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シノハラ
2025-07-26 18:31:12
49575文字
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戦パ
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『最果てからずっと前』の進捗晒し
スパーク向けの戦パ本の予定の進捗晒しです。最終的にweb全文公開予定。『最果てから少し前』のアベンチュリンがレイシオの実家に連行されて猫と過ごす話。
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スマートフォンに通知が途切れなく入っている。多分全部仕事の連絡だろう。
なにせ、アベンチュリンは懲罰会議が終わるまで、仕事らしい仕事を一つもしていなかったのだ。スターピースカンパニーという企業としては正しい判断だったろうが、アベンチュリンと仕事をしている人間からすれば堪ったものでなかったに違いない。
会議が終わって結果が部内に通達された途端、おそらく部下達のメールの下書きフォルダに入っていただろうあれやこれやの案件がひっきりなしにアベンチュリンのメールフォルダに飛び込んでくる。一旦執務室を面会謝絶状態にして、その一つ一つを捌きながら定時を迎えてとっぷりと日が暮れた頃、ようやく一段落ついたというわけだ。
それでも、これはかわいいものだとアベンチュリンは理解している。なにせ、P45アベンチュリンの復帰は週明けと通達には示させていたのだ。今のところその数文字を無視しなければならなかった案件だけが、アベンチュリンの下に舞い込んでいるに過ぎない。
タクシーを降りて久々の家に転がり込んでからスマートフォンを立ち上げると、当然ながら新しい通知がちょっと見たくない数で付いていた。おそるおそるメールを開封すると、大体はアベンチュリンの指示通りに動く意思表示であったり、追加のちょっとした確認だったりが大半のようで少々安堵の息を漏らす。
返信が必要なメールも返してしまってから、アベンチュリンは一息ついてメッセージアプリを起動して
――
手を止めてしまった。それでも鈍くなった指でとあるトーク画面を表示してから、首を傾げてしまう。
そのトークの最後のやりとりはツガンニヤに帰省をした際にかかった費用を支払おうとするレイシオとの問答で終わっている。果たして自分はここに懲罰会議の結果を記すべきなのだろうか。
アベンチュリンがわざわざ伝えなくても、週明けには全社員に開示される情報ではあるのだ。けれど、それに先んじてレイシオに一報を入れる義務があるように思えてならなかった。
動機を突き詰めると、そこにあるのはレイシオは安堵するのではないかという漠然とした予感である。その根拠を件の処方箋に求めようとして、アベンチュリンは僅かに眉根を寄せてしまった。
虚無に立ち向かうアベンチュリンに寄越してくれた処方箋は、レイシオが思った通りの効力を発揮したと言って良いだろう。今だってアベンチュリンの延命を喜んでくれるのではないか、と夢想してしまいそうなほどの力をそれは持っている。
しかし。しかしである。
処方箋とはつまるところ、彼のお仕事の域を出るものではないのではなかろうか。そう、アベンチュリンは思うのである。レイシオは医者であり、生徒でも患者でもあるアベンチュリンに適切なタイミングで的確なお薬を処方してくれたにすぎないのかもしれない。
それは彼の善意や生き方を表現するものであり、アベンチュリンに対する本心が綴られているものではあるまい。だとすれば、処方箋はレイシオが想定しているであろう役目はすでに果たしていて、アベンチュリンの報告はもはやレイシオには不要なものなのかもしれなかった。
それでも砂と埃に塗れた日差しの下の記憶が、アプリを閉じようとするアベンチュリンの指先を固まらせる。一日目の反省を生かした彼は日傘を片手に砂漠を渡り、最後にはアベンチュリンの骨を砂の海に撒く約束をしてくれたのだ。
約束が果たされるかは死んだ後のアベンチュリンには分からないが、そもそも実現するには下準備がそこそこ必要そうだとレイシオは言っていた。もしも彼がアベンチュリンとの約束を叶えようとしてくれているなら、しばらく死にそうな一大イベントはなくなったと伝える義務がアベンチュリンにはあるのではあるまいか。
そんな懊悩をしているうちに飛び込んできた別件の返信に対応し、自分が転がっているベッドにスマートフォンを落とした瞬間に追加の通知が入った。今夜は眠れるかも怪しいとちょっと溜め息を吐きながらシーツに力なく伏していた端末を取り上げて、アベンチュリンは液晶を覗き込む。
ロック画面を生体認証とパスキーの組み合わせで解除して通知を確認すると、そこにはアベンチュリンの頭を悩ます人の名前が記されていた。送り主
——
レイシオとの個人チャットの画面を開けば、懲罰会議の結果を労う言葉がシンプルながらも並んでいる。
一応純然たる部内の、それも管理職以上のみに開示されている情報のはずなので、誰かが情報漏洩をしたのだろうとちらりと思う。うちの部でレイシオと関係があって気軽にやりとりできる相手なんて大分限られているような気もしたが。
犯人探しの不毛さにアベンチュリンが気づくまでの間に、レイシオは追加の文面を入力していたらしい。君のやり方は随分と乱暴だったし、マイナスになった部分もある。しかし、スターピースカンパニー流の損得勘定はしっかりとできていたということだ。液晶画面にはそんな文章が浮かんでいる。
今回の件でマザーフェンゴが関与した部分など少しもないと言いたげな文面に少し笑ってから、彼がアベンチュリンの仕事を褒めてくれているのだと気がついた。彼の気質からすれば手放しで褒めたくはないのだろうと口元を緩ませながら、アベンチュリンは己の人生の短さを思う。
こんな仕事ぶりでは長生きできないと言ってくるのは何もレイシオだけではない。今日だって死にかかったわけだし、そうでなくても成長期の環境が著しく悪かったのを考慮すれば体にガタが来るのも早いだろう。
どうせ死ぬなら直前に一花咲かせて手土産を増やしておきたいなんてアベンチュリンの希望はさておき、そんな短い期間であればレイシオは上手くアベンチュリンを騙し続けてくれるのではないかと思うのだ。レイシオがアベンチュリンの生涯を気にかけてくれているなどという幻想にアベンチュリンが囚われて死んでいったとしても、実害なんてどこにもないのだし。
そう思いながら、彼の言葉を信じた態でアベンチュリンはスマートフォンのソフトキーボードに指を滑らせる。レイシオの協力がなければ成立しなかったことへの礼に、彼を危険に晒してしまった謝罪。ついでに会議の後に突っかかってきたスギライトに帰省の話をして、何とも言えない顔をされたこと。
死の覚悟をしたようなものだと少し呆れた調子の返答があって、言われてみればそうかもしれない。でもでもだって、とアベンチュリンは駄々を捏ねるスタンプを選ぶ。あんな事でもないと行けないし、と告げれば、物言いたげなスタンプが返ってきた。
それはそうだが、と言いたいレイシオの気持ちも分かる。それでも無事生き延びた後振り返ると、やっぱり良い経験だったと思うのだ。その旨を下手に装飾せず送ってやればそれは良かったと返ってきた。君にとってあの時間が価値があるものであったなら何よりだ、とレイシオは続ける。
それからアベンチュリンが返事を送る前に、ところでとレイシオが会話を切ってくる。一度入力した当たり障りのない文面を削除して彼の入力を待つと、彼はどうも無事自由の身になったアベンチュリンの週末の予定を訊きたかったらしい。
休みの日にやる事なんて買い物とあれから習慣化した映画鑑賞くらいで、それはピノコニーでたっぷりしたので些か優先度が下がってしまう。となると、来週からの長時間労働を見越してしっかり休むくらいだろうか。
なので週明けからの仕事量に震えるくらいしかと伝えたところ、なら今すぐ一日分の着替えを持って本社直結のステーションに来るようにと指示される。どうやら彼は今日こちらに来ていて、懲罰会議の結果を風の噂で耳にしたらしい。
突然泊まりの用事など珍しいとは思うものの、前述の通りろくな予定もなかったので二つ返事で了解してしまう。それに拘束時間で言えば比較するつもりにもならないお願いに彼は先に応じてくれていたのだから、求められればアベンチュリンだって応えなければならないだろう。
了解を示すスタンプを押してからクローゼットから服を引っ張り出して小さめのボストンバッグに放り込み、出張用のメイクキットを入れる。正装に合わせて普段よりも少々派手にしていた化粧を落ち着けてから、それに似つかわしいであろう普段着に着替えてしまう。
そうこうしているうちにアプリで呼びつけていたタクシーが到着を知らせてきて、アベンチュリンは少し慌てて家を出た。エレベーターで下りる間に鞄の中を漁って、過不足がないことを確認する。パスポートと身分証明証、それに幾ばくかの緊急時用の現金と決済機能付きのスマートフォンさえあれば他は現地調達できるものばかりなのだけれど。
タクシーに乗ってワンメーターくらいの位置にステーションはある。定時をとうに過ぎているせいで規模の割には閑散としているステーションで、スマートフォンに誘導されるままアベンチュリンはレイシオがいるベンチを探し出した。
「こんばんは、レイシオ。いい夜だね」
「こんばんは、アベンチュリン。悪くない夜だ」
手慰みに読んでいたらしい本をぱたんと閉じたレイシオが立ち上がるとともに、スマートフォンを操作してアベンチュリンの端末に切符を譲渡してくる。ただ、レイシオが手を加えたのか、行き先は愚か旅費すら表示されていなかった。
「せめて値段だけでも知りたいんだけどな」
「どうせ目的地に着けば計算できるだろう」
「分かってるのにそういうことするのは無駄じゃないかい?」
レイシオにだって分かっているはずの指摘をすると、険のある視線を寄せられてしまう。それでも小言は言うつもりにはならなかったようで、ごろりと大きめなキャリーケースに本を入れてさっさと改札に向かうレイシオにアベンチュリンは付き従った。
彼の背中を眺めながら、ひょっとしたら値段から行き先を憶測されたくなかったのかもしれないなんて考える。アベンチュリンの支払いを厭っていると改めて表明したいのか、行き先をなるべく隠蔽したいだけなのか。今のアベンチュリンには決めようがないが、ひょっとしたらどちらもなのかもしれない。
レイシオがミステリーツアーをアベンチュリンに対して開催するのは始めてのことではあったが、彼のチョイスで未知と遭遇することはそれなりにあった。たとえば彼はしばしば出張中に特産の料理を食べたがり、口にしたことのない風味を美味しいとも不味いとも言えないまま完食するなんてことも珍しくはなかった。
てっきりレイシオは食べた事があるのかと思いきや、一緒に首を傾げていることも珍しくないのだ。彼は人が思うよりずっと好奇心が強く、食にもそういう部分があるらしい。
とはいえ、好奇心のために知らない星に行くとして、アベンチュリンを連れて行く必要などどこにもないだろう。であれば、別の理由を思案しなければならなかった。
単純にアベンチュリンが行きたくない場所に連れて行こうとしている可能性もあるが、自分が行きたくないと思われるような場所が自分でも思いつかない。さすがのレイシオも背中に目はついていないので、腕を組んで思案したもののそれらしい候補は見つけられなかった。
先に改札を潜ったレイシオが引っ張る大きなキャリーケースを見て、珍しい事もあるものだと考える。アベンチュリンと同様に旅慣れしている彼にしては随分と珍しい荷物の量で、中身が少し気になった。もしかしたら、彼の旅の道具ではなく誰かに渡すものが入っているのかもしれない。
彼の持つ荷物の多さと自分の身軽さを比較してなんとなく心許ない気分になりながらも、アベンチュリンはレイシオの後を追った。すぐに小規模なシャトルに乗って星間移動をして、そこから比較的規模の大きいシャトルに乗り換える。
そうしてもう一度移動した先のアナウンスに、アベンチュリンは小さく声を上げてしまった。思わず眠り込んでいたはずの隣の乗客が目覚めていないか確認してから、本から視線を上げるつもりのないらしいレイシオに視線を向ける。
「ねえ、ここって」
「知らない星だったか?」
「知ってるから訊いてるんだよ」
ならそれ以上説明することもあるまいと言いたげに、彼は瞼を伏せて紙の上に視線を滑らせる。無味乾燥な言葉の数々が連なる資料ではないからか、普段よりゆっくりと文章を読み込んでいるようだった。彼がそう決めたのであればそう簡単には意図を引き出せないだろうと、不満を表明する溜め息だけを吐き出してアベンチュリンは背もたれに背を押し付ける。
この星の名はレイシオと出会う少し前に、彼のプロファイルの中で知った。レイシオが生まれ、第一真理大学で学ぶために住まいを移すまで暮らしていた星である。彼は大学の付属寮を選択したため、何事もなければ両親はこの星に留まり続けているはずだった。
つまるところ、これは帰省という奴なのではなかろうか。どうしてそんなものにアベンチュリンを連れて行こうと思ったかは皆目見当がつかないので、全く別の用件である可能性はいまだ除外できないけれど。
ねえ、ともう一度彼の耳元に周囲の迷惑にならない程度で囁いてみるが、レイシオは全く気にした様子はない。それとほとんど同時にシャトルが着陸するアナウンスが聞こえてきて、隣の客が目を醒ます。ふわりと気の抜けたあくびを聞きながら、アベンチュリンはむすりとしつつもアナウンスの要請に従ってシートベルトの確認をした。
目的地らしいステーションにシャトルが到着して、アベンチュリンは少しだけ離席に抵抗しようとして結局諦めてしまった。そんなことをしたところで、添乗員を困らせてしまうだけであることくらいアベンチュリンも承知している。
ステーションを出ると、からりとした空気が頬を撫でて髪先を擽っていく。降り立つのは初めてだったが、この星の名前をアベンチュリンは知っていた。陸地と海の面積比は平均よりも海に比重が高くなっており、海の資源に依存しながら発展した星らしい。
そう聞くとアベンチュリンの母星とは正反対の星のようにも思えるが、海の多さは生活用水の量には直結しないのだとか。ようするに、アベンチュリンの環境よりはずっとましではあるものの、気候に左右されて山火事や水不足に悩まされる事も珍しくはない。そういう星で自身の隣にいる男、ベリタス・レイシオは生まれたのだ。
「アベンチュリン、こっちだ」
「こっちって言ったってどこに連れて行くつもりだい? いや、もうついていくけどさ」
勝手知ったる故郷であるからか、レイシオはろくに路線検索アプリも使わずに列車に乗り込んだ。それから同じように二つ列車を乗り継いで、一時間半くらい経っただろうか。最初の高速列車は都市から都市へと自分達を運んだが、今見えている風景は住宅地ばかりだった。
その道中、レイシオはずっと本を読んでいた。表紙のタイトルを盗み見て検索してみたところ、この星の歴史的な哲学者の書物であるらしい。旅に合わせて意図的にセレクトしたものなのだろう。
列車から降りる数駅前に、レイシオは少しだけスマートフォンを操作した。それがタクシーの配車アプリだと気がついたのは実際に駅を出てタクシーを見つけてからである。
タクシーを呼びつけるくらいだからそこからそれなりに離れているのだろうと思ったものの、二束三文分のメーターしか回らないうちにタクシーは目的地についたらしい。普段だったなら歩いていてもおかしくないような距離にも関わらずタクシーを使ったのは、どちらかというとアベンチュリンを拘束する意図があったからかもしれない。
着いて行くと宣言していたのに、どうやらレイシオはアベンチュリンを信じてくれていないようだった。いや、今になってむくむくと後悔が膨れ上がってきてはいるのも事実ではあるのだけれど。
「ここが君が知りたがっていた目的地だ」
「
……
どうしてまた、そんなところに僕を招待してくれたんだい?」
辿り着いたのは住宅地の中の一軒家だった。隣の住宅と比べても特別大きくもなければ、高価な物が使われているわけでもない。何の変哲もない家を前にアベンチュリンは思わず眉根を顰めてしまう。
「人殺しの死刑囚でなくても、同僚をここに連れてくるのは変じゃないかい?」
彼は意趣返しだと言うかもしれないが、アベンチュリンはもう誰もいない場所にレイシオを連れて行っただけに過ぎない。岩と砂の海をアベンチュリンは故郷と定めたものの、自分達が遊牧していた地域すら分からなかったのだ。こんな、その人が生まれ育ち、今も家族が暮らしているはずの家に連れて来るのとは訳が違う。
「住宅街で物騒な言葉を使わないように」
「そういう奴を連れてきたのは君だよ」
アベンチュリンの問いかけは意図的に無視されたどころか、言葉遣いに難癖がつけられる始末である。彼は人殺しの死刑囚以外にアベンチュリンの肩書きをどう表せと言うのだろうか。
「えっ、いやちょっと、おい
……
!」
レイシオが浮かべた眉間の皺を真似してやれば、あからさまな溜め息が一つ。それからむんずと腕を取られて、ぐいぐいと強引に引っ張られた。痛い目を見ない程度に抵抗しては見るものの、彼の筋肉は決して飾りではないと思い知らされるだけである。
ずるずるとアベンチュリンとキャリーケースを引きずるレイシオに玄関扉を開けられてから、家の内部が薄暗い事に気がついた。廊下はもちろん、その先にあるだろうリビングからも照明の明かりは届いてこない。これが久々に帰省しただろう家の子供を迎え入れる家の態度なのだろうか。
アベンチュリンを玄関の内側に詰め込んで扉の鍵を閉めると、レイシオが手慣れた様子で玄関と廊下の電気を点ける。ちかりと瞬いた照明が安定した瞬間、と、と小さな音がしたような気がした。
「ただいま」
姿を見せたのは紫色の毛の塊だった。まるで検分するようにゆらりと尻尾が泳ぎ、レイシオの挨拶に合わせて耳がぴるぴると動く。それから少し口を開けたようだったが、アベンチュリンの耳には鳴き声が届かなかった。人間には届かない高い声を使ったのか、不精をしただけなのかの区別はつかない。
「
……
猫?」
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