桜霞
2022-10-01 17:50:07
46624文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

君がいる夏

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/05/22にpixivに投稿したものの再掲です。






 ツイステッドワンダーランドは賢者の島におけるナイトレイブンカレッジでは、九月を始まりとしたカリキュラムや年間行事計画が組まれている。通年を通して授業はあるが、年末年始にはウィンターホリデー、五月前後にイースター祭、そして学年末にサマーホリデーが設定されている。そして学び舎であるので当然のごとく、休暇の直前に期末テストや学年末テストなどが組み込まれていた。
 ナイトレイブンカレッジは現在、年間行事のひとつである『星送り』も無事に終了し、来る期末テストに向けて少々げんなりしたムードが漂っていた。
「ん、ぐ、う……っ」
 どうにかこうにか、練習問題を解き終わったデュースが、力尽きてペンを投げ出し、とうとう机の上に突っ伏した。
「もう、だめだ……! なんにもわかんねえ……!」
 口調も悪くなっている。素が出始めているということは、相当疲れているらしい。まだテストまで三週間ほどあるのに、この調子で大丈夫なのだろうかとユウは苦笑した。
「つーかテスト範囲広くねえ? 魔法史の輝石の国の古代史なんかさぁ、半年くらい前にやったとこじゃん。覚えてねーよそんなん」
「エース、お前さっきも似たようなこと言ってたんだゾ」
 分厚い教科書の壁の向こうから、青い炎を焚いた耳と三叉の尻尾がひょこりと揺れる。
「薔薇の国ができあがるまでの話の方が訳分んねえんだぞ。ユウ! リンが書いた地図見せろ!」
「はいはい」
 ユウは魔法史のノートに挟んでおいたメモ用紙をグリムに渡してやった。ざっくばらんな地図が年代ごとに描かれ、そこにいくつかの矢印が飛び交っている。
「え、リンさんに勉強見てもらってんの?」
「うん、たまに」
「うっわ、ずりー」
 エースが行儀悪く足を投げ出した。食堂の椅子や机がガタンと音を立てる。
「えっそれってすごくないか」
 不意にそれまで突っ伏していたデュースが顔を上げた。
「リンさんだってユウと同じくこの世界のことなんにも知らないはずだろ。それなのになんでユウに勉強を教えられるんだ?」
「うん、私も不思議だったから聞いてみたんだけど」
 子供から見れば大人オブ大人、大人から見てもデキるオンナな頼れるみんなのお姉さん、リン、曰く。

 ───べつに、教科書に書いてあることを分かりやすくかみ砕いて説明したり、図や絵に描き起こしたりしてるだけで、特にこれと言って頑張って勉強したわけじゃないよ

……だそうです」
「ハァーッ、そんな脳みそが欲しいわ俺も!」
「僕もだ……
 エースが頭を抱え、デュースが再び突っ伏してしまった。ユウはまたしても苦笑した。うるせえゾとグリムが立ち上がってがなる。本の影から炎と同じ色のつり上がった瞳が飛び出した。
「お前らのせいで全然進まないんだゾ!」
「えっなに、めっちゃ頑張るじゃん。どしたん、何か変なもん食ったか?」
 エースが姿勢を変えてグリムの方に腕を伸ばした。そしてグリムの腹の辺りをわさわさ撫でまわす。デュースも至極心配そうな顔でグリムの額を撫で繰り回した。
「熱でも出たか?」
「ヤメローッ!!」
 グリムがごろごろ暴れるが、二人にとっては慣れたものだ。じゃれあいから魔法史の教科書を救い出し、ユウはリンの描いてくれた地図をしおり代わりにして本を閉じた。そこへ、呆れ混じりの嘆息が響く。
「お前ら、何やってんだよ……
「皆、おつかれさま。遅くなってごめんね」
「ジャック、エペル! お疲れ~座って座って!」
 ユウは広げていた荷物やノートをてきとうに片付けた。主にエースが持ち込んだペットボトルやお菓子なども雑に寄せる。
「クラス掃除だったんだっけ」
「あぁ、まあな。お前らは、最後の授業が錬金術だったから、早く終わったんだっけか」
「そーそー、最近ウチは毎回そうだよな」
 錬金術の担当教師はデイヴィス・クルーウェルだ。彼は1-Aの担任でもあったため、一日を締めくくる最後の授業が錬金術で、しかも己の担任クラスだった場合、授業終わりからそのままホームルームを始めることがままあった。
「前にリンさんに『授業終わって帰ってきたと思ったのにいつまで経っても教室に戻らないからあんた達がなんかやらかしたのかと気が気じゃなかった』って言われたことあるんだよね」
「リンさん俺達のことなんだと思ってんの?」
 エースが口をへの字に曲げる。その手の中で半眼のグリムがぷらーんと伸びて抱えられていた。三叉の尻尾が不満げにゆらゆら揺れている。
「いー加減離すんだゾ! 今日の分が終わらなかったら、エースのせいだからな!」
「今日の分ん?」
 眉をしかめて顔を歪めるエースの手から身を捩って脱け出して、グリムはユウを挟んだ向こう側で再び自分の背ほどもある教科書をよっこいせと開いて立てた。そして本の壁の向こうにちょこんと座る。
……明日は槍の雨か?」
 自発的に教科書を開いて真剣に勉強をする素振りを見せたグリムに、ジャックが至極真面目な顔で言う。ユウは曖昧に笑って返した。
「今日の分ってことは……一日にする勉強量を決めてる……ってこと、かな?」
「うん。さっきエースも言ってたけど、範囲広いし、レポートも多いからさ」
 流石は名門校、そして学期末。ユウは今度こそ脳みそがパンクしそうになった。何にどこから手を付ければいいか、まったくもって分からなくなったのだ。そこに差し伸べられた救いの手が、リンだった。
「リンさんに手伝ってもらって、計画立てて、こつこつやってるんだ。この方がグリムも逃げないし……それで、今日が計画の折り返し地点なんだよね」
「今日が折り返しってことは、結構長めの計画なんだな」
「そう。だから、今日はちょっとした給水ポイントっていうか」
「?」
 給水ポイント、と皆が首を捻る。ユウは少しだけ生温い目をグリムに向けた。





 ◆





 きらきらと、青い炎の瞳が輝く。ぱちぱちと火花が散って、三叉の尻尾はひょんひょんと揺れた。
「───オレ様の! 新しい服なんだゾ!!」
 ひゃっほーい!! と飛び跳ねるグリムが着ているのは、リンお手製の作務衣だった。綿と麻の生地で、触り心地は涼やかだ。色は浅葱で、目にも涼しい。夏だからね、とリンは微笑んだ。
「いやー、私も大分上手くなったなあー」
「グリム、リンさんにちゃんとお礼言った?」
 ユウが声を張り上げる。遠くからありがとうなんだゾー! と声が返ってきた。
「ユウの言ってた給水ポイントってあれのことかあ」
 なーんだ、とエースは頬杖をついた。なんやかんや食材を持ち寄ってオンボロ寮で夕飯を済ませたいつものメンバーは、各々楽な格好に着替えて勉強するなりのんびりするなり、好きなように時間を過ごしていた。
 ちなみにセベクは不参加だ。勉強は一人でやりたいタイプらしい。マレウスの護衛や夜警もあるので、お前達と違って忙しいのだといつもの大声で誘いを辞退したのだ。分からないことがあれば教えてやろうというセベクらしい優しさがおまけでついていたけれど。
「サムエってなに? ユカタとはちげーの?」
「そうね。簡単に言うと、作務衣は文字通り作業着。今は普段着としても使えるけど」
 だから動きやすいように上下で着る部分が分かれているのだ、とリンは裏紙にざかざかとペンを走らせた。
「浴衣の元は、寝間着。パジャマね。今は、夏祭りとかに着て行く伝統的衣装って感じかな。私は寝間着にも普段着にも使ってるけど、ま、ちょっとおしゃれなジャージとかトレーナーだと思ってくれればいいわよ」
「なーるほどね」
「もしかして、今着てるやつも自分で作ったんすか?」
「そーよ。だからもう縫い目が粗いのなんのって」
 すげえ、と目を見開くデュースを他所に、リンは半笑いでどこか遠い目になった。
「正直これほどウチの国の伝統に感謝したことなかったわ。言ってしまえばまっすぐ長方形に切った布を縫い合わせるだけだから……
 本当はもっと複雑な工程を要するのだろうし、だからこそ職人なる存在が二千年も技術を受け継ぎ、進化させてきたのだろうが、しかしてリンにとっての緊急事態を救ったのは、紛れもなく簡単な浴衣の構造だった。
「ふーん。じゃ、皆それ作ってなつまつり? に言ってたの? つーか夏に祭りやんの?」
「やるわよ。あんた達もハロウィーンやって先祖祭礼やるでしょ」
「せんぞさいれい」
 デュースがおうむ返しに言う。リンは思わず肩を震わせて笑った。
「一年に一度、現世に還ってくるご先祖さまをもてなすお祭り」
「夏にハロウィーンやんの?」
「ハロウィーンはハロウィーンにやるの」
「えっ、なんで年に二回もゴーストがあの世からこっちに来てんの? やばくね?」
「いや、ハロウィーンは元々ウチの国の祭りじゃないし、なんならウチの国のハロウィーンはただのコスプレ仮装大会お菓子祭り」
「なんじゃそりゃ」
「ひとの噂も尾ひれはひれが着いて回るでしょ。文化なんて海と山越えればそんなもんよ」
 そしてそれは褒められたことではなく、大抵の場合失礼に当たるので、自国の文化でさえ扱いは丁重にしなければならないのだが。
「まぁでも、夏祭りは風物詩だからね。神社とかお寺とか……土着……昔からある宗教施設を中心にいろんな屋台が軒を連ねてサ。盆踊りしたり、花火打ち上げたり」
「へえー! いいじゃん、すげー楽しそう」
「地域によっていろいろだけどね」
 言いながら、リンはひょい、とエースのノートを取り上げた。
「あ! 何すんだよ」
「いつまで経っても使われそうにないから私が有意義に活用してやろうと思って。あー、いい風だなァー」
 ノートがぱたぱた扇がれる。団扇が欲しいなぁ、と独り言ちるリンに、むっつりしたエースが「ん」と手を伸ばした。
「なによ」
「返せよ、勉強すっから」
「あらそう。どうぞ」
 エースにノートを手渡し、リンは「お茶、冷蔵庫に冷やしてあるからね」と立ち上がった。
「泊ってくならちゃんと布団で寝るのよ」
「うーい」
「アッス!」
「勉強頑張ってね。おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい!」
 リンの姿がひらりと消える。軽い足音が遠くなっていく。
 ゴーストたちとじゃれているグリム、それを横目にぽそぽそと会話をしながら勉強をしているユウとエペル。つかず離れずの距離で一人黙々と筆を走らせているジャック。さっきからちっとも開いているページが変わらないデュース。とりあえず真っ白なノートを開いた、俺。
…………
 長閑な時間だった。
 虫が入ってくるから、窓は開けていない。けれどもオンボロな建物の隙間から入ってくる風はどことなく生温い。半袖とバスケ用の通気性が高いハーフパンツで過ごしても寒くはないくらい。
 うるさくはないくらいの、弾む声。気にならないくらいの、小さな声の会話。ペンが紙をひっかく音、ページを捲る音、真っ暗な窓の向こう、明るい談話室。

 ───テスト期間が明けたら待ちに待った夏休みだ。

 勉強に身が入らない思考回路は、なんだかなあと溜息をついた。

 ───夏休みは、そりゃもちろん、楽しみなんだけどさあ……

 なんだかつまらない、というか。


 刺激が欲しい、というか。


 くるりとペンが指の間を踊る。

 ふむ、と。エースは、思案を巡らせた。