kanaco
2025-05-18 17:20:58
23763文字
Public
 

【十二信】虎の子、風邪をひく/龍の子、熱をだす

《十二信》虎の子、風邪をひく
高い熱を出した十二くんと、看病する信一くん(P1~P4)
《十二信》龍の子、熱をだす
高い熱を出した信一くんと、プロポーズに挑む十二少くん(P5~P8)


ひとしきり泣いた信一はそのまま疲れて眠ってしまい、四仔だけを部屋に残して洛軍と十二は解散した。十二は一度廟街に戻って抱えていた仕事を最速でこなしきると、虎兄貴に断って再び九龍城砦に戻ってきた。

信一の部屋がノックされる。既に目を覚ましていた信一がドアを凝視すると十二が入ってきた。お盆を手に持ち、そこには寝込んだ時の信一と十二のごちそう“擦りおろしリンゴ”が乗っている。腕には紙袋も下げていて物資を色々と持ち込んできたようだ。

「気分は?」
「だるい」
「あんだけ泣けばなぁ。熱はどうなんだ?計ろうか」
「37.7まで下がった」
「まだあるな。リンゴ食う?」
「食べる」
しっかりと答えた信一が自分の力で上半身を起こす。さっきまで随分と気落ちしていてようだったので心配していたが、熱が下がってきたのと一緒に精神面も持ち直したらしいのが垣間見え、十二は小さく安堵の息をついた。それから、起きた信一がそのままジッとして十二の次の行動を待っているので、思わずニンマリとしてしまう。

……なんでそんなニコニコしてんの」
「いや、やってみたかったんだよなぁ、これ」
喜々とした表情で十二が“擦りおろしリンゴ”の器を上げる。信一は看病をさせてくれないくせに十二の看病は自分でする。その度に信一からリンゴを食べさせてもらっていたが、それを十二もやってみたかったのだ。子供の頃に「看病する!」と言い張ってた時にしたかったのは、これがメインといっても過言ではない。

十二は笑顔のままにリンゴをスプーンでひとすくいすくった。口にそっと運んでやれば、信一が何の抵抗もなくパクリとスプーンを口に入れる。口をもごもごとする信一が美味しかったのか次を期待して十二を熱心に見つめる。自分に無防備に世話をされる信一の態度に思わず、

「かわいい

と声がでた。四仔がいようものなら「具合が悪い相手に不謹慎だぞ」と怒られそうだが、可愛いは事実だ。
ははっ、と笑って信一が「上手じゃん」と言った。
「お前がしてくれたことを、マネしてるだけ」
「そうだな。そして俺は兄貴がしてくれたことを、マネしてただけ」
「知ってる」
十二は頷いてから、スプーンをゆっくりと器に戻し、再びひとすくいし、また口元へ運ぶのを繰り返した。器が空になったのを名残惜しそうに確認してから、ずっと気になっていたことを聞く。

「龍兄貴がお前の看病を譲らないのは当然としてさ、どうして俺はあそこまで立ち入り禁止だったんだよ。阿七とか他の兄貴は入ってたじゃん」
……子供の頃にさ、俺の風邪がお前に移ってけっこう大事になったことがあったじゃん」
「ああ~?領収書事件のこと言ってんの?」

それは十二が高熱を出していることに自分でも全く気がつかず、グラグラになった頭で頼まれた領収書を探し、シクシクと泣いていたところを信一に発見された件を指す。実はその発端は信一がひいていた風邪が十二に移ったことだった。信一がひいた風邪は彼自身には大して影響がなかった。熱も無ければ体のだるさもなく、ちょっと喉がイガイガするかな程度のもので、いたって普通に過ごしていたのだ。しかしそのウイルスは当時ヤクからは抜け出せたものの体力が戻っていなかった十二の体の方で猛威を振るった。高熱にとどまらず最終的には肺炎まで至ったそれは、信一の幼心にも傷を残した。

「あれトラウマなんだよな。移したくねぇの。お前が”病気”っていうのが、こう、不安になる」
「お前あの頃の体力と今の体力を一緒にするなよ」
「そういう問題じゃないんだよなぁ」
「今日なんて疲労は移らねぇじゃん」
「あ、そか」
「本当にアホなだけだったのか。だから自分で俺の看病をしてぇの?常に様子が分かるように」
「それもあるけど。風邪は………人に移した方が早く治るってよく言うじゃん」
だから風邪ひくお前にできるだけくっついてた。

十二は口をあんぐりと空けた。
そんなことってあるか。
「お前………俺のこと好きすぎだろ」
「そうかな」
…………

信一が本当に分からない、というように首を傾げた。
十二は心底嫌そうな顔をして今日何度目かの舌打ちをする。
「お前、俺のために自分の身を削るの、やめろよ」
「いやぁ、でもそれがさぁ“俺”じゃんか」
「俺は身を削って欲しくて一緒にいるんじゃねぇ」
「だよなぁ。だからさぁ。一緒にいるのどうなんだろうて、もうずっと思っているんだよなぁ」
「は?」
まるで何気ないことを言うような温度感の、あまりにも耳を疑う発言を聞いて、十二が一気に顔色を失くした。
「お前、今なんつった?別れてぇってこと?」
「うーん」
とんでもないことを言いだした割には信一自身の歯切れも悪い。熱がまだ残る頭を捻り、腕を組んで首を傾げる。

「俺は龍兄貴もので、十二は虎兄貴のものだろう?」
十二は頷いた。その通りだった。自分たちの献身は親愛なるボスへと一心に注がれるのだ。

「だから俺は、お前の“弱み”にはなりたくないんだよな」
信一は宙を見ながら、ぼんやりとした風だった。

「俺はお前のことが好きだし、つきあいはじめたのも本意だったし、一緒にいたいとも思っている。でも十二が虎兄貴と進む道と、俺が龍兄貴と進もうとしていた道は今や同じ方向を向いてはいなかったと思う。少なくとも俺は、黒社会でこれ以上の立場なんていらなかった。砦が取り壊されたらこれまでの恩をありったけ返しながら龍兄貴とのんびり暮らしたかった。そのためのカラオケだったし。だからさ俺とお前が”ずっと一緒にいる”って言うのは今が夢心地ってだけの、幸せな絵空事だと思ってた」

……お前は最初からそう言ってたよな。俺が告白した時から」

「俺やお前が”好き”っていう気持ちに縛られて、お前が進もうとする道で何か失くしてしまったり、足をひっぱる可能性があるのなら、先に手を振り払うのもアリかなって。それが裏切りって思われたりお前が俺を憎んでたとしても、俺がそれだって絆なんだと思えていられるなら、それでもいいかな、って思ってたんだよ。いつかそんな日がくるかもと思ってた。それこそ...砦が無くなった暁には」

宙に視線を彷徨わせていた信一が十二の方を向いた。十二の目がきつく吊り上がっているのを認めて、少し拗ねたように唇を尖らす。

「お前、そんな顔するなよ。そう思ってたんだけどさぁ、この裏切りや憎しみが一方的でも絆になりえるかってコトが、今回の九龍城砦の乱でかなり破綻を感じてさ」
「あらゆる事情と情念と信念を差っ引いた時に残った”自己満足”が、是か非か」
「なんてひどい言い様だ。でもまぁそうなんだよ。ものは見方だ。人であるならば譲れぬ信念は達成されるべきだ。でも独りよがりよくねぇよな。怖ぇ。」
「俺はお前が怖ぇよ、信一」
「お前が好きだから、一緒にいたいのか、そうでないのか、分からなくなってるんだよな、俺は」
「何でだよ、好きなら一緒にいろよ。一緒がいいってずっと言ってるじゃん、俺は」
「そのうえ状況はどんどん変わって、俺の兄貴は亡くなり、砦も結局は無くなる。なぁお前、一時だとしてもあの兄貴たちがこんな決裂するなんて考えたことあった?俺は無いね。一度もない。それにさぁ、やっぱりお互いへの愛情が兄貴たちの判断を鈍らせたっていうのをどうしても考えちゃうんだよな。やっぱり一緒じゃない方がいいのか……
「コラ、俺の意見を無視するな」
「だってさぁ、お前はよく知ってると思うけど」

“重い“よ?俺。

その言葉と視線を受けて十二は深いため息と共に項垂れた。それから下を向いてふくれっ面をしたまま、片腕を伸ばして自分が持ってきた紙袋を引き寄せた。ゴソゴソと手探って中身を取り出す。

「ほら、お見舞いだってさ」

受け取った信一が「あ」と声をこぼした。それは信一が倒れるといつもお見舞いとして贈ってくれる、虎兄貴の最中と秋兄貴のゼリーだった。昔は部屋に入れてもらえず手渡しもできなかったので、ドアの前に積み重ねていたお見舞い品の仲間うちだ。信一と十二の好物で、信一が回復したら龍兄貴にお茶を淹れてもらって2人で思いっきり食べるのだ。

「ふぅん、今日はさすがに廊下にセットしなかったんだ」
「お前までそういうこというのかよ。お気に入りシール持ってきた方が良かったか?」
「ははっ」
嬉しい贈り物を手にしてご機嫌になった信一が朗らかに笑う。

「前にさ、変わるものもあるけど変わらないものもあるって言ったの、お前だろう」
十二がそう話しかけると信一がキョトンとした。九龍城砦を奪還した後、黄昏を浴びながら4人であんなにしっとりとした空気を共有したのに、自分の発言も忘れたのかと十二が呆れる。
「あんなことはあったけどさ。今でも俺たちは、変わらず虎兄貴と秋兄貴の可愛い信一と可愛い十二じゃん」
崩れた関係は元通りにはならない、しかし精一杯の復元をしようともしている。新しい形も成そうとしている。
「ま、兄貴たちと洛軍のことは知らねぇけど」
「お前なぁ」
「ホントのことじゃん。だからさ変わって“良いこと”もある。だろ?未来に起きることを憂いても答えはその時にならなければ分からねぇよ。それなら、ずっと一緒にいたいという気持ちを優先させるのに、何の問題があるんだよ」
信一が澄ました表情のまま十二の話を聞いている。響いているのかいないのか分からな過ぎて、頭を重くしながら十二は言葉を続ける。

「それに、お前が重い人間であることを”あの世この世”を合わせても2番目に理解しているのは俺だぞ」
「一番は?」
「そりゃ、龍兄貴だ」

信一は何でもこなせる高い能力値を持っている。十二は信一が龍捲風に代わって九龍城砦の復興を始めた時、四仔や洛軍が心配するのとは反対に、なんら杞憂はないと考えていた。人を率いることも、場を治めることもやろうとすれば器用にできてしまう男なのだ、信一は。しかし一方で、信一はボスになるには向いていない気性だった。

前に一度、黒社会において注目を集める信一を目にして聞いたことがある。
「何でお前の周りってこうも鬱陶しいほど男が寄ってくんの?」と。
信一の返答は明朗だった。
「何でもできる若い男が全てを投げうって慕い献身を捧げてくるところに、男を誘う甘美があるんだろうな」
でもバカなやつらだよなぁ、俺の全ては龍兄貴に捧げられるものなのに。

美しく、強く、賢く、いずれは上にも立つことを望めるはずの若者が、自分だけに陶酔し、健気な瞳を向けて、跪いて、献身する。そんな風に信一を育てたのは龍捲風であり、その献身を一身にうけていたのも龍捲風だった。だから向上心がない、野心がないというのは間違いではない。信一のその能力は最も親愛なる人へ尽くすために存在する。

十二は思う。
(あの人、どうしてこんなこんなに甘美で危うい人間を育てたくせに“置いて”いったんだろう)
それは我が子が未来を歩むことを願う”親”と、未来を一緒に歩きたいという”自分”との差なのだろうか。
(俺だったら“置いて”いくなんて絶対にできないけどな)

龍捲風を慕っていた時は幸せだった。信一の重い愛情を同じように龍捲風も返すからだ。

それは情愛という関係ではなかったけれども、色々な感情が織り交ざる強い親愛で結ばれていた。その対象を突然失った信一が次に尽くすのは九龍城砦だ。九龍城砦は龍捲風に等しい。龍捲風がいなくなった代わりに九龍城砦に対して信一の献身はたっぷりと注がれる。しかしこれで九龍城砦が無くなったら。信一のこの献身はどこに向かうというのか。その対象を求めてさまようことになる。

そうして十二はこの信一の献身が他の男に注がれるなど決して許せないことだった。想像するだけではらわたが煮えくり返る。だがその献身を自分に注がせる、とはまた違うのだ。跪かせたいわけではない。欲しているのは背中を預けあって戦える相棒であり、向き合ってお互いを委ねられる恋人の座だ。

今までの通り、対等に、一緒にいる。その関係を今まで成立させてきたではないか。
(と思ったら長年、まさか俺の風邪を吸い取ろうとしていたとは油断ならねぇ)

それに、何なの?
お前が好きだから、一緒にいたいのか、そうでないのか分からなくなってるんだよな、俺。
はぁ?
”重い”よ?俺。
知っとるわ!

「信一」
名を呼んで十二はコホン、と咳払いをした。信一はベッドの上、十二は床のまま正座して姿勢を正す。自然と信一を見上げる態勢になる。水分量を多く含んだせいでユラユラと煌く瞳が真っすぐに十二を見る。十二は一呼吸、整えた。

「俺はさ、やっぱり何度でも誘うよ」
十二の気持ちは変わらない。信一に恋をした、10代の頃からずっとだ。
「一緒に旗をあげようぜ、信一」
信一の瞳が瞬く。

「手を振り払うなんて言うなよ。”一緒”にだ。言っておくけど俺に尽くせっていう意味じゃない。でも俺以外の男にお前の目を移ろわせることもしねぇって誓う。お前がお前のためにその能力を使って、そして俺の隣に立つ。」
「お前が重いの何て重々承知だし、第一、その重さを受け入れられる男なんて俺くらいだぞ。他の男じゃ全員そろって傾国しちまうよ。なんたって俺は龍兄貴にも鍛えられたんだ。龍兄貴と虎兄貴のハイブリットだぞ。”重い”お前にこんなにもピッタリな男は他に探してもいないって」
「それにお前が俺の”弱み”になるような”珠”かよ、龍の珠玉」

十二は歯切れよく朗々と話す。まるで陽気に両手を広げて自分の絵図を語り出す。

「俺はさ、虎兄貴を誰よりも尊敬しているし敬愛している。だからこそ絶対にあの人に恥じないよう虎兄貴を超える男になるし、この社会で必ず台頭を成す」
それは十二の描く未来だ。

「虎兄貴よりも気高く、強い猛虎になる。それでその横に龍兄貴よりも美しく、強い龍のお前が並んでいたら、最高じゃねーか、と思う」
それは十二が望む未来だ。

口を挟む隙を与えずに言葉を並び立てると「そうだろ?」と同意を求めた。

思案顔をする信一が「黒社会にどっぷりしたらもう四仔や洛軍とつるめないなぁ」とポツンという。
「何で?いいじゃねぇか、どうにかして四仔をお抱え医者にしようぜ。お前専属のな」
「......もう、好き勝手言って」
「洛軍はお前の右腕だな。いいなそれ、そうしよ。俺の絵図がますます固くなる。俺らはやっぱり4人がいいよ」
呆れ顔をする信一の目の前で、ケラケラと満足気に笑う十二が目を鋭くさせ不敵に口元を弧にする。

(あ)
信一は思う。
自分への自信に満ち溢れ、進もうとする道への迷いもなく、ギラギラと鋭い眼差しを隠しもしない、全てを威圧する強い獣の瞳。
(俺の好きな顔)

「それにお前はよく知っていると思うけど”しつこい”ぞ、俺は」
欲しいモノはどんな手を使っても絶対に手に入れるタチなんだ。

……なんとも楽観的な未来だなぁ」
「悲観は気分、楽観は意志ってな」
「何それ」
「偉い人の言葉」
ニンマリと笑った十二は、もう一度一呼吸置いた。


「ずっと一緒にいよう、信一」

手のひらを上に向けて左手を信一に差し伸べる。信一の顔がさっきよりも赤く色づく。耳まで真っ赤ということは、それは熱のせいではないだろう。ゆっくりと、信一の左手が十二の左手に重なった。うやうやしく左手の甲にキスを落とした十二は、自分はベッドに乗り上げて勢いをつけて信一を引っ張った。そのまま抱きしめると耳に囁いた。


「それでも本当に、どうしようもなくなったらさ」


「一緒にどこまでも堕ちようぜ」

信一は静かに目を閉じた。

そして小さく、「そうだな」と頷いた。