kanaco
2025-05-18 17:20:58
23763文字
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【十二信】虎の子、風邪をひく/龍の子、熱をだす

《十二信》虎の子、風邪をひく
高い熱を出した十二くんと、看病する信一くん(P1~P4)
《十二信》龍の子、熱をだす
高い熱を出した信一くんと、プロポーズに挑む十二少くん(P5~P8)


十二はいつもと同じように、気軽な気分で九龍城砦へやってきた。

大老闆及び王九の件は油麻地の権利も含め、廟街へも混乱の後をひいた。その事後処理や今後の扱いについて虎兄貴も十二も目まぐるしい日々を送っている。だが以前よりは回数は減ったとはいえ、十二は相も変わらず九龍城砦に足を運ぶ。砦は十二にとっても大切な居場所であり、自他共に半住人であることを認めている場所だ。それに今は幼馴染であり恋人でもある信一が、亡き龍捲風の代わりに砦を切り盛りしていた。様子は把握しておきたい。

ところが九龍城砦に入ったとたん、違和感に気がついた。住人達はいつものように賑やかに暮らしている。人の声と生活音が溢れて鳴り止まない、生き生きとした喧騒の世界であることは通常のまま。けれども気になる“騒音”や“怒号”が聞こえてこない。今日は軽い揉めごとや小さな面倒ごとさえ起きていないようだった。

十二は店が立ち並ぶ雑然とした通りを目を凝らして注意深く伺った。横の階段から信一の部下が3人降りてきた。パトロール中だろうが信一の姿はない。挨拶もせずに十二は3人のうち一番古株の、昔から知る男に不躾に話しかけた。
「おい。信一、具合でも悪いのか?」
単刀直入に疑問をぶつけると、部下が一度目をパチクリさせてからニヤリと笑った。
「分かっているなら帰れよ、十二」
十二がムッとした顔をする。その鋭い眼光に後輩らしい残りの2人はたじろいだが、古株の男は気にした風もなく言葉を続けた。
「こういう時、お前は信一兄貴には会わない約束だろう?十二少」
十二は苛立ったように舌打ちして踵を返した。それはもちろん砦から出るためではない。信一の部屋へルート取りしてどうにか侵入をするためだ。

十二の考えが正しければ今、砦には連絡網がひかれている。内容はこうだ。
【信一が体調不良につき、揉めごと・面倒ごとは全面禁止】

これは子供の十二が砦に初めてやってきた時には、すでに存在していたルールだ。九龍城砦はその特性ゆえに法律を持たないが、コミュニティの結束力を上げるため独自の規律は意外と数多い。

なぜ信一の体調不良が住民の態度に影響するかといえば、九龍城砦のボス・龍捲風が養い子の看病につきっきりになり、砦のあらゆる厄介ごとになどかまけていられなくなるからだ。一度だけ、その期間に揉め事を起こした男がいた。その時の龍捲風の容赦ない怒りようは部下たちだけではなく目撃した住人たちすら震え上がらせた。

だからこの期間はみな普通に過ごすものの、普段よりも気を使って生活している。無論、龍捲風が恐怖政治をひいているわけではないので、一番の気持ちはこんな時くらい2人をそっとしてあげたいという彼らの“思いやり”だった。この優しさは信一がボス代理となった今でも効力を持っているだろう、と十二は思った。

この間、休みを取る主幹の住居にはみな近づかない。

しかしそんな優しいルールに、唯一イレギュラーを発揮する者がいた。

それが十二少だった。


ヤク漬けという地獄を味わった子供時代、その沼から十二を掬い上げたのは龍捲風だった。そしてヤク漬けという地獄から少しずつ抜け出していく中でも、暴れて人を寄せつけない”手負いの獣のような子供”だった十二を”人並み”に戻したのは信一だ。龍捲風と信一に手を差し伸べられて”自我”を取り戻した十二の毎日は、やがて自分がついていこうと決意する兄貴に出会う前まで、この龍親子と共にあった。中でも十二は信一にひっついて回っていた。何をするにも、どこに行くにも一緒だったといっても過言ではない。信一の部屋は自分の部屋だし、十二の部屋は信一の部屋だった。

しかし、十二が信一の部屋に立ち入り禁止になる期間があった。信一が体調不良を起こした時だ。

それは「病気が移ったら嫌」という至極真っ当な信一からの意見だった。しかし、十二からすれば自分が体調不良を起こした時は信一が面倒を見る。信一の方が年上だといっても少ししか違わない。だからそんな理由で部屋に入れないなんて不当だ、というのが十二の主張だった。そしてその信念のもと、十二はあの手この手で信一の寝室へ侵入を試みてきたが、信一を看護する龍兄貴の幾多もの妨害にあい今の今まで成しえたことはない。

しかし今や龍兄貴はいなくなってしまった。
ならば今度こそ恋人である自分が看病するのが筋ってものだ。立ち入り禁止は解禁だ。

そう意気込んで十二は足早に信一の寝室へと向かった。
「あ?」
そう思った矢先、信一の部屋に見覚えのある2人の男が立ち並んでいるのが見えた。

「あ、本当にきた」
やってきた十二に気がついて目を丸くさせた洛軍が、なぜか嬉しそうに言う。
「ご苦労だな、十二。でも信一は今日はお前に会いたくないそうだ。帰れ」
つっけんどんな態度をとる四仔が、面倒くさそうな目をして言う。

「ちょっと待てよ。今じゃお前らが俺の邪魔をするってわけ?」
どう考えても行く手を邪魔するようにドアの前にいる友人たちへ苛立ちを隠さずにそう聞く。
すでにいきり立っている十二の様子を見て四仔がかったるそうに肩を竦めた。
「信一がそう言うんだから仕方ないだろう。熱を移したくない、だと」
「病状は」
「疲労」
なるほど、さすがに体に無理がでたかと十二は舌打ちした。だけど、と食い下がる。
「疲労なら移るとか関係ねぇじゃんか」
「その通りだ」
「アホじゃん」
「アホだな」
「でも信一は会いたくないって言うんだ。だからごめんな十二」
洛軍が心底申し訳なさそうな顔をしながら、十二を宥めるように柔和な声を出した。しかしやはり信一の味方らしい。
「何で!」
「知るか。だが信一の理屈不明なワガママは今に始まったことじゃないだろう?いったん廟街に戻って落ち着いたころに見舞いに来い。今までもそうしてきたんだろ?お菓子でもシールでも持ってくればいい」
「信一から聞いたぞ。どうしても部屋に入れてもらえないから、ドアの前に自分が好きなものをお見舞いとしてたくさん置いていくんだってな。十二は優しいな」
「煽ってんの!?」
「洛軍だぞ。そんなわけないだろう。ちなみに俺は煽りだ」
「お前ムカつく!」
四仔を人差し指で一度差し、苦り切った顔で怒った十二は、その指を少しずらして2人を指し直した。

「とにかく!俺は無理やりにでも突破して部屋に入るからな。」

売り言葉に買い言葉でムカムカしてきた十二は、その怒りを素直に発散した。部屋に入り込む手段は1つではない。これまで散々に”あの”龍兄貴を出し抜こうと策を練って挑んできたのだ。しかしひとまずこの2人には大人しくしてもらわないと長丁場になる可能性がある。

「ほぅ?俺ら2人を相手にして?」
ギラギラとした目をして構える十二に、四仔が呆れたような口調で小首を傾げた。
「病人の近くで暴れるようなヤツは、一発で沈めるが」
四仔の目がゆっくりと剣吞さを増して体も自然と臨戦態勢に入る。隣の洛軍が困ったような表情を浮かべた。しかしひとまずは十二の行動にいち早く反応しようと態勢を整える。十二、そして四仔と洛軍の睨み合う視線が一触即発。静けさで張り詰める。十二が2人を出し抜くための一歩踏み出そうと、体を揺らつかせる。


その時。
急に十二がピタリと動きを止めた。血気盛んだった表情を一瞬で無くすと構えていた腕を降ろし、至極真面目な顔をして信一の部屋を伺うように凝視した。様子が違う十二に四仔と洛軍も動きを止めて腕を降ろし、つられたようにドアをみる。3人が黙まると同時に空間がさらに静寂に包まれた。耳を澄ます。そこに本当に小さな、しかしひっきりなしに息を吐くような音が微かに届いては消えていく。

四仔と洛軍に見守られる中で、十二が自分の財布から合鍵を取り出してドアに差し込む。ガチャリと鍵が音出して、ドアが遠慮がちに開いた。キィ...という音が小さく響いて、すぐに十二が部屋の中へと駆け出した。続くように四仔と洛軍がドアの手前から中の様子を覗き込む。ベッドの上には人が1人丸まってるかのような、掛け布団を全身に被った“こんもり”とした山があった。

十二がお構いなくその布団の中にもぞもぞと入りこんだ。山が2つ分に大きくなって中でうごめき、やがて双子山の頂点が高くなった。被っていた布団が後方にズレ落ち、十二に抱えられるようにベッドへ座り込んだ信一が顔を出す。ポロポロと大粒の涙を流した信一がまるで子供のような顔をして縮こまっていた。我慢しても止まらない嗚咽が肩を揺らして信一をずっと幼くみせる。

四仔と洛軍は顔を見合わせた。それから同時に息をついて部屋の中に入っていった。