kanaco
2025-05-18 17:20:58
23763文字
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【十二信】虎の子、風邪をひく/龍の子、熱をだす

《十二信》虎の子、風邪をひく
高い熱を出した十二くんと、看病する信一くん(P1~P4)
《十二信》龍の子、熱をだす
高い熱を出した信一くんと、プロポーズに挑む十二少くん(P5~P8)

虎の子、風邪をひく

九龍城砦、人々が活発に賑わう12:00頃。

「あん?」

事務仕事をひと段落させ、休憩がてら廊下に出てきた信一は思わず不穏な声をこぼした。

目に入ったのは洛軍と十二だ。2人は通路の端に寄って立ったまま、和やかな雰囲気で談笑をしている。
しかし信一には見逃せない点が一つ。

ツカツカと早歩きで近寄っていくと、洛軍が穏やかな顔をして片手をあげ「信一」と親し気に名を呼んだ。信一はそれにニッコリと笑って応えると、すぐに隣の男に目を移す。

「よぉ」
年下の幼馴染であり恋人である男が、お得意の愛嬌ある表情を浮かべてニッと笑った。

その仕草は確かにいつも通りの十二である。しかし信一からすると微妙な違いが幾つかみられるのだ。気をつけて見なければ分からないほどの差異かもしれない。どこか”ぼんやり”とした目と、やや白い顔色、そして額に薄っすらと滲んだ汗。

「お前………
「なに?」
自分に挨拶を返さない信一に十二が呆けた顔を返す。いつもと様子が違う信一に洛軍の視線も2人へ注意深く注がれる。

信一はおもむろに十二の右手首を掴んだ。その瞬間、予想していた温度が信一の指先にしっかりと伝わってくる。顔を顰めたまま今度は手のひらを額へと持って行く。

やっぱり……熱い。
「お前、熱があるじゃねーか」

「へ?」
十二は今度こそ間抜けな声を出した。
「熱?」
「めちゃくちゃ熱いぞ」
そう咎められて軽く首を傾げる。

「いや、そんなにしんどくねぇぞ?ただの疲れじゃね。ひと仕事してたからじゃん?かなりハードでさ、暴れまくったから体温が上がってるだけだろ」

そう話す友人の言葉を聞き流すようにして洛軍も十二の首にそっと手を当てた。そうして困ったように眉を八の字にする。

「これは……確かに熱いな」
「まじ?」
「おバカ」

信一は呆れ果てたような声を出し、冷ややかな表情をつくった。
「この状態で暴れまくっただって?それは普段と違って体が言うこと利かないから、ギア上げて力技で押し込んだだけだろ」

本当に自覚がなかったのだろう十二が、潤んだ瞳をパチパチとさせる。その水分量がそもそもおかしいのだ、と信一は思う。そうしてこの後の展開も信一には予想するのが容易だった。具合が悪いことをついに自覚した十二が、自分の体調不良を理解して一気に”ダウン”するということが。

朝から体はダルかったのだろうが、さすがにその時点では大したことはなかったのかもしれない。いつから熱が発症したかは不明だが、今突然に出たわけではないだろう。これまで無意識のうちに耐えていた体の重さが、急に全身に圧し掛かって一気に襲いかかっているに違いない。ほら見ろ、ようやく具合の悪さを脳が認めたから、寒気が出てきて、全身から力が抜けはじめて、視界が揺れて、意識の奥が霞んできて……

十二の体がユラリと揺れる。
(ですよね!)
想定通り、と信一は十二の体が膝から崩れ落ちる前に抱きかかえ込んだ。しかし、
「だー!重い!!」
想定外、とその重さに信一が悲鳴を上げる。

手前から倒れてきた筋肉質の成人男性を抱えた信一が、そのままドミノ倒しのように後ろにひっくり返りそうになるのを違う腕が支えた。
「四仔のところに運ぶのだろう?俺がおぶるよ。信一、手伝ってくれ」
信一と十二の両方を支えるようにして、体をびくともさせない洛軍が言う。
「おお!さすが洛軍。気が優しくて力持ち……
感嘆した信一は洛軍の背中に十二を渡すと、目をグルグルと回す十二を一瞥して軽く溜息をついた。




四仔は一言、風邪だな、と言った。
熱を測れば39.5。
とんでもない高熱である。

「この熱で歩き回るとは一体どういう了見だ」
「気づかずこの状態で外回りの仕事で暴れたんだってさ。余計に熱が上がったんじゃないか」
「バカなのか?バカは風邪をひかないという通説を安易に覆すんじゃない」
信一の予想に、四仔が反論の余地もない文句を連ねる。

「信一、よく気がついたな。俺は一緒に喋っていたが反応が少し鈍いかなくらいでこんなに具合が悪かっただなんて気がつかなかったよ。しかも遠目から見ただけで気がついたんだろう?」
洛軍が感心したように言う。その瞳に申し訳なさそうな色を宿しているのを認めて、信一は洛軍の慰めるように肩をポンポンと叩いた。
「いや、これは気づかないさ。俺は慣れてるだけなのよ」
信一は続ける。
「こいつさぁ、自分の体調の変化に気づかないんだよなぁ、昔っから。だから言動が普通でさ、指摘してやるとやっと脳がそれを自覚して休息を求めるから、それで急にバッタンて倒れるってわけ」
肩を竦める信一は思い出に浸るかのように顔を上に向けた。

「十二がまだ九龍城砦に住んでたガキの頃にさぁ、普通に過ごしてるから帳簿の手伝いを頼んで、束の中から指定の領収書を探してくれって言いつけして俺だけ部屋を出たんだよ。そんなの10分もかからずに探せるはずなのに1時間も帰ってこないから様子を見に行ったら、部屋の隅っこで領収書を延々と捲りながら“何度探しても見つからない”ってシクシク泣いててさ。でも覗いたら手に持ってる束に普通にあるわけよ。様子が変すぎるだろと思って調べたら、熱が39度あったんだよな。しかも本人にその自覚がないって言う」

「かわいそうに、辛かったな」と洛軍。
「アホなのか、さすがに気づけ」と四仔。

その件があってから、信一と龍捲風は十二の体調不良について本人よりも目ざとくなった。今じゃすでに九龍城砦を旅立ったし、お互いに大人にもなりそれを続ける必要はない。それでも誰もが見逃すような小さな体のサインに注意を凝らしてしまうクセが、信一は今だに抜けなかった。

「まぁ、健康優良児だから滅多に具合なんて悪くならないけどな。ウイルスで熱だしたのなんて5年よりもっと前なんじゃないか。廟街でどうだか知らないけど虎兄貴はすごく気がつく人だからさ」
……とにかく薬を飲んでひたすら寝ろ。なんにせよ“おとなしく”だ」
四仔が信一をチラリと見るので、分かってるよという風に頷く。

「こっちが1回目の薬で、次に目が覚めた時はこっちの薬を飲ませろ」
「内容ちがうの?」
「スペシャルブレンドだ」
「こぇ~」

震える仕草でおどけながら四仔から薬を受け取る。辛辣な言葉を並べながらもちゃんと心配しているのが目から分かるのが、四仔の可愛いところだ。

「廟街に送るのか?」
「いや、この状態で歩かせるのも運ぶのも骨が折れるから、いったん預かるかな」
「信一の部屋に?」
それならば運ぶぞ、といつだって親切で優しい男・洛軍が声をかける。

「サンキュー、洛軍。運んでほしいけど、俺の部屋じゃなくていいや。十二の部屋に運ぼう」

洛軍と四仔が「ん?」と顔を見合わせた。