すだ
2025-08-30 21:23:09
26599文字
Public 主スバカグ
 

離れていても 繋がる心

交際前。舞手スバルのケガレ浄化のお手伝いをしたいと申し出た嫁カグヤが、
何故かマウロ、ひなと共にアズマを巡る旅に出る話。
25,000字ほどありますので、お時間のあるときにどうぞ。
離れ離れで行動することが多いですがスバカグです。
スバルとカグヤの考えと関係も少しずつ変わっていきます。
注意書きは1ページ目に続きます。
#スバカグ


2.

 カグヤ達が旅立ってからしばらく経った、ある日の春の里。
「んー? 何だろう、これ」
「どうした?」
 春の里に所々貼られた札のようなものに、スバルは首を傾げた。
「全く心当たりがない。モコロン、何か分かる?」
「うーん、誰の仕業かまでは分かんねえけど、悪いもんじゃないことは確かだぞ。寧ろ護ってくれてるような……
「そうか。サカキさんなら何か知ってるかも。行ってみよう」
 サカキの元へ行くと、顎髭を撫でながら迎え入れてくれた。
 出されたお茶を一口飲んだ後、スバルは切り出す。
「サカキさん、里のあちこちに貼られている札のことなのですが」
「ああ、あれか。あれはカグヤさんが旅立つ前に拵えてくれたものだ」
「カグヤが?」
「ああ」
 サカキの話によると、カグヤが旅立つ前、彼の元へ相談に来たそうだ。
「カグヤさんがいなくなると、この里で魔物退治に出られる人間が減ってしまう。心配だからせめて加護の札を貼らせて欲しいと提案してくれてな。微力ながらこの老骨と、うららか様にもご助力いただき、あの札を媒介にして守護の結界を張ったのよ」
「そうだったんですか」
 そんなこと、全然知らなかった。カグヤはただ無鉄砲に旅に出ようとしたのではなく、残された人たちのために危害が及ばないよう対策した上でここから離れたのだ。
「待ってください。もしかして、他の里でも?」
 スバルが問うと、サカキはホッホと笑った。
「良ければ時間のあるときに訪ねてみるといい」


 夏の里。
「本当だ、カグヤの字だ」
 そう呟くと、スバルは札に書かれた字をそっとなぞった。
「今は夏月だろう? 魔物の動きが活発になっていてね。アタシとカグヤ、マツリ様とイカルガ様の4人で結界を張ったんだ。神と腕利きの陰陽師ふたりが手を貸したんだ、ちょっとやそっとじゃ破られやしないよ」
 少し得意げに話すヒスイにスバルは礼を言う。
「ありがとうございます、ヒスイさん」
「里のみんなのためさ。礼には及ばないよ。それよりスバル」
 いつになく真剣な表情でヒスイに名を呼ばれ、スバルに緊張が走った。
「何でしょう?」
「お節介だろうが言わせてもらうよ。言い難いことを言うのもアタシの役目だろうからね。アンタ、カグヤが旅に出たいと言ったとき、危険だからと反対したそうじゃないか。アンタはカグヤのことを甘く見過ぎているんじゃないかい? あの娘が考え無しに言い出したこととでも思ったのかね?」
 ヒスイの指摘に、スバルの息が止まる。
「そ、れは」
 確かにそうだった。今回の旅の話をカグヤが言い出したとき、猪突猛進な彼女がまた無茶を言っていると思ってしまったのだ。
 何故突然その話を切り出したのか、事情を聞こうともせず危険だという理由で突っぱねた。
「あの娘はアンタが思っているより、ずっと聡明だよ。冷静に物事を見て判断し、最善を選び取る目を持っている」
 アンタはいつまでもカグヤのことを優しい環境で可愛がりたいんだろうけどね、とヒスイは嘆息する。
「あの娘はもう一人前の大人なんだ。過保護も大概にすることだね。一歩間違えば、それは束縛だよ」
……
 反論する言葉も無い。ヤチヨにも言われたが、親しき仲にも礼儀あり。理解はしているのだ。けれど。
……どうすればいいか、分からないんです。オレたちは幼い頃からずっと一緒だったから、離れていた時期がとても辛かった。またふたりで過ごせるようになったことが嬉しくて。だからこそ、傷ついてきた彼女にこれ以上辛い思いをさせたくないと思うのに、うまくいかない」
 カグヤを過酷な目に遭わせたくなかった。けれど引き留めようとすればする程、彼女は走るのをやめない。
 オレはどうすればいいと思いますか、と聞くとヒスイはやれやれと首を横に振った。
「それはアンタが考えな。ああでも、ひとつだけ教えといてやる」
「は、はい!」
「しつこい男は嫌われるよ!」
「ですよね!」
 隣のモコロンが憐れみの表情を向けてくる。言いたいことは嫌というほど分かるから、そんな顔で見ないで欲しい。


 秋の里に降り立ったスバルは、向こうから大欠伸をしながらこちらに歩いてくるカイを見つけ声をかけた。
「おう、守護の結界のことか? 俺様とクソ天狗とカグヤでガッチリ張っておいてやったぜ。それにしてもアイツは中々見どころがあるな」
「え? カグヤのことですか?」
 尋ねるスバルに、カイがおうよ、と腕組みしながら高笑いした。
「俺たち神の力は束ねることが難しいのよ。只でさえ俺とクラマの野郎は性質が真逆だ。それをうまくまとめ上げたのがカグヤの力っていう訳だ」
 もしかするとカグヤが大地の舞手になる可能性もあったのかもな! と鬼神は嗤う。確かにそうかもしれない。
 カグヤは本来、神にその身を捧げ、寵愛を受けるために育てられた巫女だった。それは言ってみれば神の力と相性が良いということ。
 もしスバルが先に星辰の祠に辿り着き、黒竜と契約していたら。
「すごいな、カグヤは」
 呟くスバルに、カイが首を傾げる。
「どうした? なんか悩んでんのか?」
「え? いや、大したことじゃないんですが……
「大したことじゃないならウジウジ悩んでるんじゃねぇよ。俺の右腕に何かあったら困るじゃねぇか、俺が」
「お前に言っても解決しないから相談しないんじゃないか?」
「んだとクソ天狗!」
 カイの背後に現れた長身の影――クラマにスバルは挨拶した。
「こんにちは、クラマさん」
「ああ。……それで?」
 何のことか分からないスバルに、気だるげにクラマが促す。
「何に悩んでいるんだ?」
「ええと……
 何と言えばいいのだろう。自分でも頭の中はぐちゃぐちゃで、全く整理できていないのに。
「自分でも、よく分からなくて。お話ししても伝わるかどうか」
「こいつはともかく、誰かに相談することで頭の中が整理されるかもしれないぞ。俺は今暇なんだ、話を聞くくらいはしてやる」
「何でいちいち俺を下げてくるんだテメェはよ……。でもまあ、こいつの言うことも一理ある。俺様はややこしいことが嫌いだからな。だが、同じく暇だから話を聞いてやることはできるぜ!」
 神ふたりにここまで言われては断りづらい。何でこんなことに……と思いながらもスバルは渋々事情を説明した。カグヤの旅立ちを始めは反対したこと。彼女を危険な目に遭わせたくないこと。日頃から何かと彼女の様子を見に行き、世話を焼いてしまうこと。


「「過保護だな」」
 見事にふたりの意見が一致して、スバルは肩を落とした。
「もう認めろよ、ヤチヨさんと鬼婆にも言われたんだろ? お前は過保護なんだよ」
「お前は一体カグヤの何なんだ……。父親か? 『ただの』幼馴染なんだろう? ただの」
「もうやめてやれよお前ら……。スバルが泣きそうだぞ」
「泣かないよ!」
 モコロンに見当違いの擁護をされ否定する。泣いてはいない。泣きたくはあるが。
「まあ、でもそうなってしまった事情は分からないでもないが」
「え?」
 自分でもどうしてここまでカグヤに世話を焼いてしまうのか分からないのに、クラマには分かっているというのか。
「これは俺の憶測に過ぎないが……。カグヤは一度命を落としているだろう? 人は本来生き返ることがない。因果を曲げ生き返ることのできた彼女を二度と失いたくないと思うからこそ、今のようになっているのかもな」
 ああ、そうか。
 秋の神の言葉に、全て合点がいった。
 恐れ、不安。
 カグヤが死んでしまったとき、無我夢中で黒竜に彼女を生かして欲しいと願った。何を引き換えにしても構わないと。
 モコロンが止めているのが聞こえたのに、下手したら自分に何かあってアズマは再び危機に陥ってしまったかもしれないのに、それを選べなかった。
 ずっと一緒だった幼馴染がこの世からいなくなることが、耐えられなかった。
……多分、そうなんだと思います。自分で気づけなかったのが不甲斐ないですが」
「ふうん。でもよ、二度と失いたくないからといって過保護になるのは違うよな」
 カイの言葉に、スバルは頷くしかなかった。
「そうですね……
「大体スバル、お前はカグヤのことに関して、いつも悪い方に考え過ぎなんじゃないか? アイツだってそこまで無茶をする人間ではないだろう。お前は自分のことには案外無頓着なのに、頭の中はカグヤの身の安全ばかりだ」
「それはオイラも同感だ。こいつはカグヤのことはめちゃくちゃ心配する癖に、自分が戦って怪我しても『軽い怪我なら大丈夫』って回復もしないもんな」
 モコロンの言葉を聞き、クラマの眉がひそめられる。
「お前なあ……
 責めるような秋の神の視線に気づいたスバルは慌てて弁明する。
「流石に軽くない怪我なら回復してますから」
「軽く見えても重症化することがあるんだぞ! 人のことを心配している暇があるなら自分のことをもっと考えろ!」
「すみません……
「おい右腕、お前はまず自分を大切にすることから始めろ。テメエを守れねえようなヤツに、惚れた女を守ることなんてできやしねえだろ」
「はい……ってえぇ!? ほ、ほほほ惚れたって何ですか!?」
「ああん? 違うのか?」
「お前……。まさか今までバレていないとでも思っていたのか?」
「思ってたんだよ、これでも」
 モコロンにまで指摘され、恥ずかし過ぎて穴があったら入りたいスバルである。


 冬の里。社にいたフブキを訪ねると、奥へどうぞと案内された。寒がりのスバルにいつも配慮してくれる冬の神は六神の良心だ。
「ああ、カグヤさんですね。はい、確かに冬の里にいらっしゃいました。イカルガさんとボクも手伝って、魔物が入って来ないよう結界を強くしておきましたから、当分里の周りは安全だと思いますよ」
「そうですか、教えてくれてありがとうございます、フブキさん」
「いえ。それよりスバルくん、まだ寒いですか?」
「え? どうしてですか?」
 突然体調を聞かれ、理由が分からないスバルはフブキに尋ねた。
「何だか元気がなさそうなので。スバルくんは寒いのが苦手ですから心配になったんです」
「あはは、大丈夫です。ご心配おかけしてすみません」
「こいつ、カグヤに対して過保護すぎるって色んな所で怒られてさ。今へこんでるんだよ」
「モコロンー!」
 スバルに睨まれても、本当に怒っていないのが分かっているモコロンは平気な顔だ。
「いいじゃねえか。どうせならどん底まで落ち込んでみろって。そうすりゃ、あとは這い上がるだけだろ」
「それはそうなんだけどさ……
「ああ、確かにスバルくんはカグヤさんに随分と甘いな、とは思っていました。前にカグヤさんが寒がるからと防寒着を貸して、ご自身が風邪をひいていましたね」
「そんなこともあったな……。やっぱり自分を大切にしてないじゃねえか」
「返す言葉もございません……
 しょげるスバルに、フブキは何かを考え込むようにひと呼吸置くと話し始めた。
「スバルくんが風邪をひいたと聞いたときのカグヤさんの顔が忘れられません」
「え? カグヤの?」
「はい、とても苦しそうでした。……スバルくん、誰かを慈しむことは尊いことです。ボクもそれ自体を否定はしません。けれど、自分を犠牲にしてまですることではないんじゃないかと思います」
「確かに、自分のせいで誰かが傷つくのを見るのは辛いよな」
 うんうんとモコロンが同意すると、フブキも頷きスバルを見た。
「はい。ですから、今一度よく考えて欲しいんです。誰かを大切にすることとは何なのかを」
「誰かを、大切にすること……


 冬の里からの帰り、ずっと考え込んでいたスバルがぽつりと呟いた。
「もしかすると、罪悪感みたいなものもあったのかもしれない」
「罪悪感?」
「うん。カグヤが黒竜と契約したことで、オレは大地の舞手になった。考えようによってはカグヤがオレを守ってくれたんだ、と思うと申し訳なくて。その分オレが犠牲になってでも今度はカグヤを助けるんだ、って……。今考えると、何様なんだって感じだけど」
「まあな。カグヤが黒竜の乗り手になったのは、お前とは直接関係のないことだ。そこに勝手に罪悪感を抱くのはどうかと思う」
「それでカグヤを傷つけていたなんて、本当、大地の舞手が聞いて呆れるよ」
 カグヤが聡明なことなんて、ずっと前から分かっていた。故郷の者たちがスバルたちに何をさせようとしているのか、彼女は旅の道中で気づいた。
 そして幼馴染にその責務を負わせないため、黒竜と契約したのだから。
 気づいていたのに、気づかないふりをしていたのはスバル自身だ。
 自嘲する魂の片割れを、モコロンはじっと見つめた。少しの沈黙の後、白竜の化身は口を開く。
……あのな、スバル。オイラ、お前たちと過ごしてきて思うんだよ。人も、神も、過ちを犯す。あのフブキだって、かつての自分がしたことを一生許すことはできないんだろう」
「うん」
「してしまったことは元には戻らない。それでも、二度と同じことを繰り返さないよう、どうすればいいのか考えながら、過ちを悔いて生きていくことはできる。それがどんなに辛くても、抱えて生きていくのが償いでもある。オイラはどんなに苦しくても逞しく生きるやつらが眩しくて仕方ないんだ」
 その生に幸あれ、と寿がずにはいられないのだとモコロンは言う。
「お前は充分間違いを悔いて変えようとしているじゃないか。大丈夫、そんなお前なら変われるさ」
……ありがとう、モコロン」