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桜霞
2022-10-01 17:50:07
46624文字
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【twst夢】フライパンは無敵
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君がいる夏
#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/05/22にpixivに投稿したものの再掲です。
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翌日。
待て、と制されたリンは、怪訝そうな顔をしてクルーウェルを見遣った。
「あなたの仔犬が着るものですよ。以前、そういう理由で声を掛けろと仰ったじゃない」
「
…………
」
ドン、とクルーウェルの前に広げられたのはサムに頼んでリンが取り寄せた生地のサンプル一覧が載ったカタログだ。洋の東西を問わず、様々な柄が細々とした情報と共にずらっと並べられている。
「
……
ちょっと、待て」
「はい」
クルーウェルは一度、大きく息を吐いて混乱しそうな脳みそを落ち着かせた。「話を整理しよう」
「でも先生そんな時間あるの?」リンが時計を見やる。
「ない。期末前だぞ」
「さっきあるって言ったじゃん」
「それはお前の話を聞く時間くらいならあるという意味だ」
リンは反論のために開けていた口をぱくりと閉じた。実験室の机に腕を着いて乗り出していた身も、いったん下げる。
「ウィンターホリデーの前に手伝ってくれた、あれは?」
「ニューイヤーホリデーと違って、サマーホリデーは俺たち教員も暇ではないんだ」
「知ってますよ。御自身の研究発表が学会であるんでしょ」
「知っていながら頼みに来たのか
……
」
尚のこと
性質
たち
が悪い。クルーウェルは思わず顔を覆ってクソ長い溜息をついた。
「
……
でも、四年生の卒論はもう評価終わったでしょ。合否結果入力したの、誰だと思ってんです」
「
…………
」
「それにこれ、サマーホリデーに入る前の話ですよ」
「
…………
」
クルーウェルはむっすりした顔のまま沈黙した。カタログを睥睨し、じろりとリンを見やる。その目元にはどこか疲れが滲んでいる、ように見えた。それに関してはリンも同様だが、リンの場合は、それでもこどもたちに浴衣を見繕ってやりたい想いが勝ったのだ。だから勢いのままにおねだりしてみたのだけど。
リンは嘆息した。
「分かりましたよ、先生にご迷惑はおかけしません。お忙しいときにすみませんでした」
言って、リンはカタログを閉じた。見やすいようにと、カタログの中身をいくつか拡大コピーしたものも、ぞんざいに集めていく。
「リン」
「なんです」
「俺は教師だ。テスト後のご褒美に浮かれて本分を疎かにするようなバッドボーイどもを躾けなければならない立場だ」
「承知しておりますとも」
「そして学校側の職員である以上、お前にも同様の責務はある」
「はぁ、まぁ
……
」
だから学業の邪魔にならないよう、計画的に浴衣制作をするのだと説明したのだが、いまいちきちんと伝わっていなかったのだろうか。リンはなんだか、期末後の夏休みに控える部活の合宿について顧問と話すときの緊張感をうっすら思い出したような気がした。
リンが昨日の内にユウたちから聞いた話は、こうだ。
エースの発案で、サマーホリデーの直前にみんなでそれぞれ浴衣を作って、なんちゃって夏祭りをすることになった。だから浴衣作りに必要なものと作り方を教えてほしい。魔法裁縫やミシンを使えるから、時間はそんなにかからないと思う。経費は負担する。以上だ。リンは一も二も無く了承した。ついでに、生地を選ぶのも型紙を作るのもリンが請け負った。なんせ学生たちは期末前だからだ。
「私も仕事があるので全員分の型紙ができあがるのも大分後になりますし、そもそも生地が届くのが早くて二週間後なので、実際に生徒たちを裁縫に取り掛からせるのは試験日程が終わってからにしますって言いませんでした?」
「言ったな」クルーウェルは頷いた。
「───だがお前はテスト返却兼解説講義の存在を敢えて無視しているだろう」
「
…………
」
リンは明後日の方を向いてちょっとだけ舌を出した。
「リン」
「ごめんなさい」
すぐに姿勢を正したリンに、クルーウェルは半ば呆れたように嘆息した。
「それに、お前ならあの仔犬どもが勉強の息抜きと称して浴衣づくりに先に手を出すことぐらい、見越せているはずだ」
「誰もが通る道ですよね」
リンがしおらしい顔で頷く。クルーウェルはとうとう声を荒げた。
「積極的に学生の本分を邪魔しようとするんじゃない!」
「だってどうせ先生も昔はテスト解説なんてまともに聞いてなかったでしょ!!」
「それは俺が優秀だったからだ!!」
「嫌味だ!! というかマジで聞いてなかったんかい!!」
「正直に言って存在意義に疑問を感じてすらいたがそれは昔の話だ。今は違う。そして話を逸らすな、元に戻すぞ」
「これ以上話すことある?」
「ある。いいから、まずはそれを横に置け」
だって手伝ってくれないんでしょう、生地選びでさえも、というのが分かりやすく顔に書いてあるリンからカタログとコピーがまとめられた袋を遠ざけて、「いいか」クルーウェルはリンに向き直った。
「仔犬どもの邪魔になるようなことはしないし、寧ろ上手くやっていつもよりかは勉強させるだろう、とも思えるくらいには、お前の腕を信頼してはいる」
「そりゃどうも。光栄です」
「生地選びも、俺が選びやすいようにいくつか候補を絞ってから寄越すんだろうとも見越している」
現に、リンは既に幾つかの候補を選んで実際の大きさはこんな感じだろうと拡大コピーしてきていた。用意周到とはこのことだろう。
「
……
ついでに、俺の協力を得られなくてもそれなりのものを見繕ってやれるだけのセンスがあることも分かってはいる」
「
……
ねえこれなんの話なんです?」
「お前の話だ」
「私ィ?」
リンが眉間に皺を寄せ、器用に片眉を跳ねさせた。クルーウェルはむつかしい顔で半眼のまま、言葉を続けた。
「ゴーストの手を借りたとしても、だ。お前、一体どれだけ無理をするつもりだ。事務方とて夏は忙しい。それが見越せないお前じゃないだろう」
「
…………
」
むい、とリンが唇を尖らせる。
普段は澄ました表情でいることの多いリンが、こどもっぽい表情になるのは珍しいことだった。つい、クルーウェルも胸を詰まらせるが、全力で「お前のためを思って説教しているんだぞ」という表情と態度を維持する。
「仕事に支障は出さないだろうが、無理をして夜更かしや徹夜を繰り返し、体調でも崩したらどうする」
「む、」
「夏休みにはユウと旅行に行くんだろう?」
「
……
むぅ
……
」
顎を引いて、リンが眉を寄せる。
───むぅってなんだ
可愛いなんて思ってない、とクルーウェルは奥歯をこれでもかと噛み締めた。ともすればギリィと変な音が出そうだった。
「
……
私だって。ちょっと無茶かな、と思ってるけど」
「
……
ン?」
ぼそぼそと、どこか拗ねたような素振りで、リンが言う。
「寧ろ、無理な無茶にならないように、先生に頼らせてもらいたいなって。思って
……
」
「
…………
」
リンがこちらを伺うようにして、視線だけでクルーウェルを見やる。
───上目で俺を見るな!!
クルーウェルは思わずリンから視線を逸らしそうになった。ぎゅむりと顔を歪めて、一度瞑目し、リセットしたい。
けれども、心なしか、どこか不安そうに、申し訳なさそうに、揺れるリンの瞳がクルーウェルに一時撤退を許さなかった。秘儀・上目遣いだとでも宣うつもりか。効果は バツグンだ。
違う、俺はまだ絆されてない、と内心言い聞かせるクルーウェルに、リンは今度こそしょんぼりと眉を下げた。物悲し気に、瞼が伏せられる。
「でも、そうですよね
……
いつもお世話になってるし。これ以上はご迷惑ですよね。最初から他人を当てにして
……
先生にもご都合があるのに」
「
……
」
んぐ、とクルーウェルの喉が変な音を立てる。
「ごめんなさい。ユウ達につられて、私もちょっと調子に乗ってたみたいです。テスト勉強もその後のお楽しみの準備も両立させるだなんて、おこがましかったかも。先生のおっしゃる通り」
「、いや、そこまでは、」
「ユウ達には、浴衣は諦めるようにそれとなく言っておきます。すみません、貴重な休憩時間に押しかけて
……
」
ふと顔を上げたリンは、少しだけ切なそうに、小さく微笑んだ。
「先生、頼りがいがあるから。なんだかんだ、お願い聞いてくれてたし
……
ついつい甘えちゃって。だめですね、私も、もう、先生みたいな大人にならなきゃいけないのに
…………
」
「っ
……
、いや! そんな、ことは」
引き絞られた胸の裡から、勝手に言葉がまろび出る。
思わず顔を覆ってしまったクルーウェルに、リンは「はい?」と小首を傾げた。
───くそ、
「いや
……
、」
「
……
なんです?
……
私は大丈夫ですけど、先生そろそろ休憩終わりですよね?」
気遣わしげな声でさえ、なんだか申し訳なさを掻き立てる。クルーウェルはとうとう、詰めていた息を吐き出して、罪悪感を覚えたことを認めることにした。
「
……
大人になることは、誰かに甘えてはいけないということではない」
「
……
はぁ、」
何を言っているんだろう、という顔で、リンが何度か目を瞬かせる。クルーウェルは仕方なしに言葉を紡いだ。
「要するに、絆されてやるということだ。
……
感謝しろよ」
「
…………
えっ、」
敗北を受け入れたクルーウェルの言葉の意味するところを正確に読み取ったリンの表情が、ぱっと明るくなる。喜色満面に瞳を輝かせたリンは、「ほんとに?」とそれでもあくまで冷静である風を装って見せた。
「二言は無い。
……
ただし、仔犬どもの監視はしっかりすること。いいな」
「Aye, Sir! 任せて、そういうの得意よ!」
にわかに実験室の方が騒がしくなる。次の授業がある生徒たちがぞろぞろと移動してきたのだ。リンは持参した袋を抱えると、「それじゃあまた、お時間のあるときに!」意気揚々と準備室を出て行った。
「
……
世話の焼ける
……
」
リンに釣られて緩んだ頬を、意識して強めに擦り、引き締める。
───俺もまだまだだな
……
ぴらり、クルーウェルは一枚の紙を手に取った。つい指が伸びて、ついつい、手元に残してしまった、生地のサンプルページの拡大コピー。黒の生地に、沙綾形と記載されている模様が黒で刻まれている。裏地は赤。
「
……
ふむ。
……
夏祭りか
……
」
授業開始の鐘が響く。
すっかり仔犬共を躾ける教師の顔を取り戻したクルーウェルは、「席に着け、仔犬共」びしりと教育棒を鳴らし、実験室へと踏み入った。
一方その頃。
無事に自称・趣味はファッション、その実ファッションの鬼であるクルーウェルを自陣に引き入れることができたリンはというと。
これでみんなにいいものを見繕ってやれると安堵するでもなく、やっぱりクルーウェル先生は頼りになるなァと浮足立つでもなく。
「いよォーし咄嗟のアドリブにしては上出来ィ」
真顔でガッと拳を握っていた。
その姉御肌っぷりで忘れられがちだが、リンとて闇の鏡が選定の上呼び寄せた(らしい)人材なのだ。ちょっとしおらしくして相手の罪悪感をツンツンすることなど、朝飯前であった。
あとは仕事をてきとうにやっつけつつ、どうせ勉強合宿に来るだろう一年生たちのサイズをちゃっちゃと計測し、既定の寸法に従って型紙を作ればいい。ユウの分はガラの時のものが残っている。物量はあるが、苦ではない。けれどもユウが着る浴衣だけは、柄や模様が溢れすぎていてどうにも決められない。リンは己に似合うものは選べても、他人を飾り立てる経験は浅かった。
───ほんものの夏祭りに行けないんだし。
───浴衣ぐらい、ちょっといいやつ選んだって。ねえ?
大人になったばかりのオンナの、ちょっとした心意気というやつだった。
ただの見栄っ張りかもしれないが、それでも。夏祭りがすごく楽しみだと、あんなにきらきらした笑顔で言われてしまっては。
応えないなんて、嘘だろう。冗談じゃない。ちょっとの無理と、味方を増やすための小さな工作くらい、訳はない。
リンはしっかりとした軽い足取りで、ずしりと重いカタログを抱え直した。
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