スイスイ進む筆の跡。ついついつらりと連ねては、紙に躍った色と色。フッと息を吹きつけば、魚はぴょんと跳ね上がり、白い白い海を泳ぐ。そんな様を目にした少年は目をまん丸に見開かせ、何かのマジックか、タネと仕掛けはどこなのか、躍起になって探したが、ケラケラ笑う浮世絵師は、そんなのないぞとまた笑う。
浮世絵師 娑楽斎と、それに相対するなんの変哲もない少年は、共にサイキックである。端的に言い表すのであれば超能力の保持者であるが、超能力とひと口にいえども、西洋的解釈、東洋的解釈、近代的解釈、伝統的解釈等々多岐に渡っては、完全に体系化されているわけではない。超自然と繋がりを持つ者、脳開発によって力を後付けした者、神霊との交信を行う者、高度な技術力によるデバイスによって発現する者などなど。ともあれサイキックとは、普通の人間には成し得ない奇怪な力と、及びそれを持つものというのは、広い広い世界でもおおよそ同一の認識がなされている。
さて、サイキックたる少年と、歳の離れた立派な男が、山の広場で何をしているのか。少年の超能力と絵師の超能力は極めて珍しいものであったが、独特な共通点があるが故、大人である絵師が子供である少年へと力の使い方をレクチャーするために、この場を設けたのだ。
再び紙に筆を滑らせる絵師は、次に炎を描いては、またフゥーと息を吹きかける。まるでそこに炎があるかのように、息にすいと弱くなり、息が止まればまた燃え盛る。次第に紙すら燃え上がり、地に落ちては燃えるものすら失って、ゆっくり、ゆっくり、消えていく。火の不始末は危ないからと、水筒の水をぶっかけてやれば、そこに残ったのは燃えかすだけ。
「…ってのが、俺のいちばんの得意技だな」。少年は耳を疑った。「いちばんの…って、他にもできるの?」。尋ねれば、絵師はまた笑った。「あぁ、まあな。でも、今日はこの力を使って勉強しようぜ。あんまり一気に進めるのも、俺が疲れちまうからよ」、と。
さて、次は少年の番だ。持参してきたコミックス『Fire Sarter』をリュックサックから取り出して、キャンプテーブルの上にそうっと置いて、開いて、手を当てる。大きく息を吸い込んで、また大きく息を吐いて意識を集中させては、紙の奥に眠る火炎に問いかけた。「お願い、出てきて」、と。すると、少年の指先では緑色の電流がバチバチと迸り、何かが猛スピードで向かってくるかのような風が吹き荒れる。飛ばされぬようにとしっかり支えてやれば、書籍から前のめりに飛び出してきたのは、その漫画の表紙に描かれた、真っ赤なヒーローであった。
「ようよう、呼んだかボーイ?」。地を踏むヒーローが振り返り、少年の顔をバイザー越しに覗き込めば、けれど緊急事態でもなし。キョロキョロ見回して、すぐ近くでじっと見つめている青い髪の男に気がついた。ふむ、と。品定めするかのような視線に、ヒーローは身を屈めては、少年に尋ねた。「…‥こいつ、誰だ?」、と。あー、えっと…。少年が頭を掻いてどう言ったものかと悩んでいると、絵師は笑って右手を差し出した。
「挨拶が遅れてすまない。俺は娑楽斎、サイキックのイラストレーターだ。こいつのサイキックを見てくれってデスブローカーに依頼されててな。一緒に勉強中なんだ」、と。「んーと…つまり、ファイアスターターとぼくの先生…かな」。少年がそう付け加えれば、巨大な拳を携えしヒーローは警戒を解き、差し出された手を握り、「よろしくな!」と、ハンドシェイクをした。
それが、浮世絵師 娑楽斎と、とあるコミックヒーローと、そんなヒーローを愛する少年の、初顔合わせだった。
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