Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
Skorca
2025-06-23 22:39:43
37024文字
Public
Clear cache
精霊異聞 〜風の至宝〜
1
2
3
4
5
6
7
8
5.神殿の秘密
サーイスが老人を解放する頃には、日が傾き始めていた。
「なんとかなりそうかな?」
客人が去ったあと、サリアートはすっかり眉間に縦縞の入ってしまった息子に訊いてみる。
サーイスは肩をすくめた。
「さあ、始めてみないことにはなんとも
……
。しかし、よくあんな世間知らずの老人を私に引き合わせる気になりましたね。気の毒に、まるで人身御供ですよ」
悄然と、供の神官たちに支えられるようにして去っていったカイエルの姿を思い返して、彼は言う。
サリアートは苦笑を浮かべる。
「自覚はあるのだね。それなら少しは手加減して差し上げればよかっただろうに」
「あの正師どの一人が相手なら考えてやらないでもないですがね、神殿自体の舐めた態度は気に入らない。秘宝を失くしたなどと、よくもこの国に来て言えたものだ。敬意を払うべき精霊の加護や神器がなければ、リューシャのような小国、とうにこの国に併呑されていたのだと、そろそろ彼らも気付くべきだとは思いませんか?」
「おやおや、過激な発言だね」
「過激であろうとなかろうと、これは事実ですよ。父上もお気付きでしょう」
これにはサリアートも口の端をほんの少し吊り上げるだけに留め、明言を避ける。
「ところで
……
」
ここでサーイスはわずかに口調を変え、父に尋ねた。
「父上の神器って、何だったんです?」
サリアートはちょっと首を傾げた。
「そなた、知らないで喋っていたのか?」
「なくても困らないようなものにそれほど興味がないので。でもどうせ貴重なものなんでしょう?」
「そなたは時折不思議な言い回しをするね。私を選んだのは“フィアラの大槍”と呼ばれる神器だよ」
今度はサーイスが首を傾げる番だった。
「武器ですか?」
「武器ではないよ」
サリアートは即座に否定する。
「では何に使うんです?」
「形が似ているので槍と表現されているが、大気の流れを操る神器だ」
「風を起こすということですか?」
「突き詰めて言えばそういうことになるけれどね。問題は使いようだ。例えば、右側の空気と左側の空気をそれぞれの方向へ対流させる。普通なら上昇気流と、その外側に下降気流が発生するだけなのだが、その速度を極限まで上げると、間に真空が生まれる。これは使い手の腕次第で、結界にも応用できるのだよ」
サーイスは少し考えてから、口を開いた。
「
……
もしや、珠玉に張られていた結界は父上が?」
「一つはね。そして奪われた際、これが解除されたのは間違いない。他の種類の結界は魔力の防御壁が張られているだけだから、力押しで部分的に穴を空ければよいが、これは物理的に空間を遮断している。完全に解かなければ、進もうとしても風圧に阻まれるし、仮にそれを突破できたとしても、人の体は真空には耐えられない」
サーイスは呆れ顔になった。
「十分、物騒ではないですか。使い方次第では武器にもなり得る」
「武器ではないよ」
もう一度、サリアートは繰り返した。彼自身が武器として使うつもりがないという意味だろう。
道具は使い手次第だ。
「それに、物騒というなら珠玉のほうだ」
父の言葉に、サーイスはどういうことかと目で問う。
「珠玉はね、単純にいかなる風をも操れる、と伝えられているけれど、正確には、いかなる風の神器の力も操れる、なのだよ」
サーイスは眉根を寄せる。
「
……
物騒極まりない
……
」
「そう。一人の人間が手にするには問題がありすぎる。珠玉の使い手は現れてはならないのだよ」
父にしては珍しく断定的な物言いに、サーイスは違和感を感じた。
「
……
まさか」
息子の呟きに、サリアートは微笑して頷く。
「察しがいいね。フィアリィスは珠玉を祀るためにあるのではなくて、人の手が珠玉に触れるのを防ぐためにある。直接接触しなければ、神器は使い手を選べない。そして、一人の人間が複数の神器の使い手になることもない。だから、加護はあっても神器の使い手になれなかった者は世俗に戻される。珠玉の使い手になる可能性が残っているからね。生涯、珠玉のそばに置いておくのは危険すぎるのだよ」
とんだ真相である。永い間、そうやって珠玉は隠されてきたのだ。実在が疑われるほどに。
「しかし、よろしいのですか、そんな重大な秘密を私に話してしまわれて」
「そなたは体制を守る側の人間だ。真実を知れば知るほど、珠玉の存在を世の中から隠そうとするはず。むしろ話しておいた方が安全なのではないかな? それに、こうなってしまった以上、これは是非とも伝えておかなければならないことなのだよ。そなたにはね」
「どういうことです?」
「無事珠玉を探しおおせても、そなたは珠玉に触れてはいけないよ。面倒を避けたいと思うならね」
さしものサーイスも表情を強ばらせる。
「
……
冗談でしょう?」
「いいや、一番可能性が高いのは間違いなくそなただよ」
「馬鹿な。私は全く神殿で学んでいないのですよ」
「ああ、それは関係ない」
あっさりと、サリアートはまた常識を覆すようなことを言った。
「その子供がどの神器の使い手となりうるのか、あるいはならないのかは、生まれたときに既に決まっているのだ。あとはその神器と巡り会えるかどうかだが、それを知る術を人間が持たないというだけのことなのだよ」
「
……
」
「しかし、神殿での教育は確かに必要だ。強力な神器を無闇に使われては世界が影響を受けることになりかねないからね。それもあって、物心つかないうちに神殿が引き取るのだよ」
「
……
適切な処置でしょうね。では私はかなりの危険人物ということになる」
「珠玉のことがなくても、そなたは間違いなく危険人物に数えられていると思うけれどね」
サリアートは冷静な見解を述べる。サーイスはいちいち気にしなかった。
「なぜそれが分かっていて私に話を振ったのです?」
「私では珠玉を探し出して取り戻せる自信がない。そういったことは経験がないのでね。密かに世界が危機に瀕しているというのに、悠長なことは言っていられないし、万一そなたが珠玉の使い手に選ばれてしまっても、他の人間が選ばれるよりはましだと思うのでね」
「簡単に言ってくれますが、世の大半の人間は異議を唱えると思いますよ」
サーイスも自分に対する世間の評価をよく心得ていた。もっとも、それでなくては務まらない。
「それに
……
そなたのような、疾風の名を持ちながら神殿外で育った希有な人間が存在するときに、珠玉が封印を解かれて外界に出たというのは何やら運命的だ。フィアラのご意志かもしれない」
付け加えられた父の科白に、サーイスは危うく舌打ちしそうになった。これだからリューシャの人間は。
「不可解な事柄を全て精霊のせいにするのはどうかと思いますよ。それにしてもまったく厄介なものを作ってくれたものです。いい迷惑だ」
罰当たりともとれる息子の言葉を、サリアートは咎めなかった。それどころか笑いながら言う。
「まあ、精霊は人間の都合など考えては下さらないからね。自然とはそういうものだ」
「笑い事ではありません」
サーイスは父親を睨み付ける。しかしサリアートの表情は変わらなかった。
「それはともかく、あの正師どのはなぜ私に依頼する気になったのです?」
「ああ、老師はおそらくご存知ないのだよ。神殿の真の役割を」
サーイスは首を傾げる。
「珠玉の使い手の出現を避けるというやつを、ですか? 正師ともあろう人間が?」
サリアートは曖昧な笑みを浮かべた。
「師は学識の高さによって地位と尊敬を得ておいでの方。秘密を守り神殿を導くのは、私や大神官を含めたほんの数名の司教の役割だったのだよ」
「要するに学問はできても政治能力はからきしということですか」
「はっきり言い過ぎだよ、サーイス」
「
……
サーイスさまって、本名でいらしたのですね?」
「偽名ならもっとありふれた名を使う」
もっともな言葉が返ってきた。
「
……
わたくしにそんなに何もかもお話しになってよろしいのですか?」
サーイスが父に投げかけたのと同じ質問を、ネリアも口にする。
「姫こそ話の内容にさして驚いていないようだが?」
「わたくしも精霊は信仰しておりますが、神殿は人の組織でしょうから
……
。まして風神殿を代表するような大きな神殿に、世に知られていない事柄などたくさんあって当然のことと思いますもの。珠玉を盗み出されてしまったことはともかく、司教さま方が果たされてきたお役目は偉大なものと感じ入りました」
サーイスは変なものを見る目つきになった。ネリアの科白は明らかに、普通の貴族の娘の発言にしては異色だ。
相手が妙な顔をしていることに気付き、ネリアは慌てて言った。
「申し訳ございません。生意気を申しました」
女が何を賢しげに、と思われたかもしれないと思ったのである。普段は気を付けているのだが、久々に人とこのような話をしたので、つい自分の考えを語ってしまった。
謝られると思っていなかったらしく、サーイスは眉を上げた。
「
……
いや、構わないんだが。しかし、大臣と話しているような気分になるな」
「
……
」
ネリアは愕然となった。明らかに、それは歳若い令嬢に対する評価としては不適切だったからである。
再びうなだれた彼女に、王太子はさらりととどめを刺す。
「いちいち落ち込むな。変な姫だということはもう十分把握した」
「変
……
」
最悪だった。確かに、屋敷を抜け出し、街を歩いていた自分が悪い。それは間違いない。しかし、その後も名誉挽回どころかさらなる失態を繰り返し、ついに王太子直々に変人の烙印を捺されてしまったとあっては、父や屋敷の者たちにも合わせる顔がない。
「
……
どうか、内密に願えますでしょうか」
こんな噂を宮廷に流されてはえらいことである。
「そもそも私がこうして珠玉を探し回っていることが秘密なのに話すわけがないだろう」
「それならよろしゅうございますが
……
。ことが公になった暁には、わたくしの奇行も世に知れる、それが嫌なら黙っていよ、ということなのですね?」
「奇行というほど大げさなものでもないだろうが
……
。察しが良くて何よりだ。どのみち、ここで我々がこうしていることは、誰に話せる内容でもなかろう?」
「きちんと口止めなさらないなら、父には話しますわ」
妙にきっぱりした口調でネリアは言う。
「どうせ街に出るなら、何を見てきたのか報告しろ、と言われておりますので」
サーイスは苦笑いを浮かべて頭を掻く。
「変な親子だ。普通は一も二もなく止めるだろう」
「見聞を広めることは悪いことではない、というのが父の考えです。初めて街に出て帰った際、有用な情報を一つも仕入れてこなかったと叱られました」
「叱る部分を間違っているような気はするがな。
……
まあいい。おかげで、一つ手間が省けたかもしれん」
「?」
謎めいた言葉にネリアが首を傾げると、おもむろにサーイスは彼女の膝を指差した。
「渡してもらえまいか。その“フィアラの珠玉“を」
1
2
3
4
5
6
7
8
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内