河童の皿箱
2025-08-03 08:31:36
13128文字
Public 遊戯王:長め
 

Redone

時空怪盗がとある歴史のターニングポイントをやり直すだけ。


 『ねえリダン。様子がおかしいわ』。手分けをして時計塔広場の探索を終えた頃、インカム越しの少女が不意に口にした言葉に、「どうかした?」と続きを促す。
 『P.U.N.K.が楽屋に戻ってきたの。タイムラインでは、あと40分後のはずなのに。しかも、誰か連れてるみたいで話をしてる』。はて、一体どういうことか。確かに時を何度もなぞるにつれて、行動に僅かな異変が生じることはある。けれどそれは大抵の場合は気まぐれで、精々5分、大きくても10分前後のズレであり、40分ともなれば何らかの干渉の疑いがある。何があったのかと案じていれば、少女は大声を上げた。
 『待って。嘘でしょ、リューズ!?』。耳をついた名に、男は眉間を押さえた。「ヘマ、したんだね」、と。「パーペチュア、その通信をこちらに転送して」。指示を出してすぐに、インカムにはホワイトノイズが溢れ、落ちた音質の声が流れ始める。

 『探し物かい?』、『えぇ、ワタクシの大事な時計がこの辺りに落ちてしまいまして』。ワタクシ? 男は耳を疑ったが、けれど声は確かにふざけている時の相棒のものだった。
 『ワタクシ、この時間軸よりずぅっと先の、未来からやってきた時空旅行者でしてねぇ。久々の休暇にココロウキウキでしたが、タイムドライブで飛ばしてたらナント、時空ホールワームに襲われまして、エェ。おかげで愛車はボロボロ、時計も大事な部品なのに、どぉにも見つからず……。我が母星のスペースタイムパトロールにも連絡を入れたのですが、いやはや旅行シーズンはすぐ繋がらなくて困ります』。

 ……なんて出鱈目、なんて間抜けな嘘八百。早口で捲し立てられる滑稽な回答は、けれど彼は追い詰められた窮地を脱しようとしていると。それだけはわかる。わかるが。勝手に緩む口元を必死にこらえ、もとの集合場所である時計塔内部を目指す。

 『そういうことで何はともあれ、時計を探さなくては車の修理もろくすっぽでしてねェ。こちらのクロッククロークでこの星人の姿に見せかけたはいいものの、ワタクシも事故でホールから落っこちたものですから、どうやらズレに入ってしまったようでして。そのせいで、ワタクシの姿は皆様には見えない……それなら悠々と探し物をしてやろうとウロウロしていたのですが娑楽斎様、あなたにぶつかってしまいまして。この度は誠に申し訳ございません』

 ……突っ込みたいことは山程ある。この時計にそんな名前付いてないだろうとか、異星人設定なのかとか。けれどそれをぶつける相手も居ない。男は笑いを嚙み殺し、黙って続きを待った。

 『そーかそーか、なぁるほどな。アンタさん、大変な目に遭っちまったんだな』。『えぇ、全く。散々でございますよ。トコロで、アナタ……エェと、ワゴン様。先ほどワタクシの居場所を、ワタクシの鼓動の音で特定していらっしゃいましたがもしかして娑楽斎様と同じく超感覚的知覚をお持ちで?』。『ふむ、否定はしない』。『でしたら! お忙しい中恐縮ではございますが、是非ともお力をお借りしたく。なにも難しいことではございません、ここらで聞かないようなチクタク』。『盗聴器』。

 今の今まで発されていなかったはずの声。誰の声だ、これは。けれどその声の直後、通信は途切れた。どうやら外されてしまったようだし、仕掛けた本人も一芝居打っているしで、再設置は望めないだろう。
 『リューズ、あの人たちに捕まっちゃったみたいね』。「そうだね。でも、うん。あの調子なら……いや、彼なら、上手くやってくれるはずだよ」。

 どのみち、失敗をしたのなら戻るしかないのだし。男はスタッフの後ろにつき、時計塔に再侵入する。そして、ふと自然にしていた思考に気づき、ため息がこぼれた。嫌気を脳の片隅に押し込めて、今考えなくてはならないのは、リューズとの通信の回復。仮に、彼の交渉が上手くいっても、爆弾の場所がわからないのであれば意味がない。盗聴器のことも、うまくあしらってくれることを祈るしかない。少女にそう伝えれば、少女は暗い声で『そうだね』とだけ答える。
 無事に戻ってきたら、お仕置きをするべきか。ふ、と息を吐き、見上げる。時計塔の内部では、大きな振り子がゆったりと、ゆっくりと時を刻む。それを取り囲むような螺旋階段が上まで敷かれ、最上階の鐘まで繋がっている。複雑怪奇に入り組んだ歯車や、カラクリ機構が行ったり来たり。これを半導体なしで組み上げているというのだから、スパイダーという人物はいったいどれほどの技術力を持っているのだろう。機構と階段の間には空間としての隔たりがあり、普通の人であれば機構部分への立ち入りはできない。右往左往している清掃スタッフたちも、階段の手入れをするぐらいで、迂闊に触れられないようだ。

 右手の甲を見る。針が進んでいる。「本番1時間前でーす!」。とあるスタッフの声に、他のスタッフたちも動きを変えた。塔のスタッフが全員外へ出ていく。残されたのは、己が身一つ。爆弾の出現まで、残り30分。爆発のタイムリミットまで、約1時間。技術の祭典、そのシンボルたる時計塔にも、学びは多くあるはずだ。けれど今は。
 じっと、機構の隙間に、構造に、目を凝らす。自分の役割だけでも、滞りなく遂行しなくては。