ベッドに飛び乗り、膝を抱えて丸くなる。心臓が今頃うるさく鳴りだした。
「
……寝ぼけて舌入れる奴があるか、ばかもの」
生々しい感触がまだ残っている。一秒にも満たない記憶を、脳が勝手に繰り返し再生する。まだそこにビーマがいるようだ。堪らずベッドの上でジタバタしてしまう。
「うううぅううぅうう
……! スケベビーマめぇ
……、どんな夢を見たか知らんが、わし様にあんな事して
――ベックショイ!!
……………………寒っ」
寝室の空気はひどく冷えていた。頭も急速に冷える程に。カーテンを閉めようと窓辺に寄ると、その理由が分かった。いつの間にか外は雪が降っている。夜空は暗く重く、月も星も隠れ、ただ沈黙していた。
「
……冷えるな」
不意に欲の花が芽吹いた。
こんなに寒い夜は、一人でいると凍えてしまう。全ては雪のせいだ。そういうことにしてしまえば、きっと怪しまれない。
「
………………………………よし」
手早くバスローブからパジャマへ着替え、寝室のドアにぴたりと耳をつける。流石にバスルームの中の音までは聞こえないが、あいつは烏の行水だからすぐに出てくるだろう。予想通り、間もなくしてバスルームの方からガタガタと音がした。足音は真っ直ぐゲストルーム
……へは行かず、リビングの方へと向かった。電気でも消しに行ったか。ソファで寝る程度には疲れているようだし、すぐこちらへ来るだろう。なら部屋の前で待ち構えて捕まえてやる。
そっとドアを開き、廊下の様子を確かめる。ビーマはまだリビングの方にいるようだ。足音を立てないようそろそろと歩き、隣のゲストルームの前に陣取る。ビーマへかける言葉を脳内で反芻しながら、リビングへ通じるドアが開いていくのを見守った。
「どけ。俺は眠い。つーか先に寝たんじゃねえのかよ」
ゲストルーム前に立つわし様を見て、ビーマは開口一番そう言い放った。そんな言い方ないだろと思いながら、ここで引いたり喧嘩腰で言い返せば思惑通りにいかないと堪える。
「
…………俺と、一緒、に
……ッ、寝ろ」
思った以上に声は小さくなってしまったが、わし様は言った! 言い切った!
だというのにクソ馬鹿ビーマはちゃんと聞いていなかったらしい。耳の穴をかっぽじって聞けよこの野郎。
「
……俺の、部屋で一緒に寝ろと
……言ったんだ」
「だから聞こえねえって。いつもの無駄にでかい態度はどうした」
こいつ、いちいち余計な一言までつけねば気が済まんのか!?
無駄にでかいとは何だ、わし様はわし様に相応しい立ち居振る舞いをしているだけだが!?
くそっ、誰だこの脳筋と一緒に寝てやってもいいかなどと考えた奴は。わし様だ。
もうさっさと寝室に戻ってしまおうか。
別に一人で寝られない程わし様か弱くないし?
ただ今夜はちょっと寒そうだから、暖の取れるものがあったらいいなと思っただけだし?
おあつらえ向きに体温高めの筋肉の塊がいるから丁度いいかと本当にそれだけだし?
…………。
でもまあ、ちょっとだけ惜しくなってきた。だから今日のところは、わし様が寛大な心で接してやるとする。
「
……こっ、今夜は冷える、から、わし様の湯たんぽになれ、と、言ったんだ!」
今度こそ聞こえなかったなどと言わせんぞ。さあビーマよ「喜んで、ドゥリーヨダナ様」と言え!
「
………………」
ビーマは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。目の前で手を振っても微動だにしない。いや何とか言えよ。うんとかすんとかでもいいから、とりあえず沈黙はやめろ。何故か居た堪れなくなる。
「おい! 何故黙る! なんとか言え!!」
「うるせえ! こちとら今脳内審議中だ!」
あまりにも無反応なのでつい大きな声を出したが、ビーマはそれ以上に鬼気迫る勢いで怒鳴り返してきた。何こいつ怖い。意味が分からない。思わず「わかった」と返したが、何も分からない。脳内審議中って何事だ。
わし様と寝るのかどうかに対する返事は結局されてない。即答出来ないということは、つまり答えは「否」だろう。まあ、そうだろうな。いくら互いに抑制剤を飲んでいるとはいえ、発情期中のオメガと添い寝するなんて、番を作りたくないビーマにとっては悪手でしかない。
(
……部屋に戻るか)
さっきのは無し、と言いかけたところで、ビーマが先に口を開いた。
「しょうがねえな
……寝ぼけてベッドから蹴り落とすなよ」
マジか。え、寝るの? 二人で? わし様とお前が?
「
……こっちのセリフだわ」
口ではそう言うものの、内心はそわそわして落ち着かない。心の内を見透かされない内に寝室に戻った。
ドアを閉めると、一目散にベッドに潜り込んだ。シーツは冷たかったが、全く気にならなかった。先程のビーマの発言が本気なのかどうかがより重要だ。祈るような心地で寝室のドアを見つめる。
やがてドアノブが動き、ドアが外から開けられていく。ドアの向こうからビーマが入って来た。
(来た!)
だがビーマは何故か入り口付近で止まっている。じっとこちらを見てはいるが、その表情は読めない。
「何をぼけーっと突っ立っておる。さっさと来い」
「お、おう」
促せば素直に応じたが、足取りはどこかぎこちない。やっぱりオメガと一緒の布団で寝るのは嫌ということか。まあ
……自分で言ったことに違えるということはしない男だから、朝まではここで過ごしはするだろう。
ビーマはベッドに入るとすぐに口輪を着けた。まさかいつもそうしているのかと少し驚いたが、どうやら今日は特別らしい。寝ている時に項を噛まれるのは確かに嫌だが、リビングでの件といい、こいつそんなに寝相の癖が酷いのか。
従兄弟の意外な一面に若干引きつつ、電気を消して寝る準備を整える。爪先がビーマの足に触れ、一つの布団に二人で入っている事実をまざまざと実感し、顔が熱くなった。電気を消した後でよかった。今の顔を見られたら、とてもじゃないが叫ばずにいられない。
が、人が恥を忍んでドギマギしている最中というのに、ビーマは何故かベッドの端の方へと体をずらした。まるでわし様から距離を取るように。この男
……ここまで来ておいて、わし様の心を弄ぶつもりか!
「こら、湯たんぽが離れるな。あと布団に隙間を作るな。冷えた空気が入る」
絶対に逃がさんという強い意志でビーマのスウェットを掴む。抱きつくと鼓動が直に伝わってしまいそうなので、手前側の裾を引っ張るだけに留めた。
言い訳が功を奏したのか、ビーマはベッドの中心寄りに落ち着いた。ビーマの体温が手の内にあることに、ひどく安心する。
湯上がりの匂いの奥に潜む、微かなフェロモンの匂いに幸福感が湧いてくる。とてつもなく遺憾だが、やはりこの男は無二の存在なのだ。けしてわし様のものにはならないくせに、わし様を縛って離そうとしない。
ああ
……虚しいな。
目が覚めた時、この夢が既に終わっていたら嫌だな。
冷たくなったシーツに奥歯を噛みしめる前に、先にベッドから抜け出してしまおう。
ビーマの胸元で目を閉じ、一晩の夢に浸った。
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