riririnf
2025-01-18 10:28:05
20630文字
Public
 

会いたい

ヌヴィフリ逃亡書いてみた④
やっと本格的にヌヴィレットが出てきます。
捏造・ネタバレ過多。

……雨林の国では、智者達が俗世を捨て、狂ったように隠された知恵を探し出そうとしていた。一方、盤岩の国では、人々は神の声に従い、国を豊かにしていった。
この世を共に歩む七神でも、時折、進む方向を踏み違えるようだ』

 ──七神でも、踏み違えることがある。
 それは当然のことではないか。龍の力を奪い起った彼等は、そも成り立ちからして、歩みを間違えているのだから。
 異国の街の宿の中、ヌヴィレットは既に幾度捲ったか分からない頁を閉じる。幾度目を通しても、同じ結論に辿り着く。その歩み違いを裁くため、己は生まれたのだと。

 ──けれど、彼女に関しては。

 かつて水の国に君臨した、あらゆる水、あらゆる土地、あらゆる民と法律の女王。彼女に関してだけは、それは当て嵌らない。
 間違えたのは、ヌヴィレットだった。裁かれるべきは、ヌヴィレットの方だった。
 彼女の想いを信じずに、酷い形で踏みにじった。彼女に深い傷を残した。五百年に渡る孤立無援な舞台に耐えてまで救った愛しい母国を、捨てさせた。
 彼女の出奔を知ったあの日以来、ヌヴィレットの中には常に彼女の影がある。それは無限の雨となり、彼女が愛した街を覆い隠していた。
 そんな日々が三年続いた頃、旅人とパイモンから、それはもう熱心に、国外旅行の誘いを受けた。
 今思えば不自然な程の熱量だったが、当時のヌヴィレットは、それに思い至ることが出来なかった。
 かつて水没の危機に瀕した都に水を降らし続けることの罪深さを、ヌヴィレットとて自覚していて、それでも想いを止められぬ愚かさを、どうすることも出来なかった。
 そんな中、二人の誘いは一欠片の希望のようにも感じられたのだ。
 ひとつ罪から逃れられると期待して、間抜けにも浮かれていたのだと思われる。だから、旅人達が急ぎの呼び出しを受け、一時別行動を取った際、呑気に街を散策し、書籍を買い求めたりもした。
…………
 ヌヴィレットは一つ溜息を付き、手元の書籍を松の方形机に置いた。
 『璃月風土誌』。璃月に滞在するスメールの旅行学者が記したとされる風土誌は、他国の視点から璃月を理解するにおいて、大いに参考になると思われた。
 この地を訪れてからの唯一の購入品であるそれを、ヌヴィレットはもう幾度となく読み込んでいる。そろそろ一文違わず復唱出来るのではないかと思う程だ。
 それは別に、内容に心奪われたという訳ではなく、単に、他にやることがないからだ。
 ヌヴィレットはこの地──璃月港を訪れてより、殆ど宿から出ていなかった。
 そしてそれは、異国情緒溢れる街並みに心そそられなかったという訳ではなく、単に、その資格がないからだ。
 この地で、ヌヴィレットは己が罪の象徴に出会った。出会ってしまった。
 そして、理解してしまった。ヌヴィレットが残した傷は、未だ癒えずに彼女を深く苛み、苦しめ続けているのだと。

…………フリーナ」
 
 零れた声に、ハッとする。みっともなく執着を帯びた音。己が身勝手さ、穢らわしさに吐き気がする。
 巡る痛みを飲み下そうとした時、チカッ、と陽光が目に届いた。窓を向き、目を眇める。
 窓の外には、限りなく広がる海が見える。貿易の街らしく何艘もの船が泳いでいるその景色は、ヌヴィレットに僅かながらの癒しを齎していた。
 例えその海色が、愛しきフォンテーヌ・レイクと異なる色彩であろうとも。
 ……あと、四日か。
 こんな日々も、あと四日で終わるのだ。ヌヴィレットが申請した休暇は八日間。
 日は天辺を越えており、また移動の期間を考慮すれば、実質あと三日。それを過ぎれば、ヌヴィレットはこの地を去れる。
 長命な身としては瞬く間の一瞬である筈の、けれどあまりに長い時間の経過を、終わりに出来る。
 そうして何一つ罪を終わらせることが出来ぬまま、逃げ帰る。
……すまない」
 誰にともなく謝罪して、時に紅葉舞い散る秋空を見る。自身の罪が降り続くばかりに、我が国では暫く目にしていない、青い空。
 今頃フォンテーヌの人々は、久方振りの晴れ間を堪能しているのだろう。そんな国民の喜びを、自身の帰還が終わらせてしまう。
 申し訳ないと思う。なんとかしなければならないと思う。けれどもう、どうしたらよいのか、分からなかった。
 幾度目になるか分からぬ思考。そんな中、静かな、しかし確としたノックの音が耳に届いた。
「ヌヴィレット?今、いいかな」
「ああ、構わない。入るといい」
 よく知る声に許可を出す。程なくして扉が開いて、予想通りの二人が現れた。
「よ、よう、ヌヴィレット……!調子はどうだ?」
「ごきげんよう、旅人、パイモン。私は特に変わりない」
 ヌヴィレットをこの地に誘った張本人達は、毎日こうして部屋に訪れる。事情を語らず引き篭ったことは二人を大いに困惑させたが、それでも怒ることなく、律儀に様子を見に来てくれるのだ。
 だが、今日の二人は──特にパイモンは、常とは様子が違って見えた。こういう微細を己の権能はよく見抜く。本当に必要な時には、全く役に立ってくれないが。
「今日は何かあったのだろうか?」
 松の背もたれ椅子への着席を促しながら問いかけると、二人の顔がギクリと強ばった。
 お互い顔を見合わせて、目配せをする。その以心伝心が、心の底から羨ましい。視線のみでの相談の後、口を開いたのは旅人だった。
……今日は、話さなきゃいけないことがあって」
 国々を股に掛け、幾つもの苦難を乗り越えた肝の座った旅人らしくない、緊張の滲む声で紡がれたのは、二人がヌヴィレットをこの地に誘った真相だった。
 全てはヌヴィレットをフリーナと会わせる為に、計画したことであったのだと。
「ごめんな、会えば何とかなるって、甘く考えてたんだ。お前がそんなに思い詰めるなんて、思ってなくて……
 説明し終えた旅人を引き継いで、パイモンが申し訳無さそうに声を萎ませていく。旅人も、ごめん、と頭を下げた。
「いや、謝る必要は無い。仔細を話していないのだから、仕方のないことだ。君達は私とフリーナ、双方に気を配ってくれたのだろう。寧ろ心遣いを無駄にしてしまい、申し訳なく思う」
 二人はヌヴィレットとフリーナの共通の友人だ。そして璃月に渡ったフリーナとも繋がりを持ち続けてくれていたのだという。
 情深い二人の優しさを受け取れないことが忍びなく、ヌヴィレットは目を伏せた。
「い、いや……、そんなことないぞ……
 真摯に謝罪を返した筈なのに、パイモンの反応は芳しくない。……どこまでも、上手くいかない。
「──ねえ、ヌヴィレット。一つ、聞いておきたいんだけど」
 静かだが強い意志を感じさせる、凛とした声に視線を戻す。黄金の瞳に宿る気遣いと覚悟に、構わない、と頷いた。
……フリーナに、“会いたい”とは思わないの?」
 “会いたい”
 その響きが持つ意味を、ヌヴィレットは即座に理解した。
「そんな資格など、ある筈もない」
 口に出すのも烏滸がましい。願うことなど許されない。その響きを伴えば、己の罪が増すだけだ。
 迷うことなく返した答えに、二人が揃って息を呑む。
 今度は、その反応を予想していた。それでも誤魔化すことなど出来なかった。それはあまりに不誠実な行いに思われたのだ。二人にも、彼女にも、己にも。
 パイモンが視線をおろおろと彷徨わせ、旅人は言葉を探すように視線を下げる。
 気まずい、と二人と初めて会った折、パイモンが口にしていたことを思い出す。きっと今はそんな状態なのだろう、と思い至って、自身で作り出した雰囲気に、何のフォローも出来ない至らなさを突きつけられる。
 沈黙に満ちる空間の中、控えめなノックの音がした。
「すみません、旅人さん。少しよろしいでしょうか?」
 この声には覚えがある。この宿で働く者だ。旅人の視線が扉、次いでヌヴィレットに移る。律儀に此方を気にしているのだと理解して、言ってくるといい、と声をかけた。
「ごめん、少しだけ外すね。……また戻ってくるから」
 後の言葉は念押しだった。方々でお人好しと呼ばれる彼女は、まだ対話を続けるつもりらしい。
「あっ、オイラも行くぞ!」
 旅人を追いかけて、パイモンも扉の向こうに消える。
 そして静寂が訪れる。この部屋で、もう幾度も味わった独りの静けさ。何故だかそれが今は特段に重かった。
 独り異国に立ったフリーナも、このような心地であったのだろうか。だとすれば、ヌヴィレットの罪は更に増す。五百年を独り耐え抜いた彼女に、再びの孤独を与えたのだから。
 更なる罪状を見つけたヌヴィレットの耳に、ノックの音が届く。……旅人が戻ってきたようだ。
 随分早いと思いつつ入室の許可を出すと、旅人の横に見知らぬ女が立っていた。
「あのな、ヌヴィレット……、こいつはオイラ達に用があるらしいんだけど、でも出来れば、お前にも一緒に聞いて欲しいって言い出してさ……
 先の空気を引き摺ってか、パイモンの口取りは、やや重い。機微に疎いヌヴィレットにすら伝わる緊張を、しかし女は軽やかに無視して微笑んだ。
「こんにちは。璃月総務司所属の、夜蘭と申します」
 大体の者はヌヴィレットに対して萎縮を抱くが、夜蘭と名乗る女性には、そんな気負いは一切なかった。それだけで只者ではないと知れる。
 きっと彼女はヌヴィレットの正体──フォンテーヌ最高審判官ということ──も、三年璃月に滞在しているフリーナの正体も、それぞれ知っているのだろう。それは彼女個人というよりも、璃月の統治システムそのものが優れていることの証明だと思われた。
 おそらくは璃月港に訪れた初日より、ヌヴィレットのことは把握されていた筈だ。それでも今日まで沈黙を保っていた璃月側からの接触には、重大な理由があると考えるべきだろう。
……承知した。座るといい」
 そう推測したヌヴィレットは、この璃月側との非公式の会談とも言える状況に是を示した。
 とは言っても、表向き夜蘭は旅人を訪ねてきており、ヌヴィレットはただの同席者だ。この部屋に椅子は二脚しかなく、ならばその席に座るのは、実際に会話をする者達であるべきだろう。
 そうした考えの元、立ち上がり、松の背もたれ椅子を明け渡す。結果、部屋の主が立たされるという奇妙な状況が出来上がったが、ヌヴィレット含め、そんなことを気にする者は一人もいなかった。
 旅人は勿論、夜蘭も感謝します、と席に着く。パイモンは旅人の横に漂った。
「──さて、早速だけど、単刀直入に言うわ」
 冗長な前置きもなく、夜蘭は口を開いた。

「フォンテーヌの元水神──フリーナ様が行方不明になっているの」

 ひゅ、とヌヴィレットは自身の息を呑む音を聞いた。けれどおそらく他の者には届いていない。何故ならば、そんな微音が消し飛ぶ程の大音量をパイモンが上げたからだ。
「フリーナが!?一体何があったんだよ!?」
 それはここに居る全員の代弁だ。驚き慌てるパイモンとは対象的な静かな声で、夜蘭は語る。
 フリーナは今日、とある映影撮影のアドバイザーとして奥蔵山に同伴していた。しかし撮影中に突如魔物が現れ、彼女は皆を逃がす為に囮となった。
 彼女の尽力の元、無事街に帰ってきた映影チームは、冒険者協会にフリーナ救出の依頼を出した。だが璃月における彼女の立場を把握していた冒険者協会は、璃月七星に連絡を入れた。
 それを受け、夜蘭が旅人の元へ派遣された。七星が一人「“天権”凝光」の遣いとして。
「凝光様は既に「南十字」の北斗に、秘密裏に捜索を依頼しているわ。でもあの辺りは高低差が激しくて、入り組んだ道も多い。いくら北斗といえど、そう簡単には見つけ出せないでしょうね」
「なら、もっと大人数で捜す方がいいんじゃないのか?秘密裏なんて言ってないでさ」
「ええ。もし夕刻までに彼女が見つからなければ、刻晴様の指揮の元、大規模な捜索隊が組まれる予定よ。──でも、分かっているかしら?“七星”を動かすということの意味を」
「ど、どういう意味だ……?」
 意図的だろう。夜蘭の声の調子が僅かに冷える。
「“七星”は常に彼女の動向に気を配っている。万が一にでも、この地で彼女に何かがあって、フォンテーヌとの外交問題に発展したら堪らないからね」
 その声音は政治的な事実のみを述べていた。
「フリーナが、璃月のせいだって騒ぎ立てるかも、ってことか?フリーナはそんな奴じゃないぞ!」
「君達が言うなら、彼女はそういう方なんでしょう。でもフォンテーヌの国民感情はどうかしら?大層な人気者なんでしょう?」
 夜蘭の視線がチラリと此方に向いた。
 確かに我が国において、フリーナの人気は凄まじい。神座を降り、国すら去ってしまった今になっても、かつてスターとして君臨した彼女の話題を聞かない日などない。
 例えフリーナ自身が声を上げずとも、いくら否定しようとも、好き勝手に騒ぎ立てる者が出てくるだろう。いつの時代も口さがの無い者はいるものだ。
 そして歌劇の国とも称される、熱狂しやすく劇的な展開を求める国民性を考えれば、多くの人々がその波に飲まれていくであろうことも、想像がつく。
「もしそうなれば……いえ、そうならなくても、七星を動かすような事態になれば、もう彼女の存在に目を瞑ることは出来なくなるわ。流石に無碍に追い出すようなことはしないけど、こちらから護衛をつけるなり、フォンテーヌから人員を呼んでもらうなり、何らかの条件をつけさせてもらうことになる」
 それはフリーナが望まぬことだ。彼女はフォンテーヌにいた頃から、神ではなくなった自分を特別扱いしないで欲しいと望んでいた。
 そして図らずも、彼女を知る者の少ないこの地において、その望みは叶えられていたらしい。そんな平穏が、終わる。
「でも……!フリーナは璃月の人達を守る為に、囮になったんだろ?なのに、そんなのって、あんまりだぞ……!」
「そうね。それについては深く感謝しているわ。でも、それとこれとは別。七星が最も優先するべきは、璃月の平穏を保つことなの。それが政治というものよ」
「そんな……っ」
 夜蘭は冷たく言い放つ。だが無情だとは思わない。小を捨てて大を取る。その小が、国の外の者なら尚更。
 それが国を担う者として当然の判断だ。……かつてヌヴィレットが、フォンテーヌの為にフリーナを切り捨てたように。
「──でも、まだ間に合う。だから夜蘭は私達のところに来てくれた」
 ヌヴィレットが痛みに沈み込むより早く、旅人の凛とした声が響いた。──空気が、変わった。
「ええ、その通りよ」
 夜蘭の唇が弧を描く。
「さっきも言った通り、タイムリミットは捜索隊が組まれる夕刻まで。それまでに彼女を見つけて頂戴。それを伝えるために私は来たの」
 夜蘭は方形机に一枚の紙を置く。それは地図のようだった。
「これは奥蔵山周辺の地図よ。映影の撮影地点と、撮影チームが彼女と別れたと証言した所に印がしてあるわ」
 土地勘のある旅人達だけに依頼するなら、そこまで詳細な伝達は必要ない。これは間違いなく、ヌヴィレットに用意されたものだ。
「──じゃあ、私も部下達と彼女の捜索に入るから、これで失礼するわね」
 話すべきことを終えた夜蘭は、なんの余韻も残さず去った。再び三人となった部屋の中、黄金の瞳が此方を向いた。
「どうするの?ヌヴィレット」
 ヌヴィレットが動けば、“会う”ことになる。それでいいのかと、旅人は問うている。
「──決まっている」
 そんなことは、考えるまでもない。
「私がフリーナを見つけ出す」
 ヌヴィレットは迷いなく宣言した。
 もう罪だとか資格だとか、そんなことを言っている場合ではないのだ。フリーナの命そのものが脅かされている、今この時は。
 「存続こそが正義」だと、かつて彼女の半身が言っていたことが思い起こされる。その犠牲的な心情はついぞ理解しきれなかったが、その言葉は大変に分かりやすい真理だった。
 フリーナの「存続」を守ることこそが、この場においての正義なのだと、教えてくれる。
「──うん」
 ヌヴィレットの迷いのない答えに、旅人は満足気に微笑んだ。
「悪いけど、先に行っててくれるかな。私は少し寄るところがあるから、後から追いかけるよ」
 この段において、すぐさま現場に向かう他に得策があるとは思えない。しかし全ての国において、様々な知識と人脈を持つ二人のことだ。何か考えがあるのだろう。
「承知した」
 ヌヴィレットは机の上の地図を取り、彼の地へと足を踏み出した。