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Skorca
2025-06-23 22:39:43
37024文字
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精霊異聞 〜風の至宝〜
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4.神官たちの災難
遠くでかすかに鈴の音が響く。ほどなくして、執事がやってくる。サリアートが彼に何事かを指示し、執事はすぐに一礼して去っていった。
「すぐに参りますので、今しばしお待ち下さい」
振り返ってサリアートは客人達に言う。カイエルはわずかに目を見開いた。
「そなたの言う、適任者かの? 屋敷の中においでなのか?」
「ええ」
サリアートが穏やかに頷くのを見て、カイエルの背後の椅子に座り、ことの成り行きを見守っていた神官の一人が表情を変える。
彼は蒼白になって身を屈めたままカイエルに歩み寄り、耳打ちした。
「老師さま、いけません。このお話はお断りしたほうが
……
」
カイエルは驚いて振り向く。
「何を申すのじゃ」
「渉外省にいる親類から聞いたのです。けっしてあの御方と関わり合いになってはいけないと!」
「そなた何の話をしておるのじゃ」
よほど慌てているらしく、神官の説明は要領を得ない。彼が続けようと口を開いたとき、何の前触れもなく入口の扉が開かれ、何者かが入ってきた。
その姿を見て神官はひっと息を飲み、急いで自分の席に戻る。
一体何だったのかとカイエルは思いながら、正面に向き直り、そして急いで立ち上がった。
黒髪に鮮やかな碧の瞳、引き締まった長身に鋭い表情の端正な若者が、サリアートの横に立つ。リューシャの瞳を持ちながら、その漂う雰囲気は紛れもないハーディアの質実剛健さを表していた。
間違いなく、彼はサリアートの息子にしてハーディアの王太子、アザルシスだった。
サリアートがにこやかに彼を示して言う。
「ご紹介いたします。私どもの息子で、アザルシス・サーイスと申します。サーイス、こちらは私の師であられたカイエル正師」
カイエルは両手を前に組み、深く頭を下げる聖職者の最高礼をとった。後ろの三人もそれに倣う。が、それを終えるなりカイエルはうろたえた様子でサリアートを見る。
「今、サーイスと
……
?」
サリアートは動じる気配もなく頷いた。
「ええ」
「私の名が、何か?」
無表情に、王太子は問う。酸素不足の魚のように目を剥いて口をぱくぱくさせている老神官の代わりに、サリアートが答えた。
「私の名が上代の言葉で風の民という意味だということは知っているだろう? 実はそなたの名も同じでね、疾風という意味なのだ」
「
……
意味は知っていましたが
……
私もフィアラに名付けられたというのですか?」
微かに驚きの滲む息子の問いを、サリアートはあっさり肯定する。
「そうなのだ。風そのものを表す言葉はフィアラより贈られる名としては最高の名でね、あのときは私もナリジアもとても驚いたものだよ。しかし、そなたは数少ない王家の男子なので、聖職に就かせるわけにはいかなかった。そこで、フィアラには申し訳ないのだが、私たちが付けた名を第一の名にして、対外的にはアザルシスと、親しい者たちの間ではサーイスと呼ぶことにしたのだ」
「なるほど。それで二つも名がついていたのですか。てっきり夫婦間の意見の相違の結果と思い込んでいましたよ」
もっともな息子の科白に父は苦笑いする。
「私はそれほど命知らずではないよ」
さらりと交わされる会話の端々が恐ろしい。客人たちはそう思ったが、そこは口に出さなかった。
ようやく落ち着きを取り戻したカイエルが、勇気を振り絞って目の前の親子に言う。
「フィアラの加護を得た者は五歳までに神殿に入る決まりにございます」
「何を聞いていたのか、ご老人。そうするわけにはいかなかったと父は話していたであろう」
静かな口調なのだが、本当にサリアートと血が繋がっているのかと疑いたくなるほど、王太子の声には有無を言わせない迫力があった。神官たちは竦み上がる。
しかしカイエルもここは気力を奮い立たせて食い下がった。
「しかし風の御名は数百年に一人とも言われる希有な才能を表します」
「それも修行次第だろう? 私にはその気がない。第一幼少のうちに神殿に入るのが決まりと言うなら、私はすでに掟破りの存在だ。それを明かしては世間に示しも付くまい」
数百年に一人の素質を持つと言われても、王太子は眉一つ動かさない。今回カイエルは事実を述べただけだが、おだてや追従を飽きるほど浴びせられて生きている彼には、今更そのような言葉の一つや二つで舞い上がるような可愛げはないのだった。
「大体、一国の王太子に聖職に就けとは、政変を企む叛逆の徒との
謗
そし
りを招きかねない危険な申し出だ。言葉に気を付けられよ」
「は
……
」
ここまで言われては引き下がるしかない。カイエルは口を噤む。
実際、こんな人物に神殿に入られてはたまったものではないはずだった。彼は二十歳を越えたばかりの青年だが、各国の王や大臣たちと対等以上に渡り合う、大国の重鎮である。世間知らずの神官たちが
馭
ぎょ
し得る相手ではない。
それこそ幼少時に預けてくれれば、という思いに尽きるのだった。
「
……
で、父上。私に何か用がおありですか?」
平然と師と息子のやりとりを聞いていたサリアートは、軽く頷いてことの次第を説明した。
「それで、そなたに取り戻して欲しいのだよ」
サーイスは難しい顔つきで何やら考え始め、神官たちは固唾を呑んでそれを見守る。
やがて彼はサリアートの隣の席にどかりと腰を降ろし、神官たちにも無言で座るよう示した。
彼らがおどおどと腰を降ろすのをつまらなそうに見ていたサーイスは、肘掛けに両肘をついて口の前で両手の指を組み、まるで悪徳商人に不正取引を指示する黒幕のような雰囲気で口を開いた。
「正師どの。探してもよいが、条件がある」
「条件、とおっしゃいますと?」
「私はたとえどれほど尊い秘宝だろうと、自らの責で失ったわけでもないものをただで探すつもりはない。それほど暇ではないからな。公務に穴を空けても遜色ない程度の見返りは?」
王太子は実に単刀直入に報酬を要求した。そのあまりに率直な物言いに、カイエルはたじろぐ。
「む、無論のことでございます。お父君が剥奪された主神官の聖職位をお返しいたす所存で
……
」
サーイスの眉が跳ね上がる。
「例の処置は不当なものであったとこちらは認識している。そんなものは当然の権利だ。報酬には値しないぞ。第一、今更父が主神官に返り咲いたところで、我がハーディアに何の益がある
――
ああ、神器をこちらに寄越すということか」
凄みを効かせて話していたサーイスが、突然気が付いたという素振りで言う。
カイエルは何を言われているのか分からず、首を傾げた。
「主神官に復位させるというのは、父を神器の使い手として神殿が追認する、という意味であろう?」
サーイスが重ねて言った。
「名だけ返して権利は与えずということはあるまい。それともまさか、神殿側には何の労力も損失もなしに今回の報酬に替えようという、なんとも虫の良くも厚顔な考えがあるのではないだろうな?」
カイエルの顔面からどっと汗が吹き出す。いくらサリアートにかつての聖職位を返そうと、彼はハーディアで要職に就いているのだし、実際には聖職者としての務め
――
即ち、精霊の神器を駆使して万民に奉仕する
――
について言及されるとは思っていなかったのである。
「
……
恐れながら、彼の神器は永くフィアリィスに在りましたもの。目当ての巡礼者も多く
……
」
「使い手もいないのにか?」
すかさず切り返され、カイエルはその先が言えなくなる。
サーイスは冷たい目をして言った。
「どうやら、私が言ったことは図星だったようだな」
「い、いえ! けしてそのような心づもりでいたわけではございません。ただ、現実問題として、いかように使い手の任を果たされるのか、それを懸念したまでにございます。まさか、お父君にリューシャにおいでいただくわけにもいきますまい」
「まったくだな。身の空いている神器に来てもらうしかあるまい」
まるで人に対するかのような気安い物言いである。
余計なことを言わなければよかった、とカイエルが後悔してももう遅い。確かに、神殿としてはくれても損失のない、名誉というもので相手に納得してもらおうという算段だったのかもしれない。それに、純粋にサリアートもそれで喜ぶと思っていたのだ。そのくらい、聖職位は神官にとって重要なものだったからである。
しかし世俗で生きている王太子にとっては何ほどのものでもないらしい。当のサリアートがどう思っているのかは分からないが、彼は黙って息子と自分の会話に耳を傾けている。口を出すつもりはまったくないようだ。
このままでは、サリアートの神器をハーディアに渡すことになる。珠玉ほどではないものの、大神殿の次席たる主神官が代々使い手を務めてきた神器だ。唯一にして強力なものだった。
さりとて、回避する妙案も浮かばない。
「
……
神器をお父君にお渡しするとお約束いたせば、珠玉をお探しいただけるのでありましょうか?」
渋々、カイエルは言った。珠玉には代えられない。
しかしサーイスは容赦なかった。
「ご老体、先ほども言ったとおり、それは当然の権利であって、取引材料にはなり得ないのだ。神殿が他には何も考えてこなかったというなら、父の神器を借り受けに赴いた際にこちらから要求する」
相手に反論を許さない断固とした物言いは、生まれながらの王族ならではだろう。穏和なサリアートに頼みごとをするつもりであったのに、とんだ伏兵がいたものだ。
「
……
いかような、報酬をお望みで?」
戦々恐々として、カイエルは尋ねる。
「それは解決までに要した手間と時間による。そちらの協力次第だ。まず手始めに、詳しい情報を提供してもらおう」
「それはもう」
ひとまず王太子が動いてくれるというので、カイエルは身を乗り出した。
サーイスはこと細かな質問を開始した。事件発生時の状況、賊の人相風体、キリヤの鏡に何が映ったのか、人なのか、であるならどれほどの人数がいてどこを目指していたのか、等々
――
。
ほとんどに、カイエルは満足な答が返せなかった。こういったことには精霊の力を借りるのが定石の老神官が、はなから自力で探す気しかないサーイスの問いに対処できるはずもなく、しばしの間、二人は噛み合わない会話を辛抱強く続ける。
息子の
顳顬
こめかみ
に幾度か青筋が立ったのを、サリアートは見て見ぬ振りをした。
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