所なんてなかった。
ナラは雨を遮ってはくれるけれど、休ませてはくれない。
爪の先が、木の皮を引っ掻く。
大きすぎるパンを飲み込んでしまった時みたいに、喉の奥がぐっとなった。
喉の奥のものを飲み込んでしまいたくて、殆ど水みたいな空気を吸い込む。
早く雨が止めば良い、けれど、止んだらどうしたらよいのだろう。
自分の、名前もわからない。
どうしてここにいるのかも。
どうして誰にもみえないのかも。
「ああ、みつけた」
ばちゃばちゃと雨を踏む音がした。
夕暮れのような黄色が見えて、雨のカーテンが割れた。
「探したよ」
大きな男の人だった。
見上げるほどにおおきい。
その人には、ちゃんと見えているらしい。水色の冬の空みたいな色の瞳が、微かに細くなる。
「さがした……?」
「うん、さがした、とてもね」
男の人は、白い服が汚れるのに、そんなことは全然気にしていないような様子で、泥に片方の膝をついた。
「こちらに」
大きな手が差し伸べられて、導かれるままその足に寄りかかる。
その人はマントを屋根のようにして、濡れないようにしてくれた。
「ああ、つめたい。寒かっただろう」
濡れた肩に触れるその手は優しく、温かい。熱い程に感じる。
こんな風に優しくされる理由がわからずただ見上げると、その人も、優しく微笑むだけだった。
「もうすぐ迎えがくるからね。しばらくこのまま待っていよう、寒くはない?」
頷く。
しらない人だ。
けれど、この人が酷いことをしないということはわかった。それは、間違いがないと思えた。
途端、喉のパンはどこかへ行ってしまった。
恐る恐る、乗せただけだった手で、太い指を握る。
振り払われることはなく、その人は、やっぱり優しげに笑っているだけだった。



「レイシフト時、一部サーヴァントが行方不明、またなんらかの魔術の影響下にあると思われる」
英国。
適性サーヴァントは複数名、レイシフト先が微妙にズレることは多々あるが、その後合流できたサーヴァントの様子が皆おかしかった。中身、外見、いずれかまたはその両方が幼児退行しているのだ。別霊基かと調べてみたが、カルデアに登録されているものにかわりはない。つまり、マスターとパスをつなげたサーヴァントが何らかの理由でそうなっている。
パーシヴァルは、影響の無かった内の一人で、散逸したメンバーの回収に当たっていた。
その中には、恋人の名前もあった。
勿論、だからといってなにか特別な事をするわけではない。
お互いに、サーヴァントとしてマスターを助けるのが第一なのにはかわらない。けれども、それはそうと、もし幼くなった彼が、独りで心細くしているのであれば、一刻も早く助けに行きたい気持ちもあった。
彼であれば、心配することなどはないと理性ではわかっていても、だ。
恋とはそういうものである。
恋人を見つけたいという気持ちと、任務が幸いにも一致していたので、パーシヴァルは愛馬に跨がりロンドン中を駆け回った。
一刻も早く彼をみつけることは、即ち戦力の確保にもなる。
雨が降り始め、いよいよあとはイーストエンドにでも行かなくてはいけないかと悪い想像を働かせ始めた時、やっと、みつけた。
雨があたり、白く輝くようなナラの根元。
彼は、こぼれ落ちそうな程に大きな目でパーシヴァルを見上げた。
海の色をした瞳は不安に波打ち、縋るような色で、それでも決して縋るようなことはせず、ただ自分を迎えに来たという男を見上げていた。
手を差し伸べ、腕の内側に招くことはごく自然な行動だった。
恋という下心ではない。
今の彼に必要なものは、守る腕と温かな居場所だ。出来れば、ミルクとウェルシュケーキもあると良い。沢山。
「もうすぐ、迎えがくるからね」
彼は、こくりと小さく頷いた。
まるで、迷子になった子猫のようだ。
「いいこだね」
子供にもかかわらず彼の身体は冷たかった。
パーシヴァルは、マントでその儚く消えそうな身体を包み込んで、じっと、雨が止むのを待った。