葉咲透織
2025-05-19 16:18:27
12537文字
Public
 

帰還ifシャアシャリ、全部まとめてみた

帰還ifシャアシャリ企画のために、これまで書いたものをまとめました(一部pixivのリンク)女体化と戻ってこなかったifは抜いてあります。さすがに……。



サナトリウム


 もう何度目かの来訪だというのに、相変わらず出迎えはなかった。予想のついていたことだったので、溜息すら出ない。

 エグザベ・オリベは呼び鈴のない扉をくぐり、建物内に入る。豪邸というには修繕の跡が目立つ屋敷は、一年戦争より前には、富豪の別荘であったという。なるほど、設計がよく練られており、昼の間は燦々と光が当たる、ここに住まう患者にはよい家である。

「中佐?」

 名を呼べば、家の奥から「もう中佐ではないと、何度言えばわかるのですか、君」と、半年前にはよく聞きなれた甘さを含んだ叱責が飛んできて、エグザベはホッとした。

 基本的に、彼はずっと寝室に詰めている。顔を出した元上司の顔を見て、エグザベは笑顔を驚きに変えた。
「ちゅ、中佐……その、イメチェンですか?」

 エグザベの知るその人――シャリア・ブル元中佐とは、見た目が少し異なっていた。撫でつけられていた前髪は、片目を隠すように下ろされている。大人の男の色気を醸し出していた顎髭はきれいに剃られ、口元のものだけが残っている。

「イメチェンといいますか……戻しただけといいますか」

 シャリアの視線が、寝室に向けられる。ああ、とエグザベは頷くに留めた。理解しようとは努めているが、彼らふたりの特別な結びつきを、か「わかる」と言っては、軽すぎる気がする。

「あのお方は、この姿しか知りませんからね」

 半年前、行方不明であったシャア・アズナブルが発見された。少年の肩に担がれ、意識のない彼を受けとり、シャリアはようやく出会えたと、泣いた。泣くのを見たのは、それが最初で最後。

 目を覚ましても、シャアは最低限の生命活動しかしない。心が壊れてしまっていると医師は診断した。

 以来、シャリア・ブルはシャアとともに軟禁状態にあり、献身的に彼の介護をしている。

 シャア捜索のために無茶もあれこれしていて、ジオン軍を除隊された彼の監視を、エグザベは買って出た。シャリアも、ただ元上司のご機嫌伺いだとは思っていない。

「特に変わりはありませんか?」
「ないですね。あって、ほしいものですがね」

 赤い彗星の知るシャリアといえば、一年戦争ではキケロガなるモビルアーマーを操りガンダムを援護した、英雄だ。それがこんなにも静謐であったことを、歴史は記録しないだろう。

 なるほど、灰色の幽霊である。キケロガのカラーリングだけでなく、エグザベの知る、洒脱で強引で、苛烈なシャリア・ブルは、彼が作り上げたまやかしの姿であったのだ。

 手ずから淹れてくれた紅茶を飲んでしばし他愛のない話をし、エグザベは退出する。

……嫌にならないんですか」

 身体だけでも戻ってきたことは、幸いであったろう。精神が、シャリアの知るシャア・アズナブルとして戻ってくる可能性は、著しく低い。

 エグザベの問いに、男は一瞬だけ、鋭い光を目に宿した。柔らかな物腰の彼がそうすることで、ピリッと空気が引き締まるのをよく覚えている。

 ああ、シャリア・ブルだ。僕の知っている、中佐も嘘ではなかったのだ。

「知っているでしょう、エグザベくん。私は諦めの悪い男なのですよ?」

 五年もひとりの男を追いかけてきた人間のその言葉には説得力しかなく、エグザベは深々と頭を下げ、彼らの家を辞した。