瀬野
2025-02-22 10:18:21
19139文字
Public ビマヨダ
 

A Cold Night's Dream.

オメガバースパロのビマ(α)×ヨダ(Ω)
全力ですれ違い中の両片思い拗らせカップル

https://privatter.me/page/671e3643ec014 のヨダ視点です。
嫌~~~~なモブいます(2ページ)。





「これはこれは! ご無沙汰しております。お会い出来て光栄ですよ、ドゥリーヨダナ社長!」
「ふん……よく言うわ」
 ドタキャンしてしまおうかと何度か思いつつ、その度に今朝の藤丸の顔が浮かんで来たため渋々会食の場へとやって来た。指定されたのは一等地に建つ高層ビルに構えた会員制のレストランで、ご丁寧に他の客とは顔を合わせないような配慮がされている。個室へ通されるまでの間、すれ違うのはよくよく教育の行き届いた店員のみだった。相手がよく知る取引先であれば、情報漏洩の恐れの少ない場所だとして内緒話に花を咲かせるところだが、いかんせん今夜はそういう気分にはなれない。顔を見せるという義理は果たしたのだ、早いとこ理由をつけて帰ってしまいたい。
 そんなこちらの心理など気にした風もなく、目の前に座る男は食前酒を傾けながら、やに下がった顔でわし様との会食をどれだけ心待ちにしていたかを語っている。わし様を賛美するのは至極当然のことではあるが、さっさと本題に入れと思わずにはいられない。
「ところで……そちらは?」
 立て板に水の如く喋っていた男が訝しげに、わし様の傍に控えるカルナを見る。不躾な視線に少々苛立ったが、余裕のある態度は崩さずありのままを答える。
「側近のカルナだ。わし様はこの通り財だけでなく、容姿にも才能にも恵まれているものでな。いかんせん不埒な考えを抱く輩が絶えんのだ。だからこうして常に控えさせておる。そうでもせんと、心配性な身内が夜も眠れんと泣くもんでなぁ。だからカルナを退室させろと言うなら、わし様もこの場を辞すぞ」
……なるほど。貴方はヤマユリの様に香り高い魅力をお持ちだ。その匂いにつられて、分不相応に摘もうと高嶺へと手を伸ばす者も現れるのでしょう。困ったものですね」
 お前が言うか。
 うっかり出そうになった言葉を喉で抑える。ちらりとカルナを覗うと、胡乱げな目で男を見ていた。さすがわし様とカルナ、一心同体だ。
「それよりも、だ。今日はどうしてもとそちらが言うので来たのだが……さぞ益のある話を持ってきたのであろうな?」
 男に任せていては話が進みそうにないので、仕方なくこちらから水を向けた。実際に融資などするかどうかは別問題だが、予定を一部キャンセルしてまで来た以上は何かしらの情報を得ずして帰る訳にはいかない。
「ええ、勿論。私としては純粋に貴方との食事を楽しみたいところですが……まずはビジネスの話をしましょう」
 つまらない内容だったら即刻帰ると伝えると、男は余裕綽々といった笑みを浮かべた。

――と、私としてはそのような構想を持っておりまして。どうかドゥリーヨダナ社長にお力添えを頂きたい所存です」
……まあ、検討くらいはしてやらんでもない」
「本当ですか!」
「検討だけだ。それ以上は期待するな」
「いえいえ、それだけでも十分ありがたい話ですよ! うちはもう完全に社長には見切りをつけられたものと思っていましたので」
 蓋を開けてみれば存外にまともな話を持ってこられ、いささか対応に困る。通常であれば前向きな返答をしていたところだ。だがカルナが警戒を解いていないということは、これ以上の長居はしない方がいいだろう。
「話は以上だな? ではわし様は多忙故、これで失礼する」
「もうお帰りなのですか? あまり食も進んでいないようですし……もしかしてこの店はお口に合わなかったでしょうか」
「言っただろう、わし様は多忙なのだ。食事の時間も惜しい程にな。カルナ、行くぞ」
「ああ」
「あっ、どうかお待ちを、ドゥリーヨダナさん!」
 立ち上がろうと椅子を引いたところで、男が慌てた素振りで引き留めようとしてきた。ここに至りようやく表情を崩した男に、ほんの少ししてやったりという思いが湧く。
「検討結果は追ってこちらから連絡する。くれぐれも、今後はわし様の秘書を困らせることの無いように」
……分かりました。今日の所はこれで。ですが今夜はもう一つ、どうしても貴方にお聞かせしたい話があるのです。せめてあと五分だけでも、私に貴方の時間を割いてはくださいませんか?」
「くどいぞ」
「申し訳ありません……ですが、けして悪い話ではありませんので」
 諦める気のない男の様子に、面倒くさいという気持ちが強くなる。これは聞くまで追いすがってくるだろうし、そちらの方がより面倒そうだ。カルナの手にかかればぶん投げることなど容易いが、暴漢相手ならともかく、名目上は取引先相手にそんなことをする訳にもいかん。
 大仰に溜息をついて見せながら、仕方なく男の誘いに乗った。
……ドゥリーヨダナ」
「大丈夫だ、カルナ。その代わり、本当に五分だけだぞ。多忙なのは方便ではないからな」
「いえいえ十分ですとも! ではお手数ですがこちらへ」
 喜色満面の男はそそくさと立ち上がり、入ってきた扉とは反対の位置にある、もう一つの扉の方へと促して来た。入ってきた時から妙だと感じていた扉だった。
 椅子から立つついでに、さっとカルナへ目配せをする。カルナは無言で頷き、男に気取られない程度に警戒を強めた。
「この店、実は私がオーナーの一人になっていましてね。そのため少々の我儘は通せるようになっているんです。この部屋はその一つでして」
 もったいぶるような口調で説明しながら、男はジャケットの内ポケットから、大仰な装飾のついた白銀の鍵を取り出した。そして慣れた手付きで鍵穴に差し込み、次にカチリと錠が開く音が耳をついた。
「さあどうぞ」
 男が扉を開いた瞬間、ざわりと鳥肌の立つ感覚がした。
 扉の向こうはホテルのスイートを思わせるようなベッドルームだった。ただしホテルと決定的に異なるのは、窓がなく、外からは完全に隠された造りになっていることと、オメガの首輪をつけた男女が嫣然と微笑んで待ち構えていたことだ。
…………どういうつもりだ?」
 腹の底からせり上がる怒声を抑え、努めて冷静に問いかけた。男は一つも表情を変えず、ビジネストークと同じトーンで喋った。
「貴方も存在くらいは知っているでしょう? アルファの中でも更に上流の者だけが会員となれるクラブのことを。彼らはそこから派遣して貰ったオメガ達です」
 グラマラス体型な女に、足がすらりと長い女――そして、背が低く線の細い、ステレオタイプなオメガ男。全員発情期か、それに近い状態なのだろう。目が明らかに正常ではない。
「ドゥリーヨダナさんなら会員になる資格は十分です。ああ……既に番がいたとしてもお気になさらず。あくまで情報交換の場として利用しているメンバーもおりますので。かくいう私がそうなのですが。ドゥリーヨダナさん、貴方さえ良ければ――
「話にならん」
 もはやこの場の全てを目にも耳にも入れたくなかった。発情期の熱に浮かされたオメガ達からも動揺する気配が立つ中、一切を無視して踵を返す。カルナがわし様の背を守る様に立ったために、呼び止める声はすぐに萎んで消えた。
 足早に廊下へ出ると、丁度メインの皿を持って来たウェイターと鉢合わせた。ウェイターの襟をやや乱暴に掴んで出口への経路を聞き出し、一目散に向かう。
「ドゥリーヨダナ、正気か?」
 すぐ傍にいる筈のカルナの声が、どこか遠くから聞こえるように感じた。
……今のところはな」
 半分事実で、半分虚勢だ。
 甚だ遺憾だが、先程のオメガ達が放っていたフェロモンの影響は確実に出ている。心臓の音は五月蝿いし、足は意識していないとすぐ縺れそうになり煩わしい。一歩進むごとに呼吸は浅くなっていき、肌の感覚が常よりも鋭敏になっているのが否が応でもわかる。
 だが何よりも、あの男への不快さが酷かった。怒りでかえって頭が冴えていることに舌打ちし、レストランを後にする。
 普段であれば食事の余韻に浸りながらカルナが車を回して来るのを待つところだが、今はそう悠長なことを言っていられる状態ではない。カルナと共に地下駐車場まで降り、飛び込むように車へ乗った。
「病院へ行くか?」
……いや、一人になりたい」
「そうか。分かった」
 後部座席からバックミラー越しに見たカルナの顔は物言いたげだ。本来は定期診療の予定が入っていたのを急遽キャンセルし、その結果このザマになっていることを咎めたいのだろう。だが今回のこれは不可抗力だろ。わし様悪くない。ふん。
「悪いが途中寄り道させて貰う。今お前の家に食料と言える程のものは無いだろうからな」
「ああ、好きにしろ。わし様は少し寝る。家に着いたら起こせ」
「承知した」
 シートに深く凭れると、疲労感がどっと押し寄せて来た。酒は飲んでいないが、酩酊時のような気持ち悪さが少しばかりある。目を閉じてそれらを一旦やり過ごす。
 街灯とテールランプの光が瞼越しにチラつく中、ある男の顔が浮かんだ。
……ああそれと」
 思い浮かべてしまった自分自身を苦々しく思う。
…………あいつには……ビーマには、言うな……
 カルナの返事をしかと聞く前に、束の間の眠りに落ちた。



「検査結果が出ました。ほぼ確実に、ドゥリーヨダナさんはオメガです」
 国から義務付けられている第二次性の発現前検査。医者はその結果を淡々と告げた。十二の頃のことだ。その時自分がどう思ったか、実のところよく覚えていない。それよりも両親が悲しそうに歪めた顔の方が印象に残っている。
 生家は代々アルファが生まれる家系だった。生まれた子供が必ずアルファというわけではないが、どの代にも最低一人か二人はいた。それ以外は皆ベータで、オメガは外から迎えた者しかいなかった。そういう家だった。俺が生まれるまでは。
「ドゥリーヨダナ、私達はお前が何者であれ、変わらず愛し続けるよ」
 そう言った父の言葉には真実味があった。俺も父と母を疑わなかった。実際、取り乱したのは検査結果を告げられた直後だけで、家に戻ればいつもと変わらぬ態度だった。
 だが取り巻く現実は無情だ。社会におけるオメガのあり様について一通り学んだ俺は、周囲にオメガであることを隠す道を選択した。両親もその方がいいと賛同した。首輪をつけない事に関してだけは渋られたが、頑として拒絶し続ける内に説得は諦めたようだった。
 ――しかし最悪なことに、同じ日に生まれた憎らしい従兄弟の耳には届いてしまった。
「なあ、お前オメガだったって本当か?」
 自室で過ごしているところへ唐突に現れ、デリカシーのデの字も感じられない質問を投げてきた従兄弟のことを、殴っておけば良かったと今でもたまに思う。他人に言いふらしはしなかった点だけは褒めてやらんでもないが、それ以外は最悪だ。
 検査を受けた頃はまだ第二次性のことをよく理解していなかったのか、あからさまに態度を変えるようなことは無かった。だが年を重ねる内に、奴も少しは世間を知ったのだろう。いかにもアルファらしく、俺をオメガ扱いすることが増えていった。
「人の多い場所に行く時くらい首輪着けろよ。何かあったらどうすんだ」
「そんなもの、俺がオメガだって喧伝して歩いているようなものだろうが。ベータと思わせていた方がまだマシだ」
……ならっ」
「あーあー喧しい! この話は終わりだ。ゴリラはさっさと巣に帰れ!」
 そんなやり取りをする度に、屈辱で心臓が止まってしまいそうだった。
 ずっと隣で張り合ってきた時間が、対等だと信じて向かい合って来た矜持が、たった一日で、血の通わぬ機械の判定で、全て覆された。オメガであった事実そのものではなく、ビーマと俺の間に引かれた無粋な線の存在こそが心に澱を積もらせた。
 けれど……何よりも絶望を呼んだのはビーマでもオメガ性でもなく――