桜霞
2022-10-01 17:50:07
46624文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

君がいる夏

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/05/22にpixivに投稿したものの再掲です。







 職員室にて。
 デイヴィス・クルーウェルはどうにかこうにか遠い目になりそうなのを堪えて真面目な表情を取り繕った。
 目の前には特別課題を提出しにきたついでに「ダメ元でお願いがあるんですけど」神妙な顔で言った仔犬がちょこんと座っている。ユウであった。膝の上にはグリムが座って尻尾をゆらゆら揺らしている。丸い瞳がぱちくりとクルーウェルを映していた。
……つまり、なんだ」
 意識して、クルーウェルは淡々と言った。
「リンの浴衣を新調したい、と」
「そうなんです」
 ユウは重々しく頷いた。まるでこれが世界の命運を握る重要事項であるかのような真剣さだった。
「試験が終わったら皆でパーッと騒ごうって話をしてて。ついでに浴衣も作ろうよ、みたいな話をしてて。リンさんが勉強の邪魔にならないようにって協力してくれて、お祭りの準備に取り掛かるのは試験期間明けになったのでレポートも早めに切り上げられたんですけど」
 へへん、とグリムが無い胸を張る。クルーウェルはちらりと脇に避けたレポートを見遣った。相変わらずグリムの字は汚かったが、それでもきちんとした中身だろうというのは───高得点が獲得できるかどうかは置いておくとして───ざっと見ただけでも分かることだった。締め切りぎりぎりまでもう一度見直してみろ、と突っ返すようなことをする必要がなかったのだ。
「そのリンさんが、『自分の分は今あるやつでいい』って言ったんですよ」
……ほう」
 クルーウェルはどうにか普通を装ってユウに視線を戻した。
「古布で作ったしずっと着てるからボロボロのヨレヨレなんだゾ」
「流石にここまでリンさん自身を蔑ろにされたら私でも激おこぷんぷん丸というか」
「げき、なに?」
「ぷんぷん丸越えてムカ着火ファイアーというか」
「待て、俺の理解できる言語で喋ってくれ」
 これ以上は流石に疲れた脳みそが悲鳴を上げてシャットダウンしようとする。クルーウェルは眉間に皺を寄せ、こめかみを押えたい衝動をどうにか堪えた。仔犬の前であるので。
「端的に言うと堪忍袋の緒が切れました」
「最初からそう言え……
「だからもう、すっごい浴衣美人になったリンさんを見れないと溜飲を下げられないんですよ」
 ユウは淡々と言葉を続けた。
「断腸の思いなんです。ほんとは私が選んであげたいんです。リンさんきっと、私が選んだのだったら喜んでくれると思うんです。でも、違うんです。そうじゃないんですよ……
 ぎりい、とユウの歯が音を立てる。クルーウェルは脳みその疲労を感じながら変わらぬ表情でユウの言葉を聞くともなしに聞いていた。
「私が選んだのがリンさんにすっごく似合うやつだったらいいんですよ。でも、ファッションのことなんか全然わかんない私が選ぶより詳しいひととかリンさんのスタイリングに慣れてるひととかに頼んだ方が、私の見たいすんごい浴衣美人なリンさんが見れるじゃないですか……!!」
 思いっきり我欲であった。クルーウェルは普段ならばリンが居る事務室の方をのそりと顧みた。リンは先程クルーウェルが言いつけた用事で自席を離れている。
「それにリンさん、口ではなんだかんだ言ってても、クルーウェル先生の選んだ服着て鏡の前でチェックしてるとき、すごく楽しそうで、嬉しそうなんですもん……
…………
「機嫌も良くなるし、なんかキラキラしてるんだゾ」
…………

 ───そういうことを言うな……!!

 むずがゆくなる胸の裡に、クルーウェルは必死になんでもないふうを取り繕った。施しに対して礼とは別に憎まれ口を叩き、どこか拗ねたような顔をしていた女が、クルーウェルの知らないところでそんなに素直にはしゃいでいるなんて知れたら胸中には大嵐である。
「だから先生、お願いします……!! リンさんの浴衣、選ぶの手伝ってください……!!」
 ぱちんと掌を合わせたユウが頭を下げる。ユウやリンが何かを頼んだり謝ったりするときによくするポーズだ。本来は宗教に関連するもので何かを祈ったり願ったりするときに取られる礼拝の形だ、といつだったかにリンが言っていたのをなんとはなしに思い出す。
 嘆息したクルーウェルは、しかし断ろうと口を開けた。リンはともかく、ユウとグリムは学生で、本来なら勉学に集中しなければならない身だ。遊びたい盛りなのはクルーウェルも身に覚えのあることなので分からないでもないが、立場というものがある。リンには絆されてやったがそれはそれ、これはこれ。ユウとグリムは異世界から来た分、特別勉強しなければならないし───
「ほらグリムもお願いして」
「ふな? こうか?」
 ぺし、と小さな獣の手が二つ合わさった。肉球がふに、と潰れる。そして短い腕の中に、丸い頭がすぽりと収まった。大きな耳がぴこぴこ動いている。

 ───いや俺は犬派だからな

 胸中で声を大にして自分で自分に言い聞かせたクルーウェルはしかし、説教をしようとしていた口をはくりと閉じてしまった。
 可愛いは正義なのだ。そりゃあうっかりウンと言ってしまいそうになる。
 これがトレイン先生だったら耐えられなかっただろうな、とクルーウェルは敢えて堅物教師の顔を脳裏に思い浮かべた。思い浮かべる必要もなくデスクの向こうからこちらの様子を窺っているのは分かりきっていたことだが、クルーウェルは気付かないフリで無視を決め込んでいた。
 ひとつ小さく息をつき、波打っていた胸中を落ち着かせ、クルーウェルは漸う口を開いた。
「ユウ。グリム。ダメ元と言ったな」
「、う」
「それはつまり、お前のお願いに対して、俺が何というかある程度の予想がついているということだ。違うか?」
……ちがいません……
 ぽそぽそとユウが唇を尖らせる。頭の重みでころんと転がったグリムをさりげなく受け止めて、自分の膝に座り直させ、ユウはうろ、と視線を彷徨わせた。
…………試験勉強に集中しろって……
「Good Girl、」クルーウェルは重々しく頷いた。「その通りだ」
 ユウは唇を尖らせて、上目でクルーウェルのことを見遣った。潤んだ丸い黒々とした瞳が、クルーウェルをじっと見つめる。

 ───だからそんな目で俺を見るな!

 感じるデジャヴに、奥歯がぎしりと軋んだ気がする。クルーウェルはあくまでも淡々とした声をキープし続けた。
「お前はレポート試験の方が多いだろうが、そうでないテストも他の生徒より多く抱えているはずだ。そしてテスト当日までもう間もない。自分が何に集中すべきか分からないほどの駄犬ではないだろう」
……むう……

 ───なんだ「むぅ」って、揃いも揃って……

 可愛いなクソ、と内心吐き捨てながら、クルーウェルは話は終いだとばかりに椅子にもたれて足を組み替えた。ユウが今度こそ俯いてしょんぼりと肩を落とす。
「監督生」
 そこへ、トレインが声をかけた。ぱっと目を丸くしたユウが「はい、」と反射的に顔を上げる。忙しない娘だなとクルーウェルは思った。
「クルーウェル先生との会話を聞くに、どうやら随分と余裕があるように見受けられる。手心を加えていたつもりはないが、」
 そしてどこかから二冊の分厚い本を取り出し、ユウに手渡した。
「以前伝えた課題にこの図書も加えて考察をし、レポートにまとめるように」
「───!!」
 ズゲーン!! という効果音と共に、ユウとグリムがあんぐり口を開けて「なんてやつだ」という顔をする。トレインは素知らぬ顔で踵を返し、自分のデスクに戻った。
……悠長に固まっている暇があるのか?」
「う……うう……!!」
 震えるほどに強く本を握り締めたユウがわなわなと立ち上がる。くわりとグリムが牙を剥いた。
「オメーらなんか大っ嫌いなんだゾ!!」
「ウワーン!! 先生の意地悪ー!!」
 ───そして脱兎のごとく職員室を後にする。クルーウェルは思わず半眼になって片頬だけで笑ってしまった。他の教員がいる職員室でこんな話をするからこういうことになるのだ。とは言え、しかし。
「あの様子だと、トレイン先生の課題もあらかた終わっているでしょう。今からあんな図書を二冊も追加するとは、意地の悪い」
「仕事ならばともかく、学びに関しては余裕があるうちに勧めておくべきだ。彼女たちならば猶更」
 トレインは冷え冷えとした視線を容赦無くクルーウェルに突き刺した。
「担任のクルーウェル先生こそ、分かっていらっしゃると思っていましたが」
…………
 クルーウェルは、自分の中でカチンと音がしたのを聞いた。
 もう言うことはないと言わんばかりに、トレインは自分のPCモニタに向き直っている。クルーウェルも己の作業に取り掛かろうと姿勢を正した。───が。

 ───ユウの笑顔に負けちゃって

 リンは可愛くてしょうがないという風情で優しい慈愛の表情を浮かべていた。

 ───リンさんにも夏祭り楽しんでほしいんです……

 他人の無償の愛情や気遣いに甘やかされているのに気付けないほどこどもではなくなったユウは、切ないまでの悔しさを滲ませていた。

…………
 そっと、嘆息する。
 クルーウェルは自分のスマホを取り出した。以前、学園の経費でユウとリンにスマホを持たせた際、何かあったときのための緊急連絡用に、互いの連絡先は登録してある。
 幾つかの短い言葉を簡潔に送信すると、数分もせずにビックリマークだらけの「ありがとうございます!! がんばります!!」という返事がクルーウェルのスマホの通知を賑わせた。

 ───俺もまだまだだな……

 翌日、クルーウェルの元には、一冊のカタログが届けられていた。