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mishiadd
2025-08-15 15:39:53
32031文字
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曇天に唾を吐く
【本編軸】「俺でなんて興奮できないくせに」「言ったな?」とかいう若気の至りすぎる売り言葉に買い言葉でギッスギスの最悪で険悪な関係性のままなぜか肉体関係を持ってしまうクソデカ感情グッチャグチャ恋愛白書【剣伊】
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八、
ありとあらゆる感情が、坩堝のようにぐるぐるとない交ぜになりながら、ふつふつと激しく煮え滾っていた。
セイバー自身にも
よくわからない
激情のひとつひとつがまるでマグマのように燃え盛り、そのひとつひとつが衝動となって、そのすべてが目の前の伊織へと獰猛な暴力性となって向かっている。
傷つけたいのか、支配したいのか、独占したいのか、あるいは
理解ってほしかったのか
――
セイバーには、なにひとつわからなかった。ただ、その憤怒にもよく似た激情の裏に、冷たい哀しみがあった。
寂しさがあった。
――
悲哀にもよく似た、懇願があった。
「イオリ、イオリ」
名を呼びながら、なかば引き裂くようにして剥ぎ取った着物の下の、日に焼けていない白い肌に手を這わせる。
最後に彼に手を出してから三日が経ち、かなり色が薄くなってはいたものの、かつてセイバー自身がそこに付けた歯形や鬱血の痕がまだ残っている。そのひとつひとつを付け直すように、唇を付ける。
――
ぎり、と歯を沈み込ませると、「痛っ
……
」と弱々しい声を伊織が上げた。
「
――
イオリ
……
」
いくら呼ぼうと、その名はセイバー
だけ
のものにはならない。その事実に苛立って、噛みつくようにして伊織の唇を口に含む。痛みを訴える伊織の悲鳴が己の口の中にくぐもって響く。まるでその悲鳴ごと呑み込んでしまうかのように、そのまま口づけを深める。
背中を布団に押し付けられたまま、伊織が身を捩ってなんとか逃れようとするのを、彼の両脇に両腕をついて檻のように閉じ込める。いよいよ身動きの取れなくなった伊織が、身体を強張らせたのがわかる。セイバーが唇を離す。たらり、と透明な糸が引いて、伊織の唇が真っ赤に腫れてしまっているのが眼下に映る。
自分を見上げている伊織の顔が、セイバーの目に入る。散々噛まれて吸われて真っ赤に腫れてしまった唇とは対照的に、頬は血の気が退いて蒼白だった。不安げに揺れている月夜の双眸には、どこか怯えすらあった。
――
その表情に、セイバーの胸の哀しみが染みのように広がる。
……
その瞳は、
理解不能
な、不可解なものを見る目だった。
「セイバー。
……
そんなに足りないのか。もう、三日間
して
いなかったから」
「
腹が減った
、イオリ」
そう言った後、セイバーがゆるゆると頭を左右に振った。まるで獲物を追い詰めた狼のように、上から覆いかぶさって自分の両腕で縫い留めている伊織に、上半身を屈めるようにして言った。
「
私だけか
? イオリ」
「なに
――
」
またその話か、と伊織が呆れたような顔をする。三日前の口論を思い出しながら、目を眇めて言った。
「あれは
たられば
の話だ、と言った筈だ。
……
俺もおまえも、たとえ願ったところで今更マスターとサーヴァントでなくなることなどできないだろう。
――
俺のサーヴァントは、おまえ以外あり得ないよ。生憎と、良くも悪くもな」
「私だけなのか、イオリ。
……
きみは
違う
のか、イオリ」
うん、と伊織が自分に覆い被さっているセイバーを見上げる。小さな顔の横に垂れたサイドの髪は重く、行燈の灯りから逆光になって陰が掛かっていて、その表情は伺い知れなかった。表情の見えぬまま、セイバーの悲痛な声だけが繰り返された。
「私だけか、私だけなのか。この
――
甘くほろ苦いような
地獄
にいるのは」
「う
――
ん
……
?」
再びセイバーが伊織の鎖骨のあたりに唇を寄せる。噛まれる、と思った伊織が反射的に構える。
――
ぺろり、とセイバーが赤い舌先で鬱血痕を舐めた。
ぺろり、ぺろりと幾度も繰り返す。まるで野生動物が仲間の傷口を舐めるようだった。常にないセイバーの仕草に、伊織が怪訝そうに眉を顰める。ぴたり、と舌先を止めて、セイバーが言った。
「きみに優しくしたら、きみは私のところまで堕ちてきてくれるのだろうか」
「うん
……
?」
「きみにもっと優しくできたら
――
私の手の届かない、遥か高みを飛び回る鳥のようなきみを、私は撃ち落とすことができるのだろうか」
「鳥
……
? セイバー、
鳥
はおまえだろう
……
?」
「一体さっきからなにを」と言い差した伊織の唇を、セイバーが己の唇で塞ぐ。いつもの噛みつくようなやり方ではなく、まるでお互いの唇の柔らかさを確かめ合うような、それでいてどこか遠慮がちな、おずおずとした口づけだった。
違和感に伊織が戸惑うのが唇を通して伝わってくる。
――
それでも、元来が流されやすい伊織だった。いつも結局はセイバーの口づけに応えてくれるように、今回も結局はすっかり黙ってしまって、今回のセイバーのやり方に合わせて応え始める。
ちゅ、ちゅ、と愛らしいような音を立ててセイバーがそっと唇を離す。閉じていた目をうっすらと開けると、至近距離にある伊織の瞳が閉じられているのが見えた。長い睫毛が伏せられて、ちらちらと揺れる行燈の灯りに、頬に落ちた長い影がゆらゆらと揺れている。眉間は緩み、つるりとした穏やかな表情の整った顔が、まるで彫像のようだった。
ひそ、とまるで独り言のように、唇同士の触れ合うような距離でセイバーが呟いた。
「
――
きみ、そんなに綺麗だっただろうか
……
」
伊織が目を開ける。うっとりとした
――
恐らくは口づけの心地よさに感じ入っていたままの恍惚とした瞳が、ぽうっとセイバーの瞳を見つめている。ぐるる、とセイバーの喉が獣じみた唸りを上げかける。衝動をぐっと押さえつけながら、セイバーが伊織の耳の後ろあたりを指先で撫でる。
――
今まではしてこなかった、愛撫らしい愛撫だった。
「
……
?」と伊織が不思議そうな顔でセイバーの手つきを目で追い、それから再びゆっくりと目を閉じる。
……
大人しく、セイバーの与えるすべてを享受している。
――
だから。
――
だから、勘違いしてしまっていた。
「愛いな、イオリ。
……
可愛い。昼間のきみが何を言おうと、夜のきみはこんなにも愛い」
だから、勘違いしてしまっていた。
――
もしかしたら、
気持ちが通じ合っているのではないか
、と。
一度だって、自分から彼に己の気持ちを伝えたことなどなかったくせに。
ちゅ、ちゅ、と伊織の頬に口づけを落としながら、するすると伊織の肌を手のひらでなぞる。彼の身体の輪郭を確かめるように、彼の肌の体温を確かめるように、いつものように貪るばかりでなく、ただ、その存在自体を確かめるように。
伊織は、いつもと異なるセイバーの触れ方に戸惑っているようだった。それでも、今までの彼がそうであったように
――
すぐに順応する。「ん、」といつもとは違う、ゆったりと余裕のある甘い声が洩れる。
……
結局彼は、流されやすく、理解が早く、
相手に合わせるのがどこまでも上手いのだ
。
頭の奥が痺れるような思いをしながら、それでも胸に巣食う寂しさを抱えつつ、セイバーが片手で解いた伊織の髪を手櫛で梳かしてやる。ちゅ、ちゅ、と全身に唇を落としてやりながら
――
いつもより随分と時間をかけて、ゆっくりと伊織の身体を開き、抱いた。
伊織の両腕が、セイバーの首に巻き付いてくる。下から見上げてくる伊織の瞳を真っすぐに見つめ返して、セイバーは言った。
「わかったよ、イオリ。
――
私の負けだ」
「うん
……
?」
「意地を張って抗うのは、もうやめにする。
……
どうやら、すべては虚しい私のひとり相撲だったようだから」
「ひぅ」と反った伊織の白い喉が鳴る。そこに唇を寄せながら、セイバーが言った。
「イオリ。
――
今更、私が素直になったところできみに伝わるのかどうか、私にはわからないけれど」
「もう、仕方がない」とセイバーが独り言のように呟く。セイバーに与えられている感覚に全身を支配されている伊織の耳には届かなかった。
「きっともう、
好きになってしまった
。
……
だからせめて、私は自分には素直でいようと思う」
優しいばかりだったセイバーの突然の強引な動きに、伊織の腰が大きく跳ねて反った。その首筋に、セイバーが噛みつく。ゆっくりと
――
まるで肉食動物が獲物の首筋に牙を沈み込ませるように、じわじわと時間をかけて、その犬歯を白い肌にかける。赤い内出血と共に、くっきりと
――
着物の襟をきつく締めたとしても、確実に見えてしまう位置に、セイバーの歯形が残った。
引き攣るような悲鳴が伊織の喉から洩れる。うっとりと夢見心地だった眦がぱっと見開かれ、痛みと怯えと共にセイバーを見上げている。その顔を見下ろしながら、セイバーが微笑んだ。
――
うっそりと、まるで穏やかな、
人ならざる笑みを浮かべる
観音像のようだと伊織は思った。
「
もう隠さぬ
。
……
酷くしようと、優しくしようと、きみにとっては
等しくすべて同じこと
。
――
であるならば、私は私の望むままに、
きみに刻み込もう
。きみに伝わるまで」
「セイ、バー。
……
これ
は
……
魔力、供給」
「ん? フフ
……
」
呻くように言い差した伊織に、セイバーが嗤う。身を屈め、耳元で囁いた。
「私にとっては
そうであったことなど一度もないよ
、イオリ。
――
これからも、な」
がりり、とセイバーの歯が伊織の鎖骨を噛む。
――
食欲
が。
決して満たされぬ
食欲
が、己の中で膨れ上がるのを、セイバーは感じていた。
曇天に唾を吐く・了
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