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mishiadd
2025-08-15 15:39:53
32031文字
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曇天に唾を吐く
【本編軸】「俺でなんて興奮できないくせに」「言ったな?」とかいう若気の至りすぎる売り言葉に買い言葉でギッスギスの最悪で険悪な関係性のままなぜか肉体関係を持ってしまうクソデカ感情グッチャグチャ恋愛白書【剣伊】
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七、
――
別に、腹が減っているから飯を食っているわけではなかった。
いつだってそうだった。飯は、伊織という頑固で馬の合わない
弱い
マスターの許に召喚されてしまったセイバーにとって、かつて
彼女
が教えてくれた『愛』を感じさせてくれる、いわば精神安定剤のようなもので
――
実際に腹ぺこだったから、あんなにも伊織にしつこく飯を
強請
ねだ
っていたわけではない。
誰かの用意してくれた食事を口にする
――
という、彼女が教えてくれた『愛』の感じ方は、わからず屋の伊織とも好意的なコミュニケーションの手段として使えた。本人は食事自体に対して興味を抱けていないようだったが、誰かに美味しいご飯を食べさせるという行為自体は、伊織にとっても
――
『愛』とまではいかずとも
――
善意と優しさを伝える手段のひとつではあったようだった。
伊織が用意してくれた飯を口にすることで、かつて彼女が教えてくれた『愛』を感じる方法で、今は真意の見通せない伊織とのポジティブな人間関係の構築を不器用ながらも試みている。
……
セイバーの場合、それは一方的に伊織に『愛』と言う名の食事を
強請
ねだ
る、という拙い方法でしかなかったが。
たまに、ひとりで遠出したときなどは伊織に美味しいと思ったものを土産に買って帰ったりもした。伊織には食事の美味しさはわからない。美味であることはわかっても、それで喜びを感じることはない。だから、それもまたセイバーの一方的な感情の押し付けに過ぎなかったのかもしれなかったが。
……
それでも、セイバーが努力をしていたのは事実だった。
――
別に、
腹が減っていた
から伊織に手を出していたわけではなかった。
魔力が不足しているとは言っても、正直なところ大した問題ではなかった。少なくとも、こうも頻繁に魔力供給をする必要などなかったし
――
いつぞや伊織が提案した通り、口吸いなりなんなりで手早く粘膜を接触させるだけでも、充分機能は果たしていた。
それでも毎晩のように
――
時には日中にも
――
伊織に手を出してしまっていたのは、きっと
食欲
が原因でなどなかった。
……
そうであることはわかっているが、では
それは一体なんであるのか
をそれ以上に突き詰めて考えることをセイバーの思考が拒否している。セイバーの心が、何かを認めることを拒否している。それが、敗北感にも似た苦々しさを伴っていることを、鼻っ柱の強いセイバー自身が感じ取っている。
……
もしかしたら、伊織自身も同じように感じているのではないかと。
そんなことを、セイバーはうっすらと思っていた。回を追うごとに、魔力不足はただの言い訳になり、ただの
合図
になった。日中あれだけつんと澄ました顔をして、セイバーの話をしている筈の時でさえいつもどこか遠くを見ているような伊織が
――
夜だけは、ただ真っすぐにセイバーだけを見つめている。ぐっしょりと濡れそぼったような、触れれば火傷してしまいそうな程の、狂おしいような熱をその月夜の瞳に灯して。
燃えるように赤く熟れた唇から洩れる声は甘く掠れてセイバーを呼んでいた。口づければ熱心に応え、すらりと筋肉のついた両腕がセイバーの首に回される。しぱしぱと栗色の長い睫毛が瞬き、切れ長の眦に溜まった涙の粒を飛ばす。だらしなく半開きになった口の端からたらりと透明な唾液が伝い、かたちのよい顎を伝ってぽたりと垂れる。
――
きゅ、と全身で抱きついてきた素肌の引き締まった腹筋がセイバーの腹にぴったりと触れ、セイバーの手のひらが伊織の肌を這うたびに、ぴくり、ぴくりと小さく痙攣しているのが伝わってくる。
――
セイバーの与えるすべてを、必死に全身で甘受し、健気に反応を返している。
座った姿勢で伊織を抱きながら、自分の上で伊織が懸命に震えているのを見上げる。乱れて弛んだ髷からぱらりと落ちてきていた癖毛の髪が、汗に濡れてぺったりと伊織の頬に張り付いているのを指先で避けてやり、耳に引っ掛けてやる。
――
自分でも、まるで慈しんでいるかのような仕草だと、セイバーは思う。
セイバーの指先が耳に触れる感触に、伊織がまたぴくりと震えてセイバーを見下ろす。身を屈めて、自らセイバーの唇に己の唇を寄せてくる。その唇を柔らかく食みながら
――
セイバーは、思う。
……
まるで陸み合っているようではないか、と。
ただの錯覚なのかもしれなかった。この行為にはなんの意味も感情もなくて、ただ身体を重ねている以上は、肉体の反応に従って、それらしい仕草をしているだけなのかもしれないと。
――
そうは思いながら
――
。
セイバーは、心のどこかで思っていた。恐らくは確信に近かった。
……
我らはきっと
、
同じ地獄にいるのだと
。
――
どうやら、違ったようだった。
◆
伊織を阿婆擦れ呼ばわりして大喧嘩をして三日経っていた。その間一度も
して
いなかったが、もとより魔力不足などそれ程大した問題ではなかったので、セイバーの体調にもなんら不都合はなかった。
伊織の方はといえば、三日間手を出されていないことを不思議には思いつつも、一方で目に見えてほっとしているようではあった。
――
それがまた、セイバーの心に波風を立てていた。
幸か不幸か、相変わらず儀は停滞していて、戦闘とは言っても儀の進展とは無関係の小競り合いばかりだった。伊織とセイバーとで充分事足りたし、当然逸れの力を借りるまでもない。
伊織との連携技も特になく、淡々とそれぞれが敵を倒して帰路につく。戦闘の間も、後も、なんの会話もない。
――
帰り際に、乾物屋で夕餉の干物を買って帰る。
……
なんの会話もなかった。
伊織の用意した膳を囲みながら、かちゃかちゃと無言のうちに箸の音だけが鳴っている。
――
ふと、伊織が顔を上げて障子の向こうを見遣る。膳から顔を上げず、伊織の方を見ないまま、「ん」とだけ鼻を鳴らすように言って、セイバーが伊織を促した。
「うん
……
」と呟くように言った伊織が、特に深い感情が伴わないまま、さらりと言った。
「今日の戦闘は、セイバーに加勢してもらえばよかったかもしれないな」
「
……
は?」
ただ、純粋に意味がわからなかったセイバーが、きょとんとした顔をして伊織を見た。相変わらず障子の方を眺めたままの伊織が、ぽつぽつと夢うつつのような声で言った。
「今日もまた、小競り合いだったから
――
むしろ、今日のような小競り合いであれば、あの剣術もじっくりと観察する余裕が俺にあっただろうから」
「うん? なんの話をしている? イオリ」
「あ、すまん」
それでようやく伊織がセイバーを見る。なんでもないことのように、至極穏やかな顔で
――
まるで三日前の大喧嘩のことなど、きれいさっぱり忘れてしまったかのように
――
あっさりと伊織は言った。
「今の『セイバー』とは、宗矩殿のことだった。
……
前に本人に尋ねたときは、なかば隠居生活で随分暇を持て余しているようだったから」
「水茶屋巡りばかりしているらしい、即ち助之進も同じくらい暇をしているということになるが」と世間話の延長のようなことを言いながら、伊織が干物に箸をつける。
――
かちゃん、と食器の鳴る音がして、伊織が膳から顔を上げた。
血の気の退いて蒼白になったセイバーの顔を見る。
――
すべての感情が抜け落ちたかのような、まるで傀儡のように生気も表情もない顔を見る。
「
……
セイバー?」と伊織が気遣わしげに名を呼ぶ。ゆらり、とその場に幽鬼のように立ち上がったセイバーが、ふらふらと畳の上を渡って伊織に近づいてくる。不安げに見上げている伊織の胸倉を掴んで、がん、と片手で捻り倒すようにして、伊織の身体を畳んだ布団の上に押し付けた。
かたたん、と伊織の膝に当たった膳が音を立てる。圧倒的な腕力でねじ伏せられ、身動きのとれぬまま伊織がセイバーを見上げる。先程まで蒼白だった可憐な顔が、逆上してすっかり赤く染まっていた。激しい怒りと共に、まるで嵐のように荒ぶり、咆哮と共に今一度両腕で伊織の胸倉を掴み、がすん、とその身体を布団に沈み込ませた。
「
――
たさない」
「
……
セイバー
……
?」
「渡さない、渡さない」
怯えの混じった月夜の瞳で、伊織が必死にセイバーを見上げている。ぎりぎりと白い歯を食いしばりながら、セイバーが伊織に顔を近づける。まるで阿修羅像のようだと伊織は一瞬思い
――
よく見てみれば、その瞳にうっすらと涙のような膜が張っていることに気付く。
燃え上がる火球のような夕陽の瞳で伊織を睨みつけながら、唸るような声でセイバーが繰り返す。
「渡さない、渡さない、
――
渡さぬ、誰にも渡さぬ、
その名
は私のだ、その名は私だけのものだ
――
」
顔が近かった。まるで怒りの発露ゆえの必然のように、その必死の訴えの延長のように、セイバーが伊織の唇に噛みつきながら言った。
「きみがその名で呼ぶのは私だけだ、イオリ」
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