すだ
2025-08-30 21:23:09
26599文字
Public 主スバカグ
 

離れていても 繋がる心

交際前。舞手スバルのケガレ浄化のお手伝いをしたいと申し出た嫁カグヤが、
何故かマウロ、ひなと共にアズマを巡る旅に出る話。
25,000字ほどありますので、お時間のあるときにどうぞ。
離れ離れで行動することが多いですがスバカグです。
スバルとカグヤの考えと関係も少しずつ変わっていきます。
注意書きは1ページ目に続きます。
#スバカグ


4.

 ふと、目が覚めた。外はまだ暗く、夜明けはまだ遠いことが分かる。
 モコロンはいつものように軽くいびきをかきながら眠っていた。
 相棒が眠る姿を微笑ましく見た後、スバルは寝床から抜け出した。
 竜神社の外へ出ると少し肌寒く感じ彼は身震いする。
 春の里は穏やかな陽気がつづく地域とはいえ、さすがに朝晩は冷え込むのだ。
 寒がりなスバルが何故春の里にいるかというと、カグヤの手紙に近いうちに帰るとあったからだ。
 毎日のように春の竜神社で寝泊まりする里長を、サカキを始めとした里の人たちは温かく見守ってくれている。照れ臭いが背に腹は替えられないので仕方ない。
 だって、カグヤが帰ってきたら一刻も早くお帰りと言いたい。
 早く帰って来ないだろうか。白く冴え冴えと輝く月を見上げる。
 そう言えば、こんな月夜だったな。
 まだ故郷にいた頃、月下で舞っていたカグヤのことを思い出した。あまりの美しさに目が離せなかった彼の幼馴染。
 月明かりの頼りない光に照らされた銀糸の髪のきらめき。浮かび上がる青白い肌は神秘的でさえあった。
 自然と体が動く。
 ひとつひとつ、動きを確かめながら、あの日見たカグヤの舞の動作をなぞる。
 見惚れ、焦がれた気持ちを思い出すように。
 愛しい、愛しいと想いを乗せて。


 夏の里に宿泊してから帰路につく予定だったが、カグヤがどうしても今日のうちに春の里に戻りたいと頼んだため、飛空挺は一路春の里へと向かっていた。
 謝るカグヤに、マウロとひなは全然構わないと笑った。カグヤの我儘なんてなかなか聞けるもんじゃない、貴重な機会をありがとうと言われ、戸惑ったくらいだ。
「よし、着いたよ」
 到着したのは夜遅くだった。里に住む者はほとんどが夢の中だろう。
 飛空挺の音で起こしてしまっては申し訳ないと、カグヤは里から少し離れた場所で降ろしてもらった。
「ありがとうございました、マウロさん、ひなさん」
「お安いご用さ。こんなに遅くなっちゃってごめんよ。ひとりで大丈夫?」
「はい、すぐそこですから」
「分かった、じゃあまたね。チャオ!」
「カグヤさん、またねー!」
「おふたりともお気をつけて」
 遠ざかる飛空挺に手を振り見送った後、カグヤは春の里へと歩き出した。
 寝ずの番をしていた門番に名乗りを上げ、里の入り口を開けてもらう。
 彼女の顔を見た門番が、お帰り、と嬉しそうな顔で迎えてくれた。
 帰ってきたのだ、と実感する。
 里を入るとすぐそこは竜神社だ。スバルはいるだろうか。いても寝ているだろうが、自然と足は神社へと続く階段を登っていた。
 登り切った先には、予想に反して彼女の幼馴染がいた。
 月影の下でスバルが舞う。瞳を伏せ、静かに舞い踊る姿は日頃の快活な彼とは対照的だ。
 ひとつひとつの動きを丁寧に、昔と変わらぬ美しい所作で舞う姿は艶やかで、目が離せなかった。
 まるで、舞うことで誰かに想いを伝えているような。
 知らぬうちに早くなっていた鼓動に気づき、カグヤは胸に手を当てた。
「カグヤ!?」
 名を呼ぶ声にカグヤは我に返った。こちらに気づいた幼馴染が近寄ってくる。
「スバル、あの」
「え? 本物だよね?」
「ええ、本物ですよ」
「良かった。おかえり」
「あ、ただいま戻りました」
「怪我とかしていない?」
「はい」
 問題ないことが分かるよう体を動かして見せると、スバルは安心したように息を吐いた。
「そっか、本当に良かった。……それにしても、こんな遅くに帰ってきたの?」
……はい、早く帰りたくてマウロさんに無理を言ってしまいました」
「ふうん」
 そこまで話して、カグヤは嫌な予感がした。これは、こんな夜遅くに出歩いちゃいけません、と怒られる流れでは?
 カグヤはこれから始まるだろうお小言に備え、きゅっと表情を引き締める。
 だが、スバルから説教めいた言葉は返ってこなかった。
 ただひと言、無事で良かったけど心配するから次からは気をつけてね、とだけ。
「怒らないんですか?」
 藪蛇だと分かっていても、聞かずにはいられなかった。不思議そうなカグヤを見て、スバルは苦笑する。
「オレに怒られるくらいのことだって分かってるんだろ? ならもう言わない」
 キミはもう大人なんだから、自分で判断できるだろうしと言われ驚く。
 一体スバルに何があったのだろう。会わなくなってふた月あまり。こんなに短い間に人は変わるものなのか。
 もしかして、想いを寄せる人でもできたのだろうか。何か大きなきっかけでもなければ早々人は変わらないのではなかろうか。一体誰なのだろう? カグヤは知らず胸を押さえた。苦しい気がしたのだ。
「カグヤ?」
 名を呼ばれ我に返る。
「あ、ごめんなさい」
「疲れてるんじゃないか? 早く帰った方が」
 カグヤはかぶりを振った。
「平気です。もう少し、スバルと話したいんです。いけませんか?」
 カグヤのお願いに、スバルの動きが一瞬固まった。ゆるゆると頭に手をやると、じゃあもう少しだけ、と彼が唸るように答えた。
 いつもと違う様子に問いかけるような視線を向けると、何でもないからと返される。
 本人がそう言うのだから気にすることはやめ、カグヤは先ほどから気になっていたことを尋ねた。
「スバルこそどうしてここに? もう誰も起きていないと思っていました」
「今夜は何だか眠れなくて。それで月を見ていたら、昔カグヤが月の下で舞っていたことを思い出してさ。居ても立ってもいられなくて、気がついたら体が動いてた」
「そうですか……
 生返事をしながらカグヤはスバルの言葉を反芻する。
 唐突にその考えにいたり思わず赤面した。
 私のことを考えながら舞っていた、ということは。
 まさかそんなはずはない、とカグヤは己の考えを打ち消した。カグヤはスバルの幼馴染。それだけだ。それだけのはずだ。
 先程から急に静かになったスバルを見上げると、琥珀色の瞳と目が合った。彼女と交わった視線に、彼の瞳が弧を描く。
 月明かりに照らされた笑顔が、あまりにも綺麗で直視できない。
 スバルは、こんなに美しく儚げな表情をする人だっただろうか。
 息をするのも忘れ、カグヤが思わず視線を地面に落とすと、衣擦れの音と共にスバルが近づくのを感じた。
 勇気を出して再び顔を上げると思いのほか近くに彼の顔があり、また呼吸が止まる。
 スバルの右腕が彼女に向かって差し出され、壊れものを扱うように彼女の髪に触れた。
――っ」
 声を出そうにも、話し方を忘れてしまったかのようにうまく声が出ない。
 されるがままのカグヤに、スバルがくすりと笑った。
「桜、ついてたよ」
――え? あ、ありがとうございます」
 スバルがつまんでいた桜の花びらを離すと、風に乗りひらひらと飛んでいく。
 何となくふたりでその様子を見ていた。花びらが見えなくなっても、立ち去りがたくカグヤは夜空を見上げ続ける。しばらくして、スバルが静かに口を開いた。
「これ以上は体に悪いし、もう休もう。引き止めてごめん。送っていくよ」
「大丈夫ですよ。すぐそこですし」
「ごめん、それは聞けない。オレがキミを送りたいんだ」
 折れるつもりのなさそうなスバルに、カグヤは仕方ないと頷いた。
「分かりました。ありがとうございます」
「うん、行こう」
 カグヤの言う通り、すぐに彼女の家の前に着いた。
 何となくスバルに会えたことが夢のようで呆けていたカグヤだったが、言うべきことを思い出し勢いよくスバルを見上げた。
「えっ、何?」
「スバル、色々とお気遣いありがとうございました」
 深々と頭を下げるカグヤにスバルの困ったような声がかけられる。
「そんな大したことしてないよ」
「大したことをしています。あなたがしてきたことに何度助けられたか分かりません」
「手紙に書いてあったし、もう充分だって」
「充分ではありません。直接会ってお礼を言うつもりでした」
「律儀だなあ」
 頭を上げて、と請われ言う通りにすると幼な子を見守る大人のような顔をした幼馴染と目が合った。
「もうこの話はお終い。ほら、早く休みな。明日以降だったら何度でも聞くよ」
 それなら仕方ない。お礼は後ほど思う存分するとしよう。家の戸を開けると、スバルが手を振った。
「おやすみ、また明日。良ければ旅の間の話を聞かせてくれ」
「はい、おやすみなさい」
 戸を閉めると、少し埃の匂いがした。随分と家を空けていたから空気が澱んでいるのだろう。空気を入れ替えて少し片付けてから休むとしよう。
 『また明日』
 帰って早々スバルと約束できたことが嬉しくて、気がつくとカグヤの頬は緩んでいた。
 先ほどはスバルに大切な人ができたのかと胸が痛んだ。おそらく幼馴染が自分から離れていく寂しさから、そう思ったのだろう。
 疲れているから気弱になっているようだ。起きたらきっと祝福できる。
 もやもやした気持ちを振り切るように、カグヤは腕まくりした。


 カグヤを送り届けたスバルは竜神社へ戻るなりへたり込んだ。
「危なかった……
 月光の下、彼女の潤んだ瞳と上気した頬が脳裏に焼きついて離れない。
 あまりの可愛さに、もう少しで抱きしめてしまうところだった。
 ただでさえ久しぶりに会ったのだ。現実のカグヤは信じられないくらい愛らしかった。
 幼い頃からずっと一緒にいた大切な幼馴染。いつの頃からか、大切な恋しい女の子に変わっていた。
 カグヤを想って舞っていたのを見られたのは気恥ずかしかったが、最悪想いがバレても構わない。
 幼馴染に抱く思慕は日に日に募り、もう彼女以外の人たちには気づかれているのだから。
 ずるいとは分かっていても、スバルの気持ちを知って意識してくれたらいいのにと願ってしまう。
「キミも、少しは同じように思ってくれている?」
 独り言が夜闇に消えていく。先程の様子を見る限り、完全に脈無しではないように思えた。
 伝えたい。言ってもいいかな? キミのことが大好きなんだって。
……よし!」
 軽く頬を叩いて、スバルは立ち上がる。
 まずは寝て、明日カグヤに会う。
 彼女の土産話を心ゆくまで聞いて、それから――
 後は野となれ山となれ。きっとなるようになるはずだ。
 望んだときに彼女と会える。故郷を旅立ったときには想像も出来なかった幸運に感謝しながら、スバルは眠りに落ちた。