拝田さんの話

『HAM』の夢(※広義)小説

理由


 どうして生きている人間を診る医者にならなかったのか、問われるとこがあった。
 そんなに死体を切り刻みたいのか、そう吐き捨てられたこともあった。
 馬鹿を言っちゃあいけない。
 法医学者は確かに死人にメスを入れるが、死体を切り刻んだりしない。
 ドラマの台詞でも聞いたことがあるだろう。
 法医学者は、死者の最後の声を聞くんだ。

 うちの親父殿は、私がまだうら若き乙女だった頃に亡くなった。
 それも事故とも自殺とも言い切れない、妙な死に方だった。
 まだHAMなんてない時代だ。
 現場近くに監視カメラもなきゃ、目撃者もまるでいない。
 何があったのかなんて誰にもわからなかった。
 親父殿の死は雑に自殺で処理されかけたが、幸運なことに司法解剖をした法医学者のセンセイが切れ者だった。
 センセイの見立てから真面目な捜査が進められ、なんと親父殿の死は事故死でも自殺でもなく殺人だったと判明した。
 そんな二時間サスペンスもかくやという劇的な展開の渦中にいた私が、センセイのような法医学者を目指すことになるのは自然な流れというものだろう。
 ……話が出来すぎだって?私もそう思う。でも事実は小説より奇なりなんだよ、わかれ。

 残念ながら私はセンセイに師事することは出来なかったが、たゆまぬ努力と意地でこうして法医学者の端くれとなった。
 少女のように結婚を夢見た日もあったが、法医学者を目指す苦難の道を全く理解しなかったバカヤロウを部屋から蹴り出してからは、ひたすら死者と向き合う日々を過ごしている。
 今の御時世、HAMの映像を見りゃ死ぬ前に何があったかなんて文字通り一目瞭然、法医学なんぞ必要ないという風潮だけど。
 そんな風潮クソ喰らえというのだ。
 HAMは法医学の上位互換ではないのを忘れてはいけない。
 見てもわからん死に方というのは世の中ごまんとあるもんだ。
 どうもそこをわかっていないバカヤロウが多すぎる。

 さて、我々を『時代の遺物だ』『古き捜査だ』と吐き捨てた連中よ。
 右手のないご遺体から話を聞く方法、私なら知ってるんだが、何か言うことは?


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 2020/06/19