瀬野
2025-02-22 10:18:21
19139文字
Public ビマヨダ
 

A Cold Night's Dream.

オメガバースパロのビマ(α)×ヨダ(Ω)
全力ですれ違い中の両片思い拗らせカップル

https://privatter.me/page/671e3643ec014 のヨダ視点です。
嫌~~~~なモブいます(2ページ)。







 いつもの時間に出社し、一通り会社の様子をそれとなく見回ってから社長室に入ると、秘書の藤丸が満面の笑みで待ち構えていた。
……これは何か面倒くさいことを言われると見た)
 咄嗟に回れ右をする。今すぐこの場を脱しなければ。
 しかし音もなく忍び寄っていた秘書室長のペペロンチーノが、藤丸に負けず劣らずの笑みで――こちらはいささか毒気が混じっている――進路を塞いでいた。
「あらぁ、逃がさないわよ。社長」
 言うやいなや、ペペロンチーノはスーツの襟を遠慮なく両手で握った。有り体に言えば胸倉を掴まれた。わし様社長なのに。オーダーメイドのスーツが悲鳴を上げているぞ。ペペロンチーノの声は柔らかいものの、逃走は許さないという絶対の意思を感じる。それどころか、若干イラついているようにも見える。わし様この秘書室長を怒らせるようなことしたか? 心当たりが無いかと問われれば、まあ全く無いとは言わんが、ここ最近の出来事で今すぐパッと思いつくものはない。
「ぺぺさんナイスです!」
 あれやこれやと考えを巡らせるわし様を他所に、背後から藤丸が非常に明るい声が飛んでくる。明るすぎて胡散臭い。確信した。絶対これ悪いのはわし様じゃない。
「おい藤丸! ペペロンチーノ! 一体何の真似だ、反逆か!? 社長の座は譲らんぞ!」
「はいはい、ちょっと落ち着いて、社長。立夏ちゃんの話を聞いてあげてくれる?」
「嫌だ! どうせ碌でもないことだろう!?」
「やーだそんなのまだ分からないわよー」







 抗議をするものの、ペペロンチーノの力は存外強く、抵抗してもずるずると引き摺られてしまう。廊下と社長室の境を超えたところで、藤丸が腰に抱き着いて来て拘束が強まった。全力で暴れれば抜け出すことも出来るだろうが、朝からそんな労力を消費したくもない。ひとまず気が乗らないというポーズを示すにはもう十分かと判断し、体から力を抜いた。ペペロンチーノはサッと手を放したが、藤丸はまだ逃がすまいとしている。
「藤丸、話くらいは聞いてやるから放せ。とりあえずわし様座りたい。あとコーヒーも飲みたい」
「え、あ、すみません! すぐ淹れて来るんで、逃げないでくださいね!」
「逃げんわ」
「コーヒーなら私が用意するわ。立夏ちゃんは例の件、とっとと話しちゃいなさい」
「逃げんと言うに……
 いま一つ秘書たちからの信用が無いことが面白くないが、わし様はこの場で一番偉い上に懐も深いのでぐっと堪えてやる。
「で? わし様にどうしても聞いて欲しい話とは何だ。長期休暇の申請でもしたいのか?」
 デスクチェアに座り、片手間にラップトップを立ち上げながら藤丸に話を促した。藤丸は手に持っていたタブレット端末をせっせと操作して、そこに映っているものを見せた。画面にはメールソフトの受信ボックスが表示されていた。
「このメールなんですけど……
 藤丸は困ったような表情で、とあるメールを指差した。署名欄には過去に取引を行った会社の名が書かれていた。
「それがどうした。その会社とは今は何の計画も進行していない筈だが?」
「そうなんですけど、先方の代表取締役がどうしても今夜社長と会いたいと仰ってまして。既にスケジュールは埋まっているから今日は無理と何度返事しても、食い下がられてるんです……
「ほーん」
 タブレットを受け取り、メールの詳細を確認する。最初のメールは昨日の夕刻、会議に継ぐ会議でわし様がこき使われていた頃合いに来ていた。確かにこんな時間に送られてきても一言「無理」と答えるだけだ。今夜の予定もとっくの昔に決まっていた。そんなことは相手も分からぬ筈はなかろうに。
 メールの内容はとんと要領を得ない。とにかく今日わし様と直接面通ししたいと言っているが、機密保持だとかそれらしい御託を並べて用件の詳細は会って伝えるとだけ書いている。わし様にとっていい話があると主張しているが、さてどこまで耳を傾けたものか。
「何だこやつは。理由も明かさず、会いたい会いたいと。まさかわし様から金でも借りるつもりか?」
「仕事の提案ですかね? それにしても強引過ぎる気がしますけど」
「ふむ……
 数年前から相手の会社は落ち目に転じていた。そのため取引は止めていたのだが、昨年トップが代替わりしてからは持ち直しているとちらほら聞こえていた。今の今まで記憶の隅に追い遣っていたが、新社長とはどこぞの集まりで一度挨拶をしたことくらいはあった。どこぞの財閥家系の出で、わし様よりも少し歳は下だと言っていたか。見た目こそスポーツマン風の爽やか好青年然としていたが、腹の中では何を考えているか知れたものじゃない。初対面でそんな印象を抱かせる男だった。
「十中八九、碌な用件ではなかろうなあ」
「オレもそう思います……
 はあ……と藤丸が大袈裟に溜息を吐く。まだ朝だというのに既に疲れきった様子だ。
 疲労の理由はメールの送受信履歴から一目瞭然だ。藤丸がこちらの不利にならぬよう言葉を選びに選んでようやく断りのメールを送った僅か数分後には、全く話を聞いていないような催促のメールが返って来ている。しかもそれを何往復も、だ。年の割に妙に駆け引き慣れしている藤丸をもってしても、これは流石に辟易しただろう。
「わかった。誘いには応じてやる」
「えぇ!?」
「コーヒー淹れたわよーって……どうしたの大きな声出して」
 驚愕に目を見開いて固まる藤丸の後ろから、湯気の立つコーヒーカップを乗せたトレイを持つペペロンチーノが現れた。後輩の様子を不思議そうにしながらも、テキパキとした所作で淀みなくわし様のデスクにカップを置いた。
「ペペさん……社長が、あの、例の人と会うって……
 藤丸の言葉に、ペペロンチーノが思案気な顔をする。
「いいの? そいつ絶対まともじゃないわよ」
「面倒事はさっさと片づけるに限る。というかお前はわし様がこう言うと分かってて、藤丸に相談するよう促したんだろうが」
「んふふ。だって立夏ちゃんすごく困ってたし、私が対応代わってもしつこいんだもの。露払い出来なくてごめんなさいね」
「全くだ。クソほども気は乗らんし興味も湧かんしどうでもいいが、これ以上秘書の仕事を邪魔されてはわし様の業務に差し障るから仕方なくだ。ただし! 予定全てをキャンセルする訳にはいかんからな、さっさと調整しろ」
……はい! 失礼します!」
 藤丸は勢いよくお辞儀をすると、タブレットを持って秘書室へと駆け出して行った。
 やれやれと思いながら後回しにしていたメールチェックに取り掛かる。
「立夏ちゃんには甘いわねぇ」
 ペペロンチーノが揶揄う口ぶりで言う。
「甘くないわ。お前も仕事に戻らんか」
「ええ、すぐ退散するわ。……ねえ社長、これは純粋にアナタのことを心配しての言葉だと受け取って欲しいんだけど」
……何だ」
 モニターから目を離し、至極真面目な顔つきになったペペロンチーノを見遣る。聞き耳を立てる者はいない筈の場所にも関わらず、ペペロンチーノは慎重に声を顰めた。
「例の社長、アルファだって公言してるのよね。別にそれだけならどうってことないんだけど……あまり褒められた遊びをしていないって噂があるわ」
…………
 ペペロンチーノの言わんとしていることはすぐに理解出来た。挨拶を交わした時、護衛兼付き人として同行させていたカルナが「気を付けろ」と言っていたのを思い出す。
「そう案ずるな。カルナを連れて行く」
 わし様のカルナに勝てるような奴はそうそういない。仮に妙なことをされそうになったとしても、わし様に手を出そうとした時点で相手は後悔することになるだろう。だから心配は不要だと、よく気のつく秘書に伝える。ペペロンチーノは何事か考えるような素振りを見せた後、普段通りの表情に戻した。
「承知したわ。じゃあこちらも夜までに出来るだけ情報を集めておくわね」
 そう言い残し、ペペロンチーノは颯爽と秘書室へと戻って行った。
 ようやく静かになったと一息つく。藤丸が自宅の近所で買ったというブレンドコーヒーに口をつけながら、今朝の経済新聞を開いた。要点を掻い摘みながら捲っていくと、とある人物へのインタビュー記事が目に止まり、飲みかけていたコーヒーを吹き出しそうになった。
「げほっ、げほ、……何の因果だ、全く」
 赤字続きの会社を継いで間もなくV字回復させた注目の若手経営者。
 そんな見出し隣に、自信に満ち溢れた笑顔の男の顔写真が載っていた。それは間違いなく、つい先ほどまで話題に出ていた男だった。嫌味な程整った顔でカメラに向かって微笑み、継承したものをどうとか、革新すべきものはこうとか語っている。
……はっ、わし様の部下を不躾に振り回しおった奴が何を偉そうに」
 新聞を畳み、デスクの上へ乱雑に放り投げる。
 ラップトップに向き直り、余計な考え事をしないよう仕事に取り掛かった。