一、他のオメガと接触していないこと。
連絡は同僚達との飲み会の終わりに来た。
店を出て、さあ二次会だと急場の幹事役が店を探し始めた時にスマホがメッセージを受信した。
時刻は二十一時過ぎ。ロック画面に表示された通知には、普段滅多にやり取りしない相手の名前が出ていた。そのふたつの事から、何の用件かは確認せずとも分かる。無意識に溢した溜め息を、すぐそばにいた同期に拾われてしまった。
「彼女から?」
ニヤつく男の額にでこピンしたい欲求を抑え、スマホのロックを解除する。用件はわかっていても、返信はしておくべきだろう。
「異父兄だ」
ついでに事実を端的に教えてやれば、同期には耳慣れない単語だったらしく、不思議そうに「いふけい?」と呟いた。何だそれと追求する声を無視してメッセージ画面を出すと、予想通りの内容だった。ある男の下へ行けと言葉少なに書いてある。それに対し承諾の言葉だけ送り返し、スマホをダウンジャケットのポケットにしまう。
いつの間にか次の店が決まっていたらしく、同僚たちは繁華街へ向かって進み出していた。幹事役に駆け寄り帰る旨を伝えると、引き留める声が周りから上がった。また今度なと適当に言い訳をして皆とは反対方向へ踵を返す。いざ去ろうとした時に後輩が一人腕を掴んできてギョッとしたが、幹事が執り成してくれたおかげで穏便に解放された。むくれる後輩に対して、飲みに付き合えないことよりも、真っ先に「こいつは確かベータだったよな?」と考えてしまったことに申し訳なく感じる。だが頭の中は既に半分以上がこれから会いに行く奴のことで埋まっており、挨拶もそこそこに駅へと続く道を駆け出した。
雪が降り始めていた。
二、抑制剤を摂取していること。
繁華街最寄りの駅前でタクシーを拾い、二十分程で目的のマンション前に到着した。車中で飲んだ錠剤の効果が丁度出始める頃合だった。こういう時のためにキーケースに常時着けている合鍵を使い、オートロックを解除し最上階へと向かう。
部屋の前に立つと、ほのかに花の香りがした。一応インターフォンを鳴らすが応答が無い。どうやらいつもより状態は酷いようだ。
念のためと思い抑制剤をもう一錠追加で口に放り込んだ。唾液で溶けるタイプは咄嗟に飲めて便利だが、酷く苦い味がしばらく舌の上に残るのが煩わしい。花の匂いが少し鈍くなったのを確認して部屋に入った。
玄関の真上につけられた人感センサー付きのライトが光る。その明るすぎない暖色の灯りの下、脱ぎ捨てられひっくり返った革靴が、広い三和土の端で侘しげに転がっていた。余程切羽詰まっていたのか、玄関マットが半分程ずり落ちてしまっている。
廊下は随分と冷えていた。センサーライトが切れ暗くなった中、手探りで電灯のスイッチをつけ先へ進む。家主の元へ行く前に、最後の準備をしなければならない。
洗面所に入り、備え付けの棚の扉を上から順に開けていく。確か前回来た時にはここのどこかに置いたはずだ。こればかりは通勤鞄に入れて持ち運ぶ訳にはいかないため、いつもこの家に置いて帰る。事情を知る者のいない職場で誰かに見られでもしたら、その日の内にあらぬ噂が立ってしまうだろう。
「あった」
洗剤のストックと一緒に乱雑に置かれていたソレを取り出し、素早く装着する。
三、口輪を装着すること。
洗面台の鏡には、黒革の口輪をつけた自分が映り込んだ。
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