マエバ・セイボスキー
2025-09-06 20:27:56
23897文字
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# ふぁぼくださった絵描きのイラストに字書きがSSを沿える

①デート日和(パーバソ) 現実さんありがとうございました。
②夏に消える(パーバソ) 横川さんありがとうございました。
③冬にあそぶ(かねこりゅ) 壮真さんありがとうございました。
➃きれいな男(パーバソ) ほととさんありがとうございました。
⑤蝶よ花よと(パーバソ) 本条さんありがとうございました。
⑥迷子の子猫(パーバソ) やまみちさんありがとうございました。
⑦世界一甘く(パーバソ) はんちょーさんありがとうございました。
⑧帝王の憂鬱(パーバソ) 藍田さんありがとうございました。


③冬にあそぶ


ああ、約束を果たせなかった。
軽くなった肩は、もう痛みすら感じない。
ただ燃えるように熱く、炎から生まれ出でたはずのこの身が、熱を苦に感じることの奇妙さを、いやに冷静な頭で考えていた。
視界の先に、鈍く光る己が見える。
枯れ枝のような指が情けなく柄に纏わりついていた。
肩から、蛇が這っていったかのように赤い跡が地面に続いている。
油断はしていない。
適わなかっただけだ。
悔しさと、恐らく、未練と呼んで差し支えない感情が苦い。
小竜は、つうっと頤を生温かな血が滴っていくのをどこか遠く感じながら、意識を手放した。

・・・

暗闇に浮かぶ、白蛇のようだった。
それはするりと薄墨の空気を通り抜け、冷たい雪見障子に辿り着く。
ほんのりと赤い指の先が、氷のような硝子に触れた。
「雪だ」
隙間から、冷えた空気が滑り込む。
氷を吹いたような空気には、雪の気配が染みていた。
庭には、常夜灯がともされている。
月もない真黒い夜闇に丸い明かりがいくつか、心許なく浮いてみえた。
鈍い明かりは、椿の花をぼんやりと照らし、舞い降る雪が窺える。
「風邪をひくぞ」
小竜の赤い指先は、形の良い手に捕まった。
爪の先まで美しい男が、眠気に目を細めながら背中に覆い被さってくる。
「雪だよ」
外の空気は簡単に部屋を侵し、息が白くわき上がる。
先ほどまでの鉄を溶かすような温度は、今はもうすっかり無くなっていた。
「そうだな、積もりそうだ」
「俺たちも風邪をひくのかい?」
時折、ふたりの会話は交差する。
伝えたいことが先行し、けれど相手の言葉にはきちんと応えたい生真面目さがそうさせる。
この一見ちぐはぐなのに、ふたりにとっては成り立っているテンポが小竜は嫌いではなかった。
大包平は小竜の疑問に、身体は生身なのだからあり得るだろうと答えてから撫でるような軽さで覗き竜に唇を当てた。
「つもったらさあ」
大きな手が肩を撫でる。冷えてしまった肌に温かい。
「雪遊びしようよ」
「雪遊び?」
「そう、雪合戦か、雪だるまくらいはつくれるんじゃない?」
大包平は冬の男だ。
小竜はなんでかそう思っている。
燃えるように赤く、熱い精神を持っているのにもかかわらず、小竜はそんな風に思う。
きっと、彼の冬空のような瞳や冴えた地肌がそう思わせるのかも知れない。
触れたら斬れる潔さが、冬の朝を思わせる。
それとも単純に、彼が来たのが真冬だったからかもしれないけれど。
「時々、おまえは童のようなことを言うな」
「そう? でもキミからしたらそんなモノかもしれないね」
「馬鹿を言うな」
熱い唇が、今少し明確さをもって首筋を吸った。
「おまえが童であってたまるものか」
小竜は声を上げて笑った。
首に懐く男に頬を寄せ、腕の中で身体を捩じる。
「じゃあ雪遊びは却下かな」
凜々しい眉が跳ねる。口をへの字にして大包平は首を振った。
採用に決まっていると言う声は、小竜の唇を震わせた。厚い肩に腕を回す。
「じゃあ競争しよう」
「何を」
「どっちがおおきく作れるか勝負」
「いいだろう」
ふたりとも、負けず嫌いなのだ。
どちらかというと、小竜の方がその気は強い。
大包平は、何に対しても手を抜くようなことは絶対にしないが、とはいえ勝てないことに駄々をこねるタイプでもなかった。
納得がいかないことに対しては何故だと憤るが、理解出来る事象については無理を言わない。
あっさりと負けを認めて、相手の強さを讃える。
その上で、次のために努力を惜しまない。
気持ちの良い男だ。
小竜は、この刀のそういう気風が好きだった。
「明日の朝、俺は出陣だけど、昼前には戻るよ。君は夜に出る予定だから、昼間に遊ぼう」
そうしよう、と分厚い胸に頬を寄せる。大包平は、布団を肩から被り直しながら小竜を抱いた。
薄く空いた隙間から、音もなくしんしんと降る雪が水墨画のような庭景色に浮かんでいた。

・・・

「お、起きたか」
すうっと、己が吸い込んだ空気の音で目が醒めた。
おおきく胸が持ち上がり、普段の倍も重たい瞼を緩慢に動かす。
半分ほどしかない視界に、白衣の座姿が見えた。
「調子はどうだ」
……ぅん」
声が掠れている。
「動けるか?」
「ん」
ばたばたと手を動かす。
薬研は立ち上がって、おっと、と言いながら何かを動かした。
「気をつけてくれ、自分が泣くことになるぜ」
……?」
目が開かない。
どれほど目を瞑っていたのだろうか。
喉がひどく乾いていた。
「ほら」
よく気のつく男は、細い指で湯飲みを差しだしてくれた。
小竜は、のろのろと起き上がってそれを受け取る。
肩からずるりと布団が滑り落ちた。
「ありがと、俺どのくらい寝てたのかな」
「二日だな」
「あー……
湯飲みを掴む手に、違和感はない。
二日前の戦闘で、小竜は自分の右腕が身体を離れていくのを見た。
噴き出した血が、美しい弧を描いた事も覚えている。
「うごくか?」
「うん、問題無い。ありがとう」
「そりゃあよかった。じゃあこれもって部屋に戻れるな」
そう言いながら。薬研は小さな盆を掲げた。
……それ」
「見舞いの品だ」
にやり。眼鏡の向こうで意味ありげに瞳が輝く。
どこか下世話なその表情に、本当にこの刀は短刀なのだろうか、と改めて疑わしくなった。
長船の可愛い短刀の事を思い出しながら、その盆を受け取る。
「旦那は出陣してる」
小竜のかわりに、だろう。
誰を差すのかなんていうのはわかりきった質問で、小竜は気恥ずかしいやら誇らしいやら、
どうにもこそばゆい心持ちに、そう、とだけ返事をして、手入れ部屋を後にした。
盆には、小さな雪だるまがのっていた。
すこしだけ歪な球が重なって、玉鋼のようなつぶらな瞳が着いている。
外にはまだ雪が残っていた。
今夜まではもつだろう。
きっと、夕方には戻ってくるはずだから、食事をしたら庭に誘おう。
小さくてもいいから一緒に作りたい。
「おまえも兄弟が欲しいだろう?」
当然、雪だるまは何も言わない。
けれど、その小さな瞳はきらりと光ったように見えた。
とりあえずは我らが祖にお願いして、冷蔵庫の隅を間借りしよう。
優しい彼は喜んで場所を貸してくれるはずだ。
小竜は、「君、鼻と口はほしい?」と新しい友人に尋ねながら冬の廊下を歩いた。