桜霞
2022-10-01 17:50:07
46624文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

君がいる夏

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/05/22にpixivに投稿したものの再掲です。







 賢者の島の夏は、どちらかというと爽やかだ。校舎や学園のほとんどの施設は妖精が空調を管理しているので、冷房で冷えすぎるとか、室内と室外の温度差に気持ち悪くなってしまうということもない。半袖のシャツに、ダボっとしたパーカーを着ても、問題ないくらいの暑さで、涼しさだ。ユウはそのことにちょっとだけ安心した。
 やっぱり、着ている服が薄くなると感じる視線の量が増える。オンボロ寮内や皆が他所事に集中しているときはまだ平気だけど、体育で始まったプールの時間などについては、やっぱりちょっと目のやり場などに困ってしまう。グリムが参加するから、いつもの見学と、プールサイドの掃除でもして、少しぐらい運動しろとのお達しに渋々参加したけれど、ユウは結局、プールの時間はほとんどプールの外で過ごすことにしていた。
 半袖の体操服の上に、だぼっとした薄手のパーカー。水際だし、夏だからと支給された短パン。男のものとは思えない、すらりとした足。エペルも似たような足をしているけど、骨が太いのがよく見れば分かる。
「ユウー」
 ぼーっとしていたユウは、反射的にぴんと背筋を正した。声のした方を見ると、濡れた髪をそのままに、エースがこちらへぺたぺたと歩いてくる。上にはシャツを着て、腰にはタオルまで巻いていた。
「タイムキーパーしろってさ。バルガスが呼んでた」
「うい! しょうがない、やります」
「大丈夫か?」
「うん、タイムキーパーと記録だけならなんとかなる」
 言いながら、二人は並び歩いてプールの方へ移動した。二人分の足音がぺたぺた響く。プールのある施設の廊下は基本的に裸足でいなければならないのだ。
 エースはこうやって、人気のないところだとさりげなく心配してくれる。あんまり意識しないと決めているのに、ユウはやっぱり気まずく感じてしまうし、自分は女子だと声を大にして言っているわけではないのに男子水泳の見学をするというのは些かどころでなく気が引けた。それって半分以上セクハラなのでは、とさえ思ってしまう。
 これが共学だったら男子水泳部の女子マネージャーとか居るだろうに。そう言えば知り合いで水泳部のマネージャーをやっていた子がいた気がする。はてどんな子だったかしら。なんだか霞がかって上手く思い出せない。
「ユウ? 聞いてっか?」
「え? ごめん、ぼーっとしてた」
「お前なあ」
 エースが口をへの字に曲げる。さっきまで水気に負けて垂れていた髪が再び跳ねだしているのを見つけて、ユウはちょっとだけ頬を緩めた。
「ごめんごめん。なに?」
「無理そうだったら代わってやるって話」
「いいよ、どうせパン奢れとか言うんでしょ」
「あー、パンでもいいけど」
「お?」
 エースが首を擦って唸る。なんだか言葉に迷っているらしい。
「なに、何か欲しいものでもあんの?」
「あるっちゃ、ある」
「高いの? カンパ?」
「いや、値段はよくわかんねえ。調べても出てこなかったし」
 これ、とエースは足を上げた。バスタオルで覆われていない足首から先がひょいひょい動く。
……靴?」
「ちっげーよ、これよ、これ。なんつったっけ、ゆかた?」
「あぁ、」
 浴衣ね、とユウは合点がいった顔で何度か頷いた。
「え、浴衣ほしいの?」
「うん。でさ、夏祭りやろーぜ。期末明け」
「エッ」
 ユウは驚いて目を見開いた。
「どんなんかよくわかんねーけど。浴衣着てやるんしょ? 祭りって言うからには、なんか楽しそーだしさ」
「うん……楽しいけど……
 夏祭り。ユウも毎年のように参加していた。年に一度しか着ない浴衣を取り出して、柄が子供っぽいよなどと文句を言って、呆れる母親に帯を締めてもらって、これまた年に一度しか履かない下駄を引っ張りだして。
 友達同士ではしゃいだこともあったし、クラスメイトの男の子に誘われてゆっくり神社の参道を歩いたこともある、……あったような気がする。
 名前も知らない虫が鳴いていて、蚊に刺されたと口を尖らせて。下駄の鼻緒で指の間が痛いと泣いた。
 夏。お祭り。笛のお囃子、体を内側から震わせるお太鼓。

 長くて、短い、祭り。

 ───エースと。

……お祭りって、大人数でやるものなんだよ?」
「そこらへん抜かりないに決まってんじゃん。もうデュースとグリムには話してあっから」

 ───みんなと。

 ───お祭り。

……!」

 ぶわわ、とユウの目が見開かれる。きらきら輝くまあるい瞳に、エースはうっかり言葉を失って瞠目した。ふんわり、目尻が朱色に染まる。ゆっくり、頬が柔らかくなっていく。髪ですら、なんだか持ち上がっているような。
 見入ってしまったエースを、「やる!!」元気いっぱいのはしゃいだ声が、現実に引き戻した。
「やろ!! 夏祭り!! リンさんにお願いして、浴衣はどうにか調達して……
「あー、それさ。話聞いてる限りだと、魔法裁縫でどうにかなりそうだから、型紙とか布とか教えてよ。まっすぐ縫うだけならデュースでもできるって」
「ほんとに!!」
「ユウ、早く来い!!」
 今にも飛び跳ねそうなユウを、よく響くバルガスの声が抑えた。
「あ、はーい!! あとでね、エース」
「おー」

 ───嬉しそうにしちゃって、まぁ……

 エースはぽりぽり頬を掻いて踵を返した。パーカーとタオルを更衣室に置いてくるためだ。本当は途中にあるそこでユウと別れようと思っていたのに、話の切り上げどころを見失ってしまった。

 ───あんな顔するほどのもんなのかね

 この島には若者向けの遊び場が無い。ゲーセンとか、クラブとか。テストが終わったら帰省するまでスマホやタブレットで動画配信を見倒すぐらいしか楽しみがないのだ。いつもやっていることなので、一日で飽きる。
 パーッと打ち上げのようなものをしたい。いつものようにみんなで作って食べるのもいいけど、たまにはちょっと違うこと。ついでに、ユウとリンも楽しめるような。自分の知らない世界の祭りは、程よい刺激になりそうだ、と。
 言ってしまえば、ちょっとした出来心。それだけだったのだが。
……調子狂うなぁ……
 ウォームアップ用に宛がわれたレーンにざばんと身を沈める。どうした、と器用にデュースが寄ってきた。
「なんだ、にやにやして、満更でもないって顔して。なんかいい事でもあったか?」
「ンな顔してねーーーわ!!」
 エースは思いっきりこっぱずかしいことを言いやがったデュースに水をぶっかけた。
「うわ!? やったな、この!!」
「んぶ!!」
 あっという間に水の掛け合いが始まる。こらそこ!! と青筋を立てたバルガスが笛を鳴らし、勘違いした生徒たちが一斉にスタートを切り、ユウは慌ててストップウォッチをスタートさせた。





 ◆





 エースとデュースが罰として放課後のプール掃除を任されたと聞いて様子を見に来たジャックたちは、監督役として配されたユウの話を聞いて「なんだばそれ」「いつものやつか」「どっちが馬鹿でどっちが阿呆だ」と冷めた目でデッキブラシで魔法の洗剤から生じる泡と格闘するエースとデュースを眺めやった。
「あ、そうだ。エースー、まだあの話、皆にしてないよねー」
「してねぇー!! しといて!!」
「あいー」
 妖精の尻尾に属する魔導士のような声を出して、ユウは三人に向き直った。三人は揃って「話とは」きょとんとして、頭上に疑問符を浮かべている。
「あのね。期末が終わったらさ、皆で夏祭りやんない?」
「なつまつり」
 セベクがオウム返しのように繰り返す。確か、とジャックが思案する素振りを見せながら言った。
「リンさんがエースと話してたやつか?」
「あ、うっすら聞こえてたね」
「そうそう、それそれ。えーっとね、夏の、七月末とか八月中旬とか、その辺の時期の、夕方から夜にかけてやるんだけど。皆で浴衣着て、屋台でご飯食べたり遊んだり、花火見たりするの」
「へえ……なんだか、賑やかそうだね」
 エペルが相槌を打ってくれる。そうなの! とユウは身を乗り出した。
「屋台もね、りんご飴とか、綿菓子とか、サイダーとか、もちろんタコ焼きとか焼きそばとかのご飯系もあるんだけど。射的とか、ヨーヨー釣りとか、金魚すくいとか、ゴムボールすくいとか……いろいろあるんだよ!」
「でも、テスト明けにするとなると、準備が大変だろ」
 冷静に指摘したのはジャックだ。テストが明けたら、帰省まで間もない。しかも屋台を準備するならそれなりの人数やスペース、それに資金が必要になる。オンボロ寮にそんな軍資金があるようには見えない。人脈はあるかもしれないが、ただでお願いを聞いてくれるような奴らではないことは、二人も重々承知しているはずだった。
「まぁ、私も全部できるとは思ってないよ。だからデュースの案を採用しようと思って」
「デュースの?」
「呼んだか?」
 手足を泡だらけにしたデュースがこれまた泡だらけになったグリムを抱えて移動してきた。
「うわ! どこに行ったのかと思ったら!」
「こぶ、ンぷしっ!」
「あーあーあーあー、水で流さなきゃ」
 ユウは慌ててシャワーが取り付けられているプールサイドへ移動した。「それで、何の話をしてたんだ?」今度はデュースが首を傾げる。
「夏祭りの話なんだけど。デュースくんの案がどうとかって」
「あぁ、屋台の話だな。ヨーヨー釣りくらいはできるんじゃないかって話してたんだが、食べ物の屋台は難しいだろ? 僕らだけでやるならそこまでたくさんの食べ物を量産する必要はないし。だからそこはいつも通り、持ち寄りでバーベキューにしようって話してたんだ」
「なるほどな」
 それなら現実的だ、とジャックもエペルも頷いた。ただ一人、セベクがむつかしい顔で腕を組む。
「僕はだめだ、若様の警護があるからな」
「お前ならそう言うと思ったよ。でも今度ばっかりは、一年で最後のイベントになりそうだし……ユウは、セベクに参加してもらうためにマレウス先輩を招待することも辞さないって言ってたぞ」
「人間の分際で!!!!!!!! なんと畏れ多い!!!!!!!!!!!!! 分を弁えろ人間!!!!!!!!!!!!」
 セベクの大声がこれでもかと響く。これ外にも聞こえてんな、と一年生たちは遠い目をして思った。ユウは負けじと声を張り上げた。
「一日くらい休まないと労基法違反になると思いまーす!!! 茨の国はブラックなんですか!!! ツノ太郎先輩は有給すら認めないブラック企業の王様ですか!!!」
「貴様が何を言っているのかよくわからんが若様を愚弄しているのは分かった!!!!!!!! おのれ人間そこに直れ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「友達すら大事にできねー奴が若様大事にできると思うなよ!!!」
「なん!!!!!!!!!!!!」
「それはそう」
「だな」
「!!!?!?!??」
 なんだと、の、だと、は、音にならなかった。反射的にジャックとエペルの方を見てびしりと固まったセベクは目を剥いている。
「皆で浴衣着て、記念写真とか撮りたかったのになー!! 友達と思い出を作りたかったのになー!!」
「うぐ、」
 ユウが畳みかける。HIT! 2COMBO! のエフェクトを、ジャックとエペル、デュースに合流したエースも見た。
「セベクらしいけど、寂しいなー!! とってもとっても、寂しいなあー!!」
「ぐぅ……!!」
 CRITICAL! 急所に 当たった! エフェクトが弾けたのを、すっかり濡れネズミになったグリムも見た。
 セベクの口が何度かはくはくと開閉する。まるで掬われる前の金魚のようだった。当の本人は言葉を探すことで大変らしいけれど。
 エースとデュースはユウの勝ちを確信したので魔法の洗剤の泡が消えたのを見計らってプールに水を張ることにした。コースレーンは、後から来る別の生徒がやってくれるらしい。
「っ……くそ……!! しかた、ないか……!!」
「夏祭りに誘われただけでこんなに悔しそうにするやつも珍しいんだゾ」
「セベク来てくれるの!? ヤッター!!」
「ンなぁ!!」
 ユウがグリムをぶうんと持ち上げて飛び跳ねた。こけるなよーと気の無いジャックの声が響く。
「浴衣も!! 作ろうね!!」
「、なに、ユカタ?」
「ジャックとエペルも!! 甚平とか作務衣でもいいけど!!」
「リンさんがグリムに作ってたやつか」
「簡単って言ってたし、できる……かな?」
「できるできる!! リンさん作り方教えてくれると思うし!!」
 はしゃぐユウに、「お前、リンさんに連絡してくれたの?」エースが怪訝そうに聞いた。直後、「あ、」えへ! とユウが誤魔化すように笑う。
 半眼になるエースに、ユウは慌ててスマホを取り出した。

『リンさん!! 皆でちょっとやりたいことあるんですが!!』

 急いでチャットアプリにメッセージを飛ばす。既に放課後だからか、既読はすぐついた。

『オッケー、やろうぜ』
『好きです』
『私も』

「ミ゛!!」

 即レスに、放り投げられたスマホが宙を舞う。表情一つ変えず、ジャックが腕を伸ばして放物線を描いたスマホをキャッチした。
……ブッ、」
「リンさん……何やるかすら聞かねえのか……
 一連のやり取りを覗き込んだ生徒たちが揃って肩を震わせる。
 死ぬ寸前のセミのような呻き声を上げたユウは、これ以上ないくらい真っ赤になって、その場に蹲ってしまった。





 きゃあきゃあわあわあ、プールサイドが喧しい。
 常ならば煩わしいそれも、今回ばかりは心を浮足立たせる。───二人の場合は、足ではなく尾ひれだが。
……いいーこと聞いちゃったねえ、ジェイド」
「そうですねえ、フロイド」

 くすくす、くすくす。

 にっかり笑う鮫歯が光る。弓なりにきゅうとしなった色違いの瞳は、揃って静かに気配を消した。