riririnf
2025-01-18 10:28:05
20630文字
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会いたい

ヌヴィフリ逃亡書いてみた④
やっと本格的にヌヴィレットが出てきます。
捏造・ネタバレ過多。



 この地を訪れて五日目。ヌヴィレットは初日振りに、異国情緒溢れる街並みを歩いていた。
  母国フォンテーヌとは異なり、四季というものが存在するこの国の気候は今、肌寒い、と形容されるものなのだろう。
 龍であるヌヴィレットには何ら支障のない程度の気温変化ではあるが、人間である彼女には堪えた筈だ。彼女は五百年に渡り、一度もフォンテーヌから出たことがなかったのだから。
 また此処でも映影などの演出に携わっているようだが、フォンテーヌと璃月では文化もやり方も、まるで異なる。異国の地において、その差を埋めるまで、どれほどの苦労をしたことだろう。
 フォンテーヌに留まっていれば知らずに済んだ労苦を与えてしまったのも、己が罪。
 ここ数日でどんどんと増えていく罪を反芻しながら、母国では馴染みのない風体の、木材と土壁が調和した門をくぐる。瞬間、清純な水の香りが鼻をくすぐった。
 水の気配に敏感な水龍のさがとして、門を通る前から池の存在は察していたが、いざ目の前にすると、その素晴らしさは格別だ。
 潮の混じったこの地の海も悪いものではなかったけれど、何の混じり気のない水辺の方が、やはりいい。此方の方が幾分か、故郷のフォンテーヌ・レイクに近い。
 池の中から伸びる、丸い葉を伴う白色の花を見る。母国では見ない、この地の特産。故郷の気配と、異国の命のコントラスト。
 彼女も見たことがあるであろう、この風景が、僅かばかりでも癒しになっていればと願う。
 そうして池を跨る橋を越えると、長い階段の先、不卜盧──フリーナが入院している診療所が見えてくる。
 昨日彼女を救出し、暫し抱き合った後、緊張と体力の限界を迎えた彼女は意識を失った。
 心臓が止まるような思いで急ぎ街に戻り、旅人達と合流したところ、此処、不卜盧を紹介された。医師白朮の診察の元、大事無いと判断された彼女だが、念の為、一日だけ診療所に入院することになったのだ。
 それを受け、ヌヴィレットは旅人達に後を任せて、宿に引き返した。彼女を救うという目的を果たした以上、長く顔を合わせるべきではないと思ったのだ。
 たった一度、危機を救ったくらいで拭える罪ではないことは、骨身に沁みて知っている。後は今まで通り、宿に引き篭るつもりだった。
 そんなヌヴィレットが今、不卜盧に足を運んでいるのは、フリーナの方から望まれたからだ。
 旅人経由で渡された手紙には、こう書いてあった。
 『助けてくれて、ありがとう。キミが僕の平穏を守ってくれたんだってね。お礼に璃月の街を案内するよ』と。
 心浮き立たなかったと言えば、嘘になる。
 単純に沸き立つ己が浅ましさを罰する術を探しながら、ヌヴィレットは不卜盧に足を踏み入れた。

「入院患者、あっち……
 人でありながら人ならざる少女の道案内に従って、歩を進める。
 当の少女は、友人であろう別の少女に呼ばれて去ってしまったが、そう広くは無い場所なので、どうとでもなる。
 仙人という人外の存在と古くから同居するこの国は、他種にも比較的寛容で、交流も活発らしい。
 そうした土壌があるのなら、異国人である彼女もヌヴィレットが憂うよりは早く受け入れられたのかもしれない。そうで、あってほしい。
「やあ、ヌヴィレット。相変わらず時間ピッタリだね」
 入院患者がいるという部屋に辿り着くよりも少し手前、その廊下にフリーナはいた。
 ふわりと花開く花弁のように、控えめながらも心くすぐられる笑みに、ヌヴィレットは揺れた。そんな笑い方は、知らない。
 初日の一瞬の対面時も、昨日の救出時も、それぞれ別の思考に意識を取られ、深く胸に届いていなかった。しかし、ひと度こうしてじっくりと向き合ってしまえば、もう目を逸らすことは出来なかった。
 たった三年間で、彼女は劇的な変化を遂げていた。
 細く頼りなげだった身体は、たおやかな曲線を描き、女性として成熟しきる直前の儚い色香を纏っていた。
 その華奢な身体に纏う衣装は、淡い色合いの服飾でありながら、それでも濃茶の木造の廊下において、色鮮やかな存在感を放ち、ヌヴィレットを惹き付けた。
 長命種にとって一瞬の、しかしヌヴィレットにとって、この上なく長かった三年という歳月。それは人間であるフリーナにとっては、名実共に重要な時間であったらしい。
 己の知らない彼女が、そこにいた。
……定刻を遵守するのは、当たり前のことだ」
 内心の動揺を押し込めて、ヌヴィレットはどうにか言葉を絞り出した。それをどう受け止めたのか、彼女はキミらしいね、と口の端を上げる。
「──さあ、早速行こうじゃないか。時は有限だからね」
 特に深い意味無く放たれたであろう台詞にすら抉られて、ヌヴィレットは歩き出すフリーナの背を追った。

「怪我は、大丈夫なのか」
 軽やかな足取りで迷いなく先導する華奢な背中に、声を掛ける。
「ああ、勿論。白先生からも問題ないとお墨付きを貰っているよ。そもそも入院すること自体が大袈裟だったのさ」
 呑気な口調で、フリーナはくるりと振り返る。
「フリーナ殿、あまり自身の状態を軽く見るべきではない。昨日、君は確かに深く疲労し、困憊していた」
 捨て置けない発言に思わず苦言を呈すると、フリーナは目を瞬かせた。
……ふふっ、そうだね。キミはそういうやつだった。懐かしいな」
 過去を慈しむように細められた瞳は、ヌヴィレットの知らない光を宿している。
……ねえ、キミ、僕がいなくなってから、ずっと雨を降らせていたんだって?」
 旅人から聞いたんだ、とフリーナが歩調を緩め、ヌヴィレットの隣に並ぶ。三年前より、ほんの少し目線が近くなったように思う。
「少しは寂しいと思ってくれていたのかな」
 窺うように見上げてくる彼女の感情は、なんだろうか。やはり本当に必要な時に限って、己の権能は役に立たない。
……君が恙無く生活出来ているのかと、憂慮はしていた」
 寂しいだなんて、そんな生易しい言葉で言い表せる想いではない。だが、それを伝えて何になる。
 だからヌヴィレットは、最も無難に思われる言葉を選んだ。
「──やっぱり、キミは優しいよ」
 ふ、と柔らかな息が吐かれた。微かな音色の物寂しさが気になりはしたけれど、今はそれよりも、発言そのものに意識が向いた。
「私は、優しくなどない」
 この地に来てから数えた幾つもの罪状が、彼女の言葉を否定させた。それら全ての罪が、彼女を傷つけ、苦しませたのだから。
 けれど、そこまで口にしてよいものかは、判断がつかなかった。まるで二人の過去などなかったかのように振る舞う彼女を前にして、取るべき態度を図りかねていた。
「へんなところで自己評価が低いのも、相変わらずだ」
 ふう、と吐き出される音色に込められたのは呆れであると、今度は正しく理解した。
 それについては反論したい。それは君の方だろう、と。
 けれどやはり、そんなことを言ってよいのか分からなかった。
 今まで彼女とは、どうやって会話をしていただろうか。たった三年前のことだというのに、思い出せない。
「──まあ、今こんな問答をしたって仕方がないね」
 何も言えずに黙り込むヌヴィレットに、フリーナは明るい声で微笑んだ。
「ここではキミが雨を降らせることはないんだろう?今日は何にも気にせず、目一杯楽しむといいよ!」
 そうした細やかな気の遣い方は、ヌヴィレットのよく知るフリーナだった。

「知ってるかい?『琉璃袋』っていう植物は湿っぽい環境を好むんだ。だから、雨上がりに摘むのがいいんだよ」
 露店に並ぶ花々を指差しながら、フリーナは楽しげに語る。
「これは清心、こっちは霓裳花、それから……、」
 店主までもがその博識ぶりに驚いているから、一般的な知識の範疇を超えているのだろう。
 店主は自国に詳しすぎる異国人の顔をまじまじと見て、やがて得心がいったように頷いた。
「──ああ、鍾離先生から教わったんですね?最近よく一緒にいらっしゃるから」

「璃月の特産品といえば、やっぱり鉱石だね。例えば……ほら、この石、綺麗だろう?」
 別の露店で足を止めたフリーナは、今度は青い鉱石を指差した。彼女の言う通り、鉱石は璃月の代表的な特産品なので、ヌヴィレットも多少の知識は持っている。
「これは確か……夜泊石、だったか」
「ふうん?少しは勉強しているようだね」
 記憶を巡らせ回答を探し出せば、フリーナは不敵に笑う。
「じゃあ、これはどうだい?夜泊石の鑑定は中々厄介だけど、方法がない訳じゃないんだ。上質な夜泊石は炎元素と相性がいいんだよ。高音の中で強く光って、青色のものが品質がいいものなのさ」
「確かに、それは知らないな」
「ふふん、そうだろう!」
 得意げなフリーナの知識の出処に薄々気が付きながら、気付かない振りをする。だが往々にして、そういう時の努力こそ無に帰すものだ。
「先日、鍾離先生と来てくださいましたよね?次こそ先生にネックレスを買って貰ってくださいね!」

 “鍾離先生”

 その名を聞いたのは、今日が初めてという訳ではない。
 それは初日にフリーナと再会した際に、彼女を連れ去った男の名前だ。
 そして今日街を歩いてから、もう何度も繰り返し、ヌヴィレットは龍の鋭い聴覚を以て、その音を耳にしている。
 何故、雑踏ひしめく数多の音の中から、その名を漏らさず拾うのか。
 それは人々が『鍾離先生』について話す時、必ず『銀髪の女性』の話題を伴うからだ。
 曰く、よい仲なのでは。お似合いの二人。彼の色を思わせる髪飾りをつけていた。まず間違いないだろう………………
 ヌヴィレットは目を細め、艶やかな銀糸に紛れ込む、揺れる鎖のような金の下げ飾りを見る。それは彼女が動く度、しゃらしゃらとささやかに音を鳴らす。
 きっと耳心地がよいのであろうその音が、けれども異様に耳に障った。
 そして髪飾りの主役というべき琥珀珠。それはフリーナを視界に映す度、鬱陶しく存在を主張してきた。
…………
 ヌヴィレットは気付かれないよう、そっと息を吐き出した。
 そうして意識の外に追いやろうと、努力した。そうしないと、無遠慮に手を伸ばしてしまいそうだった。
 ヌヴィレットの心中を知ってか知らずか、フリーナは『鍾離先生』から聞いたのであろう知識を延々と披露する。
 無視をすることも出来ず、適当に相槌を打つヌヴィレットの耳に、新たな囁き声が届く。

 ──あの女性、今日は別の男性と一緒にいるのね?
 ──親族じゃないか?髪の色がよく似ている。
 ──ああ、そうかもね。彼女には、鍾離先生がいるものね……

 フリーナと恋人関係であった時、秘密を提案したのはヌヴィレットの方だった。
 その時は彼女の勘違いだと思っていたから、後々別れた時の為、関係が流布されていては彼女の恥となる、との配慮だった。
 共に街を歩けば否応なしに目立ったが、元々数百年に渡り共にあった間柄だ。最後まで、関係を疑い騒ぎ立ててくるような者はいなかった。
 隠さなければならない関係だったから、存在を匂わせるような贈り物など、ひとつも渡さぬ仲だった。
 だから別れてしまえば、二人の関係を示すものは、ただのひとつも残らなかった。
 ヌヴィレットには、何もない。形のないものに縋って、在りし日の記憶を辿っている。
 あの日唇に触れた、指先の温もりだけを、抱えている。

◇◆◇◆

 フリーナと璃月港を歩き回り、日が傾き始めた頃、ヌヴィレットは彼女と共に楼閣の廊下に登り、海を眺めていた。
 高低差のあるこの街は、少し場所を変えるだけで景色が変わる。事実、目の前の海も宿の窓から散々に見つめたが、今はまた違う色に見えた。
 ただ今に限っては、それが外的要因だけに依るものではなく、心理的要因を多分に占めていることも、分かっている。
 行く先々でチラつく琥珀の影に、ヌヴィレットはじわじわと磨り減らされていた。
「どうだい、ヌヴィレット。璃月観光は楽しんでもらえたかな?」
 しゃらりと音を鳴らしながら、フリーナが微笑みかけてくる。
……ああ、非常に有意義な時間だった。案内に感謝する」
 ヌヴィレットは静かに広がるさざ波を押し込めて、言葉少なに頷くことが精々だった。
 鎮座する琥珀をそれ以上見ていられなくて視線を逸らすと、遠くに他とは毛色の違う船があるのを認めた。
 扇のような装飾を天辺に戴くその船は、璃月の海に多くひしめく貿易船とは異なる豪華さを纏っていた。
「あれは珠鈿舫さ。船の上で食事をしたり、演芸を楽しんだり出来るんだ」
 ヌヴィレットの視線の先に目敏く気付いたフリーナは、そう声を掛けてきた。
「そして夜には別の顔もある。でも、その辺りは七星も黙認してるらしい。人間、ちょっとくらい羽目を外す場所も必要だから」
 別の顔、という表現をヌヴィレットは理解した。そして、その理論が正しいことも知っている。
 国を預かるものとして、そして長く人間社会を見てきたものとして、それは言わば必要悪だ。フォンテーヌにおいても、似たような目零しはある。
 そうして納得のみで終わらせられればよかったが、最早胸に渦巻く情念を抑えきれなくなっていた。
……それも、『鍾離先生』に教えてもらったのか」
 気付けば醜い疑問が溢れていた。声音に滲む女々しさに我に返るが、もう遅い。その音はもう、彼女の鼓膜を震わせている。
 フリーナはきょとん、と瞳を瞬かせ、次いでヌヴィレットの心情にはまるでそぐわぬ、明るい笑い声を上げた。
「ぷっ……ハハハっ……、キミが鍾離“先生”だなんて、なんだか変な感じだね」
 フリーナは心底可笑しいといった風にひとしきり笑った後、でも違うんだ、と首を横に振る。
「これは僕が自力で得た情報さ。演者に付き添う形で、何度か乗船したこともあるからね」
……そうか」
 ほっと胸を撫で下ろすのも束の間、フリーナの言葉は続く。
「そうだよ。……でも、そうだね」
 小ぶりな唇に、ほのかな笑みが咲く。夕暮れに照らされたかんばせは、どうしようもなく美しかった。
「先日、鍾離先生に連れて行ってもらったんだ。──とても素敵な夜を過ごしたよ」
 ズシリと受けた衝撃を、どう表現すればいいだろう。元々己の感情にすら疎い身ではあるけれど、どうやっても、今の心地を言葉に当て嵌めきることが出来なかった。
……彼とは、そういう仲なのか」
 煩く喚く鼓動の中、独りでに要らぬ台詞が飛び出していた。やめておけばいいのに、そんな愚かさを止められなかった。
……うん、そう。この髪飾りもね、彼に貰ったんだ。素敵だろう?」
 フリーナは無垢な少女のように頬を赤らめ、はにかんだ笑みを向けてくる。
 その顔は、知っている。かつてはヌヴィレットのものだった。
「彼はずっと、璃月で慣れない僕を助けてくれたんだ。そしてつい先日、お付き合いすることになったのさ」
 聞きたくもない馴れ初めを、フリーナはつらつらと語ってくる。その口を塞いでやりたくて、だがそんな身勝手なことは出来やしない。
「ちょうど、キミに出会った直後だよ。そういう意味では、キミのおかげと言えるのかも」
 鈴を転がすような無邪気さで、致命の言葉が放たれる。
 この耳を塞いだ方が早いのだろうか。少し腕を上げるだけで済むのに、身体はちっとも動いてくれない。
「その鍾離という男は、信頼に足る人物なのか」
 代わりに口だけは、無駄な仕事ばかりする。愚かさだけが積み重なっていく。
 そんな愚かさを、今度こそフリーナは赦してくれなかった。
「──キミはいつまで、僕の彼氏を気取っているつもりだい?」
 ストン、と彼女の顔から笑みが消えた。色違いの青い瞳が、ヌヴィレットを鋭く射抜く。

「自惚れるなよ、ヌヴィレット。僕はもう、キミのものじゃない」

 冷えた音色に、自覚した。己の罪を、はっきりと。
 この三年間、心の何処かで思っていた。もう二度と会えなくても、触れられなくても、彼女の心は己に向いているのだと、そんな醜い驕りを抱いていた。
 この地で再会してから、彼女に深く残る傷を見つけて、それを罪だと判じながら、やはり何処かで仄暗い安堵を覚えていた。
 ──彼女は、自分のものだと。
 そんな救いようのない罪に、ヌヴィレットはやっと、気付かされた。
……………………
 己のどうしようもなさに、遂に声すら出せなくなった。貿易の街の喧騒も、心地よい波の音も、何もかも聞こえなくなった。
 フリーナは何の感情も宿さぬ瞳で、情けない男をじっと見つめてくる。次に飛び出す断罪の言葉を、ヌヴィレットは覚悟した。
 しかし、そんな覚悟は無駄になった。彼女はふと、笑みを見せた。それはまるで全ての罪を洗い流すかのような清浄さを持っていた。
「僕は今、とっても幸せさ。この街の人々はとても優しいし、特別な彼もできた。もうキミは何を気に病むこともない」
 実に喜ばしい筈のその宣告は、ある意味では断罪だった。いっそ無慈悲に詰って欲しいと、そんな身勝手な贖罪の願いを否定されたかのようだった。
 そして素直に彼女の幸せを喜べない己の罪深さを、突きつけられた。
「だから、安心してフォンテーヌに帰るといい。もう雨なんて降らせちゃ駄目だからね」
 子どもに言い聞かせるような口調で、フリーナは微笑んだ。
 そして小さな手が、ゆるりと持ち上がり……何をするでもなく、下げられる。
 刹那、色違いの青い瞳に痛みが乗ったように見えたのは、愚かな男の願望だろう。
……さよなら、ヌヴィレット。どうか元気で」
 穏やかな声を海風に乗せて、彼女は背を向け歩き出す。それはいつかの別れを告げられた浜辺と同じようでいて、まったく異なる光景だった。
 今のヌヴィレットはフリーナへの醜い想いを自覚している。そして今の言葉が、単に関係の解消を指すのではなく、決定的な離別の意味だと、理解している。
 全てを分かっていて、それでもなお、身体は動かなかった。
 あの日よりもずっと、ヌヴィレットは穢れていた。救いようのない罪を抱えていた。
 フォンテーヌで、そして異国の地で積み重ねたあらゆる罪がのしかかって、ヌヴィレットの動きを阻害する。
 そも、追いかけて何になる。きっとこの口が紡ぐのは、自分勝手な戯言で、伸ばす手が成すのは暴虐だ。
 ヌヴィレットはただ立ち尽くし、夕暮れの残映を見送った。