マエバ・セイボスキー
2025-09-06 20:27:56
23897文字
Public
 

# ふぁぼくださった絵描きのイラストに字書きがSSを沿える

①デート日和(パーバソ) 現実さんありがとうございました。
②夏に消える(パーバソ) 横川さんありがとうございました。
③冬にあそぶ(かねこりゅ) 壮真さんありがとうございました。
➃きれいな男(パーバソ) ほととさんありがとうございました。
⑤蝶よ花よと(パーバソ) 本条さんありがとうございました。
⑥迷子の子猫(パーバソ) やまみちさんありがとうございました。
⑦世界一甘く(パーバソ) はんちょーさんありがとうございました。
⑧帝王の憂鬱(パーバソ) 藍田さんありがとうございました。


➃きれいな男


美しいものを表す際に、美しいとか綺麗だとか、直接的に表現してはならないという指南書があるらしい。
美しいものは美しい、それが何故いけないのだろうと、バーソロミューは疑問に思う。
例えば午後の陽射しを受けるアイボリーの肌だとか、たんぽぽの綿毛のような睫毛、ふっくらと柔らかそうな唇。
どれもこれも、バーソロミューにとっては美しくみえる。けれど、もしも綿毛を吹いて失恋した人が聞いたら、裏切りの象徴だとでも思うかもしれない。
バーソロミューは誰か他人の頭のなかで、この美しい男が、美しくないものとして思い浮かべられるのが気に食わなかった。
なので、美しいものは美しいのだ、とシンプルに伝えるべきだと考えている。
リムレスで硝子の薄い繊細な眼鏡が、彼の氷の色をした瞳を覆っている。
伏せられた瞼は薄く、緑の血管が透けていた。
少し離れた席のご婦人方の笑い声が、山から下りてきた風にのって辺りに広がる。
太い指が、小さなペーパーバックのページをめくる。
彼は、美しい男だけれど華やかとは違う。
美貌、という言葉もあわない。
彼の美しさを形成しているのは、顔だちだけではないのだ。
その類い希なる肉体は、完璧な均整だ。ミケランジェロが掘り出したのだと言われたら納得してしまう。
おおきく逞しく、なめらか。その身体の上にあるからこそ、美しい男の顔は美しさを発揮する。
彼の顔に派手さなど必要はない。芸術の神が、大理石から丁寧に掘り出したようなその顔は、ただ厳格な程に、整っているのだった。
そして何をしていようとかくしきれない青い血。品の良い立ち居ぶるまい。
美しさは外見だけのものではない。
そのすべてで評価される。
つまり、バーソロミューにとっては彼を構成するすべてのものが好ましかった。
クッキーよりも甘い男をうっとりと見つめながら飲むお茶は、とても美味しい。
いれたての紅茶よりも熱い視線に気づいたのか、パーシヴァルが顔を上げた。
弾みに、ほんのすこしだけ眼鏡がずり下がる。出来た隙間から青を覗かせ、首を傾げた。
「私の顔に何かついているかな?」
「ああ、うん」
バーソロミューは、カップを置いて頷く。
顔に何かついていると指摘されたパーシヴァルは、頬を擦った。
長い指が左の頬、右の頬、顎を辿る。
「とれたかい?」
「まだだね」
バーソロミューは、ポケットからハンカチーフを取り出そうとする年下の男をにこにことみつめた。
「パーシヴァル、そんなことをしても無駄だよ」
顔を洗ったとしても、それはけして消えることはないだろう。
顔を洗おうと、時が経とうと、変わらない。
「君の顔には、宝石のような瞳に、完璧な高さの鼻、美しい肌に柔らかな唇がついているんだ」
ハンカチ程度ではとうてい落とせないよ、と。
彼は何度かまばたきを繰り返してから、困ったように笑った。
それから紅茶を一口飲んで、テーブルに肘をついて指を組む。
「バーソロミュー、それなら貴方にもついているよ」
「おや」
「海と、空と、星と、全ての輝きが貴方の顔についてしまっている」
「そんなに?」
「ええ、太陽まで」
困ったな、と首を傾げる恋人に、バーソロミューは思わず笑ってしまった。
肩をふるわせながら、同じように肘をつく。
彼の美しさは、どんなに接近したって変わらない。
「キスをしても良い?」
パーシヴァルは、ひょいと眉山を上げて小さく顎そらす。
どうぞ、の仕草に、笑みをうかべたまま唇をついばんだ。
紅茶の香りのキスはすぐに解かれ、バーソロミューは満足して深く背中を椅子によせる。
「すごいよね」
「うん?」
「ほんの少し前なら逮捕されているのに」
テラスにはそれなりに人がいる。通りを歩く人もいるけれど、だれもふたりを警察につきだしてやろうと目を光らせてはいない。
それぞれ心の中で何を思っているかはしらないけれど、表だって、二人が一般的なカップルと同じように軽くキスを交わしたところで、非難される理由にはならない。
「先人達が頑張ったんだね」
バーソロミューは時折、過去を思うことがある。
それは不思議な感慨をもって去来し、幼いころの記憶を思い起こしたときのような感覚を胸に残していく。
理由はわからない。けれど、バーソロミューは昔から、そんな風に感じることがあった。
パーシヴァルは、一度大きく目を開いてからバーソロミューの感情を察したかのような顔をした。
彼は、バーソロミューよりも年下だというのにまるでずっと年かさの、アンティーク時計のような眼差しをすることがある。
「そうだね、感謝しなくては」
パーシヴァルは、本を閉じた。眼鏡も外し、本の上にきちんと折りたたんで置く。
「バーソロミュー」
「うん?」
「私からも、キスをしても?」
YESの代わりに目を閉じる。
柔らかな唇は軽く下唇をついばむようにして触れ、すぐに離れていった。
瞼を上げると、パーシヴァルはどこか気恥ずかしそうに頬を染めていた。
キスなんてもう何度もしているし、それ以上のことだってしているのに。
「愛を隠さなくてはならないのは、悲しいだろうね」
「確かにね」
バーソロミューは、ぺろ、と下唇をなめて頷いた。
「それじゃあ、先人たちに」
カップを掲げて言う。
パーシヴァルも、真似をしてカップを掲げる。
「先人たちに」
ティーカップで乾杯なんて、自分たちらしい。
いい年をした大人だけれど、二人は酒を飲みかわすよりお茶を飲む方が多い。
触れ合ったカップは、かちりと音を立て、琥珀色の波が立つ。
小さな茶色い海に映った恋人たちの口づけはきっと、砂糖よりも甘く柔らかに溶けるだろう。
バーソロミューは、この美しい男を堂々と自分の恋人だと宣言できる世界であることに感謝しながら、残りのお茶を飲みほした。