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Skorca
2025-06-23 22:39:43
37024文字
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精霊異聞 〜風の至宝〜
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7.美貌の騎士
「早いな、アリー」
寝台に腰掛けている青年に言われ、アロイスはじろりと相手を見下ろした。
「何やってるんですか、貴方は。
……
よくも
……
抜け駆けしましたね」
(抜け駆け?)
内心で首を傾げつつ、ネリアは彼らの様子から、このとんでもない容姿の騎士が誰なのか、だいたいの見当を付けた。
噂で聞いたことがある。王太子が護衛に超絶美形の剣の達人を連れているという。まさしく、彼がそうなのだろう。
「まあ落ち着け。昼飯を食い損ねて腹が立つのは分かるが」
へらへら笑いながらサーイスは言うが、まさかそんな理由でここまで怒っているのではあるまいとネリアは思う。
しかし、その言葉に騎士の目つきが殺気を帯びた。
「よくお分かりではありませんか。さっさと目的を果たしてお戻りになるというからお待ち申し上げていたのに、よくも呑気に逢い引きなどできたものですね! しかも
……
よりによって、ニワトリ亭で!」
最後の一節にやけに力がこもっている。
「ニワトリ亭?」
「この店のことだ。つがい鶏、すなわち二羽の鶏で、通称ニワトリ亭。飯が旨いことで有名なんだがな、男だけで入ると娼婦に付き纏われてしまう。こいつの見た目だと尚更な」
説明してから、サーイスはまくしたてる騎士に向かって言う。
「悪いな、滅多にない機会が舞い込んで来たんで逃す手はないと思ったんだ。後で埋め合わせはしよう」
「信用するとお思いですか」
「さあ? ところで、それ人間じゃないのか。いい加減下ろしてやったらどうだ」
言われて騎士は、無言で肩に担いでいた荷をどさりと床に下ろす。
「まあ!」
思わずネリアは声を上げ、それに駆け寄った。粗布の中から厳重に縛られた手足を見つけ、彼女は険しい目つきでサーイスを見上げた。
「手荒なことはなさらないと
……
」
「拘束するとは言ったはずだ。安心しろ、傷つけてはいない。なあ、アリー?」
「ええ
……
」
相槌を打ちながら、騎士はサーイスに目で問う。今までまったく眼中になかった街の者らしい身なりの女と、自分が捕らえた細作との接点が見いだせない。
サーイスはネリアに向き直り、護衛の縄を解こうと四苦八苦している彼女に向かって言った。
「姫、紹介しよう。こいつは私の護衛騎士のアロイス。アリー、こちらは筆頭大臣の息女のネーレイア姫だ」
さすがに騎士も驚いたらしい。
「アルディーク家の姫君
……
?」
ネリアは内心でため息をつき、立ち上がる。また一人、自分の愚行を知る人間が増えてしまった。
「アロイス・ファリナーゼと申します」
アロイスは無愛想に言って、形ばかりの礼を取る。
「ネーレイアです。初めまして、アロイスどの」
ネリアも簡潔な挨拶を返す。相手の機嫌が良くないのは先刻承知なので、くどい言い回しは鬱陶しいだろうと思ったのである。
「この者はわたくし付きの護衛ですの。戒めを解いていただけないでしょうか」
ネリアの頼みに、アロイスはサーイスを伺ってから頷き、床に片膝をついて短剣を取り出す。
ほどなくして護衛の若者は自由を取り戻したが、一向に動く気配がない。
「何か飲ませましたの?」
「暴れられると厄介なので当て身を食らわせました。間もなく意識を取り戻すでしょう」
ネリアは再びしゃがみ、若者の頬に手を当てる。軽く叩くと、彼はうっすらと目を開けた。
「気が付きましたか?」
かけられた主の声に驚いて、若者は慌てて身を起こす。
「申し訳ございません
……
」
かすれた声で謝罪しつつ、片膝を付いて頭を垂れる。
「無事で何よりです」
あまり感情のこもらない声でネリアは言う。影の護衛と直接言葉を交わすことは稀だ。身分の違いということもあるが、彼らは道具として任務をこなす。彼らの主として、感情移入することは禁物なのだ。
「何か報告すべきことはありますか?」
事務的な問いに、若者はわずかに声を落として言った。
「あの者ら、東の渡り鳥
……
」
彼の言葉に、ネリアの表情が凍りつく。
「
……
確かですか?」
若者は無言で頷いた。
「殿下」
振り向きざま、ネリアはサーイスに呼びかける。
「アリーの前なら今まで通りで構わない。なんだ?」
「わたくしを襲った者たち
……
ラリスの傭兵です」
脇で聞いていたアロイスの眉根が寄せられる。サーイスは感心したような顔で、真剣な表情のネリアに言った。
「渡り鳥か。面白い表現だな。しかしなぜ分かった?」
「彼らは必ず魔術師の眼を持っています。それを見破ることができれば、それ程難しいことではありません」
「あれを見破る? そんな真似ができるものなのか?」
「何十人も見ると、あの眼の持つ共通の気配を感じ取れるようになりますわ」
サーイスの眼が見開かれる。
「何十人? 奴らにそんな数だけ遭遇することが難しいぞ」
「ええ、ですからこれができるのはしばしば侵入される我が領の人間だけでしょう。捕らえれば、即抹殺が鉄則です。アルディーク領を越えて侵入できるラリス人は、かなり少ないはずですから」
「
……
」
涼やかでおとなしげなネリアの口から、殺伐とした内容がすらすらと語られ、サーイスとアロイスの主従は押し黙る。
ラリスはハーディアの東に位置する。もっとも便宜上、国と呼んでいるものの、正しくはここ二百年ほどで東の広大な地域を支配し始めた非合法組織だった。それだけの時間継続して勢力を保ち続けているなら、周辺諸国も独立国として認めざるを得ないところではあったが、そうはいかない理由があった。
ラリスの支配者は強大な魔術師のマルギナス・アディスという人物であり、出現当初から二百年経って尚、変わっていない。
魔術師とは、神器を経ずに精霊の力を使える者を言う。魂の内に精霊の資質を持つ、いわゆる加護を持った者であることが前提だが、体内に精霊の力を徐々に蓄えていき、自らの意志でそれを操れるようになると、魔術師と呼ばれる存在になるのだ。
ところが、通常、人間の器は精霊の力を宿せるほど強靭ではない。神器の使い手も神器から自分の身を通して精霊の力を解放することはできても、その力を体内に保持することは不可能だった。だからこそ神器を必要とするのである。
魔術師たらんとする者は、一つの生命では実現できないこの行為に、他者の命を利用する。魂の力も肉体の力も奪い取り、我が物とすることで、精霊の力に耐えうる人間となっていく。無論、一人や二人の命ではたかが知れている。魔術師となるまでには、数十人単位の人間の命が必要だった。それも、精霊の加護を持つ人間の。
魔術師とは、それだけで大量殺人者を意味する言葉なのだった。ラリスの主魁、マルギナスは優に五百人を越える聖職者の生命を奪っていると言われている。
精霊信仰を掲げる諸国がその存在を容認できないのも当然だった。
そのマルギナスに従い、諸国に紛れ込んで手足となって働く者たちをラリスの傭兵と呼ぶ。彼らの用いる身分に傭兵が多いため、そのように総称されるが、彼らはマルギナスへの忠誠の証に、自らの視力を捧げている。引き換えに彼から与えられるのが「魔術師の眼」だ。優れた視力をもたらすかわり、その眼に映った映像はそのままマルギナスの許に送られる。
彼らに見られるということは、マルギナスに見られたも同然なのであった。
「
……
厄介だな。魔術師がこの件に絡んでいるとすれば、たいがいの不可解な点に説明はつくが
……
」
「珠玉を早急に神殿側に引き渡し、この件から手を引かれるべきです。もし貴方が関わっていることを知られたら
……
」
アロイスの提案に、サーイスは首を振る。
「その点に関しては、もう手遅れだろう。ハーディアに神官たちが現れた時点で誰もが容易に想像できる。第一、ラリスの傭兵どもに国内をうろつかれるのは看過できない事態だ」
「
……
サーイスさま。この御名はどれほどの人間に知られていますの?」
おもむろに、ネリアは尋ねた。
「王家の面々は当然知っている。後は
……
アリーにアルディーク卿、屋敷の人間に
……
」
「割合に、不特定多数ですのね」
「別に秘密にしているというほどでもなかったからな。それに、名前の意味まで知っている者は大していないだろう」
「ラリスに知られた可能性はありますの?」
「皆無とは言えないな」
「もしや、サーイスさまと珠玉を接触させることがこの事件の狙いなのでは
……
」
サーイスが押し黙る。アロイスもわずかに目を見張った。
「何の目的でそのようなことを
……
」
護衛騎士は愕然とした声で尋ねる。相手の意図までは分からないながらも、接触させようとしている点については合点がいくという表情だ。
「国政の場からサーイスさまを遠ざけることができますわ」
「
……
」
心なしか、アロイスの顔が青ざめる。ネリアは続けた。
「仮に、サーイスさまが珠玉の使い手となられた場合、その事実が世間に知れれば、いかに王太子殿下といえど、神殿にお入りにならざるを得ないでしょう。恐ろしく簡単にサーイスさまを世俗から追いやることができますわ」
「
……
姫君、そのような発言はお立場を悪くいたしかねないと存じますが」
忌憚のないネリアの言葉に、アロイスが少しばかり凄みを効かせた低い声で言う。
しかしネリアは怯む様子もなく彼を見返した。
「わたくしはわたくしなりに看過できないと思われることを申し上げただけです。これをどう受け止められるかはサーイスさまのご判断にお任せしますわ」
彼女の反論が意外だったのか、アロイスは口を引き結んで軽く目を瞠る。その後ろでは無責任にサーイスがくつくつと笑っていた。
「アリー、お前の顔で凄んで黙らせられない令嬢がこの世にいたとはな」
アロイスはむっとした表情で主を振り返った。
「顔は関係ありません」
「そう言いたい気持ちは分かるがな」
「
……
ちょっと、よろしいですか」
サーイスの戯言になど付き合うつもりがないとばかり、アロイスはそう言ってサーイスをネリアとは反対側の片隅に連れていった。
「なんだ」
怪訝な顔でサーイスが問うと、アロイスはちらとネリアの方を見ながら小声で囁く。
「
……
あの女性、本当にアルディーク卿のご令嬢なのですか。深窓の姫君にあるまじき発言の数々、あの細作の身元の証もありません。貴方への接触を画策するどこぞの密偵なのでは
……
」
「そのあるまじき発言の内容をちゃんと聞いたか? 口調は違えど父親の大臣そっくりだぞ。あの姫と口論するつもりなら大臣と口喧嘩する覚悟で挑んでこい」
「真面目に聞いてください!」
……
室内は狭い。いくら声を潜めて話したとて、その会話はネリアの耳に筒抜けだった。それは彼女の素性を怪しむアロイスの牽制なのかもしれないが。
(
……
そんなに父上と似ているのかしら
……
)
ネリアは再度落ち込んだ。
父との関係は悪くない。悪くないどころか、幼少期に母と死に別れ、その面影の記憶すらないネリアにとって、数少ない信頼する相手だ。
しかし猛将と謳われた父と似ていると言われて、若干十七歳の娘が喜べるはずもなく
――
もはや男二人の会話は侮辱に近いものすら感じた。
やはり自分は、王都の人間からは受け入れられないのだろうか。
(
……
キサに帰りたい)
父と兄と共に守ってきた領地と領民。そこでしか、ネリアは自身の価値を見出せない。
しかし、アルディーク領を継ぐのは兄であり、自分は生涯そこに居座るわけにはいかない。ゆえに父から王都での暮らしを命じられたのだという現実に、さらにネリアは泣きたくなった。
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