kanaco
2025-05-18 17:20:58
23763文字
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【十二信】虎の子、風邪をひく/龍の子、熱をだす

《十二信》虎の子、風邪をひく
高い熱を出した十二くんと、看病する信一くん(P1~P4)
《十二信》龍の子、熱をだす
高い熱を出した信一くんと、プロポーズに挑む十二少くん(P5~P8)


「うるせぇなぁ………
ベッドに横になり目を閉じたまま、ポツリと信一は呟いた。部屋の外で十二の声が聞こえる。それに応じる四仔と洛軍の声も。熱でぼぅとする頭にも、彼らの声はしっかり耳に響いてきた。

本当であればあのようなジャレた言い合いの場に、自分も元気に紛れ込んでいただろうに。

(情けな……
(何してるんだろ、俺)
(病気でもないのに熱とか)

倒れてからというもの、気持ちが落ち込むような言葉ばかりが頭に浮かんできて滅入ってしまう。仕事は山積みで、気掛かりもたくさんだ。それでも最大限うまく立ち回ってきたつもりだったし、洛軍や四仔、部下たちが「休め」「食べろ」「寝ろ」と小言を言ってきた時は、自分では見えてこない限界値なのだろうと考えて、最小限とはいえ休息をとってきたつもりだった。

だが蓄積されていく疲労というのは頑固であり十分な休息ではなかったのだろう。過度のストレス、自律神経の乱れ、免疫機能の低下四仔がツラツラと上げた原因は既に心当たりがあったものばかりで言い返しようがなかった。分かっていて対策はとらなかった。完全に自分の落ち度である。

(最悪)

体が火照り、頭がうまく動かなくて思考がままならない。また十二の声が聞こえてくる。
(ありゃ怒ってんな)
元気そうで、なんだかホッとする。

(なつかしい
昔を思い出すのは、感傷的気持ちになっているからだろうか、と信一は思った。

子供の頃、信一が病気になるといつもは仕事で忙しい龍兄貴がずっと付き添ってくれた。だから信一は龍兄貴に迷惑をかけることが本当に嫌だった一方で、いつも一緒にいられるわけではない龍兄貴を独占できるという“特別”さがどうしたって嬉しかった。住民たちもその数日ばかりは気を使って龍兄貴と信一をそっとしておいてくれた。

そうして砦がいつもよりは少しだけ静かになる中で、1人だけ暴れ回っていたのは十二だ。子供の十二は「自分も信一の看病をする!」と言い張って寝室に転がり込もうとする。病気の時、信一は十二が自分に近づくことをとにかく嫌がった。それを汲む龍兄貴があの手この手で入ってこようとする十二を取っつ構えては遠くに放す。叱らないのは十二の心情の方も汲んでいたからだろうか。それもあってかメゲない十二と黙々と対処する龍兄貴の攻防は頻繁に勃発し、信一が寝ている部屋周りでドタバタと繰り広げられた。

(病人の近くでやることじゃないんだよな、あれ)
兄貴もあれで好戦的な性格だったから、途中からやり合いが楽しくなっちゃうんだよな。

それに、その騒音や遠く聞こえる2人の声が信一は嫌いではなかった。体調が悪いと心細くなって気持ちが弱る。悪いことばかり考えてしまう。だが今日はずっと傍にいてくれるという龍兄貴の声が、そして今日も元気に過ごしている十二の声が、憂鬱な気分から信一を引っ張り上げた。そうしてそのまま信一は病魔にも引っ張られてウトウトと眠りにつく。あの頃、2人の”騒ぎ”は信一の子守唄といっても大袈裟ではなかった。そして信一が寝落ちる寸前には部屋に戻った兄貴の手が、信一の頬や閉じた目、額を優しく触るのを感じ安心して意識を手放すのだ。

「ふうっ」
目を薄っすらと開けた瞬間、目からボロッと涙がこぼれて信一は自分で驚愕した。
「あ、れ」
涙は一筋では止まらずボロボロと溢れ出し、頬と耳を伝ってシーツを濡らす。龍捲風が亡くなってからというもの信一は一度も涙を流さなかった。砦に戻った後養父の死と向き合う場面は何回もあった。悲しかった。悔しかった。それでも泣くことができない自分は、あまりにも悲しい出来事が多すぎて〈哀〉の感情がおかしくなってしまったのだろうと思っていた。

それなのに、今、あの頃の龍兄貴の手を思い出し、孤独感と喪失感が大波となって一気に襲う。劇的な場面に構えて対面するよりも、ふとした日常に感じる喪失の方が信一の心の傷には大きく響く。

信一は慌てて両手で涙を拭ったが、涙腺は壊れてしまったかのようで間に合わない。胸が詰まるような感覚と、喉を締めつけるような嗚咽さえ出てきて、信一は狼狽えて布団の中へと逃げ込んだ。息が不規則に途切れ途切れになって苦しい。泣きじゃくる自分の”さま”がまるで子供に思えて、これでも砦のボス代理であるのにと余計に追い詰められていく。

気がつけば外の音が静かになった。いまや全身を布団ですっぽりと覆い隠し中で身を丸めていた信一は、どうにか息を潜めようとして失敗した。

遠慮がちにドアが開く音がする。誰かが近づく。

布団が少しだけ開いて、隙間から少しの明かりと十二が顔をのぞかせた。驚いた信一に構わず、十二はそのまま布団の中に潜り込んできた。布団の中の暗がりと狭さの中、全く気にせずに寄ってくる十二は信一の顔に自分の顔を遠慮なく近づけると、至近距離、一度じっくり見つめ合って、それから信一の涙を拭うように頬や目尻に口付けた。

驚きすぎて一時だけ止まった涙が、思い出したようにまた止めどなく溢れ出す。十二はチュウと吸ったり、ペロリと舐めたりしながら信一を慰めて体を起こしてやった。布団から顔がでたために、外気に触れて少しヒンヤリする。

十二は正面から、まるで動物が相手を慈しむように、相変わらず信一の顔にキスの雨を降らした。なすがままになっていると右隣に誰かが座る。洛軍の頭がコツンと信一の頭に優しく触れて、大きな手のひらが一部を失った信一の手を大事そうに包んだ。左に座った四仔の大きな手のひらが、安心させるように背をさすって信一を苦しめる嗚咽を宥めようとする。

信一は涙が枯れ果ててしまうのではないかと思うほど泣き続けた。

龍兄貴はもうない。体と心が弱った時に慰めてくれた、体温の低い温かいあの手は。それは耐えがたい苦しみと表現しようのない悲しみだった。

しかし今だって独りというわけではない。触れ合う手は今や増えた。彼らは信一に孤独を感じさせるような隙を与えないのだ。

そうして4人。
しばらく団子のようにひっついて、優しさを持ち寄るように、静かな時間を過ごした。